第427話 聖域(サンクチュアリ)の天使
第10ダンジョンを進むラインハルトをリーダーとするパーティは順調に各階層を踏破していた。このダンジョンは各階層の規模は小さいものの、分岐階層があったりして探索には意外と時間がかかっていた。また、魔物も羅刹のパール以降、あまり強力なものは出現せずゴブリンやオーク、せいぜいハイオークといったところで、メイメイやリザード、ポチを目の前にして怖気付き、散り散りに逃げ去るのだった。
『ふん、出て来る奴らは小物ばかりじゃねーか。つまらねぇ』
「いいんだよメイメイちゃん。安全安心が一番だよ」
えへへと笑いかけるアルヘナの天使のような笑顔にメイメイのハートがドキューンと撃ち抜かれる。
『おお…、マイ・スモールバスト・エンジェルの笑顔。尊い、尊すぎる。なんてカワユイんだ』
『やーねー、あのだらしない顔。悪魔のくせにみっともない』
『あなたのデカくて垂れそうな乳もだらしないです。カストル様から離れてください!』
『まあ! ブラジャーいらずの醜い嫉妬。みっともないわ。ねー、旦那様ぁ』
『だ、だ、誰がブラジャーいらずですってぇ~。貴様、許さん!!』
「ねえ、もうやめてよ。ボクの頭越しにケンカするの」
『でもでもだって、この乳だけ悪魔がカストル様にぺったりくっつくから…』
『つーん。貧乳がしつこくするから旦那様が迷惑だって』
『そんなことないもん! 私とカストル様は深い絆で結ばれてるんです。そうですよね、カストル様!』
「もちろんだよ。アンゼリッテはボクと深い心の絆で結ばれているよ」
『どうよ、乳だけ悪魔とは年季が違うのよ』
『じゃあ、旦那様、あたしと体の絆で結ばれましょ。はい、おっぱいどうぞ』
『やめんか!』
「もうずっとあの調子…。いい加減にしてほしいです。緊張感ってものが無いのかしら。ラインハルト様、ガツンと言ってくださいよ、ガツンと」
「先ほど言おうとしたら、あの2人に睨まれたよ。滅茶苦茶怖かった。ブルブル…」
「へっぽこ王子の役立たず。仕方ない、あれは放っておきましょう」
「ついにサラまでへっぽこ呼ばわりか…」
「ルツミ君。どう、何か感じる?」
「どうだポチ、何か感じるか?」
鼻の利くシルバーウルフのポチの背に乗り、先頭を進むルツミはポチに声をかけた。ポチは「ばう!」と一声吼えて首を振る。ルツミはポチの首筋を撫でながら危険はないようだと後方のラインハルトたちに声をかけた。
「リザードも何も感じないと言ってます」
「ありがとう、クリスタ」
一行はずっと長い洞窟トンネルを歩いている。やや下りになっていることから、次のフロアに続く連絡道だと思われるが、それにしても長い。前の階層フロアを抜けてから数時間は経っている。魔物はいるのだろうがメイメイやパールの気配を敏感に感じ取るのか、全く姿を見せない。なので、さしたる妨害も無く途中休憩を挟みながら進んでいるが、さすがに疲労は蓄積してくる。
「王子、どうします。そろそろ長時間休憩を取りませんと…」
「私もそう思うが、通路での休憩は危険だ。挟撃の危険がある。できればフロアで安全を確認した上で休みたい」
「ですが…」
サラはクリスタやカストルを見るとあまり表情には現さないものの、時折膝上をさすったりしていることから、大分疲れが溜まっていると思われる。自分も足が痛くてぬるっとした感触がある。きっと豆が潰れたのだろう。できれば、休んで治療をしたい。下を向いて何かを我慢するような顔をしているサラを見て、ラインハルトは決断した。
(サラはもう限界だ。カストルも…。仕方ない、ここで休憩とするか)
「みんな、先はまだ長そうだ。我々も長時間歩き続けて疲労が溜まっている。丁度ここは平坦地だ、ここで休憩しよう。食事の後、交代で睡眠を取ることにする」
ラインハルトの指示にサラはほっとした。早速、ルツミとクリスタに手伝ってもらい、シートを広げて靴を脱いで座り込んだ。見ると靴下が血で真っ赤になっている。靴下を脱がすと豆が潰れて血が流れていた。
「痛た…。やだな、豆が潰れちゃってる」
「ああ、結構酷そうですね。アンゼリッテ治してあげて。パールは見張りをお願い」
「カストル君、わたしもお願い」
カストルはアンゼリッテにクリスタの治療もお願いすると、ルツミと一緒に食事の用意を始めた。メイメイとポチは周囲の警戒に立ち、リザードは鍋に水を入れる手伝いをしている。足の治療を終えたサラとクリスタも加わって、乾燥野菜や塩漬け肉で温かいスープを作り、交代で食べた。お腹が一杯になったところで、女性陣を先に眠らせることにした。アンデッドのアンゼリッテは眠る必要はないが、さすがにパールは寝ないと駄目なようで、アルヘナと一緒の寝袋で眠っている。
その後、食事の片づけを終えた男性陣も適時寝ることにした。リザードはクリスタの近くに座って洞窟の壁に背を預けて眠り、ラインハルトとルツミは横たわるポチのモフモフの毛に包まれて鼾をかいている。
「メイメイ、見張りを交代するよ。君も眠ったらいい」
『兄ちゃんか…。オレ様は大丈夫だ』
カストルは見張りに立つメイメイの側に座った。
「ユウキさんがね、ビフレストのダンジョンでアークデーモンと戦ったことがあるって言ってたんだ。そのアークデーモンは正に上級悪魔の名に相応しい残虐な殺戮者だったそうだよ。強さも半端なかったって」
『…………』
「だから、妹が従魔召喚で君を呼び出した時、一体どうなるんだろうと思った。でも、君は妹を…、アルヘナを気に入ってくれて従魔になってくれた。だからすごく感謝してるんだ。それに何気に僕のことも気にかけてくれているし、アンゼリッテとも仲良くしてくれるしね。メイメイ、これからも妹を、アルヘナをよろしく頼むよ。ついでに僕たちもね。あと、パールとも仲良くしてくれると嬉しいな」
『兄ちゃん…。オレ様は魔界の闇に嫌気がさしていた。だから、どういう理由があれ、光の世界に救い出してくれたアルヘナちゃんに感謝している。礼を言うのはオレ様の方だ』
「…………」
『ん、兄ちゃん? ハハハ、寝ちまったか。さすが兄妹、寝顔は一緒だな』
メイメイはカストルを抱き上げると。シートに寝かせ、毛布を掛けてあげるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
8時間ほど休憩を取り、疲れを癒したラインハルトたちは、前の残りのスープと乾パンで食事を取り、お腹を満たすと先に進む事にした。休憩を取ったことで全員の顔色が良くなり、鋭気に満ちた表情をしている。
「では先に進むぞ。先頭はポチとルツミ、続いてメイメイとリザードの順で行く。カストルは最後尾でいいぞ、うるさいから。前進!」
ラインハルトの指示で隊列を組むと一行はダンジョン奥に向かって足を動かし始めた。途中、ゴブリンやコボルドといった魔物が現れたが、メイメイとリザードの敵ではなく、難なく排除する。約1時間ほど歩くと洞窟の先に光が見えてきた。
「王子、光です。光が見えます!」
「どうやら、次の階層に到着したようだな」
近づくに連れ、明るさが増して行き、サラのトーチ無しでも周囲が見渡せるようになると、自然に急ぎ足になり、駆け足となって最後は走り出した。溢れ出る光は段々強さを増し、ラインハルトたちは腕で目を守りながら進み、階層入り口に辿り着いた。光の洪水に目が慣れた頃、そっと腕を下ろして階層フロアを見る。そして、その光景に息を飲んだ。
「こ、これは…」
「凄い…」
「何て綺麗なの」
一行の目の前に広がる光景は正に想像を絶するものだった。幅100m、奥行き数百m、高さ20mの半円形のフロアの地面、天井至るところから巨大で透明なクリスタルが隙間もない位に林立し、壁に自生しているヒカリゴケの光を幾重にも増幅させ、フロア全体を明るく照らしている。その荘厳な光景に誰もが「凄い」としか言いようが無かった。
「神秘的な光景ですね。でも、進むにはクリスタルをいくつも越えなければならないようです。疲れそう」
『オレ様が魔法をぶっ放そうか』
「う~ん…。メイメイちゃん、それは止めた方がいいかも。どこか1か所でも壊したら連鎖的に壊れちゃいそう。そしたら、進めなくなっちゃうよ」
『さすがアルヘナちゃん。カワイイだけじゃなくて頭もいい。もう、最高!』
『何が「もう最高!」よ。確かに妹ちゃんはカワイイけどさ』(パール)
『それについては、全く同意です。貴女と同じ意見とは心外ですが』(アンゼリッテ)
『ま、旦那様には「ぼっきゅんぼん」のあたしがいるから、いいよね』
『何が「いいよね」なのよ。カストル様には私がいるの。アンタはアウト・オブ・眼中ですって!』
『あら、貧乳虫が鳴いてるわ。やだ~、耳障り。ね~旦那様♡』
『誰が貧乳虫じゃ!』
「もう、止めてよ2人とも。ほら、みんな行っちゃったよ」
カストルが睨み合う2人の間に入って諫める。見るとアンゼリッテとパールの諍いを無視してラインハルトたちはクリスタルを登り始めていた。メイメイはアルヘナを抱えて飛び上がり、ポチはルツミを乗せてクリスタルの間を飛び越える。一方、クリスタは巨乳と尻の重さで登り上がるのに苦労しており、リザードが下から尻を押して助けている。出遅れたカストルたちは慌てて追いかけた。
『よっ…と。ん、どうしたの?』
『おめぇか。遅えんだよ』
パールがポンポンとクリスタルを飛び越えて先を行くラインハルトたちに追い着くと、メイメイが顎でポチを指し示す。パールが見ると先頭にいるポチが「ガルル…」と背を低くして警戒姿勢を取り、牙を剥いて唸り声を上げていた。ポチの先には一際巨大なクリスタルが鎮座していて、眩しく明滅していた。一行が見守る中、クリスタルの輝きが一層強くなり、ビシビシッっとヒビが入り、バキン!とガラスが割れるような音がしてクリスタルが砕け散った。
『何か来るわ!』
パールがブラッドソードを抜いて構える。メイメイも貧乳剣を手に取り、ラインハルトもサラも武器を持って警戒する。
砕け散ったクリスタルから強烈なプレッシャーが押し寄せる。その圧力を受けたメイメイとパールが苦しそうに喘ぎ、地面に膝を着いた。
「メイメイちゃん、パールちゃん!」
慌ててアルヘナが駆け寄って声をかけるが2人の従魔たちは苦しそうに胸を押さえている。
「これは一体どういう事だ。ポチとリザードは何も影響はないようだが…」
「王子、見てください!」
クリスタルの中から現れたのは、年の頃は14~15歳で美しい金髪をツインテールにし、純白と淡青色の組み合わせのワンピースドレスを着た白い肌の美少女だった。美少女は無表情のまま数歩前に出ると背中から霊的な翼を出して広げ、ふわりと飛び上がった。
『私はアリエル。大天使アリエル。貴方たちは誰?』
「大天使…アリエルだと!?」
「天使って、古代魔法文明が悪魔や魔物に対抗するために創り出した戦闘兵器って、ユウキさんたちがオルノス遺跡で見つけた本に書いてあったそうです。本当に存在したなんて…」
「王子…。わたし、凄く拙い気がします」
「奇遇だな、サラ。私もだ」
『ねえ、聞いてるんだけど』
「す、済まん。私はラインハルト。こっちは副官のサラ。後ろの者たちは私の仲間だ。私たちはある目的をもってこのダンジョンを探索している途中でね、君に出会ったのは偶然に過ぎず、危害を加えるつもりもない。できれば通してもらいたい」
『ふーん。ひとつ聞いていい?』
「あ、ああ。どうぞ…」
『どうして悪魔を連れてるの? 悪魔は天使の敵。悪魔を連れてる貴方たちもわたしの敵』
アリエルは空間から銀色に輝く刀身を持つ2本の剣を取り出し、両手に持つとカキンと鳴らしてクロスさせ、翼を大きく羽ばたかせた。
『死んじゃえ♪』
2本の剣のクロスした部分から光のビームがラインハルトたちに向かって発射された。着弾の爆発で吹っ飛んだラインハルトは思わず叫んだ。
「なんでこーなるの!?」




