第454話 レオンハルトvsヘルゲスト
「どうやら、お前の仲間は2人とも倒されたようだぜ。お前も降伏したらどうだ」
「魔人にとって戦いで倒れるのは誉。わが身砕け散るまで戦うまで!」
「そうかよ!」
「ぬん!」
レオンハルトのバルディッシュとヘルゲストの大剣が何度もぶつかり合う。その度に硬い金属を叩く鈍い音と摩擦によって火花が飛び散る。双方の実力は拮抗し、どちらも軽い傷はあるものの致命傷を受けるには至っていない。
レオンハルトはバックステップで数歩下がると、姿勢を低くして地面を蹴り、一気にヘルゲストの懐に飛び込んでバルディッシュを斜め下から斬り上げた。大剣を引き寄せて防御しようとするヘルゲストだったが、小回りの利かない大剣では咄嗟の動きができない。
「ぬぅ!」
「よっしゃ!!」
バルディッシュの刃が胴を捉えたと確信したレオンハルトだったが、ヘルゲストは体を前方に突っ込ませ、レオンハルトにタックルしてきた。バルディッシュの柄がヘルゲストの体に当たって攻撃が止められ、逆に身を低くしていたのが災いし、ボディに膝蹴りを入れられてしまった。
「ぐふっ!」
衝撃で体をエビのように折り曲げたレオンハルトの背に強烈なエルボードロップが叩きこまれ、うつ伏せに倒されてしまった。ヘルゲストはレオンハルトの背中をがっしと踏みつけて動きを止めると、止めを刺すため、大剣を逆手に持ち上げた。
「くそっ、体が動かねぇ」
「終りだ」
「…そうはいくかっての」
レオンハルトは右手をヘルゲストに悟られないよう、少しずつ腰元に引き寄せ、指を小さく動かしてある物の位置を確かめた。
「強がっても無駄だ。お前はもう動けん」
「あんた、無口なようで意外とおしゃべりだな。お陰で助かったぜ」
「なにっ!」
大剣を振りかぶったヘルゲストの足(床に着地している方)に鋭い痛みが走り、がくっと力が抜けた。
「ぐうっ…。なんだっ…」
ヘルゲストがレオンハルトから離れ、痛みが走った足を見ると足のふくらはぎに短剣が突き刺さっている。
「いつの間に…」
「オラァ! 油断大敵だぜ、ヘルゲストさんよっ」
「むうっ!」
起き上がって体勢を立て直したレオンハルトがヘルゲストの脳天目がけてバルディッシュを振り下ろした。ヘルゲストは大剣を横に持ち上げてその一撃を受け止め、力任せに押し返した。そしてふくらはぎから短剣を抜くと床に投げ捨てた。
「足が傷つきゃ、そう自由に動けんだろう。形勢逆転だな」
「果たしてそうかな…」
「なにっ!」
レオンハルトが見ると、傷ついたハズのヘルゲストの足が何事もないように元通りになっている。
「てめぇ、治癒魔法を、暗黒魔法を使えるのか?」
「違うな、俺の能力は「完全回復」。魔人として持って生まれた力だ。どんな傷でも瞬時に直す。従って俺に致命傷を与える事はできん」
「ちっ…、厄介だな。しかし…」
「首を刎ねちまえば終りだ!」
「ふんっ!」
再びバルディッシュと大剣が激突する。レオンハルトの上段からの振り下ろしを躱したヘルゲストに返す刀で下からの斬り上げが襲う。大剣を叩きつけてバルディッシュを跳ね返すと体全体を半回転させ、遠心力を使った斬撃放つがレオンハルトはバルディッシュの柄で受け止めた。
「やるな…。俺の剣をここまで受け止めたのはお前が初めてだ」
「そうかよ。結構修羅場を潜ってきたもんでな」
今度はヘルゲストが左右上段からガンガンと大剣を叩きつけてきた。レオンハルトはバルディッシュの柄で受け止めながら、カウンターのタイミングを図っている。しかし、攻撃速度が速く反撃のチャンスがなかなか来ない。それでも辛抱強く攻撃を受け止めながらチャンスを待つ。
痺れを切らしたのはヘルゲストの方が先だった。右斜め上に大剣を振り上げるとレオンハルトの左肩から右わき腹に抜けるスラッシュ技を放ってきた。
(来た!)
バルディッシュを振って迎撃するレオンハルト。剣の刃が斧の刃の曲線に当たって火花を散らしながら滑って行く。ヘルゲストはレオンハルトの右に抜けた剣を勢いそのままに体を回転させて振り回し、速度と威力を増して横からの斬撃を放った。レオンハルトも体を半回転させ、遠心力を乗せて迎撃する。
ガキイィイン!
激しい金属音が鳴り響き、ヘルゲストの剣を持つ腕が大きく跳ね上げられた。
「今だ!」
レオンハルトはバルディッシュを下段に構え、ヘルゲストの跳ね上がった腕目がけて力いっぱい振り上げた! ザシュと肉が斬り裂かれる音がして、どさりと大剣とともに腕が床に落ちた。
「…………」
「終りだヘルゲスト。降伏か死かどちらか選べ」
ヘルゲストの腕は肩口からすっぱりと切り落とされている。魔人の能力「完全回復」によって血は止まっている。見るといつの間にかアンデッドと筋肉質の人間の女、人間化した魔物が自分を囲んでいる。
『唐揚げレモンもラデュレーも儂らが倒した』
「もう逃げ場はないわよ」
『攻撃は無駄ですよ。私が全部防いじゃいますので!』
「…………」
ゆっくりとした動作で腕を拾い上げたヘルゲストは切り口同士を重ね合わせた。瞬時に肉が結合し始めて腕が元通りになり、手をグッパッ、グッパッと握ったり開いたりして動作を確認した。
「この場は俺の負けだ…。だが降伏はしない。邪龍ガルガ様を復活させ、この世界を、人間どもに復讐するまでは死ぬわけにはいかん。魔人を使い捨ての道具にした人間どもを許すわけにはいかない…」
ヘルゲストはそう言うと、サッと懐に入れて何かを取り出し、地面に叩きつけた。パリンと音がして辺りが煙に包まれる。
「うっ、煙幕か!?」
「レオンハルト、次は決着をつける…」
煙が晴れた後にヘルゲストの姿は既に無く、ラデュレーと唐揚げレモンの死体だけが残されていた。レオンハルトは大きく深呼吸すると、どっかと床に座り込んだ。
「はぁ~、ヤバかったぜ。マジで死ぬかと思った」
「レオンハルト君にそこまで言わせるとは…。ヘルゲストか、ガルガを追う以上、また会うかも知れないわね」
「勘弁してほしいぜ」
『ところで、何故あ奴らがここにいたのじゃ?』
『私が教えたからですよっ』
『何じゃと貴様…。裏切っていたというのか?』
『違いますって。裏切ってませんって。怖い、怖いですよドスケベおじさん! あのですね、実はですね…、もう怖いですから睨まないで下さいって!』
「なるほど、エヴァちゃん騒動で私たちが温泉に入っている間に、宝箱を回収に行ってたと。その際に山道を歩く3人組がいて、最下層について訊ねられたので、転移装置の事を教えたというのね」
『はいい~。だって話しかけたら「ブッ殺すじゃん!」とか「シャウウーッ」とか言っていきなり攻撃してきたんですもん。ビビるじゃないですかぁ~』
「まあ、そうね…」
『なら、何故黙っておったのじゃ』
『えっとですね、その…、あのですね…。何か面白くなるかも知れないかなって…』
『貴様…、貴様が黙っていたせいで、儂らは仲間の1人を死なせてしまったのじゃぞ!』
『うう…、ごめんなさい…』
『反省だけならスケルトンでもできるわ! すぐ忘れるがの。儂の罰を受けてもらう。ラーメラ、そこに立て!!』
『ひっ…。こ、殺すの…?』
『フフフ…、ブラッド・サクリファイスは直接触れて発動する魔法。防御壁なぞ関係ないからのう。お主にも効果があるじゃろう。クックック…』
『ひいっ…。ゆ、許して…おじさん。ヤダ、体がうごかないよう!? うわわーん!』
「おいおいオッサン。勘弁してやったらどうだ。オレたち彼女に随分と助けられたろう」
「そうよ、可哀想じゃない。ギャン泣きしているわよ」
『ダメじゃな。必殺、ワイト・ストレッチ・ハンド!!』
『キャアアアアーーッ! えっ…?』
エドモンズ三世は手指の骨をワキワキさせながら魔法を唱えた。すると上腕骨と橈骨・尺骨がみょーんと伸び、手がラーメラのビッグバストをむにょんと掴み、モミモミと揉みしだく。ラーメラは自分の身に何が起こったか数秒考え、理解したと同時にまた悲鳴を上げた。
『いや~ん、エッチィ~』
『うひょひょ、こりゃいいパイオツじゃて。この柔らかさ、手に吸いつくような感触、指の間から零れる乳肉…。これこそ巨乳の醍醐味じゃ。どこぞの筋肉胸に教えてやりたいわ』
「筋肉乳って誰の事を指して言ってるのかしら…」
『ギクッ…』
ラーメラの巨乳から手を放し、ギギギと首を回して声の相手を見る。そこにはこめかみに青筋を立てながら笑顔でエドモンズ三世を見る金色の死神マーガレットがいた。
『ひぃ…、マ、マーガレット様!』
「私の胸を揉んだこともない癖に、よく筋肉とか言えるわね。ほら、筋肉かどうか触ってみなさいよ」
『いや、年増の胸を触ってものう…。やっぱり揉むなら若くて張りのある方が…』
ピキッと青筋から音が鳴る。笑顔のままがっしとエドモンズ三世を捕まえたマーガレット。エドモンズ三世は激しくイヤイヤをして逃げようとする。マーガレットはエドモンズ三世を仰向けにして肩の上で抱え込み、逆エビに折り曲げようと腕に力を込める。
「バックブリーカー・マーガレット・スペシャル・ツー!!」
『マーガレット様、お許しを、お慈悲を! ギャアアアアアーーッ!!』
「大変だったな、ラーメラ。もう泣くなよ、ほら行こうぜ」
『はい…。くすん…』
めそめそするラーメラの肩を抱いて、隠し階段を降りるレオンハルト。背後から骨が折れる「バキン!!」という音とともに、エドモンズ三世の断末魔の叫びが聞こえてきた。




