第425話 最深部への道
第8ダンジョンを進むエヴァリーナたち。第11階層では複数のゴブリンキング率いる集団に襲撃されたが、群れごとにばらばらに襲ってきたため、各個撃破で撃退していった。また、ピンチに陥っていた他の冒険者パーティを救助するなどもあって、踏破に時間を要してしまったが、何とかフロア奥の神殿様の建物に到達し、内部を捜索すると奥に下に降りる階段を発見した。
第12階層ではカバのような容姿をした巨大な魔物トロールに率いられたオークの大群、第13階層では魔人グレンデルとオーガの軍団と遭遇戦になった。以降の階層でも上位種に率いられた魔物の大群が襲い掛かってきたが、エドモンズ三世の活躍もあって激闘の末、これら魔物を退けながら着実にダンジョンを攻略して行った。
「ここは、えっと…第17階層ですね」
「さすがにここまで来ると他の冒険者パーティもいないようだな」
「凄い光景…」
エヴァリーナたち一行の目の前に広がる風景は火山地帯そのもの。切り立った山々は火山の熱と硫黄、亜硫酸ガスなどによって草木1本生えておらず、噴火口から真っ赤に焼けた溶岩が流れ出し、山腹の噴気孔からは水蒸気と硫黄を吐き出している。
「地獄って、きっとこんな風景なんでしょうね」
マーガレットがボソッと呟く。剛毅な女傑も目の前に広がる風景に驚きを隠せないようだ。一方、周囲の状況を確認していたレオンハルトはあるものに気づいた。
「おい、見ろ。尾根筋に道がある」
「本当だ。よく気が付きましたわね」
「どうやら道はあそこしかないようですな。だが、所々に噴気孔がある。猛毒の亜硫酸ガスが噴気している可能性がありますぞ」
バルトホルト教授が尾根道を観察して注意喚起するが、一行には進むしか道がない。思案した結果、エヴァリーナの風魔法で常時メンバーの周りに空気の流れをつくり、ガスから身を守りながら進むことにした。先頭にエドモンズ三世とリューリィが就き、魔物が現れた際は魔法で排除する事にして隊列を組む。
「リューリィ君、気を付けてね」
「大丈夫ですよルゥルゥさん。エドモンズ様もいます。それよりもボクの後ろをしっかり守ってくださいね」
「うん!」
『青春じゃのう。しかし、ここでは皆儂の名前を正しく呼んでくれる。幸せじゃ、なんせ我が娘の乳お化けは、儂の名前を真面に覚えておらんでな。ずっとエロモン呼びじゃ』
「あはは、ユウキさんがエドモンズ様は思春期巨乳美少女に執着するド変態で加齢臭だとい言っていました。だからエロモンはピッタリのあだ名だと思いますよ」
『お主は女のような顔をして、言動がキツイのう』
「すみません。でもボクは今感動してますよ。何せ死霊の王と呼ばれる「ワイトキング」が側にいて、ボクと話をしている。こんな体験、後にも先にもないんだろうなあ」
『フハハハハハ! ユウキに聞かせてやりたいわ。儂はユウキを守ると誓った。ユウキが大切にしているもの全てを守ると約束した。その約束ある限り儂はお主らを誰1人死なせはせぬ』
「エドモンズ様。ボクも同じ思いです。この任務に出発する前に父に挨拶をしました。その時父がボクにこう言ったんです。「リューリィ、お前はお前の守るべきもののために戦いなさい。帝国のためとかではない、自分のために戦うのだ」と。ボクは世界を守るなんて大層な事は出来ないし、力もない。でも、今、ボクを慕ってくれる人がいる。ボクはボクを慕ってくれる人を守るため、全力を尽くしたいと思います」
『ハッハッハ、その意気やよし。ただし、気負い過ぎるのではないぞ』
「はい!」
(リューリィ君。慕ってくれる人って誰なのかな。その人の事好きなのかな。あたしだといいんだけどな…)
ルゥルゥは前を歩くエドモンズ三世とリューリィの会話を聞きながら、ぼんやりと考え事をしていると、突然マーガレットがバンと背中を叩いてきて、ルゥルゥは前につんのめって転びそうになった。
「わあ! ビックリした」
「うふふ、ルゥルゥちゃん。そんな顔しなくても大丈夫よ。ルゥルゥちゃんの想いはリューリィ君にしっかりと届いてると思うわよ」
「え…そ、そうかな…」
「そうよー」
「でも、あたし、ウルの山村出の田舎者だし、亜人だし…。リューリィ君の家は帝国貴族でしょ。親父さんは皇帝の執事長だって…。あたしじゃ釣り合わない…」
「まあ! おっぱいは大きいくせに肝っ玉は小さいのね」
「おっぱいは関係ない…と思う」
「そうねぇ、じゃこうしましょう。この先で魔物との遭遇戦になったら、リューリィ君にイイトコ見せましょう。そして戦いが終わったら告白するの。どう?」
「ええ~、ハズカシイよ~」
「緊張感がないわね。でも、私も素敵な恋がしたいな」
「姫様には私がいます!」
「はあ…」
「そのため息はどーいう意味ですかぁ!」
マーガレットとルゥルゥの後ろを歩くラサラスは、2人の会話を聞いてボソッと呟き、隣で自分アピールをするシンを見ては深いため息をつくのであった。
一方、最後尾を歩くエヴァリーナは常に風魔法を発動させているため、疲労が激しく、明らかに疲れを見せている。並んで歩くレオンハルトはエヴァリーナの疲れた顔を見て休憩が必要だと感じてはいるが、細い尾根道では休める場所がなく、何より所々口を開いている噴気孔から火山ガスが噴き出しており、風魔法を止めた瞬間、高濃度の亜硫酸ガスを吸い込んで即死するだろうと思うと、休めとも言えずにいるのだった。
(山道はまだ行程の半分くらい、時間にして2時間ってところか…。だが、それまでエヴァリーナさんが持たねぇ。どうする…?)
「エヴァリーナさん、大丈夫か」
「は、はい…と言いたいところですが、魔力が持ちそうにもありません。それに、魔力切れで体力も限界…です」
「くそ、ヤベェな…。休憩場所もないし、どうするか…」
「レオンハルトさん、私のリュックにユウキさんから貰った魔力回復薬がありますわ。それを飲めば少しは持つかもしれません。申し訳ないですが、取ってくれませんか」
「ああ、少し待ってろ。おーい、みんな、一旦止まってくれ」
レオンハルトはパーティの前進をストップさせると、エヴァリーナが背負ってるリュックから1本の瓶を取り出した。ラベルを読むと「魔力回復薬 リリアンナ創薬研究所」と書いてある。
「これか?」
「はい、ありがとうございます。えっと、ユウキさんは一口でいいって言ってましたわね」
回復薬を受け取ったエヴァリーナは蓋を開けて一口飲んだ。
「後味もさっぱりして飲みやすいですわ。それに、魔力が回復してきたように感じます。念のためもう一口飲んでおこうっと」
この一口追加が後で地獄を見る羽目になろうとは今のエヴァリーナには分らないのだった。魔力回復とともに、体力も少し回復したエヴァリーナを見て大丈夫そうだと感じたレオンハルトは再び前進の合図を送る。途中、突然の間欠泉の噴出や溶岩が流れ出す穴などがあったが、エドモンズ三世の防御魔法で防ぎつつ何とか回避して先に進んで行った。
尾根道は徐々に細くなり、人ひとりが進むのにやっととなった。自然にエドモンズ三世を先頭に1列縦隊となってしまった。最後尾のレオンハルトはこの状態で魔物が襲ってきたらマズイと感じたが、直ぐにそれは現実となる。
『気をつけよ、魔物じゃ!』
全員が上空を見上げると十数匹の爬虫類に似た長い嘴と「とさか」を持った魔物が、火山の噴煙の周りを「ギャアギャア」と鳴きながらぐるぐると回っている。体長は2m程だが翼はとても大きく、翼間長は10m近くもある。
魔物の1匹がエヴァリーナたちに気づいて「グアァーッ」と吼えると、急降下して襲ってきた。
『させぬわ、ダークランス!』
エドモンズ三世が魔法で迎撃する。暗黒の槍は魔物の胴や翼を撃ち抜き、魔物は甲高い悲鳴を上げて谷底に墜落していった。しかし、その悲鳴を合図に上空の魔物が一斉に襲い掛かってきた。
「いけない! エドモンズ様とリューリィ君は魔法で迎撃して。ラサラス姫、弓で奴らを撃ち落として。上空じゃ私たち手が出せない!」
『ダークランス!』
「ファイアランス!」
エドモンズ三世とリューリイは魔法の槍を次々に撃ち放つ。初撃で数匹を撃ち落としたものの、後続の魔物は魔法の槍を急旋回や上下の軌道変化で躱しつつ接近してきた。
『いかん! ラサラス、儂らの魔法を躱した奴の隙を狙って弓を放て!』
「は、はい」
しかし、戦闘に慣れていないラサラスは、上手く狙いを定められず、中々弓を放つことができない。そうしている間にも魔法を躱しつつ魔物が接近してくる。
『早くするのじゃ!』
「うう…、狙いが…」
「姫様、貸して!」
痺れを切らしたルゥルゥがラサラスから弓を奪い取って構え、狙いを定める。リューリィはちらっとルゥルゥの弓の先を見て、その方向にファイアランスを放った。
(ありがと、リューリィ君。さあ、どっちに飛ぶ? 上か下か…、上だ!!)
ルゥルゥはファイアランスの軌道のやや上を狙って、思い切り弓を放った。魔物はファイアランスを上に飛んで躱そうとした。そこにルゥルゥの放った矢が飛んできて魔物の首を貫く。叫び声を上げて墜落していく魔物を見てルゥルゥとリューリイはガッツポーズをとった。
「あたし、小さい頃から狩りは得意なんだ」
「流石です。さあ、次行きますよ」
「うん! リューリイ君、次はアイツをお願い!」
「わかりました。ファイアランス!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あらかた退治したようね」
『うむ、儂らの脅威になりそうなモノはいないようじゃ』
エドモンズ三世とマーガレットが周囲を確認して、付近に脅威となる魔物がいないことを確認した。ルゥルゥも周囲に魔物がいないのを見てラサラスに近づくと弓を差し出した。
「姫様、弓をお返しします」
「はい…。うう、全然役に立たなかったです」
「姫様、落胆なさらずとも。我々接近戦組も役に立ちませんでしたから」
「シン、威張って言う事じゃないです」
「あはは、姫様。慣れですよ慣れ。あたしも初めて狩りに行ったときは、震えて真面に弓が引けませんでしたから。回数をこなせば大丈夫ですよ」
「ありがとう、ルゥルゥさん。次は頑張ります」
『見よ、このフロアの終りが見えてきたぞ。だが気をつけるのじゃ、何か強い気を感じる。油断せず進むのじゃ』
エドモンズ三世が指さした先に洞窟が口を開けているのが見え、尾根道はその中に続いていた。しかし、気の正体は見えない。一行は慎重に周囲を警戒しながら進み始めた。
「エヴァリーナさん、顔色が悪いが大丈夫か」
「え…ええ。大丈夫…、です」
(お、お腹が痛いです。急に便意の波が来ました。しかもこれ、下痢の波です。おまけにビッグウェーブです。なんでどうして急に…。ま、まさか魔力回復薬の副作用なのですか? うう…、そういえば、この薬を渡すときのユウキさん、満面の笑みを浮かべてた。こうなることを知ってたからなのですね。あの乳お化けめ~。あ…ダメ…。漏れそう…。頑張れ私の肛門括約筋、負けちゃダメ。こんなところで漏らしたら一生笑い者…です。ゲリリーナって言われちゃいます…)
「本当に大丈夫か? 脂汗が半端ないんだが」
レオンハルトエヴァリーナを支えようと手を伸ばした。
「さわらないで! 今、私に触れたら…(肛門が決壊しちゃいます!)」
「お、おお…。すまなかったな」
ここは細い山道、周囲は切り立った山の斜面。どこを見渡しても隠れて排便できる場所はない。洞窟に入れば排便可能な場所があるかも知れない。エヴァリーナはそれだけを希望にお尻の筋肉をギュッと締め、大地の杖を支えにしてヨタヨタと足を動かす。次々押し寄せる腹痛の波と便意。ギュルギュルとイヤな音を立てて蠕動する腸。ともすれば下痢便の勢いに負けそうになる肛門括約筋。エヴァリーナは今、人生最大の危機に瀕していた。そのエヴァリーナのピンチをあざ笑うかのように、一行の前に巨大な魔物が現れた!




