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第433話 アリエルvsカストル

『よくも…よくも旦那様をやったわね。許さない!』

『チッ…』


『たあっ! 烈風斬!』

『くっ…』


 パールヴァティの必殺剣がアリエルの首筋目がけ、風を巻いて迫る。不意を突かれたアリエルは体を捻りながら剣で迎撃した。剣と剣がぶつかり合い、甲高い金属音と共に火花が散る。アリエルはもう1本の剣でパールを狙ったが、パールはアリエルの足元に身を滑らせ入れて空を切らせ、そのまま地面に降りた。


『チッ…。逃がさない』


 アリエルが翼を広げ、パールを追おうとしたが、背筋にゾクッとした悪寒を感じ、動きを止め、後ろを振り向いたアリエルの目にアークデーモンが両手を組んで振り上げた姿が映った。


『おせぇよ! 喰らいやがれ!!』

『きゃあっ!』


 メイメイ渾身の打撃がアリエルの背中に叩きつけられ、ズドォン!と激しい衝突音と共に地面に叩きつけられた。普通に戦っては勝ち目がない天使相手に、メイメイは乾坤一擲の勝負をかけるため、パールに協力を求めた。それは、アリエルの注意が他に向いた隙を狙って、メイメイがパールを上空に投げ上げ、アリエルを攻撃すると同時にパールに注意を向けさせる。その間にメイメイが接近して一撃を加わえるというものだった。


『ぐぐ…っ。こ、この悪魔風情が…』

『おっと、起き上がるのはまだ早いわ』


 強烈なダメージにアリエルが起き上がろうと体を起こしたところに、パールが腹目がけて蹴りを入れた。くぐもった声を出して地面を転がるアリエル。起き上がろうにもダメージが酷く、体を動かすことが出来ない。


(くっ…。思ったよりダメージが…。回復まで…数分はかかる…)


 アリエルの周りにメイメイとパール、ラインハルトたちが集まってきた。ポチとリザードは戦闘のダメージが抜けず、離れた場所で座り込んで様子を伺っている。ラインハルトがアリエルの前に進み出て、問いかけた。


「アリエルと言ったな。私たちは君と戦うつもりはなく、先に進めれば良かった。何故、攻撃してきたのだ。聞かせてもらえないか」

「悪魔は敵と言ってたけど、だからって無差別に攻撃していいって事もないと思うけど…」


『…………』


『へっぽこ王子、グダグダ言わず殺してしまおうぜ』

『あら、メイメイと意見が合うなんて珍しい。わたしも同意見よ。コイツは危険だわ』

「殺す…か。個人的には避けたいのだが。サラはどう思う」

「そうですね…。王子の問いに答えてくれないのなら、仕方ないと思います」


「仕方ない…か。メイメイ、頼めるか」


 メイメイは倒れ伏すアリエルの側に進み出ると、貧乳剣アルヘナソードを逆手に持った。


(…2…1…0。ダメージ及び体力回復! パワーフラッシュ!!)


『あばよ』


 貧乳剣が体を貫こうとする寸前、アリエルは魔力の翼を展開し、光の波動を全方位に発射した。アリエルに止めを刺そうとしていたメイメイを始め、周りに集まっていた全員が強烈な光のエネルギーを真面に喰らって吹き飛び、階層フロアの壁やクリスタルの柱に激突して地面に転がり、悲鳴と呻き声を上げる。


『がは…っ。く、クソが…』

『うう…、ま、また体の自由が、効かない…。やばい』

「王子、サラ様、ご無事ですか」

「ルツミ…。くっ、足の骨が折れたみたいだ…。サラは気を失っている」


『形勢逆転。終わるのはあなたたち』


 アリエルは2本の剣を構えると、ゆっくりと倒れ伏すパールとメイメイに近づいて、幼さの残る顔に不敵な笑みを浮かべる。


『今度は私が言うね』


 鋭い剣先がパールバティの目の前に突き出された。


『バイバイ』


 天使アリエルから放たれた光の力によって、体の自由が利かないパールは剣を避ける術がない。目を閉じて覚悟を決めたパールの瞼の中にカストルの優しい笑顔が浮かぶ。パールは心の中でサヨナラを言った。


『…………あれ?』


 いつまでたっても体に剣が突き刺される感触がない。不思議に思ったパールが目を開けると、目の前に氷の壁が形成され、アリエルの剣を受け止めていた。


「パール!」

『そ、その声…。旦那様!』


 パールの視線の先に、ボロボロの制服で色々見えているクリスタと何故かスッポンポンで大事な部分を手で隠しているアンゼリッテ。そして、血だらけのシャツとズボン姿で、自分パールに向かって手を伸ばしているカストルと兄を支えているアルヘナがいた。


「メイメイちゃん!」

『来るな!』


 メイメイのもとに駆け出そうとしたアルヘナを苦しそうな顔のメイメイが止める。その迫力にビクッとして立ち止まるアルヘナ。クリスタもリザードの元に行こうとしたが、リザードもまた首を振って来るなとの意思表示をする。


『お前たち、さっき殺し損ねたヤツら…』

「君は一体何者だ」


 普段のおっとりのんびりした雰囲気とは全く異なる険しい表情で問いかけるカストルを見て、アンゼリッテやパールは驚いた表情をし、アルヘナは苦しそうな顔で兄を見る。


「もう一度聞く。君は何者だ」

『私は「大天使アリエル」この世界の全ての魔を屠る者。そして、光と正義の行使者』


「…………。とてもそうは見えないな。君は自分の使命を行使するというだけで、ボクの仲間を…、大切な人たちを傷つけたのか」


『大切な人とはなに?』


「ボクにとって、その存在が必要だと思える人たちだ。 ボクの心の支えになる人であって、家族や友人…、まだいないけど恋人など、ボクの愛する人たちのことだ。そこには人も魔物もない。ボクが大切と思う人たちに人とか悪魔とか魔物とか、そんな壁などない!」


『(大切な人…。なにそれ、考えてもわからない。でも…)悪魔や魔物は世界から排除すべき存在。それを従える人間も排除する。それが私の…私の使命だから!』


「そうか。なら、ボクは大切な人を、家族を守るため君を倒す!」

『人間風情で…。やれるもんならやってみろ!』


「お兄ちゃん止めて! メイメイでも敵わない相手だよ!!」

『兄ちゃん、無理だ。アルヘナちゃんを連れて逃げろ!』

『旦那様、止めて、逃げて!』

「カストル、アルヘナとクリスタを連れて逃げろ、殺されるぞ」


 仲間たちがカストルを止めにかかる。何せ従魔4体とラインハルト、サラ、ルツミの総掛かりでも勝てなかった相手なのだ。カストル1人で勝てる相手ではない。さらに、クリスタがカストルの前に立って通せんぼする。


「止めて。君は大怪我をした後なのよ。無茶な事はしないでアルヘナちゃんと逃げて。ここはあたしが食い止めるから」

「クリスタ先輩。ボクは男です。男は女の子を守らなくちゃいけないんだ。クリスタ先輩こそ下がって下さい。アルヘナをお願いします。アンゼリッテはみんなの治療をお願い」


 アンゼリッテは頷き、怪我をした仲間の許に駆け寄ると治癒魔法による治療を始めた。カストルは通せんぼするクリスタに笑顔を向け、直ぐに真剣な表情に戻すとクリスタを脇に除け、前に進む。


「来いアリエル。ボクが相手だ」

『生意気。死ね! ヘブンズ・レイ!』

「アイスシールド!」


 アリエルの詠唱のタイミングに合わせてカストルは氷の防御壁を展開した。クロスした剣から発射された光のビームは鏡のような氷に反射され、ホールの天井を破壊した。


『この…。ライトアロー!』

「まだまだぁ!」


 アリエルが展開した翼の上に多数の光弾が浮かび上がり、一斉に発射された。カストルは氷の防御壁に魔力を通し、広く展開して自分だけでなく、後背のアルヘナとクリスタも防御した。連続で撃ち込まれる光弾の圧力に押され、何度も氷の防壁が破られそうになるが、持てる魔力を注ぎ込み、何とか耐えきった。


「はあはあ…。その程度かアリエル!(ボクの魔力も残り少ない。だけど、チャンスは必ず来る。それまで耐えるんだ!)」


『くっ…猪口才な小僧め。だが、所詮人間、上空に飛べば…』


 翼を広げ上空に飛び上がろうとしたアリエル。だが、カストルはこれを待っていたのだった。


「チャンスだ! アイスシールド!」


 飛び上がったアリエルの頭上に氷の防壁が展開され、避ける間もなく激突し、地面に叩きつけられる。カストルは残された体力を振り絞って一気に間を詰めた。


『う…この…ゲホゲホッ、い、息が…、えっ…』

「アリエル、ボクの技を受けてみろ!」


 胸を強打し、息が詰まったアリエルは何とか体を起こした。見ると剣は落ちた衝撃で遠くに飛ばされている。はっと気づいて戦いの相手、カストルの姿を探すが…、目の前には姿がない! 焦るアリエルの背筋にゾクッとした悪寒が走る。その時、視界の下側にいつの間にか体を屈め、自分に肉薄しているカストルの姿が入った。獲物を狩る肉食獣のような目にアリエルは、生まれて初めて恐怖というものを感じた。


『ひっ…』


 思わず無防備に殴りかかるアリエルだったが、カストルは素早い動きで前回りさばきで懐に踏み込み、体を沈めてアリエルの腕を受け止め、釣り手で右肩を抱えると一気に背負い上げて、その体を投げ上げた!


「たぁああーーっ! 竜巻背負い!!」

『ひゃううーっ!』


 カストルの豪快な投げ技が炸裂した! 捕らわれた腕を起点に180度回転するアリエル。ドシン!という音と共に地面に叩きつけられ、ガハッと肺の中の空気が口から洩れたと同時に泡を吹いて気絶した。

 思いもよらぬカストルの荒業に見ていた仲間たち、従魔たちはシンと静まり返る。何せ圧倒的な力を持つアリエルを一瞬の間に倒したのだから。しかも、見たこともないような肉体技で。


「うっ…、痛ぅっ…」

「お、お兄ちゃん大丈夫!?」

『旦那様!』


 急に膝を押さえて屈みこむカストルを見て、慌てて駆け寄るアルヘナとパール。そこにメイメイとクリスタ、ルツミが集まってきた。


『兄ちゃん。今の技…』

「はは…。う、痛っ…」

「もう、お兄ちゃん。バカだね…(でも、そんなところが好き!)」


 痛みに膝を抑えるカストルを介抱しながらアルヘナが話し始めた。


「お兄ちゃんね、本当は物凄く強いの。小さい頃、家の近くにどこか東方の島から来たという武術家がいて、近所の子を集めて武術教室を開いていたんだ。お兄ちゃんは小さい頃病弱で、季節の変わり目になるとすぐ風邪をひいて、しばらく治らなかったり、流行り病にもよくかかってお父さんやお母さんを心配させていたの」


「で、体を鍛えれば丈夫になるだろうからって、その武術教室に通い始めたの。お兄ちゃん、その武術が合っていたのかな。凄く一生懸命に練習して、何時しか教室でも一番強くなって、先生も免許皆伝だなって喜んでた。でも、ある日…」


「不良に絡まれて泣いてた私を見かけたお兄ちゃんが、不良を全員やっつけてくれたんだけど、その時に膝を痛めちゃって、大好きな武術が出来ない体になってしまったの。先生も凄く残念がってた。それ以来、お兄ちゃん、武術技を封印したんだ…。もう、激しい運動はできないからって…。うう…ひっぐ…」


『そうだったの…』

 パールが優しくアルヘナを抱きしめる。カストルは膝を抑えながら黙って俯いている。


『旦那様は偉いね。そんな体なのに妹ちゃんや、わたしたちを守るため、戦ってくれたんだもの。やっぱり優しい。益々好きになっちゃった』

「うん、私もお兄ちゃん大好き。次にメイメイちゃん」

『オレ様が1番じゃねぇのかよ…。でもまあ、今回は仕方ねぇか。ハハハ』


 ルツミに肩車されて、適当な場所に座らされたカストルの膝に、アルヘナが痛み止めの薬を塗っていると、アンゼリッテと治療を受け復活したラインハルトたちが集まってきた。


『きゃああっ、カストル様!』

「ふんぎゃ!」


 膝を痛めて顔を顰めているカストルを見てパニックになったアンゼリッテは、素っ裸のままであることも忘れ、アルヘナを突き飛ばしてカストルの前に膝まづくと有無も言わさず治癒魔法を発動させ始めた。上から覗き見える小さな丘と桜色の乳頭にカストルの目は釘付けになるが、股間だけは全精神力を注入して抑えたのだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


『う…ううっ…。痛っ…』

「気が付いた?」

『お、お前は…』

「そういえば名前を言ってなかったね。ボクはカストル。君の傷はアンゼリッテが治したよ。後でお礼を言ってね」


『わ、私は負けたのね…。ただの人間であるあなたに…』

「君の処遇はボクに任された」


『そう。殺すなら早くして』

「殺しはしない。ボクたちの邪魔をしないと約束してくれれば自由にしていいよ」


 カストルはそう言いながら、濡れタオルでアリエルの汚れた顔を拭いて綺麗にし始めた。アリエルはされるがままにしている。


(暖かい…。初めて、こんなの…)

『なぜ? なぜ優しくしてくれるの。私はあなたたちを殺そうとしたのに…』


「さあ、ボクにもよくわからない。でも、君の目を見ていると本当は悪い人じゃないんじゃないかなって思うんだ。君は言ったよね、「悪魔を倒すのは使命だ」と。でも、そんな事しても誰が褒めてくれるの?」


『そんなの考えた事ない…。「悪魔を倒すのは天使の使命だ」って、私を生み出した人たちが言ってた』

「その人たちは?」

『わかんない…。いつの間にかここにいた。ここには私しかいないし…』

「(ダンジョンコアによってどこかから呼び出されたんだな。可哀想に)なら、止めちゃえば? 自由にしてさ、友人を…大切な人を見つけたらいい。そして自分の好きなように生きればいいと思うよ」


『……自由に。でも、どうしたらいいか分んない。どうしたらいいの?』

「ボクにも答えは出せない。それは自分で考えるしかないよ」


 真剣な眼差してアリエルを見つめ、優しく生きる道を諭すカストル。神秘的な紫色の瞳を見ていると、いつしかアリエルの心臓はドキドキと早鐘を打つように激しく鼓動し始め、顔がカーッと熱くなってきた。 


(なに、なんなのこの気持ち…。胸が苦しい。カストルの顔を見てると…、ダメだ。頭が真っ白になって何も考えられなくなっちゃう…)


 次の階層に続く通路の入口でアルヘナたちが呼んでいる声が聞こえてきた。


「仲間が呼んでる。じゃあ、ボクは行くから。元気でねアリエル」

「あ…」


 アリエルのおでこにキスをして、優しい笑顔で別れを告げた後、カストルは仲間の許に歩いて行った。そっと額に手を当てたアリエルは、初めて自分の生きる道が見えた。そして、自分はそのために生きると固く心に決めたのだった。


「お待たせ。さあ、行こうか」


 仲間たちの許に戻ってきたカストルは、待たせたことを詫びたが、仲間たちが不審な目を向けている。


「ど、どうしたの?」

『兄ちゃん。後ろのヤツは何だ?』


 カストルが後ろを振り向くと、美しい金髪をツインテールにし、純白と淡青色の組み合わせのワンピースドレスを着た白い肌の美少女が立っていた。


「アリエル! どうしたの!?」

「カストル…。わ、わた…、わたわた、綿菓子…じゃなくて、わたし…」

「ん?」


 2人を見つめる他のメンバーは何となくイヤな感じがしている。特にアンゼリッテとパールは。予想が当たっているなら、次は…。


「カストルが好きになりましたっ!! 私の大切な人見つけたのっ! 大好きーっ!!」

『やっぱりーっ!』


「また厄介事が増えた…」

「カストル君周りがハーレム化し始めた…」


 ラインハルトとサラは天を仰いだ。しかし、カストルを巡る女の戦いはまだ始まったばかりだった。その事に2人はまだ気づいてはいない…。

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