第456話 クリスタの決意
ダンジョン・コアの具現体と名乗った、長い白髪頭と床まで届きそうな白い顎髭を生やし、薄汚れたローブを着て木の杖を持ったよぼよぼの老人は「ホッホッホ」と柔らかく笑っている。敵意はないようだと判断したラインハルトは老人に話しかけた。
「ご老人、我々を呼んだとおっしゃったが、理由を教えてくれないか?」
「その前に、武器を下ろしてくれんかのう」
ラインハルトはカストル、アルヘナに従魔たちに武器を降ろすようにと命令した。メイメイやパールは渋ったものの、主人には逆らうことはできず、剣を異空間に戻し、アリエルも2本の剣を鞘に納めた。
「失礼した。改めて紹介させてもらおう。私はラインハルト。後ろに控えるは部下のサラ。協力者のカストル、アルヘナ、クリスタ。それと彼らの従魔たちだ」
紹介されたサラたちは老人に向かって軽く会釈した。老人は満足そうに頷いた。ラインハルトは何故このダンジョンに来たか理由を説明した。そして、最終階層で魔獣デビルズ・アイと遭遇し、仲間を死なせてしまったこと、大量の魔物の襲撃を受け、撤退してきたことを話した。
「お仲間を亡くされたか。スマンことをしたのう」
『おいジジイ。ダンジョン・コアの具現体とか言ったな。テメェがあのデビルズ・アイを呼んだのか?』
「そうなんじゃが…」
「何か訳があるのですか?」
「お主たちは分っていると思うが、このダンジョンの規模はそう大きくないし、出現する魔物も強くない。人々が探索しやすいようにほどほどになるようコントロールしてるからじゃ」
『だから何だというんだ』
「まあ、話を聞け。でも探索する側とすれば、それじゃ面白くないじゃろ。じゃから途中途中に強力な魔物を呼び出したんじゃ。所謂「中ボス」ってヤツじゃな。ホレ、そこの悪魔っ娘もそうじゃ」
『突然変な場所に出たと思ったら、ジイさんのせいだったのね…』
『ほっほっほ、どうせ中ボスにするならカワイコちゃんが良いと思ってのう』
『このクソジジイ…。でもまあ、そのお陰で旦那様と出会えたからいいか♡』
『そうそう、出会いは大切。カストル大好き!』
『アンゼリッテは誰にも負けませんっ!』
「君たちは黙っててくれないか…。それでご老人、あのデビルズ・アイとやらも貴殿が呼び出したモノなのか?」
「そうじゃ。本当はムッチムチでボインボインの美人悪魔を呼び出そうとしたのじゃが、間違ってヤツを呼び出してしもうたんじゃ」
『最低です! 女の魅力は胸じゃありません!!』
『また貧乳虫が鳴いてるわ』
『貴様…、誰が貧乳虫じゃ!』
『アンゼリッテ』(パール&アリエル)
『わーん、カストル様ー。悪魔と天使がイジメるのー』
「お前たち黙っててくれって言ったろ! ったく…」(ラインハルト)
「あはは…。あの、それと私たちを呼んだのと何が関係するんです?」(サラ)
「あ奴はとても危険な奴じゃ。現にそこのアークデーモンも逃げ出したくらいじゃ。だから、儂は1階に結界を張って人が不用意にこのダンジョンに入れないようにしたのじゃ」
「なるほど。だから人は中に進めなかったのか…」
「その間にヤツを排除しようと、魔に対抗できる天使を呼び出したのじゃ。ホレ、そこの娘っ子がそうじゃ」
『私? え、私ってアイツを倒すために呼ばれたの?』
「なんじゃ、ちゃんと呼び出すときに説明したじゃろうが。覚えてないのか?」
『全然覚えてない…』
『プーッ、クスクスクス。とんだおバカさんですね』
『アンゼリッテ、殺す!』
『私、死なないモーン。女の子の癖に物騒なこと言ってると嫌われますよーだ』
『ぐぬぬ…』
『ヤな性格ねー。旦那様どう思う。え、やっぱりパールが一番。やだ~、嬉しいっ』
「もう! あんたら黙ってろって言ったでしょ、話が進まないじゃない。終いにゃテンプルにスマッシュぶちかますわよ!!」
「ついにサラが切れた…」
「話を進めていいかのう」
「あ、すみません。どうぞどうぞ」
「お主らに頼みがある。あのデビルズ・アイを倒してくれまいか。奴は魔眼を使って魔物を操り、軍勢を作り上げとる。儂がこうして分岐階層の奥に隠れとるのもそのためじゃ。このままではこのダンジョンは奴の思うがままにされてしまう。そうなると、儂も含めてこのダンジョンは成り立たぬ」
「無論、タダとは言わぬ。奴と魔物の軍勢を排除してくれたら、このダンジョンに隠された秘宝を渡そう。どうじゃ、儂の頼みを聞いてはくれぬか?」
「…我々としても、このダンジョンに隠された秘宝は手に入れたい。しかし、デビルズ・アイに対抗するのは…難しい…」
「王子…」
「奴を倒す可能性はある」
「なに!?」
『本当か!』
「デビルズ・アイはもともと魔界の生物。その魔眼は魔の力を生命の源とする者に影響を与える。よって魔物や悪魔、アンデッドといった者たちを従えることができるのじゃ。ただし、人間でも魔族のように魔の力が強い者は影響を受ける」
「そのため、儂は天使を呼び出したのじゃが…。くその役にも立たんかったのう」
『だって…』
しょぼんとするアリエルの頭を優しく撫でて慰めるカストル。アリエルはパッと顔を輝かせてカストルに抱きついた。それを見てギャーギャー騒ぎ始めるアンゼリッテとパールだったが、サラにじろりと睨まれ、悔しそうに黙る。
「天使だけじゃない。人間族も魔眼の影響は受けぬ。幸い、お主たちの中に人間族もいる。天使と力を合わせれば奴を…、デビルズ・アイを倒すことが可能じゃ。どうか、どうかお願いできまいか。頼む」
「だが、クリスタは…」(ラインハルト)
「…非戦闘員ですし、何より大切な友人を亡くしたばかりで…」(サラ)
「無理だよ…」(アルヘナ)
「…………。わたし、やります」
「クリスタ、無理しなくていいのよ」
「そうだ。残念だが我々はここで撤退しようと思う。もう、誰も危険な目に会わせたくない」
「ううん。わたし、戦う…。今までみんな頑張って戦ってきた。でも、わたしは何もしていない…。みんなリザードに任せてしまった。そして、死なせてしまった…。ぐすっ…。だから…だから、わたし、今度は自分で戦う…。やっとここまで来たんだもの。みんなが頑張って来たんだもの…。今度はわたしが頑張る番…」
「そして、必ずあの怪物を倒す! この命に代えても、必ず倒す!!」
「クリスタ先輩…」
「カストル君。見ててね、わたし頑張るから。あと、わたしが死んでも、わたしの事忘れないでくれると嬉しいな…」
「先輩、ボクは先輩を戦わせたくない…。でも、先輩の気持ちは痛いほど分ります。だから、行くなとは言いません。必ず勝ってボクのところに帰ってきてください」
「カストル君!!」
カストルの言葉にクリスタは感激してぎゅうっと彼を抱き締めた。大きな胸の圧力で息ができないカストルは「ブレーク、ブレーク」と言ってクリスタの腕をぺんぺんと叩くが、彼女は全く気づかず、一層腕に力を入れる。そのうちカストルの腕から力が抜け、だらんと下に落ちた。
「クリスタ先輩! お兄ちゃんが死んじゃう!!」
「えっ!? きゃああああーっ、カストルくーん!!」
『ひゃあああ、カストル様ぁ!』
『旦那様、しっかりして!』
『カストル! よ、よし…ここは私が人工呼吸を…』
再び騒ぎ始めた女たち。諦め顔のラインハルトとサラに、困惑顔の老人が話しかけてきた。
「話の続き、してもいいかのう」
「少し待ってもらえます? メイメイ、お願い…」
『え!? ここでオレ様に振るのかよ。仕方ねえな…』
『お前ら! いい加減にしろ!』
メイメイは力づくでカストルに群がる女たちを引き剥がしにかかった。殴る蹴るの抵抗を受けながらも何とかアンゼリッテやパールたちをカストルから離し、大人しくさせる事に成功した。体中にあざをつくり、疲れ果てて床に座り込んだメイメイに治療薬を飲ませ、薬を塗る優しいアルヘナに、メイメイは感動して男泣きする。サラはクリスタとアリエルの手を取って強引に老人の所まで連れてきた。
「話の続きをどうぞ」
「お、おお…。すまんのう」
「ご老人、確かにクリスタは魔眼の影響を受けないでしょうが、彼女は武器も防具も無いのです。やはり戦うのはむずかしいのではありませんか?」
「うむ。そのことじゃが、このダンジョンに隠された武器防具を差し上げよう」
「えっ、いいんですか!?」
「儂にはこの位しかできぬからのう。貰ってくれ」
『私には?』
「天使はそのままでいいじゃろう」
『むーっ、差別だ差別』
老人はサッと杖を振ると、クリスタの前に長方形と正方形の箱がひとつずつ現れた。クリスタは、まず長方形の箱を開けてみる、中には一振りの剣と金銀で装飾された鞘が入っていた。刀身長約80cm、幅はもっとも広い部分で6~7cm程で先に行くほど細くなっている。何より目を引くのは刀身全体が氷のように青く透き通った美しさであったことだ。
「魔法剣アブソリュート・ゼロ。斬った相手を絶対零度の超極低温で凍らせ破壊する究極の剣じゃ。お主は水系魔力を持っているから相性もいいじゃろう。柄に付いとる魔法石が魔力の源じゃて。あと、その魔法石に魔力を通すと氷系の強力な魔法攻撃も撃つことができる」
「す…凄い剣…。わたし、防御系しか使えないから攻撃魔法は有難いです」
続いてクリスタは正方形の箱を開け、納められていた防具を手に取ってドン引きした。装甲を急所である胸部と腹部に絞った、動きやすさに特化した究極の鎧。所謂「ビキニアーマー」というものだった。そのほか、アーマーと同じ材質の肩パッドとブーツ。アーマーと肌が直接触れないようにするための極小アンダーウエア。どう考えても防御力があるようには見えない。小型のラウンドシールドと宝石が散りばめられ、美しい銀細工のティアラもあった。
「ほっほっほ。これこそ究極の巨乳女子専用ビキニアーマー「ヴァルキュリア」じゃ。高純度の蒼魔鉱石製で防御力を高める魔法石との組み合わせにより、直接覆う部分だけでなく露出部の防御も完璧。古代魔法文明の最高傑作じゃ」
「これ考えたの絶対ドスケベなエロ野郎だよ」(アルヘナ)
「いや、男のロマンが詰まった至高の逸品だと思うぞ」(ラインハルト)
「肩パッドとブーツ、ラウンドシールドは高純度ミスリル鋼製。シールドには魔法石が埋め込まれ、重量を軽くするとともに防御力を高めている。ティアラは希少な銀魔鉱石で作られており、あらゆる魔法攻撃のダメージを軽減してくれるのじゃ」
「見た目はアレですけど、防御効果は期待できそうです。とりあえず、ありがとう」
「早速着替えるがよいぞ」
「え…、でも隠れる場所がない…」
「ここでパパっと脱ぐがよい。でへへ…」
「できるか! このエロジジイ!! ホントにダンジョン・コアなの!?」
「王子…、残念と思ってないでしょうね…」
「お、思ってない。1㎜も思ってないぞ。サラ、目が、目が怖いって」
結局メイメイの土魔法で壁を作ってもらい、サラの手伝いで着替えたクリスタ。着替えを終えて出てきた姿にダンジョン・コアの具現体とラインハルトは「おお~っ」と歓声を上げ、アルヘナとアンゼリッテは妬まし気な視線を送り、当の本人は恥ずかしそうにもじもじしている。
「ど…どうかな…」
肩までの赤毛をアップに纏め、カワイイティアラを頭に装着し、ビキニアーマーを装備した姿はエロの一言。胸部ビキニに包まれた大きく柔らかそうなお胸はくっきりと谷間を主張し、くびれた腰を包む留め金に赤い魔法石を使ったパレオから除くビキニパンツがエロっぽい。魔法剣は腰に巻いた革のベルトに装備し、ラインハルトから借りた短剣も予備の武器として帯剣した。
ダンジョン・コアの具現体とラインハルトから拍手をもらいテレテレと顔を赤らめるクリスタがそっとカストルを見る。紳士のカストルは大騒ぎしないものの、これから戦いに赴くクリスタを応援しているように小さく笑みを浮かべて頷いた。そのカストルの背後ではアンゼリッテとパール、アリエルが嫉妬全開の視線でクリスタを睨みつけている。
『ところで、デビルズ・アイの討伐はどうやるんだ?』
「私に考えがある。サラ、皆に集まるように言ってくれ。全員が参加する大作戦になる」
「了解しました」
ラインハルトは周囲に全員が集まった事を確認すると、デビルズ・アイ討伐の作戦を話し始めた。




