第453話 赤い血潮の宴
ガキィイイン!
ラデュレーのブラッドブレードとマーガレットのグラディウス+4が激突し合い、甲高い金属音とともに、火花が飛び散る。
「キャハッ! やるじゃん、オバさん!」
「随分と口が悪いわね。これはオシオキが必要ね」
「その上から目線の物言い…。ラデュレーがいっちばんキライな奴じゃん。エラそうな口利きやがって…。ぜーったいに殺すじゃん!」
「本当に躾のなってない子ね。どういう育ち方をしたらこうなるのかしら」
「うるさい! 死ねババア! ブラッドブレードッ!」
真っ赤な刀身を持つ剣がマーガレットの首を狙って迫る。
「殺ったじゃん!」
「甘いっ!」
「ぎゃん!!」
剣が首に届く寸前、マーガレットの渾身の蹴りがラデュレーの腹に突き刺さった。体をくの字に折って吹き飛び、床に叩きつけられてゴロゴロと転がるラデュレー。怒りに顔の筋肉を震わせ、悠然とした態度で近づいてくる女偉丈夫を睨みつける。しかし、思ったよりダメージが重く、体を四つん這いにするのがやっと。
「ラデュレー。あなた、今まで何人の人を殺してきたの?」
「な…、なんでそんなことを聞く…。げふぅ!」
今度は腹を蹴り上げられ、衝撃で口から胃液が飛び、体が浮き上がったところに回し蹴りが炸裂した。
「がは…っ。こいつ…、強い…じゃん」
腕の力で上体を起こし、圧倒的な力を示すマーガレットを見る。しかし、その目に宿る光は消えていない。歴戦の勇士でもあるマーガレットは油断せず近づき、止めを刺そうとグラディウスを上段に振り上げた。
「キャハッ! 隙だらけじゃん、ブラッドブレード!」
「何ッ!」
ラデュレーの手から離れていた2本の剣が、がら空きになったマーガレットの胴目がけて時間差と角度を違え、高速で飛んできた。咄嗟に迎撃態勢を取り、1本はグラディウスを合わせて弾き返したが、もう1本が目の前に迫る。間に合わない! 敗北を覚悟したマーガレットだったが、不可視の防壁が剣を受け止め、弾き返した。
『防御は任せてください!』
「助かったわ、ラーメラちゃん!」
「クソ、決まったと思ったのに…。あったまくるじゃんか!」
起き上がって、剣を呼び寄せ、手に取ったラデュレーが心底悔しそうにマーガレットを見る。マーガレットも一旦下がり、改めて剣を構えた。背後ではラーメラが防御障壁を展開している。
ラデュレーは腰のベルトに取り付けていたポーチから治療薬を取り出し、一気に飲み干して空瓶を床に投げ捨てた。瓶はカラカラと音を立てて床を転がる。
「ゴミはゴミ箱に捨てなさいって教わらなかったの?」
「うるさい! その偉そうな口、ムカツク!」
一気に間を詰め、両手のブラッドソードを力任せに交互に斬りつけてくるラデュレーに対し、マーガレットは冷静にグラディウスを合わせて捌く。時折お互いのカウンターが入るが、ラーメラの防御障壁とラデュレーのスーツが刃を通さず、決め手に欠けていた。
「くっ…、あのボディスーツ、薄っぺらいくせに何て防御力なの。こんなんじゃラピスに笑われちゃうわ…」
「ちっくしょう、ブラッドソードが通らねえじゃん! あの女を先に殺っちゃう? ダメじゃん、その隙をババアが見逃すはずないじゃん。なら、防御を上回る攻撃で一気に決めるッ!!」
バックステップで距離をとったラデュレーが助走を付けて高くジャンプし、2本の剣をクロスさせて魔力を込める。
「必殺! アルティメット・ライザー・アタック!」
叫ぶと同時に剣が光り輝いてプラズマ化し、超高温のレーザーブレードと化した。一瞬でも触れれば高熱によって蒸発してしまうだろう。ブレードをクロスさせたまま逆さ落としに突っ込んできた。凄まじい突っ込み速度に回避は不可。迎撃するしかない。マーガレットはグラディウス+4の耐久性を信じ、前傾姿勢の構えを取って一瞬の攻撃に賭ける。
バキィイイイン!
一瞬の閃光とともに鋭い金属音が響いた。右手で大きくグラディウス+4を振りぬいた姿勢のマーガレット。その背後に膝立ちで着地しているラデュレー。時が止まったように微動だにしない2人を息をのんで見つめるラーメラ…。
『あっ…』
ラーメラが小さく声を出した。パキン…と音を立てて根元からミスリル鋼製のグラディウス+4が折れ、刀身がカランカランと音を立てて床に落ちた。がくりと床に膝を着くマーガレットの気配を感じ、ラデュレーがニヤリと笑みを浮かべる。
「バ…、ババアの癖に…、やる…じゃんか…」
「ラ、ラデュレーの腕は…どこ…?」
肘から先を失った両腕を悲しそうに見つめ、ガハッと口から血を吐いたラデュレー。腹から胸にかけて大きく斬り裂かれ、血と内臓がボトボトと零れ落ち、ドサリと音を立てて床に倒れた。
「はあ…」
大きく息を吐いて立ち上がったマーガレットの足元にブラッドブレードを握りしめた2本の手が落ちている。折れたグラディウス+4に「ありがとう」と礼を言ったマーガレットの側にラーメラが走り寄ってきた。
『だ、大丈夫ですか? マーガレットさん!』
「なんとか…ね。咄嗟に魔法防御に切り替えてくれたラーメラちゃんのお陰よ。ありがとう」
『いえいえ、私は攻撃系がからっきしなので、こんなことしかできませんので。えへへ』
「いくら殺人狂でも、子供に手をかけたのは後味が悪いわね…」
『仕方ありません。殺らなければ殺られる。戦いの世界は厳しいのです』
「まあ、それはそうなのだけど…」
マーガレットはラデュレーの側に屈むと、光を失った瞳を見て2、3度首を振った。そして、そっと手で瞼を閉じ、少しの間黙祷した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヒョオオオォーッ! ヒャウッ! シャオーッ!」
唐揚げレモンの手刀による連続技がエドモンズ三世を襲い、全身をバラバラに切り刻む。床に散らばる骨をジャリッと音を立てて踏み潰し、ニヤリと笑みを浮かべる。
「アーハハハハッ。他愛もないわ~。暗黒魔法が使えるといっても所詮アンデッドよね。魔法を唱える間を与えなければただのザコよ、ザ・コ・ってね」
勝利を確信し、高笑いするレモンの背中にゾクッとした悪寒が走る。何事かと振り向いたレモンの目に入ったのは、粉々になったエドモンズ三世の残骸から青白い炎が吹き上がっていたのだ。
「な…なに!?」
『ハーッハハハハハーッ! ふっかーつ!』
炎が消えると何事もなかったようにエドモンズ三世が立っていた。宝杖をぺしぺしと掌で叩きながら、ゆっくりとレモンに近づく。
「なんで…、バラバラに刻んでやったハズなのに…」
『クックック…。バカめ、儂を誰だと思うとる。儂は不死のアンデッド、死霊の王ワイトキング「エドモンズ三世」じゃ。お主程度の腕じゃ儂を滅することはできぬ』
「くっ…。ヒョォ~、シャウシャウッ!」
唐揚げレモンは再度手刀でエドモンズ三世を切り刻むが、また青白い炎が吹き上ると、中からエドモンズ三世が現れた。
『無駄じゃ』
「…くそっ」
『お主らは儂を完全に怒らせた。儂はユウキから仲間を守ってと託された。なのにお主らは仲間を殺した。約束を守れなんだ儂はユウキに顔向けできぬ…』
「だから何だというの?」
『儂が守るべき仲間を殺したお主らを殺す』
「黙れ! 死ぬのはお前だ。ヴェルゼン山での屈辱、ここで100倍にして返すわ。シャオッ!!」
鋭い手刀がエドモンズ三世に迫るが、宝杖を当てて手刀の軌道を変えると唐揚げレモンの懐に一気に踏み込み、ガシッと顔を掴む。レモンはエドモンズ三世の手を握って振り解こうとするがピクリとも動かない。骸骨とは思えないパワーでギリギリと締め付けられる。レモンは苦痛で悲鳴を上げた。
「ギャアアアーッ! 痛い痛い痛いーっ! 」
『この程度じゃ済まさん。我が怒り思い知るがよい!』
『死の苦痛に絶叫せよ! ブラッド・サクリファイス!!』
死の魔法の発動とともにレモンの血液が激しく沸騰し、全身の穴という穴から飛び散ると同時に、皮膚も肉も高熱で溶け始め、ボタリ、ボタリと床に落ちてシミをつくる。凄まじい苦痛にレモンの絶叫が響き渡った。
「ギャアアアアアアッ! 熱い、熱い、熱いぃーっ!」
「グギャアアアアアア… アアァ…ァァァ… ァァ…」
絶叫は断末魔の唸り声に変わり、やがてそれも消えていった。エドモンズ三世の手には肉が溶け落ち、白骨となった唐揚げレモンがぶら下がっている。エドモンズ三世は無造作に骨となったレモンを投げ捨てた。そこにラデュレーを倒したマーガレットとラーメラが集まってきた。
「エドモンズ様」
『マーガレットか。ラデュレーを倒したのじゃな』
「ええ、なんとか…」
『ユウキでさえ苦戦した相手を倒すとは…。さすが金色の死神じゃの』
「強敵だったわ。でも、魔人とは言え子供に手をかけたのが後味悪くて…」
『気にすることはない。あ奴も、唐揚げも多くの人間、亜人を殺してきた。ただ殺したいという理由だけでな。いずれ倒さなければならぬ相手じゃった。それが今だっただけじゃ』
「そうね…。ありがとうエドモンズ様。少し気が楽になったわ」
『うむ。しょぼんとしているのはマーガレットらしくない。いつも通り堂々と胸を張って歩くがよい。じゃが、エヴァリーナの前で胸を張るのはダメじゃぞ、お主の巨乳に嫉妬するだけじゃからな。ワーハハハハ!』
『せっかくカッコよく纏めたのに、やっぱりドスケベおじさんはドスケベですね』
『じゃかましいわ。さあ、レオンハルトを助けに行くぞ、苦戦しているはずじゃからな』
「ええ!」
『はいさっさー!』
ホールの奥で戦うレオンハルトとヘルゲストの姿がある。3人は急いで救援に向かうのであった。




