第446話 ゴルゴーン三姉妹①
屋敷外の広い庭園。しかし、植えられた植物は悉く生気を失い、枯れかかっている。そして、庭園内で相対する2人の人影がいる。アンジェリカとゴルゴーン三姉妹の長女ステノーだった。
ステノーは美しく長い銀髪を後ろで束ね、ぼっきゅんぼんのナイスなボディを黒のレオタードで包み、黒のハイヒールを穿き腰丈までのマントを身に着けた美女で、武器として鞭を手にしている。
一方のアンジェリカは魔法石で防御力を強化した紺色のセミドレスで、袖口と膝丈までの裾は白のレースで飾られている。腰のベルトには予備武器のダガーを、左腕にオーラパワー・マジックライズ・リングを装着し、右腕で魔法杖「マイン」を構えている。
『貴女方には何の恨みもありませんが、愛するジル様のご命令とあれば仕方ありません。ここで死んでもらいます』
「こっちも負ける訳にはいかない。ユウキを助けるためにお前をさっさと片づける」
『威勢のいいお嬢さんですね。私はステノー。ゴルゴーン三姉妹の長女。貴女のお名前を教えていただけますか?』
「アンジェリカだ。ユウキの一番の友人と自負している」
『お互い負けられない戦い…。いいでしょう、アンジェリカ、いざ勝負!』
「いくぞステノー!」
アンジェリカは魔法杖「マイン」を大きく円を描くように振ると、その軌跡に沿って長さ1m程の氷の槍が1つ、2つと作り出され、最終的に12本の氷の槍がアンジェリカを囲むように形成された。
「アイスランス!!」
魔法杖「マイン」が大きく前方に振られると同時に、氷の槍が次々とステノー目がけて発射された。全部撃ち終わると同時に再び魔法杖で円を描くアンジェリカ。一方、ステノーはビシッと鞭を地面に叩きつけて解くと、高速で接近するアイスランスに向けて鞭をしならせた。
鞭の打撃で次々に氷の槍を破壊し、打ち落とすがアンジェリカは休む暇も与えず次々とアイスランスを発射する。腕輪と杖という2つの魔道具の力で増幅された魔法の威力は凄まじく、正に「氷の戦姫」とも言うべきで、想像以上の圧力にステノーの迎撃も追いつかなくなってきた。
『くっ…、これほどとは想像もしてませんでした。何とか躱して反撃に出なければ…』
直前に迫った氷の槍を砕いたステノーは横っ飛びに飛んでアイスランスの効果範囲から逃れた。前屈回転から起き上がって体勢を整えるがアンジェリカも逃がすまいと魔法を唱えた。
「逃がさない、アイスバレット!」
氷礫の嵐がステノー目がけて飛ぶが、突然巻き起こった炎の壁に阻まれた。
「な…っ!」
『ふふふ…、魔法が使えるのが貴女だけとおもったのですか。今度は私の番です。ファイアストームッ!』
「くっ、アイスバレット!」
ステノーとアンジェリカの中間で炎と氷の嵐がぶつかり合い、激しい水蒸気が巻き上って周囲を覆いつくした。視界を奪われたアンジェリカはステノーを見失ってしまった。焦るアンジェリカ目がけて水蒸気の向こう側から一直線に鞭が飛んできた!
「わあっ!」
間一髪身を屈めて躱したアンジェリカの頭上を掠めて鞭が唸りを上げて突き抜けた。千切れた髪の毛が数本パラパラと地面に落ち、背中を冷たい汗が流れる。体を起こしたアンジェリカの前に鞭をパシンと引き寄せたステノーが悠然と近づいて「フフッ」と笑みを浮かべた。
『貴女、魔法は物凄い力を持っていますけど、武器戦闘は今ひとつのようですね。体の動きがなっていませんよ』
「…元貴族の出なので基本、お淑やかなんでな」
『うふふ、魔法も武器も使える私の方が有利。申し訳ないですが死んでもらいますね』
「そう簡単に行くかな…」
『強がりは弱者の証ですよ。ジル様に仇なす者は全て私、ステノーが始末します』
『はあああっ! スパイラル・ハリケーン!!』
ステノーは必殺の技を放った。鞭が高速回転しながら目標目がけて飛ぶ。アンジェリカは魔法杖を振って氷の壁を作り出す。鞭は「バシッ」と鋭い音を立てて氷の壁を破壊するがそこにはアンジェリカはいない。ステノーは一瞬気を取られたその隙を狙ってアイスランスが飛んでくる。ハッと気づいたステノーは鞭を手放し、バク転してアイスランスを躱した。
「やるな。決まったと思ったのに」
『…私をここまで追い詰めるなんて。少々侮りすぎました』
「私とて親友と一緒に何度も修羅場を潜ってきた。そう簡単にはやられないぞ」
『…………』
「おお、怖い顔。折角の美人さんが台無しだ」
『減らず口を…』
再び魔法杖で円を描きアイスランスを発動させたアンジェリカ。ステノーはじりじりと移動しながら横目で鞭の位置を確認する。
『(魔法攻撃直後の相手が動きを止めた一瞬に反撃します。タイミングを間違えないように…)』
「アイスランス!」
『今だ! ファイアウォール!』
アンジェリカの魔法の発動と合わせて炎の壁を作り出し、アイスランスを迎撃したステノーは、横っ飛びに飛んで鞭を拾い上げるとそのまま倒立回転してすぐさま体勢を立て直した。アンジェリカはファイアウォールに阻まれてステノーの動きを確認できていないらしく、先ほどまでステノーがいた場所を見ており、移動したステノーに気づいていない。
『アンジェリカは私の動きを確認できてない。絶好のチャンスだわ。唸れ鞭よスパイラル・ハリケーン!』
鞭を大きく振り上げて高速の回転技を放った。アンジェリカはまだ気づいていない。ステノーは勝ちを確信した。
『やった! えっ…』
ステノーの必殺技は確かにアンジェリカを捉えた。しかし、鞭が当たった瞬間、「バシッ!」と何か固いものを叩いた感触がして、アンジェリカの姿がばらばらに砕け、キラキラ光りながら地面に落ちる。
『か、鏡…? 氷の鏡ですって!』
「ブリザードッ!!」
『きゃあああーっ!』
予期しない方向から猛烈な吹雪がステノーを襲い、たちまち腕や足、体の各部が凍結していく。筋肉や内臓、血液循環は凍り付いて動きを止め、生命活動は尽きかけ、ステノーは負けを悟った。
「私の勝ちだステノー」
『ふ、ふふ…。負けです、私の…。まさか魔法で鏡を作り…、姿を写して私を騙すとは』
「普通に戦っても勝てないからな。ファイアウォールが大きく揺らめいた瞬間、炎の切れ目から貴女が動くのが見えたんで、次の行動が読めたんだ。私が勝つには隙を作った一瞬に賭けるしかなかった」
『最後の…最後で油断した…。それが敗因ですか。ふふふ、納得した…負けです』
「ステノー」
『…………』
全身が凍結したステノーの体はビシビシッとひび割れて足元から砕け、上半身が地面に叩きつけられ、その衝撃で粉々に砕け散った。アンジェリカは最後にステノーに手を合わせると、しっかりと顔を上げ、大切な親友の元に駆け出して行った。
『(ジル様…、ステノーは悲しいです。勝って貴方の側に戻りたかった。眷属となってジル様にお仕えし続けた日々はステノーにとって最高に充実しておりました。ああ、愛するジル様、最後に一目お顔を見たかった…)』
『(ステノーは死してもジル様を…愛し続けます。さよ…なら…ジ…ル…)』
砕けた顔に残された目から一筋の涙が流れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
館の一室で槍と剣を交える男女。男はラファール騎士エドワード。女はゴルゴーン三姉妹の次女エウリアだった。剣戟の音が部屋中に響き渡り、鉄と鉄がぶつかり合う度に火花が飛び散る。
(中々やる。並の騎士より腕が立つ…が、なんだこの違和感は…)
エドワードは槍の柄で剣を受け止め、体の力を使って押し返すと一旦距離を取った。エウリアは中型剣グラディウスを右手に持ち、体を斜めにして剣をこちらに向け、無表情…というより、何にか困った風にこちらを見ている。
(剣を合わせていても、何か本気度が感じられないと言うか…、殺しに来ていない? それにあの表情…。一体なんだ? やりにくいな)
エドワードはじりじりと横移動しながら、改めてエウリアを見る。年齢は20代前半に見えるが実際のところはわからない。身長は170cmを少し切る位。銀色の髪を頭の両側でお団子にして、黒いリボンで留めている。顔立ちも整っていて街中を歩けば誰もが振り向く美人だ。それより目立つのは黒のレオタードに包んだFカップクラスの胸、細い腰のラインから伸びる形の良いヒップとスラリとした美脚。むさい漢だらけの騎士団に所属するエドワードは思わず見入ってしまう。
(ユウキ殿やアンジェリカ殿にも負けてないんじゃないか? くそ、敵じゃなかったら直ぐにでもナンパするのにな~)
一向に攻撃してこないエウリアに対し、どうすべきか迷うエドワードだったが、このままでは埒が明かないと覚悟を決め、頭上で愛槍を1回転させるとエウリアに向けてビシッと構えた。
「どうした。来ないならこちらから行くぞ。可愛い女の子をやるのは気が引けるが、これも任務なのでな。ラファール騎士の槍技、とくと見よ!」
エドワードは前傾姿勢を取ると一気に床を蹴ってエウリア目がけて突っ込んだ。エウリアは左腕に装着しているラウンドシールドを構えて防御姿勢をとったが、だらんと両腕を降ろして無防備に立ちすくむ。突然のエウリアの行動にエドワードは驚いた。
「うわっ! ととと…」
突っ込む体に急ブレーキを掛け、槍の穂先をエウリアの数cm手前で止めたエドワードだったが、エウリアは手を降ろしたまま俯いていた。
「…えっと、あの…」
槍を降ろしたエドワードは俯くエウリアを前にして困惑していた。一体何が起こったと言うのか。暫くしてエウリアが口を開いた。
「もう嫌」
「んん?」
「もう嫌なの。戦うの」
「えーと、それはどういう…?」
完全に戦意を喪失しているエウリアは剣と盾を床に落し、しくしくと泣き始めた。突然の女子の涙に、この手の経験が皆無のエドワードは激しく狼狽する。それでも何とか宥めなくてはと声をかけた。
「ど、どうしたんだ、急に泣き出したりして。腹でも痛いのか?」
「ううん、お腹は痛くない…」
「じゃ、なんで泣くんだ? 理由を聞かせてくれないか…と、立ってても仕方ないな。えーと…お、丁度良い具合に椅子が2つある。あれに座ろうか」
エドワードは部屋の隅に置かれていた椅子を2脚持ってくると、エウリアに座るように勧めた。
「おっと、椅子が汚れてるな。ハンカチをを敷いて…、ほい、ここれでよし」
「ありがとう。優しいんだね…」
「ははは、まあな」
「…………」
「…………」
椅子に腰かけはしたものの、会話の糸口が見つからず沈黙が続く。困り果てたエドワードは、とりあえず部屋を出て仲間の許に行こうかと腰を浮かせかけた時、エウリアが口を開いた。
「私とステノー姉さん、アルムダートで冒険者をしてたの。自慢じゃないけど結構腕も立ったのよ」
「2年前になるかな。ギルドで未踏破ダンジョンの話を聞いた姉さんは、自分たちも挑戦してみようって…。私は嫌だって言ったのに…」
「それで?」
「このダンジョンに入って間もなく、ジル様が現れて私と姉さん以外の仲間は殺され、私たち姉妹は美しさに免じて殺さない。その代わり眷属になれ、永遠の美しさと命を授けてやると言ってきた」
「…………」
「姉さんは直ぐに受け入れたわ。でも私は考えさせてくれとお願いした。吸血鬼の魔女になることが恐ろしかったから。その代わり、ジル様に忠誠を誓いますと言ってジル様は私の願いを受け入れてくれた。ジル様の虜になった姉さんがジル様に取り入ってくれたからもあったからだけど…。でも、いつまでもこのままではいられない。いずれ眷属にさせられてしまう」
「ふむ。で、君はどうしたいんだ?」
「お願い、ここから私を連れ出して!」
「だが、ジル・ド・レがいる限り君はここから出られないのでは? それに姉さんとやらはどうするのだ」
「ステノー姉さんはもうジル様の永遠の虜。ジル様に全てを捧げた女。姉さんの生き方と私は違う」
「…もう1人妹がいたようだが」
「あれは…。あれは人間じゃない、魔力を持った毒蛇の化身。ジル様によって眷属に仕立て上げられた怪物…。メディは人の心を持たないバケモノよ」
(メディとは誰が戦っているのだ? 危険だ、助けに行かなければ。ぐずぐずはしておれんぞ。この娘には悪いが切り上げさせてもらおう)
「悪いが、俺にはどうすることもできん。戦う気がないのなら仲間の許に行かせてもらう」
エウリアの境遇に少し心が痛んだが、いつまでも人生相談はしていられないと話を切ってエドワードは立ち上がった。それを見たエウリアは「待って!」と声を上げてエドワードにギュッと抱きついてきた。
「お願い私を…、私を連れて行って!」
「お、おい…(!)」
『お願い。お願いだから…、私の眷属になってここから連れ出して!!』
先ほどまでの少女然とした表情から悪鬼の表情に変貌させ、エドワードの無防備な首筋に鋭い牙を突き立てようと大きく口を開けたエウリアだったが、ビクッと体を震わせてエドワードから離れた。そして、驚愕の表情を浮かべて自分の体を見る。豊かな胸の真ん中にダガーが深々と突き刺さっていた。
『な…なぜ…。どうして…演技は完璧だったはず…』
「確かに最初は騙されたよ。だが、言葉の端々に違和感があった。例えば、ジル・ド・レから逃れたいと言っておきながら「ジル様」と敬称を込めて名を呼んでいたからな。普通なら「ジル」とか「ちょびヒゲオヤジ」とか侮蔑して言うもんだ。それと…」
「お前が抱きついてきた時だ。体が異様に冷たかった。つまり、お前は既に死に体。ジル・ド・レの眷属になっていたのではと思ったのだ」
『く…っ、最後の最後でしくじったという訳? ふふ、私もまだ甘かったわね…。でも、ここから逃げ出したかったというのは本当よ…』
エドワードは床に置いていた愛用の槍を拾い上げるとエウリアに向けて刺突の構えを取った。
「君が流した涙は噓偽り無い本物だった。ここから逃げ出したいという気持ちも本当だろう。しかし、君はジル・ド・レの眷属になってしまっていた。もし、普通の女の子として出会っていたら俺はためらわず君の手助けをし、結婚を申し込んでいたと思う」
『ありがとう。私も貴方の事、好きになりそう…。ねえ、お願いがあるの。私をこの呪縛から解き放って…』
「ああ、来世で出会うまで待っててくれ」
床を蹴ったエドワードは全身の力を込めて動きを止めたエウリアの顔目がけて槍を突き出した。鋼の槍はグシャッと骨が砕ける音を立てて眉間から後頭部まで貫きそのまま壁に突き刺さってエウリアを磔にした。
「サヨナラ、エウリア」
頭と胸を串刺しにされ、脳も心臓も破壊されて斃れたエウリアに別れを告げ、エドワードは仲間たちに合流すべく部屋を出た。
エドワードが部屋を出て暫く経った後、磔にされていたエウリアの体は体重によって下に落ち始めた。槍の鋭い刃で頭が斬り裂かれて支えを失った体はどさりと床に落ちた。その衝撃で頭の傷から脳がどろりと外に出て床に広がり、中から砕け散った魔石が現れた。
光を失ってどす黒くなった魔石は、心ならずもジル・ド・レによって眷属にさせられたエウリアの涙のようであった…。




