第447話 ゴルゴーン三姉妹②
ここはジル・ド・レの屋敷から少し離れた草原…。
「をいをい、詐欺だぞこれ。さっきまでオレの目の前にいた美少女はどこに行ったんだよ」
ロングソードを片手に持ち、反対の手にバックラーを装備した猫耳美少女好きの護衛騎士レドモンドは、目の前の怪物を前に叫んでいた。たしか、ここに一緒に飛ばされたのはグリーン色したロングヘアの巨乳美少女だったはず。しかし、その美少女は醜い怪物に変化していた。
「いやいや、顔は確かに美少女だが、両腕は蛇、髪の毛も蛇、レオタードは蛇の目柄だし、腰に巻き付いてるのもデカい蛇って、どんだけ蛇が好きなんだよ」
(しかも、全部の蛇が鋭い牙を持ってやがるぞ。ってことは、猛毒持ちか? マズいな。僕チン毒消し2本しか持ってないわな)
「なあ君、名前は確かメディって言ったよな。もしかして蛇が好きなの…?」
『…………好キ』
「そう、好きなんだ…。ハハハ…」
『オ前キライ。殺ス』
「怖いこと言うね。女の子が殺すって言っちゃいけないと思うなぁ」
メディはニタァ~と笑みを浮かべ、蛇のような冷たい目をギラリと光らせた。レドモンドは盾を体の前に出し、ロングソードを下段に構え、どのような状況でも即座に対処できる体勢を取り、じりじりと横に動いて隙を伺う。
動いたのはメディの方が早かった。頭に蠢く無数の蛇がレドモンドに向いた次の瞬間、蛇が一斉に飛び掛かってきた!
「うぉっと! うりゃ!!」
牙を剥いて迫る蛇をバックラーで防ぎつつ、ロングソードを縦横に振って蛇を斬り落とす。地面に落ちた蛇は少しの間のたうち回った後、煙となって消えた。
(なんだ、魔力の蛇か?)
地面に落ちた蛇に気を取られたレドモンドは背筋にゾクッとした悪寒を感じた。顔を上げると目の前に不気味な笑みを浮かべたメディが迫っている。驚いて反射的にロングソードの薙ぎ払いをかけたがメディは身を屈めて躱し、無防備となった剣を持つ手を狙って両腕の蛇による攻撃をかけた。
「うぐっ!」
蛇に腕を咬まれ顔を顰めるレドモンド。すかさずメディのわき腹に蹴りを放った。『ギャッ』と声を上げてメディが吹っ飛び腕に咬み付いていた蛇も剥がれたが、咬傷部は赤黒く腫れて痛みも激しくなる。
「マズい…毒を入れられた。毒消しは…あった!」
毒消しの瓶を腰の革袋から取り出し、3分の2を飲み、残りを傷口に振りかけた。少し経つと痛みも和らぎ、腫れも治まってくる。しかし、毒消し薬は残り1本。これ以上の毒攻撃は避けねばならない。さすがのレドモンドも慎重にならざるを得ない。
蹴飛ばされて地面に転んだメディは、ブルブルと怒りに体を震わせながら立ち上がった。顔は悪鬼のように醜く歪み、爬虫類を思わせる目は憎々し気にレドモンドを見つめる。
『グアア…、ユルサナイ…ッ』
「おお、怖い顔。美少女の面影は全く無くなったな。メディさんよ」
レドモンドは敢えて挑発した。普通に戦っては負ける。何せ相手は伝説級の魔物に匹敵するような怪物だ。冷静さを失わせることによって隙を作ろうと考えたのだ。
再び頭から無数の子蛇を飛ばして来た。レドモンドは横に走って躱そうとしたが、子蛇は向きを変えて襲い掛かる。
「おわ、そんなん在りかよ!」
『ニガスモノカ!』
移動を止め、子蛇の群れに向かって前屈回転し、頭の上を飛び越すタイミングを狙ってロングソードを薙ぎ、一気に子蛇の群れを斬り裂く。攻撃を退けられたメディは大きく口を開けてレドモンド目がけて毒液を吐き出したが、これもバックラーで防ぐ。しかし、毒液の強力な溶解力で鉄製のバックラーがしゅうしゅうと音を立てて溶けだした。
「くそ、盾がダメになっちまった。とんでもねぇゲロ吐きやがる」
バックラーを地面に投げ捨て、両手でロングソードを構えるレドモンド。毒液攻撃を躱されて怒ったメディは再度毒液を吐き出した。レドモンドは横っ飛びに地面に転がり込んで躱しながらメディに接近し、胴体狙ってロングソードを横薙ぎにして叫んだ。
「メディ、ゲロ吐いていいのは二日酔いと生の貝を食って当たった時だけだ。覚えとけ!」
『ヨクシャベルヤツ。ソレデカッタツモリカ?』
「なにっ!」
メディの腰から胴にかけて巻きついていた蛇が動き、ロングソードに絡みついて動きを止めた。さらに蛇の頭が牙を剥いてレドモンドに襲い掛かった。咄嗟に剣を離してバックステップで後方に飛び退った。
メディはロングソードに強酸の毒液を吹きかけて溶かすと、残った柄の部分を地面に投げ捨て、勝ち誇ったようにニタニタと笑う。
(マズいな…。残された武器はコイツだけか…)
レドモンドは腰のベルトに取り付けている予備武器の短剣を手で触って確認した。しかし、この剣では接近戦に持ち込まないと倒すことができない。しかし、メディの体には無数の毒蛇が蠢いている。打つ手無し…。レドモンドの額に冷や汗が滲み出る。
『オワッタネ。ワタシノ子タチニ喰ワレルガイイ』
メディが接近してくる。レドモンドは蛇の射程に入らないように距離を取るため、後ろに下がりながら、短剣のほかに何かないかと体をまさぐると小さな小袋に気づいた。
(コイツは…? そうだ、ダンジョンに入る前に念のため準備していた目晦まし用の灰を詰めた玉袋…じゃねえ、小袋か!? これで何とかなるかも知れんぞ)
メディとの距離は15mほど離れている。レドモンド鎧下の服のポケットから小袋をメディに気づかれないようにそっと取り出した。
『オシマイダヨ』
「そうはいかんね。オレには猫耳美少女を妻にするという夢があるんでね。ここで死ぬわけには…、いかないんだよ!」
『!!』
レドモンドは思い切り小袋を投げつけた。小袋は狙いたがわずメディの顔に命中した。その瞬間、灰が煙状になって顔中を覆い尽くした。
『ゲホッゲホッ…。ナ、ナニ…クルシ…』
『目ガ…目ガミエナイ! ハッ、ヤツハドコ!』
目を潰され息も苦しくなったメディはむやみやたらに蛇の腕を振り回すが、突然激痛が走り、ドサドサッという音と共に両腕が軽くなった。さらに胴に巻きついていた蛇も力が抜けたように体から離れ、地面に落ちた感覚がした。
『ギャァアアーーッ! イタイイタイイタイ!!』
灰によってメディの視覚を奪ったレドモンドは、一気に接近すると短剣で腕と胴体の蛇を切り落としたのだった。メディ最大の武器である猛毒の蛇を排除した後、短剣を逆手に持ち替え、絶叫するメディの眉間に短剣を突き立て、力を込めて脳の奥深くまで刺し込んだ。脳幹を破壊されたメディはブルブルと痙攣し、泡を吹いてガクッと膝を折って斃れた。
「恐ろしい怪物だったが、何とかなったな。さて、エドワードはどこに飛ばされたか…。ポポ様も探さねば」
仲間と主人の婚約者を探すため移動しようとしたレドモンドだったが、急に足を取られてつんのめり、そのまま転倒して地面に体を打ちつけて呻き声を上げた。
「ぐあっ! …ッ痛てて…。なんだ急に、ウッ!!」
ダメージを受けたまま、何とか体を起こしたレドモンドは右足のふくらはぎに鋭い痛みを感じて声を上げた。見ると数十匹の小さい蛇が右足に絡みついて咬みついていた。そして蛇の先には短剣を突き刺され、血まみれの顔のメディが憤怒の形相凄まじく、肘から先を失った腕でしがみ付いていたのだった。
『ニ…ニガサ…ナイ…。オ…マエモ、地獄ノミチズレニ…、シテヤル…、ワ…』
「コイツ、まだ死んでなっかたのか!? くそっ…」
メディの凄まじいまでの執念に恐怖を抱いたレドモンドは、寝ころんだ体勢のまま、左足でメディの顔に突き刺さったままの短剣を蹴飛ばした。短剣は柄の中ほどまでめり込み、後頭部に先端が突き抜ける。メディは断末魔の悲鳴を上げると、掴んでいたレドモンドの足を離し、地面にうつ伏せになって斃れた。また、それと同時に足に咬みついていた蛇も消えた。
「とんでもないヤツだったが、今度こそ息の根が止まったろう。オレも仲間のもとにいかなければ…。うっ…、な、なんだ? 眩暈が…」
立ち上がった立ち上がったレドモンドは急に悪寒が走り、眩暈がして地面に座り込んだ。次第に呼吸も苦しくなり、体の自由が利かなくなる。
(くそ、毒だ。足に咬みついた蛇にやられたんだ。マズいぞ、毒を何とかしなければ…。そうだ、毒消しがもう1本あったはず…)
毒が全身に回り始め、体が痺れてくる中、震える手で鎧下に着込んだ服のポケットから1本の瓶を何とか取り出し、蓋を開けようとするが上手く手を動かすことが出来ない。
(手が痺れてきやがった…。目も霞む…。だが、も、もう少し…だ…。これさえ飲めば…助かる…)
霞む目で位置を確認し、蓋を開けようとするが、手が震えて上手く歌をつかむことができない。それでも何度かやっていると蓋をつかむことができた。レドモンドは「これで助かる」と安心し、蓋を開けたところで目の前が真っ暗になり、闇の底に意識が落ちて行った。




