第439話 転移装置
「コイツのお腹の中に何かいる!」
ルゥルゥがロングソードを抜いて後ずさりした。その顔は青ざめている。リューリィがすかさずルゥルゥの前に出てかばう体勢を取った。安堵して雑談していた他のメンバーも何事かとモディフィキャプティスの腹を見る。
「きゃああああーっ!」
「な、なんだこりゃあ」
エヴァリーナとラサラスが大きな悲鳴を上げ、レオンハルトも思わず驚きの声を上げた。怪物の腹の傷口から複数の長さ10m以上もある細長いひも状の生物が現れた。よく見ると眼や鼻などの感覚器官はなく、先端に小さな吸盤と円形の口の様な器官があるだけで、激しくうねっている。
「またとんでもないものが出ましたな。これは寄生虫、ですな」
『寄生虫とな』
「ええ、私も詳しくはないのですが、寄生虫の中にはカマキリの腹に巣食うものがいると聞いたことがあります。これも、そのような種類なのではないでしょうか」
「なに冷静に話してるんだ! 攻撃してくるぞ!」
「いや、それはないでしょう」
教授はレオンハルトから予備武器のダガーを借りると、寄生虫の体をスパンと簡単に切り落とした。地面に落ちた寄生虫はしばらくうねった後に動きを止めた。
「このように寄生虫とは脆いものなのです。宿主の中でしか生きられないですからね。宿主が死んだ今、放っておいてもいずれ死にます」
「そ、そうなのですか…」
「寄生虫…。気持ち悪いですね」
「なら放っておいても問題ねえな。じゃ、ここから離れようぜ。見ろよ、虫が集まってきやがった」
エヴァリーナたちは怪物の死骸から離れることにした。移動しながらエヴァリーナが振り向くと、無数の小さな肉食昆虫や軟体生物が死骸に群がるのが見え、背筋を怖気させたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
合流を果たしたラーメラに、上空から見えた建造物の位置を確認してもらい、紙に書き込んでマップの続きを作った。本当はそのまま上空に留まってもらい、指示を受けられれば良いのだが、巨木の枝葉は何重にも重なり合い上空を覆って薄暗く、下からは空が見えないこと、また、道中様々な虫の攻撃を受けるため、常時防御魔法を掛けてもらう必要があることから諦めた。
山ヒルや吸血昆虫、大ナメクジ、巨大甲虫の襲撃を躱しながら、地図を頼りに歩くこと数十分。ついに目的の場所に到着した。そこにあったのはピラミッド型の建築物で1辺数mもある石材が積み上げられて造られていた。高さ数十m、最下部の辺の長さは100mはある巨大なものだ。建物表面は風化して蔦が這い、段差の所々に小さな木が生えていて建造されてから長い年月が経過していることが伺われる。また、蔦や木の間からヘビが頭を出して通りかかる虫などの獲物を狙っていて、うっかりヘビとこんにちわしたエヴァリーナが悲鳴を上げる。
「やっと到着したわね」
「凄い建築物だ。こんなのロディニアでも見たことねぇ」
「ダンジョン内にあるということは、古代文明の遺物と見て間違いなさそうです」
「リューリィ君が言うことが当たってれば、転移装置がある可能性があるわね」
『ふむ…、周辺には大型の魔物の気配はないぞ』
『この建物、3つありますね。一番奥のものは他の2つより一回り小さいみたいです』
「よし、一番手前のこいつから入口を探すか」
エヴァリーナたちは藪を払いながら、手前の建造物の周囲を見て回る。その結果、中に入る入口は最下部と中段部に1か所ずつ、計2か所見つけることができた。灯りの魔法が使えるリューリィを先頭に最下層の入口から入ると人一人分の幅しかない細い通路が奥に伸びている。トーチの明かりに照らされているものの、先は真っ暗でカビ臭く、時折壁を何かの虫がカササッと音を立てて走り抜けていく。
「きゃああーっ!」
「おわっ!」
「きゃあ!」
「うわ、ビックリした!」
「驚かすなよエヴァリーナさん。どうしたんだ」
「む…虫が…。長くてわさわさした虫が…。ほら、そこにも!」
『何じゃ、虫ごときで情けない。「熊殺し」の名が泣くぞ』
「な、何故それを知ってるんですの」
「熊殺し。凄い二つ名…」
『ユウキから聞いた』
「あの乳お化け~。余計なことを…」
「静かにしろよ。どうやら到着したようだぞ」
「歩いた感じからして、ここは建物の中心みたいですね」
そこは縦横10m四方で、中央に棺らしき石棺が置かれているだけの狭い部屋だった。レオンハルトとシンが石棺を開けてみると、中には絹のドレスを着せられた1体の骸骨が眠っていた。2人はそっと蓋を閉める。その時、トーチの効力が切れ真っ暗闇になった。
「凄い…」
エヴァリーナとラサラスが同時に声を出し、他の者たちも感嘆の声を上げる。エドモンズ三世もラーメラも初めて見る光景に目を奪われていた。暗闇になって間もなく、天井と周囲の壁に美しい満天の星空が浮かび上がり、星座や天の川が映し出されていたのだった。その壮大な光景は美しいを通り越し、荘厳という言葉ですら言い足りないほどの美麗さだった。
「ここに葬られている方は、永遠にこの星空の海を旅しているのですね…」
「きっと高貴な身分の女性だったのでしょうね」
エヴァリーナとマーガレットが石棺に向かって祈りを捧げる。2人の祈りが終わったのを見計らって、エドモンズ三世が外に出ようと声をかけ、全員通路を辿って外に出た。
その後、レオンハルトとリューリィ、シンの3人が中段の入り口から中に入ったが、奥には 空の部屋があるだけだったと直ぐに戻ってきた。続いて隣のピラミッド型建造物に入ったが、こちらはどの部屋も毒虫の巣窟になっており、リューリィの魔法で焼き払って調べたものの、棺の中は虫たちに喰われたのか僅かな骨片が残るだけで、何も見つけることはできなかった。
「最後のピラミッドですわね」
「これは前の2つとは少し違うわね」
3つ目のピラミッドは前の2つより一回り小さく、上に登る階段が作られており、その先、最上段に近い部分に中に入る扉が見える。
『行ってみようかの』
「おう!」
エドモンズ三世とレオンハルトを先頭に階段を登り、扉の前に到着した。扉は鉄でできており、かなり風化が進んでいるが、鍵らしきものは掛かっていないようだった。試しにレオンハルトがコの字状の取っ手を握って引っ張ってみるが、錆付いているのかびくともしない。
「こりゃ1人じゃ無理だ。シン、マーガレット様手伝ってくれ」
今度は3人で取っ手を握り、思い切り引っ張ってみる。
「せーの! うぉりゃああっ!」
「くぁwせdrftgyふじこlp! 姫様見てますかー!」
「シン、うるさいわよ!」
3人が力いっぱい取っ手を引くと、ギ…ギギ…っと耳障りな軋み音を立てて少しずつ動き始めた。さらに力を入れて引っ張る3人。やがてガコン!と音を立てて扉は完全に開いた。
「ふう、やっと開いた」
「ふう、流石の私も疲れたわね」
リューリィにトーチを唱えてもらって中を見ると、下に降りる階段が続いている。全員中に入り、虫が入り込まないよう扉を閉め、階段を降り始めると間もなく鉄の扉が現れた。レオンハルトとマーガレットで扉を開けると、そこは書庫のようになっており、古びた様々な本や何に使用するかわからない器具等が収められている。
「この部屋は何かしらね」
「記録庫みたいですな」
「丁度いい、ここで少し休憩しねえか。歩き詰めで少し疲れたぜ」
「そうですね。まだ先は長いようですし、食事もしましょう。エヴァリーナ様、お水をお願いします」
「リューリィ君、わたしも手伝うよ」
レオンハルトがシートを敷き、リューリィとルゥルゥが食事の準備をする。食事ができるまでの間、他のメンバーは書棚の本を調べることにした。
「ふむ、これは興味深い」
「教授、何が書いてありますの?」
「この本は古代魔法文明で使われた魔法系統について詳細に記されています。こちらはこの星…イシュトアールの成り立ちと地質的研究が書かれてますね。どちらも、我々が現在知る内容に比べて遥かに高度な内容です」
「へえ、ここは古代文明の人々が記した書物が収められているのね」
教授はエヴァリーナとシンにあれこれ指示して本や器具をマジックバックに収容し始めた。一方、マーガレットは部屋の隅に置かれていた箱を見つけて開けてみた。箱の中には3本の短剣が収められていた。その内の1本を鞘から抜いてみると、鋭い刃を持ち、刀身全体に美しい文様が刻まれたナイフであった。
「これは美しいわね。実用品としても美術品としても1級品だわ。1本は私が貰うわね。2本はラサラス様とルゥルゥちゃんの護身用として持てばいいわ」
ラサラスとルゥルゥは嬉しそうに短剣を受け取ると、さっそく腰のベルトに帯剣した。その後、温かいスープで食事を済ませ、部屋の奥に見つけた扉を開けて奥に進む。さらに階段を降りるとまた小さな扉があったので開けて中に入ると…、
『む、これは…』
『エッチな骸骨おじさん、これが転移装置じゃないですか?』
部屋の中央に置かれた小さな台座とそれに載せられた水晶球。台座には0~9までの数字と古代文字が記されたボタンがある。また、台座の手前には2m四方の四角い板が置かれている。
『どうやら当たりみたいじゃの』
『どうです。ラーメラはウソを言いませんでしたでしょ』
『まだわからん。実際に動くかどうかじゃ』
『疑り深いですね。もう』
「起動するか確かめてみましょう。皆さん板の上に載ってくださいな」
エヴァリーナの指示で全員板の上に乗った。次に数字のボタンを1、3、0の順に押すと水晶球に130と映し出される。
「えっと、次はどのボタンを押せばいいのかしら」
「エヴァリーナ様、一番右上のボタンに「実行」と書かれています。それを押してみてください」
「はい教授。えっと、これですね。ぽちっとな」
右上のボタンを押した次の瞬間、板全体が眩い光に包まれた。あまりの眩しさにエヴァリーナは目を瞑る。光が治まって目を開けたエヴァリーナの前に両開きの巨大な門が現れたのであった。




