第449話 決着
ガキィイン! バキィイン! 暗黒の球体の中でユウキとジル・ド・レは激しく槍と剣を合わせていた。連続で響く金属音と飛び散る火花。ゲイボルグがジル・ド・レの肩や胴を斬り裂けばレイピアがユウキの腕や足を貫く。2人は距離を取って傷ついた場所を修復する。ユウキは治癒魔法で、ジル・ド・レは不死の魔力で…。
完全回復した2人は再び持てる剣技の全てを出して戦う。お互い魔法は最後の決め手と考えているため、魔力を温存している。
(くっ…、攻略方法が見えてもジル・ド・レは強い。このままではこっちが先に体力、魔力切れで倒れてしまう。もっと、もっと力が欲しい…)
ユウキめがけて突き出されたレイピアの一撃をゲイボルグの柄で払い、バックステップで後方に下がって間合いを取った。そしてゲイボルグを水平にし、そのまま両腕を体の前に伸ばして魔力を限界まで…、限界を超えて高める。
『むっ、何をするつもりです』
ユウキの体が暗黒の闇に包まれ始め、やがて完全にその姿を隠した。ジル・ド・レは一体何が起こるのかと警戒する。時間にして1~2分程経った頃、闇の中心が眩く光り、髪の衣が吹き飛んだ。中から現れたのは、魔槍ゲイボルグを携え、体のほとんどを露出し、胸と腰回り、膝の下から足先までを黒く禍々しい鎧で覆い、黒い髪を靡かせて真っ赤な瞳でジル・ド・レを見つめるユウキがいた。
『ほう…、凄まじいまでの魔力を感じます。ユウキさん、それが貴女の本当の姿ですか』
「わたしは暗黒の魔女…。ジル、この姿を見たからには貴様は終りだ」
『面白い…。「真祖」の力、こんなものではありません。暗黒の魔女、死して眷属となり永遠に私に隷属するのです!!』
「死ぬのは貴様だ」
『ハーハハハハッ! バンパイア・ブラッド・ファイヤー!!』
ジル・ド・レが超高熱の火球を放った。しかし、ユウキはゲイボルグのひと薙ぎで火球を斬り裂き、消滅させる。顔を顰めたジル・ド・レは連続して火球を発射した。ユウキはジル・ド・レを中心として円を描くように走る。ユウキの背後で外れた火球が着弾する音が聞こえ、直撃コースにあるものはゲイボルグによって無効化した。
『…おのれ』
「どうしたジル、これで終わりか。今度はこちらから行くぞ!」
床を蹴ったユウキは一気にジル・ド・レの間合いに踏み込み、ジャンプして体を反らせ、その反動を使ってゲイボルグを上段から振り下ろし、頭から股下に、返す刀で胴を薙ぎ払った。縦横4つに斬り裂かれたジル・ド・レの体が床に崩れ落ちる。その音を背中で聞きながら…、
「外したか…」
と呟いた。その言葉通り、ジル・ド・レの肉が蠢き絡み合い、ついには元通りに復活した。ゲイボルグを一振りしてジル・ド・レと対峙するユウキ。不敵な笑みを浮かべてユウキを見つめるジル・ド・レ…。
『凄まじいほどの力です。それに圧倒的な暗黒の魔力…。このままでは流石の私でも勝ちは難しい。フフフ、アーッハハハハ! なら、私も本気を出すまで!!』
『ヌゥウウウンッ!!』
「…? 何をするつもり?」
胸の前で腕をクロスさせ、前傾姿勢となって力を体中に溜めるジル・ド・レ。ユウキが警戒しながら見ていると、背中のコウモリの羽が抜け落ち、皮膚を破ってドラゴンの羽が生えた。そして、体を起こした姿を見てユウキは驚く。スラリとした瘦せ型だったジル・ド・レの体はボディビルダーのように筋骨隆々になり、両手の爪は鋭く伸び、獲物の首筋に突き立てる牙は大きく鋭く、上あごから外にはみ出ている。
『ファーハハハハッ! どうです、ユウキさん。これが「真祖」の本当の姿。貴女が暗黒の魔女の力を解放したように、私も真の力を解放した。これで五分と五分…、いや、私の方が上回ったと言えましょう。ハーハハハハッ、アーッハハハハ!!』
(化物め…。でも、ヤツの左胸にあった魔法陣は残ってる。やはり、あそこを狙うしかない!)
『ククク…。どうしました? 来ないなら、こちらから行きますよ』
『ハァアアーーッ!!』
ジル・ド・レの鋭い爪がユウキを襲う! ゲイボルグで爪を弾き返し、体勢を崩したところで下から斬り上げて腕を斬り飛ばす…が、すぐに腕は元通りに復活し、頭上からユウキを襲う。これをゲイボルグの柄で防ぎながらジル・ド・レの頭に爆裂魔法を放って吹き飛ばす。しかし、この攻撃でもダメージは与えられず、アッという間に頭は再生した。
『ハーハハハハッ! 無駄無駄無駄無駄、無駄ァーッ!!』
鋭い爪の攻撃が上下左右から繰り出され、ユウキは捌くのにいっぱいいっぱいになってきた。しかし、ここで引いたらチャンスは来ないと、その場に踏みとどまり、迎撃戦に徹する。受けた傷は体中に治癒魔法を巡らせて片っ端から治し、ダメージを最小限に留めることも忘れない。
無限に終わらないと思われた攻防に、先に嫌気がさしたのはジル・ド・レだった。上空に飛び退るとドラゴンの翼を体に巻き付け、高速回転を始めた。
『いい加減飽きましたね。これで終りにします。バンパイア・スピン・クラーッシュ!』
高速回転するジル・ド・レがユウキ目がけて突っ込んできた。アレを喰らえば一瞬でバラバラにされてしまうだろう。しかし、ユウキは逃げなかった。暗黒の魔女の力を信じ、マヤが愛した魔槍ゲイボルグを信じて迎撃態勢を取る。
目の前に迫る回転体に向かってユウキは飛んだ。そして、両者激突する寸前、ゲイボルグを一閃させ、その反動を利用して回転体の上を飛び越えて背後に着地した。一方、回転を停止させ、床に膝まづいたジル・ド・レは立ち上がって振り向き、ユウキを見てニヤッと笑う。その体に縦に亀裂が入り、2つに割れた。
「今がチャンス! これで終わりだ、ジル!!」
ユウキはゲイボルグを頭上で回転させながら、一気に床を蹴って間合いを詰め、ジル・ド・レの左胸に描かれた魔法陣目がけてゲイボルグの一撃を放った!
「重破斬!!」
ゲイボルグの一撃は狙い違わず、ジル・ド・レの左胸に描かれた魔法陣を斬り裂いた。その瞬間、ジル・ド・レ絶叫が響き渡る。
『ギャァアアーーッ! 私の、私の魔力が抜けるゥウウーーッ!!』
『グアアアアッ…、グヌヌゥ…、溶ける…、溶ける溶ける溶けるゥ! ギャアアアアアーーーッ!!』
不死の魔力の根源を失ったジル・ド・レの体が煙を上げてシュワシュワと音を立てて溶けだした。
「終りだ、ジル」
『フ…、フフ…フ。どうやら…そのようです…ね』
『アンデッドの…、紋章を…見抜き、斬るとは…。ハハハ、恐れ入りまし…た』
「…………」
既にジル・ド・レの体は半分以上溶けて泡のように消えている。残りも間もなく消えるだろう。ジル・ド・レは光を失いつつある瞳でジッとユウキを見つめている。
『やはり、貴女は…、どこかジャンヌに…似て、います。私の愛した…、女性に…』
『ユウキさん…』
「なに?」
『最後に…、貴女の顔…を、よく…見せ、て…くださ…い』
「…………」
ユウキは膝をついて、顔を近づけた。ジル・ド・レの体はもうほとんど溶け消えて首から上しか残っていない。ジル・ド・レはユウキの顔をじっと見て小さく笑みを浮かべ、目を閉じた。
『…ああ、ジャンヌ…。私も今…、逝き…ま…す』
『ありがとう…。ユウキ、さ…』
その言葉を最後に吸血鬼ジル・ド・レはこの世から消えた。同時に魔力で作られていた暗黒球も消滅し、ユウキが気が付くと屋敷の玄関ホールに戻っていた。
「さよなら、ジル…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ユウキが戻ってきたのです!」
「ユウキ、無事か!」
「ポポ、アンジェ…」
戻ってきたユウキにポポとアンジェリカが駆け寄って来た。だが、暗黒の魔女姿を見て立ち止まり、心配そうに声をかける。
「ユウキ…、その姿…」
「うん…、ジル・ド・レに勝つためにはこの姿になるしかなかった。でも心配しないで、心は闇に飲み込まれていないから」
「そ、そうか…良かった…」
「ふぇえええん。ユウキ~。良かったのですぅ~」
ユウキに抱きついて泣くポポと涙に濡れた目を指で擦るアンジェリカ。2人を抱きしめるユウキ…。3人の側にレドモンドとエドワード、アンネマリーが集まってきた。2人の護衛騎士の姿もボロボロで相当の激戦を潜り抜けてきたことがわかる。ユウキは小さく頭を下げて感謝の気持ちを捧げたのであった。
暗黒の魔女姿を解除し、ゲイボルグを異空間に戻したユウキは元のハーフプレート姿に着替え、全員に声をかけて屋敷の外に出た。
「ラピスたちはまだ戻ってこないの?」
「そうなんだ。やられてはいないと思うが、心配だな」
「んん…。本当ですか精霊さん!」
「どうしたの。ポポ」
「風の精霊さんが教えてくれました。ラピスたちは大丈夫なのです。間もなくここに来るそうです」
「ホント!? よかった…」
精霊さんが教えてくれたとおり、ユウキたちが待っていると屋敷裏から建物を迂回して黒大丸が走って来るのが見えた。その背にはラピスとヴォルフが跨っていて、ラピスはぶんぶんと手を振って「ユウキー、みんなー」と叫んでいる。また、背後からラピスを支えるヴォルフの笑顔が超絶にいやらしい。
黒大丸から降りたラピスがユウキに駆け寄り、手を握ってぶんぶんと上下に振り、嬉しさを全身で現した。
「ちょ、ちょっとラピスったら。痛いよ」
「あははっ、だって嬉しいんだもの。ユウキとみんながいるってことは、ユウキ、あのスケベそうなバンパイアに勝ったんでしょ」
「う、うん…。勝った…」
「あら、勝ったのに嬉しそうじゃ無いわね」
「…………」
『ユウキ、勝ったのだな』
「ヴォルフ…」
『吾輩はあのアズルという小僧との再戦だったが、吾輩の敵ではなかったな。まあ、皆無事で何よりだ。エドモンズ殿にも顔向けできよう』
「…ん、みんな?」
「どうしたのユウキ?」
「ラピス…、あなたのお兄さんは? ミュラーの姿が見えないようだけど…」
「あら、そうね」
「そうねって…。どうかしたのかな?」
ユウキは全員に休憩を命じると、深手を負ったレドモンドをシートに座らせ、治癒魔法で治療を始めた。メディの毒の影響が残り、苦しそうに喘いでいたレドモンドも治癒魔法によって無事回復することができ、感謝の言葉を述べた。その後、アンネマリーに記録をお願いして各自の戦いについて報告を受けた。
「はいユウキさん。記録帳を返すわ。それにしても、皆生きて戻ってこれたのは奇跡に近いわね」
「本当に…。ラピスもアンジェも頑張ったね。ありがとう」
「へへ…、お母さまに自慢できるね」
「ふふ、私だって皆に負けられないもの。何てったってAクラス冒険者だものな」
「でも、ミュラー、戻ってこないね…」
「へええ~。ユウキ、さっきから兄様の事ばかり。そんなに心配なの?」
「ち、違うよ! 中々戻ってこないから何かあったのかなって思っただけだよ!」
「ふ~~ん。そうなのぉ~(ニヤニヤ)」
「なにその顔、ムカつくなあ…」
『お、戻ってきたようだぞ』
ヴォルフが指さす方を見るとミュラーが歩いてくるのが見えた。しかし、いつもの溌溂さがなく、肩を落とし俯くその姿はいつものミュラーではなく、何かあったのかとユウキの心は不安に包まれるのであった。




