第422話 吸血鬼
第9ダンジョンの第1階層から第4階層まで踏破したユウキたち一行。事前情報の通り出現する魔物はミノタウロスやゴブリンキング、ハイオークといった強力な上位種が中心で、中には巨大ムカデやジャイアントタランチュラなどといった怪物も集団で現れ、ユウキたちを怖気させたのだったが、ポポの索敵により、奇襲攻撃を受けることはなく、ヴォルフの吶喊やミュラーたちの奮戦、アンジェリカ、ラピスの魔法攻撃で退け、着実に歩みを進めてきたのだった。
そして、第5階層に到着したユウキたちは目の前に広がる光景に息を飲む。地形的には奥に向かって裾野の広い緩やかな丘が広がってるだけだったが、異質なのは丘全体に無名の墓石がびっしりと並んでいることだった。しかも、頂上には葉が1枚もない巨木が1本生えており、その周りを何羽ものカラスが「カアカア」と鳴きながら飛び回っている。階層全体は宵闇のように薄暗く、物音ひとつしない。雰囲気はバッチリだった。
「ユウキ…、本当にここを進むのか?」
「うん、不気味だけど、行くしかないよ。大丈夫、替えのパンツはたくさん持ってきてるから!」
「た、助かるよ…」
「ポポ、何か感じる?」
「…………。ダメなのです。精霊さんの声が聞こえません。でも、何か強い霊的な気配を感じます」
「ヴォルフ、先頭をお願い」
『え!? 吾輩か。イヤに決まっておろう、吾輩はお化けが苦手なのだ!』
「アンデッドがお化けを怖がってどうするのさ! バカ、ラピスに笑われるよ」
『わ、わかった。先陣の栄誉を受けようではないか。怖いけど…』
「情けないわね。本当に常勝無敗の将軍だったの? 疑わしくなってくるわね」(ラピス)
『ラピス殿が吾輩のことを熱い視線で見ている…。頑張らねば。ヴォルフ、行きまーす!!』
「いちいち前置きが長いんよ。全く」(ユウキ)
「ポジティブねー。アンデッドって陰気で辛気臭いイメージがあるけど、全然違うわね」(アンネマリー)
ヴォルフを先頭に墓地の丘を登り始めた。丘越えの道は1本しかなく、しかも幅は人1人分と細いため必然的に縦長の形状になる。これでは前の警戒ができないと、ユウキは先頭まで進み出ると、黒大丸(ヴォルフの首なし馬)の背に乗り、中腰になってヴォルフ越しに前方を警戒する事にした。
(イヤな気配がする…。なんだろう、これは…)
不吉な気配にヴォルフの肩に手を置いて、ぐっと背伸びして前方を確認するユウキだったが、ミニスカートに包まれたお尻が後方に突き出され、黒のちょいエロパンツに包まれた美尻が露わになった。馬の動きによって小さく上下する尻に、後続する男たちは目が釘付けになり、前傾姿勢となって歩みが遅くなる。
「兄様、最っ低…」
「ユウキはもう少し女らしさを覚えたほうが良いのです。なんですか、無造作に尻なんか出して。恥ずかしいのです」
「ユウキー、おケツが丸見えだぞー」
「えっ…。あ、やだ…」
アンジェリカの指摘にユウキが振り返ると、下から覗き込むようにスカートを覗き込むミュラーたちと目が合った。慌てて目を逸らすミュラーたち。ユウキはカーッと顔が赤くなったが、自分の油断と怒れる気持ちを抑え、スカートを後ろ手で押さえてパンツを隠しながら前方監視に戻るのだった。
『お前、男を誘う技に長けてるな。無自覚なのかわざとなのか…、ドスケベ!』
「うるさい! 前見てろバカ」
丘の中腹まで進んだ時、枯れ木に止まっていたカラスが一斉に飛び立ち、ギャアギャア鳴きだした。それに合わせて、枯れ木の洞から何羽もの蝙蝠が飛び出し、ユウキたちの周りを飛び回る。
「うわっ! なんだこいつら、蝙蝠か!」
「エドワード、ポポ様を守れ!」
「きゃっ!」
「ラピス、アンネマリー、私の側に寄れ!」
突然の蝙蝠の出現に全員がパニックになる。魔法剣で接近する蝙蝠を切裂きながら、ユウキは全員に落ち着くように声を出した。
「みんな落ち着いて! 蝙蝠の数は多くない。アンジェとラピスは氷魔法で蝙蝠を叩き落として。ミュラーはアンネマリーさんを守って!」
ユウキの声に落ち着きを取り戻した仲間たちはアイスバレットで蝙蝠を叩き落とし、魔法を掻い潜ってきたものに対しては、ヴォルフやミュラー、2人の護衛騎士たちが剣で切り落とした。なんとか蝙蝠の攻撃を退けたユウキは、ゾクッとした悪寒を感じ、丘の上を見た。
『ユウキ、何か来るぞ』
「うん…、凄いプレッシャー。しかもこの感じ、アンデッドだ。みんな気を付けて、何か来る!」
「ラピス、俺の後ろに隠れろ」
「は、はい兄様」
黒大丸から飛び降りたユウキの左右にヴォルフとミュラーが並ぶ。ポポとアンネマリーは少し後方に下がり、2人の護衛騎士とアンジェリカで守る体勢を取った。
丘の上で騒いでいたカラスたちが枯れ木の枝に一斉に舞い降り、静かになった。やがてゆらりと影が揺らめき、実体化して1人の男の姿になった。男は身長180cm位のやせ型で、ブラウン色の髪をオールバックにし、口髭を生やしている。白いシャツに真っ赤な蝶ネクタイ。黒のスラックスに赤い裏地の黒マントを羽織った姿はキザな印象を与える。
「誰?」
『くくく…、初対面に「誰」はないでしょう。美しいお嬢さん』
「そうね、失礼したね。わたしはユウキよ。キザったらしいオ・ジ・さん」
『ははは! その気の強さ、気に入りました。では、私も名乗りましょう。私の名はジル・ド・レと申します。ジルとお呼びください』
(ジル・ド・レですって…、優季だった頃の本で読んだことがある。吸血鬼のモデルとされた人物だ。同姓同名なんて偶然に過ぎる…)
「ジルと言ったわね。あなたのその波動…、死者のモノと同じ。あなた、アンデッドだね」
『ほう…よくお気づきで。お嬢さんのおっしゃる通り、私は人間ですが生者ではありません。私は吸血鬼です。私はある秘術によって自ら永遠の命を得、高貴な存在に昇華させた存在「真祖」です』
「真祖…凄いんだね。ねえ、ジル。わたしたちはこのダンジョンの最下層に行きたいの。先に通してくれない」
『ほう、この先に…。いいでしょう。ただし、条件があります』
「条件?」
『そう、条件です。ユウキさんとおっしゃいましたね。貴女の血を私に捧げ、私の眷属になっていただきましょう。貴女のその美しさは私の眷属に相応しい。私の側で永遠の命と美しさを謳歌するのです。貴女が条件を受け入れれば、他の方々が先に進むのを容認しましょう。勿論傷つける事も致しません』
「何だと、テメェ。ユウキちゃんをテメェのものにするってか!? 認めるわけねえだろ」
「そうよそうよ、ユウキをアンタみたいなちょいエロっぽいオヤジに渡すもんですか!」
『ふふふ…。私はユウキさんに聞いているのですよ。外野は大人しくしていなさい』
「ジル。答えはノーだよ」
『ほう…。一切の迷いなく断りますか。理由を聞かせていただけますか』
「わたしは、自分の生きる意味を見つけるために旅をしている。大切な人との約束なの。だから、あなたの眷属になることはできない。それが理由だよ。どうしてもわたしの邪魔をするというなら戦う」
『フフフ…、ハーハハハハ! 素晴らしい。素晴らしいですユウキさん。自分の意志を貫くため戦いも辞さない。その気構えにこのジル、感服いたしました』
「…………」
『なら、私も全力でお相手致しましょう。不死のバンパイア、強大な力を持つ「真祖」の私を相手に生きて帰ったものは誰1人いない。覚悟はいいですね』
『来なさい、アズル&イール!』
ジルがサッと片手を振ってマントを靡かせると、枯れ木の枝に止まっていたカラスの中から特に大きい2羽が飛んできてジルの前で大きく羽を広げた…と同時に黒い霧となって渦を巻き、一気に霧散した。そこから現れたのは2人の少年少女。
「な…なに…?」
ユウキは2人を観察した。少年と少女は双子のように同じ顔をしており、背格好も歳もラピスと同じ位。少年は白のポロシャツに黒いハーフパンツ、少女はチェック柄のワンピースを着ている。2人ともかなりの美形だが表情に乏しい感じがする。
少年と少女は両手を掲げると、自分たちの2倍の長さを持つ巨大な鎌が出現し、その手に握られる。2人は鎌をジルの前でガチン!と音を立ててクロスさせた。
『ハーハハハハ! この2人は私の眷属。死神アズルとイールです。そして…』
ジルがサッと手を振ると周囲の墓からボコボコと土を割って屍人が現れた。屍人はウォオオ…と唸りながら後方のアンジェリカたちに向かう。
「アンジェ、屍人が来るのです。数は…数百はいます」
「ポポ、私から離れるなよ。アンネマリーさんも」
「エドワード、ポポ様を守るぞ!」
「おっしゃ! 了解だ、レドモンド!」
アンジェリカがポポとアンネマリーを庇いながら魔法杖マインを構え、2人の護衛騎士も抜剣して前に出た。後方の状況を見てユウキは「チッ…」と舌打ちする。
『アーハハハハッ! あれだけの屍人の群れ防げますかな。どうです、ユウキさん。今ならまだ間に合います。私のモノになりなさい。さすれば皆さん助かりますよ』
「絶対にイヤ」
『ほう…、御友人が屍人になってもよいとおっしゃる』
「そうはいかない! 闇の世界に封じられし、死の戦士たちよ。今ここにその封印を解く。我、暗黒の魔女の求めに応じ、その力を行使せよ! 出でよ、限界突破高位強化死霊兵!!」
ユウキの求めに応じ、アンジェリカやポポたちの周囲にいくつもの魔法陣が形成され、その中から両手剣ツヴァイヘンダーを持った骸骨暗黒騎士、巨大な戦斧を構えた暗黒骸骨大戦士、禍々しい光を放つ宝珠を備えた杖を持った暗黒骸骨魔術師が何体も現れた。ポポを除く全員が初めて見た召喚魔法というモノに驚愕する。また、それはジルも同様だった。
(何が起こったのですか!? 召喚魔法…? まさか、あの娘が…。ふふ、益々気に入りました)
(一体これは…。ここの人たちには聞こえなかったみたいだけど、私には確かに聞こえた。暗黒の魔女と言っていた。暗黒の魔女、こんなところにいたなんて…)
アンネマリーもまた、驚きの表情でジルと対峙している黒髪の美少女と召喚された暗黒兵を見るのだった。
「ヴォルフ、ミュラーは双子をお願い。ラピスは適時2人の援護を。わたしはジルを倒す」
『おおう! 任せられよ』
「うぉっし!」
「分ったわ! 任せて」
「油断しないでね。見た目は子供だけど、恐ろしいほどの力を感じる」
「暗黒騎士たち、アンジェとポポを守って! ゲイボルグ、来て。わたしに力を貸して!」
ユウキの呼びかけに呼応して空間を切裂いて、漆黒の刀身を持つ巨大な槍が飛んできた。ユウキはゲイボルグを受け取ると頭上で1回転させ、突撃の構えを取った。
「行くよ、みんな!」
突撃したユウキは、吸血鬼「真祖」のジル目がけてゲイボルグを薙ぎ払った!




