第437話 巨大昆虫の王国
ラーメラの案内で第8ダンジョン第18階層に到着したエヴァリーナたち。小高い山の山頂に出た一行の眼下に広がる光景は他を圧倒する壮大さだった。見渡す限り高さ数十mの巨木や巨大シダ類に覆われた大森林が広がり果てが見えない。遠くの山々は第17階層同様火山が噴煙を上げており、空は高く青く、地平線で森林の緑と一体になっている。そして森林の上を飛ぶ多数の巨大な生き物…。
「あれは…、巨大なトンボですの!?」
「トンボだけじゃねぇ、甲虫も飛んでるぞ。しかもでけぇ、1…、いや2mはある」
「ふむ…。今から3~4億年前の古生代に類似していますな。この時代は巨大な節足動物が繫栄したとされています。私たちのような大型哺乳類は存在せず、肉食の巨大ムカデや昆虫等が覇を競った時代です」
バルトホルト教授の説明にエヴァリーナはごくりと唾を飲み込んだ。実はムカデのような節足動物が苦手なのだ。しかし、顔には出さないのはリーダーとしてさすがだった。
「でも、どこに転移装置があるのかしら」
「だな、闇雲に探し回っても埒が明かないぞ」
「探し損ねて、疲労から全滅は避けたいですね」
『皆の者、あそこを見よ』
エドモンズ三世が指差した方向、大森林の中央付近、樹木の間に一片が三角形をした四角錘型の建造物が3基ほど並んでいるのが見えた。
「何かしら」
「んん…、どうやら四角錘をした建物みたいですわ。木々の大きさからみて、高さは数十mって所ですね。かなり大きそうです」
『転移装置という性質上、階層出口か何らかの建物の中に隠されている可能性が高いと思うがの』
「エドモンズ様の言う通りと思いますわ」
「ならば、当初の目標は決まったな。さて、そこまでの道だが…」
レオンハルトは周囲を見回すと、1本の細い小道を見つけた。
「獣道のような小道がある。ここから先に行けそうだ」
『あの、私は物理と魔法の防御魔法を展開できます。ただし、物理防御の時は物理攻撃は出来ません。魔法攻撃はできます。魔法防御の場合は逆です。それと、今は人の姿なので効果範囲は半径10m程になりますが、どうします?』
ラーメラが防御魔法を展開するか聞いてきた。レオンハルトとマーガレットが二言三言意見を交わし、ラーメラの意見を取り入れることにした。
「この先、何があるか分らねぇ。だからラーメラには物理防御の魔法を展開し続けてもらいたい。ラーメラ、いいか」
『はい、任されました!』
「よし! 隊列を組むぞ。最前列はエドモンズさんとリューリイ君、次列はマーガレット様とルゥルゥちゃん」
『うむ。任せよ』
「OK! いいわよ」
「僕も問題ありません」
「3列目は教授とラーメラ。2人の護衛にラサラス姫とシン。殿は俺とエヴァリーナさんだ。敵の攻撃はラーメラの魔法で防御、前列と後列の魔術師で攻撃排除。これで行く」
「問題ありませんわ」
「が…頑張ります」
「よし、ここまで来たんだ。全員最後まで行くぞ。出発!!」
エヴァリーナたちは大森林中央部の建造物を目指して巨大な樹木やシダの生える鬱蒼とした湿地帯にの足を踏み入れた。その上空では巨大な昆虫が飛び回り、ギチギチギチと何かを知らせるように鳴き続けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「物凄い湿気と熱気ですね」
「だが、どんな毒虫がいるかわからん。長袖服とズボン、皮のブーツで我慢するしかねぇ」
「それは分っているのですけど、暑いのは暑いです…」
「エヴァリーナ様、お水補給してくれない?」
「私も」
「僕もお願いします」
汗で水分を失ったメンバーが水筒の水を飲み干してしまい、空になった水筒に水を入れてほしいとお願いしてきた。エヴァリーナは魔法で水を出し、彼らの水筒を満たすと、自分の水筒にも補給する。レオンハルトは、その様子を見ながら携帯式の気温湿度計を見ると、気温34℃、湿度98%を示していた。
(湿気が高いから気温以上に暑さを感じるな。エヴァリーナさんもメンバーへの給水に追われている。と言うことは彼女の魔力を温存しとかねぇと、脱水症状で行き倒れ…ってのもありうるか。ここの水は何に汚染されてるか分んねぇしな…)
「皆聞いてくれ。メンバーで唯一水系魔法が使えるエヴァリーナさんは皆の水道役、つまり命綱になったようだ。なので、魔力はそのためだけに使いたい。だから隊列を入れ替える。エヴァリーナさんは教授たちと一緒の列になってくれ。リューリィ君、最後尾に来てくれ」
レオンハルトの指示で隊列を再構築したメンバーはエドモンズ三世を先頭に進む。けもの道の枝分かれ地点ではレオンハルトやシンが木に登って建造物の位置を確認しながら道を選ぶ。中央部に進むにつれて、地面も湿気を帯び、びちゃびちゃと嫌な音を立てる。気が付くと大人の人差し指もあるヒルや毛虫が服の上を這い歩き、その度に女子連中の悲鳴が上がる。
「しかし、見通しが悪いな」
「シッ…。何か聞こえるよ。地面を這いずる音。近づいている」
ルゥルゥがけも耳を立てて、音のする方向を見る。同じように耳を立てたラサラスも音に気付いた。それも、ルゥルゥが示した方向とは反対側からだ。
「あの、反対側からも同じような音が聞こえます」
エドモンズ三世とリューリィがそれぞれ反対方向見て魔法杖を構えた。次の瞬間、バキバキバキと周囲の草木を薙ぎ倒しながら巨大なムカデが牙を剥いて襲ってきた!
『キシャァーッ!!』
「きゃああああっ!」
女たち(マーガレットを除く)の悲鳴が上がるが、メンバー手前で不可視の防御壁に阻まれ、身をくねらせながら地面に落ち、高速で周囲を動き回る。
『死ね、バイオ・クラッシュ!』
「ファイア・ストームッ!」
エドモンズ三世の暗黒魔法を受けたムカデは内臓を破壊され、のたうち回った後、口から緑色の液体を吹いて絶命し、もう1匹はフェイルノートによって威力を増した炎の嵐で焼き尽くされた。
「はあ…怖かった」
「ははっ、ルゥルゥさんも怖いものがあるんだ」
「えーっ、リューリィ君酷いよ。わたしだって女の子だよ。怖いものだらけだよ」
「ははは、すみません」
「もう…(女として見てくれてないの? だったら悲しいよ…)」
「2人ともじゃれ合ってる場合じゃねえぞ、上だ!」
レオンハルトの声にリューリィが上を見ると、大きさが1mもありそうな甲虫が数匹、メンバー目がけて襲い掛かって来た。しかし、これもラーメラの防御魔法に阻まれ、弾かれる。甲虫は何度も襲い掛かってくるが、エドモンズ三世とリューリィの放った魔法の槍に次々に貫かれ、ビシャンと音を立てて地面に堕ちた。さらに、死骸に向かって小さな虫がわらわらと集まってきた。
『ここには長く居るべきではない。先に進むぞ』
「そうですわね…。でも、ラーメラさんの防御魔法は凄いです」
『エッヘン! なのですよ』
鼻高々に胸を張るラーメラ。その豊かな胸をジト目で見るエヴァリーナ。メンバーの中で唯一の貧乳系女子である彼女のコンプレックスが刺激される。しかし、レオンハルトは貧乳大好きと言ってくれたことを思い出し、一気にニコニコ顔になるのであった。コロコロ変わる表情を見てラーメラは「面白いなあ」と思ってしまい、自分も自然と笑顔になるのであった。
視界の効かない深い森の中を進むエヴァリーナたち一行。突然目の前が急に開け驚いた。目の前には小石で出来た河川敷と勢いよく水が流れる川が出現した。河川敷には巨木が点在し、程よい木陰を作り、川の流れが空気の流れを促して、今まで感じていた湿気もなく、気温も下がって過ごしやすい。
「レオンハルト君、ここで休憩しましょう。私たち大分体力を消耗している。休息が必要だわ」
「そうだな。どういう原理か分らないが日も傾きかけている。今日はここで1泊しよう」
「賛成です。あの木陰辺りがよさそうですよ。地面も土で平坦ですし」
「本当だ。エヴァリーナさんの胸みたいだね。平坦で」
「余計なお世話です! 私だって少しはあるんです。少しは!」
「はいはい」
「ルゥルゥめ~。いつかギッタンギッタンにしてやる…」
エヴァリーナとルゥルゥが睨み合っている間にも他のメンバーはキャンプの準備を進めていた。男女別にテントを2張り立て、石を組上げて簡易コンロを作り、手近な場所から枯れ枝を集めて火を起こし、鍋をかけてスープを作り始めている。
「今日は私が作ったスープです。骨付き肉をトウガラシやシナモン、クローブ、胡椒、ニンニクを入れて煮込んだウルの郷土料理です。疲労回復に効果があるんですよ。どうぞ、召し上がれ♡」
ラサラスがニコニコと料理を椀によそって渡す。骨付き肉がたっぷり入ったほかほかのスープは、ピリッと辛いがコクのある味で、体の芯からポカポカと温まってくるようだ。これは美味いと男たちは何杯もお代わりし、女たちも負けずに食べる。ラサラスは戦闘であまり役に立てていないことをずっと気にしていたが、自分の料理を笑顔で食べる皆を見ていると、やっと役に立てたと嬉しくなるのであった。
見張りはエドモンズ三世とリューリィ、シンが交代で行うことにして、女たちは全員テントに入って濡れタオルで体を拭き、寝袋に潜り込んだ。アンデッドのエドモンズ三世と違ってラーメラは食事もそうだが、寝ないとダメなようで、エヴァリーナの寝袋に潜り込んで一緒に眠った。
「ダンジョンって不思議なもんだなあ。地下世界なのに昼夜があるなんて。どういう原理なんだ?」
『さあのう。古代人でもいれば分るのであろうが…』
「こんな事なら、ルナにでも聞いておけばよかったぜ」
『…………』
「…なあ、エドモンズのオッサン」
『なんじゃ』
「その…、ありがとうな。エヴァリーナさんの件…」
『何だと思えばそんな事か。大した事じゃないわい』
「でも礼を言ったかったんだ。なあ、何でそんなに俺たちに世話を焼いてくれるんだ? いくらユウキちゃんの頼みとはいえ、アンタには何の義理もないだろう」
『なに、儂はな、単にお節介が好きなんじゃよ』
「本当か?」
『本当じゃ』
「わかったよ。これからもよろしくな。じゃあ、俺は寝るわ。おやすみ」
『…………』
エドモンズ三世から離れ、テントに入ったレオンハルトと入れ替わりにシンが出てきた。
「何かあったんですか?」
『なーんもないわい。静かなもんじゃ』
「そうなんですか?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日が昇り、朝食と片付けを済ませると、スフィンクス形態に戻ったラーメラがメンバーを背に載せて川を飛び越えて対岸に渡す。再び人の姿になったラーメラに皆が礼を言うと、嬉しそうな笑顔で「えへへ」と笑うのであった。
再び湿気と熱気が籠る大森林の中を進む。歩いて1時間も立たないうちに全員汗だくとなり、エヴァリーナはメンバーの水筒に水を補給するので忙しい。また、毒虫や山ヒル、血を狙って飛んでくる数センチもある大きな蚊やブユ、1m以上もある肉食甲虫が絶え間なく襲って来る。これらを踏みつぶしたり、リューリィの炎魔法で撃退しながら、細い獣道を進んで行く。
「もう間もなくと思うんだが…」
レオンハルトが木の上に登って観察した結果を簡単な地図に起こしたものを見て呟いた。
「そうね、方向を間違っていなければだけど」
「太陽が出てねぇからな。位置が確認できないのは辛いぜ」
「でも、少しずつ森の木々が少なくなってきたように思います。きっと、もう少しですわ、頑張りましょう、皆さん!」
エヴァリーナがふんすっ!と両腕を振ったその時、ぴくっとルゥルゥとラサラスの耳が動いた。2人はエドモンズ三世を見る。
「エドモンズさん…」
『うむ、儂の探知にも掛かった。何か大きなものが来るぞ』
やがて森の奥からガサガサッ、ベキべキと草木を踏み倒す音が聞こえ、それが徐々に大きくなってくる。向こうも間違いなくエヴァリーナたちを感知しているようだ。真っ直ぐこちらに向かって来る。
「あそこに広場になってる場所がある。全員そこまで走れ!」
レオンハルトが示した先に、木々が途切れた草原になった場所があった。全員そこまで走る。草原に到着したメンバーの前に、見たこともないような巨大な怪物が姿を現した。
「な…なんだ、こいつは…」
その怪物は虹色に輝く大きな複眼を光らすと、猛然と襲い掛かってきた!




