第451話 帰還
ぎりっと唇を噛みしめ、悔しさを現すユウキの肩にポンと手が置かれた。振り向くとアンジェリカやミュラー、ラピスがユウキを見つめている。思わず俯いたユウキにアンジェリカが優しく語りかけた。
「今回の事は気にするな。相手が1枚上手だっただけだ。次は私たちがやつらの上をいけばいい。起動システムを取られても、直ぐに邪龍が復活する訳ではない。戻って皆と対策を考えよう」
「そうよ、元気出しなさいな。ユウキらしくないわよ!!」
「俺がウルで活動していた頃からやつら暗黒の魔女を探しているって話だった。ユウキちゃんの存在がバレてしまったからには、気をつけなければなんねぇな…。よし! こうなったら四六時中俺がユウキちゃんの側にいるぜ。当然お風呂も寝室も一緒に…。うぐっ…」
ラピスのボディがキレイに入ってミュラーは床に蹲った。それを見たユウキはなんだか可笑しくなって笑い出した。
(ありがとう、みんな。わたしは大丈夫だから…)
「そういえば、変態ヴォルフやポポたちの姿が見えないね」
「そういやそうだな」
ユウキとアンジェリカがきょろきょろと周囲を見回すと、隠し部屋の外からヴォルフとポポがひょいと顔を出した。2人とも満面の笑みを浮かべている。
「こっちに来てください。お宝部屋を発見したのです!」
「え、まだ隠し部屋があったの? てか、ポポとヴォルフは何やってたのよ。2人がいればタマモを捕らえられたかも知れないのに」
「何かあったのです? そういえばアンネマリーがいませんね。どうしたのです?」
ユウキたちは「はあ~」とため息をつきながら、今あった出来事を話して聞かせた。ポポもヴォルフもウルの妖狐の話に驚いた様子だったが、終わったことは仕方ないとあっさり心を切り替え、ユウキたちをお宝部屋に案内するのだった。
「ポポちゃんもヴォルフも切り替えがはぇーなー」(ミュラー)
ポポが案内した部屋は邪龍の起動システムが置かれた部屋から少し離れた場所にあった。小さな入り口を潜り、狭い通路をしばらく歩くと10m四方の広間に出た。中ではレドモンドとエドワードが並べられた品々を物珍しそうに見ている。
『どうやらこの部屋は、魔物を倒すための強力な武具を納めた部屋のようだな。いずれも強い力を秘めているようだ』
ヴォルフがアンジェリカやラピスを捕まえて偉そうに説明し始めた。ユウキは苦笑いしてその様子を見ていたが、ある武器に気づいて近寄ってみた。その武器は鈍い光沢を放つ銀灰色の柄に蒼く輝く不思議な金属でできた全長2.5m程の槍であった。
「ほう、これは中々の業物だな」
「うん、何かこう…、不思議な力を感じる…」
「そうなのか? 俺には魔力がないからわからんな」
「あ、プレートがあるよ。なになに…「神槍グラディウス」だって」
「神槍…。大層な装飾語だな。しかし、それだけの雰囲気はある」
「ミュラー、槍は使える?」
「ああ、武器は一通り訓練した。剣ほどではないが槍も使えるぜ」
「なら、このグラディウスはミュラーが使いなよ」
「いいのか?」
「うん、わたしにはゲイボルグがあるし、この槍はミュラーに使ってもらいたいように感じるの」
「そうか。ユウキちゃんがそう言うのなら、有難く使わせてもらうぜ」
ミュラーはグラディウスを手に取って、2、3度振ってみて感触を確かめた。持った瞬間にグラディウスは手に馴染み、昔からの戦友のように自在に動いてくれることに驚く。
「これは…、凄い。もう手に馴染みやがる…」
「わあ、凄く似合ってるよ(神槍と魔法剣を持つ世界最強の帝国の皇子様…。ヤダ、格好いいじゃない…)」
ミュラーの前でテレテレとした笑顔で顔を赤らめるユウキを見て、ラピスはニマニマと怪しげな笑みを浮かべ、アンジェリカは嬉しさと寂しさが入り混じった複雑な表情をするのであった。そのアンジェリカの肩がトントンと叩かれた。振り向くとポポの護衛騎士のエドワードが「何も言うな、全て分っている」とばかりに頷いていたのだった。
「そんな顔をするなよ。せっかくの美人が台無しだぞ。なに、君にも春は来るさ」
「エドワードさん…」
宝物庫には様々な武器、防具、マジックアイテムその他が多数収蔵されていた。ユウキのマジックポーチなら全部収納して持ち帰ることも可能だったが、話し合いの結果、各自必要なものだけ取ることにし、残りはいずれ訪れる冒険者たちのために、ここに残すことにした。
剣を失ったレドモンドは魔法剣ロングソード+8を手に取り、エドワードは魔鉱石の刀身を持つショートスピアとミスリス製のダガーを手にした。アンジェリカは弱点の防御力を強化するため、エンジ色のハーフマントを手に取った。「戦姫の緋色」と書かれたプレートにはマントに描かれた金銀の魔糸による刺繍の発する魔力で防御力を高めると説明があった。
「うん、これは結構いいものだ。デザインも気にいったし、私はこれをもらう」
「わたくしはこれね。オーラパワー・マジックライズ・リングⅡ! 魔力を大幅に高める腕輪よ。装飾品としてもいいわね。アンジェとお揃いってのもポイント高いわ」
ポポは自分は魔鉱石の短剣をもっているからと、お土産と称してレグルスに炎の精霊が宿った魔法剣フレイム・タン、アンナに魔法剣ショーソード+4を持ち帰ることにした。
「うーん、じゃあ、わたくしも駄メイドたちに何か持って行こうかな…。どれにしよう、適当でいいわね。ユウキはどうするの?」
「え、わたし? どうしようかな…」
特に何も考えていなかったユウキは、とりあえず宝物庫を眺めていたが、あるものの前で立ち止まった。そこに展示されていたものは、キラキラとした光沢を持つ淡緑色のリボン。金色の魔糸による刺繍で縁取りされたそれは、ララとお揃いで買ったリボンに似ていた。リボンからは魔力を感じるがどのような効果があるのか、説明書きが無いため分らない。しかし、ユウキはこのリボンが自分を待っていたような気がしてならなかった。
「わたしは、このリボンを貰うよ」
「そんなものでいいのか?」
アンジェリカが以外そうに聞いてきたので、ユウキはこくんと頷いた。
「うん。武器はゲイボルグと振動波コアブレード、ミスリルダガーがあるし、鎧はハーフプレートと魔女の服があるから。それに…」
「それに?」
「このリボン、ずっとわたしを待っててくれたような気がして…。どうしてかな? とても大切な物のように思ってしまうの」
「ふーん。ま、ユウキが気に入ったのならいいんじゃないか?」
「うん!」
全員気に入った品物を手にしたことから、ユウキは転移魔法を使うからと全員に集まるように声をかけた。すると、部屋の片隅に置かれた箱を漁っていたラピスが興奮したような表情でユウキのところに駆けてきた。
「ねえねえ、見て見てユウキ、こんなの見つけた!」
ラピスが両手で高々と掲げたのは男性物のローライズビキニブリーフだった。色は明るい黄色で前も後ろもスッケスケ。穿けばもろに玉袋と竿がくっきりしてしまう至高の逸品だ。ユウキとアンジェリカはあまりの破壊力にナニを想像してしまい、「ヤダー!」と悲鳴を上げる。しかし、顔は笑ってる。
「こ、こいつはスゲエ下着だな…。穿くには勇気がいるぜ」
「兄様に差し上げるわ。穿けば股間攻撃力が10上がるみたいよ。股間攻撃力ってなにかしら。ユウキ知ってる?」
「え、えっと、し、知らない(ホントは知ってる…)」
「ラピスはまだ知らなくていい! でもまあ、折角持ってきたんだ。もらっとくよ。サンキューな…」
ローライズビキニブリーフを手に取ったミュラーはちらとユウキを見た。視線を感じたユウキは顔を赤くしてそっぽを向いた。ユウキが何を考えているかピンときたミュラーは、ニヤリと笑みを浮かべ、パンツを丁寧に懐にしまうのであった。
(俺の股間にピンときた。そう遠くない内にこのパンツの真価が発揮される時が来ると!)
「ふむ。エドワード、あのパンツ、まだあったぞ。我々も貰っておこう」
「じゃ、オレは情熱の赤で」
「俺は白一択だ。これで気の強い系猫耳ちゃんを堕とす!」
「その前に猫耳ちゃんと出会う方が先だと思うぞ、レドモンド」
「すっかり忘れていたけど、ヴォルフは気にいった武器か何かはあったの?」
『本当に思い出したように言ってきたな…。吾輩はこの魔法槍を貰い受けることにした。ヴォルテックス・ランスという名らしい。風の魔力を宿しているとある。「疾風ヴォルフ」の名に相応しいではないか』
「アンタ、自分で勝手に二つ名を増やしてるわね。一体どこの英雄伝説よ」
『おふっ、向こうで見つめるラピスちゃんの熱き視線。あの蔑んだ目…、ツンデレ小悪魔ロリ巨乳美少女の視線が尊い…』
「全くこのド変態は…。さて、みんな地上に戻ろう。集まって」
ユウキの声にメンバーが集まってきた。しかし、そこにはアンネマリー(タマモ)の姿はなく、仲間たちは改めて任務の失敗を悟り、沈んだ表情になるのであった。
「どうしたの。元気出そうよ、お宝も手に入ったんだし。確かに邪龍ガルガの起動システムはウルの手に渡ってしまったけど、わたしたちは精一杯やったじゃない」
「そうだ、ユウキちゃんの言う通りだぜ。俺たちは頑張った。胸張って帰ろうぜ」
「ははは、私としたことが…。そうだな、それにダンジョンの主ジル・ド・レも倒した。これからのダンジョン探索の一助になったろう。これも大きな成果だ」
「そうよね、アンジェの言う通りだわ!」
「オレたちはポポ様を守り通した。騎士としての役目を果たせた。これで給料の減額見逃してくれんもんかな…」
「ホント、それな」
「エドワードも、レドモンドもありがとうなのです。地上に戻ったらポポが給料の増額をレグルスに口利きしてあげるのです」
「ポポ様! さすがレグルス様が選んだ御方。一生ついていきます!」
『ユウキ』
「なに?」
『済まなかったな。吾輩が付いていながら、敵にやすやすと起動システムとやらを奪われるとは…。このヴォルフ、一生の不覚』
「仕方ないよ。まさか仲間に化けているとは思わなかったもの」
『しかし、見抜く事さえ敵わなかったとは情けない…』
「…………。わたし、ヴォルフには感謝してるよ。ヴォルフがいなきゃここまで来れなかった。ヴォルフが先陣きって戦ってくれたから、みんな頑張れた。ありがとうね」
『ユウキ…。次にあの妖狐に出会ったら吾輩に任せてくれぬか。吾輩が必ず討ち取る。この屈辱を何倍にも増して返してやるわ。ラファールの獅子の恐ろしさを嫌というほど味合わせてやる…』
「ヴォルフ…。ありがとう、これからもわたしを助けてね」
『おおう! 戦士の名誉にかけて!!』
ユウキはここまで着いてきてくれた仲間に感謝の気持ちでいっぱいになった。潤む瞳を仲間に悟られないように拭うと、全員で手をつなぎ、地上に向かって転移魔法を発動させた。転移魔法陣の光に包まれる仲間たちの顔は皆笑顔であった…。




