第428話 死の花畑
吸血鬼ジル・ド・レを退けたユウキたち一行。各階層に出現する強力な魔物を排除しつつ、いくつかの宝物を手に入れながら、探索を進め、ようやく第16階層の入り口近くに到達した。
「疲れた…。休みたい」(ユウキ)
「私も。トイレ行きたいよ」(アンジェ)
「私もです…」(アンネマリー)
「女たちは限界か。しょうがねぇ、ここで休憩しようぜ。階層に入ると何があるかわからねえからな。おい、レドモンド、エドワード、手伝ってくれ。ヴォルフのおっさんは見張りを頼む」
ミュラーは仲間に指示を出すと休憩の準備を始めた。その間、女たちはミュラーたちから離れた岩陰で小用を済ませてスッキリする。アンジェリカの水魔法で手を洗い、ユウキはマジックポーチから加熱の魔道具とフライパンと寸胴鍋を取り出し、鶏肉の香草焼きと簡単なスープを作り始めた(味付けはアンジェリカに任せた)。
「もぐもぐ…、あと残り5階層だね。もぐもぐ」
「ユウキ、食べるか、お話するかどっちかにしなさいよ。もう、女の子らしくないわよ」
「ユウキに女子力を求めるのは酷なのです。見た目だけの雑な女ですから」
「黙って聞いてりゃ言いたい事言ってくれるじゃないのよ、ポポさん。女子力が低くても女らしさは100倍勝ってますからねー。見よ、魅惑のFカップの美乳!」
「ぐぬぬ…、なのです」
「兄様、目つき。目つきがいやらしいです」
「お、おお…」
『吾輩はラピスちゃんの88cm、Eカップこそ至高と思うとる』
「アンタ、自然に会話に入るのが上手いわね…って、なんでわたくしのサイズを知ってるのよ!」
『むふふ…。我が「デュラハン・アイ」にかかれば、女子の3サイズなど手に取るようにわかるのだ』
「エロモンと言い、ヴォルフと言い、碌な能力持ってないね」(ユウキ)
『ワハハハ、褒めるな。照れる』
「褒めてないよ!」
「あはははは!」(全員)
雑談と食事を終えて交代で仮眠を取り、ある体力と共に魔力を回復させたユウキたちは、いよいよ第16階層に足を踏み入れる。この時点では、これまでの階層どおり魔物は出るが、自分たちの実力なら踏破は難しくないだろう。誰もがそう思っていたのだが…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここは…」
「凄い。一面のお花畑だ」
「キレイ…」
第16階層は所々に小さな丘がある広い草原で、一面に様々な色合いの花々が広がっている。空はどこまでも青く所々に白い雲が浮かんでいて、幻想的な景色を見せていた。
「とりあえず進もう」
ユウキの合図で花畑に足を踏み入れた。あまり花を踏まないように気を付けながら進むが、ユウキは何か違和感を感じ始めていた。
「ユウキ、どうした? 難しい顔をして」
「アンジェ…。何か変だと思わない」
「何が?」
「ユウキちゃんも気づいたか」
「ミュラー殿まで。わかるように教えてくれないか」
「虫だよ」
「虫?」
「うん、これだけの花畑なのに虫の姿が全然見えない。普通なら、ハチやチョウなどの虫がたくさんいて、飛び回っていると思うんだけど…」
「そういえばそうだな」
全員立ち止まって周囲を見回すが、確かに虫が飛び回っている様子はない。花々が風にそよいで揺れているだけだ。
「あ、あれ…? 体の調子が…。うう、何か具合悪い…」
「ラピス、大丈夫か。う…、なんだ、眩暈が」
顔を青くしてしゃがみ込むラピスにミュラーが駆け寄るが、ミュラーも手を額に当てて地面に膝を着いた。
「ポポ様、大丈夫ですか!」
その声にユウキが振り向くと、レドモンドがぐったりしているポポを抱きかかえている。また、アンネマリーも青い顔をして苦しそうに喘ぎ、エドワードが支えていた。
「ユ、ユウキ…。なんだろう、気持ち悪くて呼吸が苦しい。一体どうして…」
「アンジェ!」
『ユウキ、これは毒かも知れんぞ。一度戻ることを提案する』
「うん! ヴォルフ、みんなをわたしの側に集めて!」
『了解した!』
ヴォルフと黒大丸(馬)は全員をユウキの側に集めた。ユウキは全員の手を合わせると転移魔法を発動させ、先程まで休憩した場所まで戻った。マジックポーチからシートと毛布を取り出すとヴォルフに命じて全員を寝かせ、治癒魔法を使って体の状態を調べ始めた。
「ヴォルフの言う通り、毒に侵されている。特に神経系と呼吸器系に強く症状が出ているね。即効性じゃないけど結構強い毒だ…」
原因がわかるとそれに対応して治癒魔法で治療を行っていく。特に体の小さいポポとラピスは重症だったが、何とか魔法が間に合って事なきを得た。
「ふう…、7人分の治療は流石に魔力を消費するね。でも、もう大丈夫」
『ふむ。さすがは暗黒の魔女というところか。ユウキはなぜ大丈夫だったのだ?』
「うん、念のため体内に治癒魔法を巡らせてたの。それのおかげかな。もしそれがなかったら、わたしも倒れていたかも。そしたら全滅だったね」
『いや、常に何かに備え準備する。とても大切なことだ。常勝不敗の秘訣に通ずる』
「あんた、小悪魔系ロリ巨乳が関係しないとマトモだから困るわ」
『( ̄∇ ̄ハッハッハ』
「やめてその顔。腹立つわ~」
解毒したとはいえ、毒の影響で神経系のダメージの影響で眠り続ける全員の看病をヴォルフに任せ、ユウキは花畑の傍まで行って様子を見る。今は風が風上から吹いているので、花粉を吸いこむことが無い。
(きっと、この花々の花粉が毒の原因だと思う。だけど、この花畑を突破しないことには先に進めない。何とか私1人でも次の階層に続く通路に辿り着ければ転移魔法が使えるのだけど、どのくらい時間がかかるかわからないし、途中で治癒魔法が切れたら…)
「そうだ、もしかしたら、何か解るかも」
ユウキはハーフプレートの内側から蒼く輝く真理のペンデレートを取り出し、両手で包むと、魔力を通して、美しい眷属を呼び出した。
『はーい! アルフィーネ、只今参上しましたぁ!』
現れたのは美しい姿をした植物系の希少魔物であるアルラウネのアルフィーネ。ユウキは今の状況について話すと、アルフィーネはとんと自分の胸を叩いた。
『お任せくださいご主人様。植物系の毒は私には影響ありませんので、私がお花さんたちとお話してみますね』
そう言ってアルフィーネは毒の花粉を放つ花々の中に入って行き、手を組んで祈りのポーズを取った。ユウキが見ていると、アルフィーネの体が金色に光り輝き、光の波動となって周囲に広がり始めた。
(わあ、キレイ。アルフィーネの光に合わて周囲の花々が踊るように波打ってる。会話してるのかな? どんな会話してるんだろう…)
やがて会話を終えたのか、アルフィーネがユウキの許に戻ってきた。しかし、その表情は冴えない。
「何か解ったの?」
『はい。うーん…、ちょっと事情は複雑です』
アルフィーネが語ったところによると、この階層に咲いている花々は過去の大災害(ガルガと古代文明による戦争破壊のこと)で絶滅に瀕した植物たちで、古代文明の担い手がダンジョンコアを操作して、ここに花を移植して花の楽園を造ったとのこと。植物たちも本来毒などは持ってはいなかった。しかし、いつしか花々を食い荒らす魔物が現れ、自衛のため毒を持つようになって今に至るとのこと。ただ、魔物にはあまり効果はなく、逆に花粉を運ぶ虫たちが毒によって死滅してしまい、風で運ばれる花粉だけでは群落が維持できず、徐々に衰退に向かっているらしかった。
「困ったね…。魔物を排除しようにも、毒で進めないし、魔物を倒したからって毒がなくなる訳じゃないし。ここに来て、にっちもさっちも行かなくなっちゃった」
『ご主人様、アルフィーネの力、植物活性能力でお花さんたちを無毒化できますよ』
「ホント!!」
『ハイ! ただお願いがあります。お花さんたちを食べる魔物を退治していただけますか』
「モチロンだよ。よーし、希望が見えてきた。アルフィーネ、お花さんたちから魔物の事を聞いてくれない? わたしはみんなの様子を見て来る」
『ハイ!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ユウキが戻った時には全員目を覚まし、起き上がってお茶をお飲んでいたところだった。血の気を失っていた顔色も良くなり赤みが差している。
『おお。ユウキ、戻ったか』
「うん、みんな大丈夫?」
「ああ、ユウキちゃんが治療してくれたんだってな。ありがとう」
「ホント、助かっちゃったわ」
「ヴォルフもみんなの看病ありがとね」
『なんの、ラピスちゃんの寝顔を満喫できて最高であった』
「アンタ…、わたくしが寝てる間に胸を揉んだりしなかったでしょうね」
『…………。さあ、見張りにでも立つか』
「ちょっと! アンタ揉んだわね! 待ちなさい。待ちなさいったら、もう!」
両手をワキワキさせ、にやけ顔で素早く立ち去るヴォルフを、地団駄踏んでプンスカ怒るラピスと諫めるのに苦労しているミュラーを見て、思わず吹き出すユウキだった。
「ふむ、あの草花にそんな秘密があったとはな」(ミュラー)
「正に「綺麗な花には棘がある」ってところか。この場合は毒だが…」(アンジェリカ)
「では、我々の次なる手としては、アルフィーネ殿に花の毒を消してもらった後、魔物を退治する…。という事でよろしいのですな」(エドワード)
「ユウキ殿、魔物とはどんなヤツなのです?」(レドモンド)
「うん、それはアルフィーネから説明してもらいましょう。アルフィーネ」
『ハイ! お花さんたちが言うには、とても大きい「イモムシ」だそうです。特徴は…』
「特徴は?」
『わかりません!』
両手をフンス!と上下に動かし、力強く答えるアルフィーネに全員ずっこける。苦笑いするユウキだったが、相手の正体がわかっただけでも良しとした。
「作戦とすれば、アルフィーネちゃんが花を無毒化。その後ポポちゃんがイモムシを探索。発見したらオレとヴォルフ、エドワード、レドモンドの4人が突撃、ユウキちゃんたちは後方から魔法で援護。これでどうだ」
「いいね、ミュラーの作戦で行こう。相手は虫だからアンジェとラピスの氷魔法が有効かもしれない。頼んだよ」
「イモムシか…。私はその手が生理的にダメなんだけど…」
「実はわたしも。芋虫毛虫はどうしても苦手。もしかしたら、悲鳴上げちゃうかも」
「ユウキもアンジェもだらしがないのです。これだから、乳の大きな女はダメなのです」
「じゃあ、ポポちゃんは平気なの?」
「見たら一瞬で卒倒する自信があるです」
「全然ダメじゃん…」
第16階層…。毒の花が一面に広がる死の花畑。ユウキたちはアルフィーネの力を得て、最深部への道を開くため、未知の怪物討伐に動き出した。




