第440話 魔界の怪物「デビルズ・アイ」
第10ダンジョン攻略組はアリエルとの戦闘で疲労した体を休めていた。アンゼリッテの治癒魔法で怪我は治ったものの、体力も魔力も消耗し、先に進むには困難な状況になっていた。しかも、全員服もボロボロで、クリスタは大きなお胸の谷間がくっきりと見え、サラとアルヘナは嫉妬の視線を向けている。また、アリエルに一度消滅させられたアンゼリッテは、復活したときに服を失ってしまったため、破ったシーツを胸と腰回りに巻いてるだけの、どこかの原住民みたいな姿をしている。
「とりあえず、ここで睡眠を取って体力を回復しよう」
「賛成です王子。でもあれ…」(サラ)
「ゆっくり休めないよ…」(アルヘナ)
サラとアルヘナがため息をついて休めない原因を見る。
『もう! あなたたちカストル様から離れなさい!』
『やだよー。わたしは旦那様と一緒に寝るの。もちろん、は・だ・かで♡』
『カストルは絶対に渡さない。私は愛のキューピッドだから』
『あんたは殺戮の天使って自分で言ってたじゃない!』
『どきなさいよ、アバズレ痴女悪魔!』
『どっちが痴女だ! 胸なしアンデッド!』
『むっかー。私の唯一の弱点を攻めるとは…。巨乳だからって生意気よ!』
『無いよりあったほうがいいでしょ。旦那様は大っきなお胸が大好きだし』
『カストル様は貧乳が好きなんですぅ~。干し大根のように萎びる乳なんて嫌いですぅ~』
『やっぱり悪魔とアンデッドは敵よね。カストルぅ、アリエルとあっちに行きましょ。2人で愛の営みをしたいなぁ~』
『貴様! どさくさに紛れて何しとるんじゃ! カストル様から離れんかい、われ!』
『アリエル! 貧乳のくせに旦那様を誘惑しようなんざ1兆年早いわ!』
『アンゼリッテよりは胸あるよ。82のBだもん』
『ムキーッ! 悔しいーッ!』
「ねえ、もうやめてよ…」
『だって、コイツが!』
アンゼリッテとパールとアリエルは両の手でそれぞれの相手を指さし、顔を突き合わせて「む~っ」と睨み合う。その様子に打つ手がないカストルは深いため息をついてしまう。
「あなたたち、いい加減にしなさい!!」
突然の大声にいがみ合っていた3人はビクッとして声の主を見た。そこには、破れた服から色々見えているクリスタが、両手を腰に当て、仁王立ちしてアンゼリッテたちを睨みつけている。
「カストル君が迷惑してる事がわからないの! 見なさい彼の顔を。こんなに辛そうな顔をさせて…。本当にカストル君が好きなら彼を困らすことなんてできないはずよ。離れなさい!!」
クリスタはしゅんと項垂れるアンゼリッテたちをシッシッと追い払うとカストルの手を優しく取って立たせる。騒ぎが収まってほっとした表情を見せたカストルをぎゅっと抱きしめた。クリスタの思わぬ行動と、大きな胸の柔らかい感触にドギマギしてしまう。
「ク…、クリスタ先輩?」
「カストル君。わ、わたし…。あなたの事が…」
「はい?」
「私、あなたのことが好きになりましたーっ!」
大声でカストルを好きと叫んだクリスタ。なんとなく成り行きを見て、展開が予想できたラインハルトとサラ、アルヘナの表情は死んでいる。
「私を守ってくれたカストル君ステキだった…。白馬に乗ってお姫様を助ける王子様みたいだった…」
クリスタは力を込めてぎゅっとカストルを抱きしめる。
「ねえ、カストル君。わたしをお嫁さんにしてくれるよね。それとも、年上は嫌?」
「むぐぐ…。く、くるし…」
「子供はどうする? カストル君が望むだけ生んでア・ゲ・ル。うふ♡」
「クリスタ先輩! お兄ちゃんが死んじゃう!」
「へっ…、きゃああーっ! カストル君、しっかりしてー」
アルヘナが巨乳に圧迫されて窒息死寸前の兄を何とか引き剥がして助け出した。そこに、カストルは渡さないとばかりにアンゼリッテ、パール、アリエルが参戦する。アルヘナを突き飛ばして誰がカストルを介抱するかで争奪戦が始まった。緊張感のかけらもなくギャーギャー騒ぎまくる女たちを見て、ラインハルトはボソッとサラに語りかけた。
「なあ、サラ」
「なんスか」
「あれが無自覚ハーレムってやつか?」
「そうみたいっスね」
「女の争いって醜いな」
「そうっすね。私も女ですけどね」
「アルヘナ、私は以前、君の兄さんは天性のスケコマシの素質があると言ったが…」
「はあ」
「本物のスケコマシだったわ」
「ソウデシタネ…」
そんなカオスのような状況の中で、ルツミはリザードとメイメイに指示してシートを敷いたり食事の準備をしたり、就寝用テントを張ったりと黙々と働いていた。その働きぶりを見ていたサラは、ルツミの見た目とは裏腹に真面目に任務を遂行する姿勢に好感を持った。それに比べてクリスタやアンゼリッテたち女どもは1人の男子を巡ってまだギャーギャーと騒いでいる。サラはだんだん頭が痛くなってきた。
(あのバカどもにルツミ君の爪の垢でも煎じて飲ませたいよ。全く…)
意を決したラインハルトが間に入って何とか騒ぎを収め、ルツミが用意した食事を食べ始めた。
「大丈夫ですか? 王子」
「痛てて、あいつら遠慮なしに殴る蹴るしやがって…。仮にも1国の王子だぞ、私は…」
女たちの争いに巻き込まれ、顔中をあざだらけにしたラインハルトが一口スープを啜る。塩味が効いて美味しかったが、同時に鉄の味もした。
「…ッ! 口の中が切れてる」
「後でアンゼリッテに治療してもらいましょう。それまで我慢してください」
「次はサラが止めてくれよ」
ラインハルトが顎で指し示す先に、4人の女子からスプーンを差し出されて困惑しているカストルがいた。その向かいではアルヘナが兄のスケコマシぶりに涙し、それを上級悪魔のメイメイが慰めているという珍妙な光景が展開されている。ラインハルトとサラはため息しか出なかった。
「王子、サラ様。お代わりはいかがですか」
「ルツミか、いただこう」
「ありがとう、ルツミさん」
淡々と自分の役割をこなすルツミは心労の尽きない2人にとって、一服の清涼剤となった。2人は涙を流しながらお代わりをいただくのであった。
食事を終えて片付け後、交代で就寝することになった。メイメイは嫌がるアンゼリッテを見張りに連れ出し、カストルをテントに連れ込もうとした女性たちはサラに滅茶苦茶怒られて、ブーブー言いながらまとまって眠りについた。これでようやく静かになり、ラインハルトとサラに安寧の時間が訪れたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ダンジョン・コアに呼び出された時の情報によると、私のいた階層の次が最後みたい』
「それは本当か!? アリエル」
アリエルはこくんと頷いた。
「よし、先が見えたぞ。準備が整い次第出発だ!」
「あなたたち、こっから先は真面目にしてよね」
『分かってます!』(アンゼリッテ)
『ねー』(パール)
『カストルに嫌われたくないもん』(アリエル)
「ご両親への挨拶の手土産は何がいいかな…」(クリスタ)
「こいつら、全然わかってない…」
『む、雰囲気が変わったぞ』
アリエルがいたクリスタルのフロアからずっと岩を抜いた素掘りのトンネル風の通路から、人工的なセメントトンネル状の構造物になった。ラインハルトはポチに跨ったルツミを先頭に、次いでメイメイとリザード、少し離れてラインハルトたちが続くという隊列を取った。
人工トンネルを歩くこと数十分、距離にして3~4kmは移動したと思われるが、魔物の気配は無く今のところ順調に進んでいる。サラがトーチの魔法を唱え、周囲の明るさを保つが、200m先は真っ暗だ。
「どの位続くのでしょう」
「さてな…。ただ、何があっても良いように戦闘には備えておこう」
「了解。全員咄嗟戦闘に備え!」
ラインハルトの懸念に答えて、サラは前後のメンバーに指示を出す。さらに進むとトンネル出口が見えてきた。しかし、何か不穏な空気を感じたのか、ポチが唸り始める。
ポチとルツミ、続いてメイメイとリザードが出口から最終フロアに入った。続いてラインハルトも入ろうとしたが、強烈な違和感を感じて警告を発した。
「何か変だ。サラ止まれ。後ろのメンバーにも止まるように言え!」
「は、はい! 全員止まれーっ! 動かず命令あるまでその場で待機!」
後ろを向いて約20mほど離れた所を歩いていたカストル、アルヘナ、クリスタと従魔たちに指示を出したサラはラインハルトの顔を見て驚いた。その顔は真っ青で1点を見つめて固まっている。
「王子…?」
「あ、あれは…なんだ…」
サラはラインハルトの視線を追い、そしてあるものを見つけて腰が抜けんばかりに驚いた…と言うより驚愕した。そこにいたのは天井からぶら下がった1体の大型の魔物。木の根のような四方に張った根部、長さ2mほどの細い棒状の胴らしいもの。そして、所々樹枝状の突起がある爬虫類のような鱗状の皮に包まれた、巨大な単眼だけの怪物だった。
ラインハルトが見ると単眼の怪物の下にポチとルツミ、青龍刀を構えたリザードがいた。メイメイは下がってラインハルトの側に並んだ。しかし、その顔に恐れの表情を浮かべている。
(メイメイが…、恐れ知らずの上級悪魔アークデーモンが怯えている? 何なんだアレは…)
『へっぽこ、ヤツはやべぇぞ…』
「あれは一体何なのだ、メイメイ」
『ヤツぁ、魔界の怪物デビルズ・アイだ。あんなのまで呼び出したのか、ここのダンジョンコアは!!』
「デビルズ・アイ…」
デビルズ・アイの目玉がギョロリと動き、下のルツミたちに目を向けた。
『いかん! 魔眼を発動するぞ! ヤツの目を見るな!』
メイメイはそう叫んでラインハルトとサラを抱えて俯せに倒れ、2人の頭を抱えるとともに、自分も目を閉じた。しかし、デビルズ・アイに接近しているルツミとポチたちに言葉が届くより早くデビルズ・アイの魔眼が妖しく輝いた!




