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第430話 レオンハルトの告白

「えぐ…、ひっく…、うぐ…。ぐすぐす……」

「うえぇ…っ。ぐすぐす、えうぅ…、うう…」


「……………」

「全然泣き止まない。困ったわね…」


 エヴァリーナをリーダーとする一行パーティは今だ第17階層にいた。ラーメラとのなぞなぞ問答を終え、奥に進もうとしたが、ユウキから渡されたリリアンナ特製の魔力回復薬を飲んだエヴァリーナは、強烈な副作用によって、メンバー全員が見守る中、激しい排泄音と共に下痢便を漏らしてしまったのだ。オマケに我慢に我慢を重ねて圧力MAXになった腹圧によって、勢いよく噴出した下痢便がメンバー全員を襲い、下痢便まみれにして時間を停止させた。


 さすがに悪いと思ったのか、ラーメラは全員を火山の温泉地帯に案内すると、温泉で体を洗い、心を癒すよう勧めてきたのでマーガレットは有難く受け、温泉に入ることにしたのだった。ついでにラーメラも人間体に変化し、一緒に温泉に入っている。ただ、当のエヴァリーナは下痢便を漏らして以降、恥ずかしさと情けなさで、ずーっと泣き通しで、他のメンバーは困ってしまっていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


『ねえ、もう泣き止みなさいな。可愛い顔が台無しだよ』

「そうよ。人間誰しも失敗はある。気にしないで」

「そうだよ。エヴァリーナさんのアレは魔力回復薬の副作用だって言うじゃない。エヴァリーナさんのせいじゃないよ」

「……………」


「えぐ…、ひっく…、ぐすぐす…う、うぁああああん!」


 温泉に入りながら、人間体に変化したラーメラやマーガレット、ルゥルゥが慰めるが、エヴァリーナは全く泣き止まない。ボロボロと涙を流し、子供のように泣き続ける。ちなみにラーメラは身長175cm位、見た目20歳代中盤の栗毛で、Eカップの大きな胸、きゅっと締まったウエスト、丸みを帯びた形の良いお尻とスタイルも抜群の美女だった。


 一向に泣き止まないエヴァリーナに困り果てていた女湯から少し離れた場所で男たちも温泉に浸かっていた。ここまでエヴァリーナの泣き声が聞こえてくる。


『困ったもんじゃの』


 湯池の縁に身を預け、ゆったりと湯に浸かる一体の骸骨。ワイトキングのエドモンズ三世が、エヴァリーナの泣き声を聞いて、ぼそりと呟いた。


「しかし何ですな。エドモンズ殿が頭にタオルを載せて湯に浸かる姿は何と言うか…、えもいわれぬ怪しさ満載ですな。いや、否定的な意味ではなく、褒めているのです」

『ファーッハハハハ! 気にすることはないぞ、教授。本来儂は肉体を持たぬ故、風呂に入らずとも良いのじゃが、ユウキが、あの乳デカ娘が加齢臭加齢臭言うもんじゃから、自然と儂も綺麗好きになっての』


「加齢臭ですか。実は私も娘に「パパ、臭い!」なんて言われましてな。いや、辛いのなんのって…」

『うむ、意外と心にズシンと来るんじゃよな。分るぞ、その気持ち』


「おい、のんびり加齢臭談義してる場合じゃねぇだろ」

「そうですよ。エヴァリーナ様をどうにかしないと」

「ですな。先に進むにも、立ち直って頂かねば。それもそうですが、向こうの温泉池にはラサラス様が生乳なまちちを露わにして…。ぐぶっ、は、鼻血が…」


「このエロ亜人、今はエヴァリーナさんをどうするかだろうが。沈め!」

「がぼっ、ぐぼっ、死ぬ! がぼがぼ…っ。た、助けれぇー」


 レオンハルトがシンの頭を押さえて湯の中に沈めているのを眺め、苦笑いしていたリューリィは真剣な表情に戻ると、エドモンズ三世に訊ねてきた。


「エドモンズ様、何かいい考えはありませんか」

『そうじゃのう…。今、エヴァリーナの心は壊れかかっている。ここは、エヴァリーナが最も信頼し、好いている人物によるウソ偽りのない、真摯な言葉を掛けて立ち直させるしかないのではないか?』


「最も信頼し、好きな人ですか? ユウキさんですか? でも、ユウキさんは第9ダンジョンに…」

『いや、ユウキではない。ちなみにユウキの名前が出たから教えるが、ユウキもあの魔力回復薬で酷い目に遭っておるのじゃ。魔力回復薬をがぶ飲みして腹を下し、隠れる場所のない原野でケツを丸出しにして豪快に放屁しながら下痢便を排泄する姿は凄かったぞ』


「うっ! くっ…あはははは!」


 エドモンズ三世の話に、リューリィは腹筋がねじ切れるのではないかと思うほど笑ってしまった。あのユウキが、超絶美少女のユウキが豪快にケツ丸出しで下痢をする姿を想像したら、可笑しくて仕方なかった。リューリィが笑い転げる姿を見てエドモンズ三世も満足する。


「はーはーはー、笑わせないで下さいよ。ユウキさんじゃなければ誰なんです?」


『レオンハルトじゃ』


「へ、オ…オレ!?」

『そうじゃ』

「レオンハルトさんですか。なるほど…。確かに」


 リューリィは手を顎に当ててしきりに頷く。一方、レオンハルトは何故自分の名前が出てきたのか、今一つ理解できない。


『本来はこのような場所で語り合う話ではないのじゃが、場合が場合だけに仕方ない。レオンハルト、お主、エヴァリーナの事、どう思っている?』

「エヴァリーナさんの事? そうだな、真面目で責任感が強く、リーダーシップもある。オマケに貴族なのに平民とも分け隔てなく接してくれる人格者…。そんな人かな」


『儂が聞きたいのは、そんな一般的な事ではない。異性として彼女をどう思っているのか聞いているのじゃ』

「どうって…」


 レオンハルトは急に言い澱んだ。自分はエヴァリーナの事をどう思っているのだろう。ユウキのためとはいえ、彼女の任務に参加し、その困難さに自分を含めたメンバーは参りそうになったことも多々あった。そんな時、エヴァリーナは毅然とした態度で全員を鼓舞し、弱音を見せず、笑顔で励ましてきた。その笑顔にどれだけ救われたか…。いつしか、こんな任務ではなく、平和な世界で彼女に笑顔でいてもらいたい。そう思うようになっていた。


(だが、オレは一介の冒険者。こんな気持ちは持っちゃいけねぇんだ)


 黙り込んだレオンハルトにエドモンズ三世は近づき、顔(髑髏)を近づけた。レオンハルトは眼窩の奥の光に射竦められ、怯んで2、3歩下がる。


『エヴァリーナはお主を好いておる。いや、愛していると言った方が良いかも知れぬ』

「…………」

『お主はどうなのじゃ』

「…オ、オレは…」


「ははは、バカ言うなよ。彼女は世界に冠たるカルディア帝国の大貴族のお姫さんだぜ。いずれ皇族か貴族、他国の王族に嫁ぐ身分だ。オレは一介の冒険者で平民。誰が見ても釣り合わねえって。しかも、オレはロディニアで国王の首を狙って失敗し、逃げ出した挙句、死に損ねた卑怯者だ。そんなヤツを好きになる訳ねえだろ」


『それはユウキの悲しみを思っての行動じゃろう。儂だって同じ立場ならお主と同じ事をしたと思う』

「レオンハルトさん。エヴァリーナ様があなたを好きなのは本当です。あなたは命を張って彼女を助け、守ってきた。いえ、彼女だけでない、メンバー全員を守ってきたんです。見返りも何もないのに命を懸けて任務を遂行するあなたを彼女は信頼し、何時しか愛してしまったんです。ボクとしてはエヴァリーナ様に幸せになってもらいたいし、あなたには彼女に真摯に向き合ってほしいと思ってます」


「リューリィ君…」


 男たちの湯池に沈黙が流れる。教授は大の字になって浮かぶシンを邪魔にならないよう、隅っこに寄せて、静かに事の成り行きを見守っている。離れた場所からエヴァリーナの悲し気な嗚咽が聞こえてくる。ややあってレオンハルトは顔を上げた。


「オレも…。オレもエヴァリーナさんの事が好きだ。27にもなってガキみたいで情けないが、彼女の笑顔を見ていると安心するんだ。何て言うかな…、彼女を見てるとずっと守ってやりたいと思ってしまう」


「オレが生きる意味はユウキちゃんの幸せを見つける旅を手助けする事だ。エヴァリーナさんの任務に加わったのもウルがユウキちゃんを狙っているって聞いて、それを確かめる意味もあった。だが、個性的なメンバーを苦労しながらまとめ、任務を遂行する彼女を見てたら、何とかしてやりたいって思うようになったのも事実だ」


「そしたら、いつしか彼女が好きになってしまっていた訳さ。ははは、いい年こいてガキみたいだろ」

「…ボクはそうは思いませんね。人を好きになるって、理由なく突然に現れるものです」


「だが、さっきも言った通り、オレは平民で彼女は貴族。だから、この気持ちは心の中にしまって置くつもりだったんだ…」


『情けない男じゃの』

「何だと!」


『少しはミュラーを見習うがよい。ユウキに嫌われ呆れられてもアタックし続けるあの根性。お主に足りないのは正にそこよ。あの熱心さにユウキは自分では気づいていないが、ミュラーの事が気になり始めておる』

『レオンハルト、エヴァリーナは優しい頑張り屋じゃぞ。あの下痢騒動だって全員を守るために無理をした結果じゃろ。皆、それを知ってるからこそ笑ったり、非難したりする者はおらぬ。エヴァリーナだってそれは分っとる。ただ、好いた男に情けない姿を見られたから、嫌われるのではないかと怯えて泣いているのじゃ。助けられるのはお主しかおらぬ』


「そうですよ。エヴァリーナ様に気持ちを伝えてください。それでエヴァリーナ様は救われます。後のことは大丈夫、僕に任せてください。何てったって帝国皇帝執事長の息子ですからね。お二人の幸せのために協力させてもらいますよ」


「リューリィ君…。ありがとう。エドモンズさんも。わかった。オレは気持ちを彼女に伝えるぞ!」

『うむ、頑張るがよい』


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 温泉から上がった後もエヴァリーナは1人離れた場所でめそめそ泣いていた。女性陣は心配でしょうがなかったが、エドモンズ三世とリューリィが「大丈夫だから」と離れた場所に連れて行った。周囲に誰もいない岩場に座り景色を眺めるが、壮大な火山地帯の美しい風景も何の慰めにもならない。遠くで立ち昇る噴煙が涙で霞んでくる。


(うう、ひぐ…っ。絶対に嫌われました…。だって、真後ろで直撃ですよ。私の…汚い下痢便が直撃したんですよ。あの独特の臭いモノがビシャシャーッって…。あの時のレオンハルトさんの驚いた顔…。ダメ、軽蔑されたに違いないです)

(くすん…。なんでこんなに胸が痛いの…。もうヤダ。全部イヤになっちゃった。任務も、自分も…全部…)


「もうイヤぁーーー!!」


 エヴァリーナの自暴自棄の叫びが山々に木霊する。項垂れた彼女に背後から自分を呼ぶ声がした。


「エヴァリーナさん」


 その声にビクッと体を震わせたエヴァリーナ。怖くて声をかけた相手を見ることができない。声の主は隣に腰かけると、静かに語り始めた。


「エヴァリーナさん、オレはバカなんでな。難しい話はできない。だから、単刀直入に言うぞ」


 いよいよ愛想をつかされる…。そう思ったエヴァリーナはギュッと目を瞑った。しかし、隣に座った人物から発せられた言葉は違った。


「オレは、君が好きだ」

「…………えっ」


 想像もしてなかった言葉にびっくりまなこで相手の顔を見る。レオンハルトは真剣な表情でもう一度、ハッキリと言った。


「オレは、君が好きだ」

「で、でも、どうして…。私、あんな醜態を見せたのに。下痢を漏らした女なんて、普通の男性なら気持ち悪くて、嫌いになるはず…。私、絶対嫌われたと…」


「そんなことはないぜ。アレは事故だったんだ。エヴァリーナさんは火山ガスから皆を守るため、ずっと風魔法をかけ続けた。オレは魔法が使えないが、その大変さは理解しているつもりだ」


「…………でも」


「魔力を回復させるための手段が回復薬しかなかったんだろ。副作用のことをワザと教えなかったユウキちゃんもアレだと思うが…。よく耐えたと思うぜ。でも、早く言ってくれれば対処もできた。自分だけが苦労する必要はなかったと思う」


「すみません…」


「まあ、そんなところがエヴァリーナさんのいいところであって、オレが好きになった理由でもあるんだがな…。オレは一介の冒険者でド平民のしがない野郎だ。君と釣り合わないことぐらい十分に理解している。だが、君が好きだという気持ちだけは誰にも負けねぇ」


「もう一度言うぜ。オレは君が好きだ」


 レオンハルトを見るエヴァリーナの目から、真珠のような涙が零れた。

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