第420話 最凶の悪魔、羅刹
第10ダンジョンの1階層を進むラインハルトをリーダーとする一行は広い洞窟をひたすら前に向かって進んでいた。洞窟は自然の岩をくり抜いたようなトンネル状で、幅30m、高さ10mほどの半円形を成し、人工的な感じはしない。途中休憩を取っている冒険者もいて、話を聞くと、どうしても下の階層に降りることができず、戻るとの事だった。
「やはり、人だけでは無理のようだな」
「随分特殊な条件ですね。どうしても攻略させたくないような意志を感じます」
「うむ…。だが我々には心強い味方がいる。皆、よろしく頼むぞ」
カストルとアルヘナ兄妹、ルツミとクリスタは力強く頷く。だがサラは何となく不安を感じている。確かに彼らの従魔は強力だ。しかし、それを操る主人たちの戦闘力は低い。真面に戦えるのはラインハルトと自分だけ…。果たして2人で全員を守れるのだろうか。しかし、今更戻ることはできない。サラはアルムダートで購入した鋼鉄製のカイザーナックルを見た。
(いざとなれば、私が命を捨ててでも王子やみんなを守るんだ)
「到着したぞ」
ラインハルトたちの前に階下に降りる階段が現れた。しかし、手前に半透明で虹色の光を放つ結界がある。
「これか…」
試しにラインハルトが1人で結界の中に入ってみた。しかし、気が付くと結界の前に立っている。もう一度試しても同じ結果になった。
「ふむ…。確かにユウキの説明や途中で出会った冒険者たちの言う通りだな。ルツミ、ポチを出して通り抜けられるか試してくれないか」
「お任せを」
ルツミはランタン型の魔道具を取り出すと自身の従魔、シルバーウルフの「ポチ」を呼び出した。ルツミはポチに結界を通り抜けるように命令すると、ポチは「ガウッ」と吼えて結界に進む。すると、すんなり向こう側に通り抜けられたではないか。ルツミは戻るように命令すると、普通に結界を潜り抜けて戻ってきた。
「魔物は通り抜けられるのか。しかし、どういう仕組みで分けているのだ」
「ルツミさん、今度はポチに乗って通ってみてくれませんか」
「承知」
ルツミはポチの背に乗って結界を通ってみた。すると驚いたことにそのまま通り抜けられたではないか。
「驚いたな…。魔物と接していれば結界の影響を受けないのか。ユウキの想定通りだったな。しかし、これなら行けるぞ。全員自分の従魔を出して結界を超えるんだ。ルツミ、ポチをこっち側に寄越してくれ」
カストルたちはそれぞれの従魔を出して、自分を向こう側に運ぶようにお願いする。
「リザード、私を向こうに運んでくれる?」
『ワカッタ。クリクリ、ハコブ…。クリクリ、オモクナッタ。スコシフトッタ』
「し、失敬な。太ってなんかないもん。す、少し胸が大きくなったけど」
クリスタの巨乳化発言にぴくっと反応するサラとアルヘナ。そしてラインハルト。リザードにお姫様抱っこで運ばれるクリスタの巨乳をエロい視線でジッと見続けるラインハルトのボディにサラのパンチが突き刺さる。「ぐっ…」と鈍い声を出して地面に転がったラインハルトをポチの背中に載せ、自分も跨って結界の向こうに行くようにポチに命令した。
「あははは…。面白い王子様だね。さて、メイメイちゃん。私を抱っこして運んでくれる?」
『おう! 貧乳天使アルヘナちゃんを抱っこ。これ以上の幸せはない! 究極の貧乳美少女の匂い…、はあ~さいっ高だぜぇ~!』
「あんま貧乳貧乳言わないでよ、もう。さて、お兄ちゃーん、行くよーっ」
『うーっ、うーっ。むぐぐ…』
「アンゼリッテ、無理だよ。ボクを背負うなんて」
『私だってカストル様のお役に立ちたい…。ぬぉおおっ…あへっ』
「わっ! いたた…」
カストルの重さにべしょんと潰れたアンゼリッテ。背中のカストルは投げ出された拍子に地面に転がってしまった。
『何やってんだよ。この女はよ。ったく、役に立たねえな』
「メイメイ、お願い」
メイメイは頷くと、ひょいとカストルを抱え上げ、結界を通り抜けた。それを見てしょぼんとするアンゼリッテ。とぼとぼとメイメイの後に続くのであった。
「くっ…。ボディのダメージが抜けん。サラ、指示を出してくれ…」
「はい、ドスケベ王子。みんな無事に抜けたわね。ここからは何があるか分からない未知の世界よ。十分注意していきましょう。従魔たちにはこのまま協力を貰います。先頭は私、サラとへっぽこドスケベ王子。メイメイ、リザードにお願いします」
全員が了承し、いよいよ2階層に進むことにした。階段の先は漆黒の闇に覆われている。サラは明かりの魔法を唱え、腕を大きく前に振って前進の合図をした。
「トーチ。前進!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
耳と鼻が利くポチを先頭に、戦闘力の高いリザードとメイメイが続く。メイメイの肩にはアルヘナがちょこんと座っている。その後をラインハルトたちが続き、最後尾をアンゼリッテがとぼとぼと歩いている。大好きなカストルの役に立てなかったことですっかりしょげていたアンゼリッテの手をカストルが優しく取った。
「元気出してアンゼリッテ。人には向き不向きがあって、役割もそれぞれ違うんだ。僕はアンゼリッテは戦闘よりもサポート向きだと思ってるんだ。それに、エドモンズさんに暗黒魔法を…、治癒魔法を教えてもらったんでしょ。凄いことだよ、その力で僕や妹、みんなを助けてくれると嬉しいな。アンゼリッテはやっぱり凄いんだと僕に自慢させてよ」
『カストル様…。はい! 私、頑張ります!』
カストルの励ましに元気を取り戻したアンゼリッテ。ニコッと笑顔になって2人仲良く手を繋いで最後尾を歩く。緊張感とは無縁の2人の様子を見て「む~っ」と膨れるアルヘナと「リア充がここにも…」と落ち込むクリスタだった。
長い下り階段を降りると広い空間に出た。そこは直径100m、高さ20m位の円形の空間で、奥に白い石造りの屋根を何本もの太い柱で支えている神殿様の建物が設置されていた。一行は慎重に空間に足を踏み入れたが、中ほどに来た時、先頭を行くシルバーウルフのポチが急に警戒姿勢を取って唸りだした。
「どうしたポチ」
ルツミがポチの首筋に抱きついて落ち着かせようとするが、ポチは「ガルル…」と唸り続けている。
「どうしたのかしら」
『…………』
アルヘナがメイメイを見ると、普段は見せない厳しい表情をしていて驚いた。メイメイはアルヘナを降ろすと後ろに下がるように言い、空間から愛用の貧乳剣を取り出し、大きな声で叫んだ。
『そこに隠れている貴様! 出て来い。来ねぇと神殿ごとぶっとばずぞ!』
メイメイが叫んだ後、シンと空間が静まり返る。メイメイが片手に魔力による爆裂球を作り出すと、神殿の中から笑い声が聞こえてきた。その声質に一行は驚いた。
「お、女…!?」
「女の人の声だよね…」
神殿の太い柱の陰から1体の人影が現れた。サラがトーチでその人物の上を明るく照らし、その姿を浮かび上がらせると…。
「あ、悪魔だ…」
「女の悪魔だわ」
「なに、あの格好。凄いエッチ」
『チッ…』
想定外の魔物の出現にサラやルツミたちが騒めき、ポチとリザードも戦闘態勢をとる。リーダたるラインハルトは女悪魔のエロい姿に前傾姿勢でいきり立つ股間を抑え、サラの怒りを買う。
「メイメイちゃん、知ってる?」
『ああ、ヤツはオレ様と同じデーモンの仲間、羅刹だ』
「ラセツ…?」
『オレら以上に危険だぜ。ヤツはホンモノの殺戮狂だ。しかも稀代の大淫魔でもある』
「殺戮狂で大淫魔ですと…」
アルヘナがゆっくりと近づいて来る羅刹を見る。見た目20歳前後の少しキツめの顔をしているが、相当な美人だ。長い髪は後ろで束ねてポニーテールにし、耳はエルフのように三角形に尖っている。褐色肌のメリハリのある体にはマイクロビキニのような小さな防具を着けており、歩くたびに上下に巨乳が揺れて悩ましい。
『へえ…、人間と魔物の混成とは珍しいね。アークデーモン、こいつらアンタのペットなの? こいつら殺すなら一緒に混ぜてよ。面白そう、特にそこのおチビちゃんはいい声で鳴きそうね。アーハハハハッ』
「な、なによ…」
アルヘナが顔を青ざめさせてじりっと後ろに下がる。本能的に危険を悟り、心の中に警報が鳴り響く。ちらと左右を見るとリザードはクリスタを背に庇い、ポチは「ガルル…」と唸り続けている。サラの額からは冷や汗が滝のように流れ、ラインハルトはまだ股間を押さえている。
「メイメイ…」
『アルヘナちゃん、下がってろ』
「う、うん。危ない事しないでね」
『へん、オレ様を誰だと思ってる』
メイメイは羅刹の前に進み出た。大切な主人をバカにされた怒りで髪の毛が逆立っている。
『羅刹、てめえ…、オレ様の貧乳天使をペットだのいい声で鳴きそうだの言ってくれるじゃねぇか。アルヘナちゃんはな、この世でオレ様が認めた、ただ1人の天使なんだ。魔界で殺戮に明け暮れたオレ様を人間界に引き上げてくれた。そしてオレ様を受け入れてくれた。荒み切った心を救ってくれたんだよ。それに大貧乳もポイント高かったしな。アルヘナちゃんに危害を加えるならテメェはオレ様の敵だ。ブッ殺す!!』
『何言ってんの? このクズ。悪魔が人間を殺さないで、何の存在意義があるのよ。面白い、相手してあげる。アンタを殺したら次はアルヘナとかいうチビ女を殺すわ』
羅刹は美しい顔に不敵な笑みを浮かべると、空間から血のように真っ赤な刀身をした剣を取り出した。
『魔剣ブラッドソード。この剣でアンタの血を全部吸ってあげる』
『死ぬのはテメェだ! うらぁ!』
アルヘナソードとブラッドソードが激しくぶつかり合い、甲高い金属音と火花が舞い散る。メイメイは素早く剣を引くと間髪入れず上段から振り下ろしの一撃を加えるが、羅刹は余裕をもって受け止める。激しい剣戟と動きにアルヘナたちは圧倒され、見ていることしか出来ない。
(凄い…。あれがメイメイちゃんの…、アークデーモンの本当の力なんだ…)
『うらあ! 貧乳爆裂破!』
メイメイが翼を広げて高く飛び上がり、魔力による爆裂球を羅刹目がけて投げつける。爆裂破は羅刹のいた位置で爆発し、直径数メートルにもなるクレーターを作った。
『へっ、ざまぁ!』
『アハハッ、どこ見てんのよ』
『何だと!』
爆発の直前、爆裂球の直撃位置を見切った羅刹は、ジャンプで高く飛び上がっていた。メイメイの頭上を取った羅刹はブラッドソードを高速で振り下ろすした。メイメイは何とかアルヘナソードで防御したものの、凄まじい剣圧によってズドォンと地響音を立てて叩きつけられた。
「きゃあ、メイメイ!」
「待て、行くなアルヘナ!」
メイメイのピンチに居ても立ってもいられなくなったアルヘナは背中のリュックから治療薬を取り出した。カストルが止めようと手を伸ばすが、アルヘナはサッと躱してメイメイの許に駆け出した。それを見たルツミとクリスタはポチとリザードに命令を下す。
「ポチ!」
「リザード!」
『アルヘナちゃんを守れ!』
命令と同時にポチとリザードは羅刹目がけて飛び出し、サラも続いた。地面に倒れたメイメイは地面に叩きつけられたダメージで動けない。そこに羅刹がゆっくりと近づき、ブラッドソードを逆手に持ってニヤリと笑う。
『死ね、アークデーモン』




