第417話 ダンジョンへ
「ハルワタート様」
「バルドゥス将軍か、どうした」
「調査部で行っていた分析結果が出ました。レアシル鉱山で発見・回収した宝具は間違いなく邪龍復活のキーアイテムです」
「そうか! 本物か。わはははは、いいぞ我が野望に1歩近づいたり!」
「将軍、石碑記載の文書によるとアイテムは全部で3つだったな」
「はい。タマモ様の占いによると、1つはパノティア島の奥地、もう1つはビフレスト国内にあるとのこと。我々の次の目標はどこに致しますか」
「決まっている。パノティア島に向かう。ビフレストにはラサラスが行ったのだったな」
「帝国の協力者とともにアルムダートに到着したと現地の「草」から連絡がありました」
「襲撃は失敗したか…。まあいい、次の手は打ってある」
「アーシャ!」
「はい」
「パノティア島に向かう人選をしろ。彼の地は帝国領だ。目立つのは避けたい。特に腕の立つものを数人選ぶんだ。少数で向かう。場合によっては傭兵を雇い入れてもいい。お前に任す」
「……わかりました」
アーシャは敬礼をすると作戦室を退室した。出入り口の戸に手をかけて、室内を振り返ると機嫌がよさそうなハルワタートがバルドゥス将軍や作戦参謀と地図を見ながら話をしている。アーシャは小さくため息をつくと命令を遂行するため、軍人事部に向かうのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「全員集まったわね」
ユウキたちは宿舎の食堂に集まってマーガレットの話を聞いている。いよいよダンジョン探索に向かうのだ。全体のリーダーはマーガレットが努め、サブリーダーにユウキとエヴァリーナが努めることに決まった。その後、ユウキから目的となる第8ダンジョン、第9ダンジョン、最近発見された第10ダンジョンの概要について、ギルドで聞いた範囲で説明があった。いずれも未解明の部分が多く、危険な探索になる。だが、全員に悲壮な感じはない。未知の冒険に高揚し、世界の平和を守るため、邪龍の起動システムを発見、確保するという任務を果たそうとの使命感に溢れた表情をしていた。
「説明は以上ね。ユウキさん、最初はどこから攻略するのがいいかしら」
「そのことですが、メンバーを3隊に分けて、同時攻略した方がいいと思うんです」
ユウキの発言にざわ…ざわざわ…ざわと騒がしくなる。大丈夫かと心配する声が上がるが、マーガレットは場を鎮めると理由を訊ねた。ユウキは全員を見回して自分の考えを話し始めた。
「今回の攻略対象は未知の部分が多い。本来なら一つ一つ当たっていくのが妥当だと思うんです。でも、各ダンジョンの規模がわからない状況の中、それでは時間がかかりすぎてしまう。ハルワタートたちも起動システム確保のため動いている今、あまり時間はかけられないと思うんです」
「なので、3つのダンジョンを同時攻略する。それしかない。実はわたし、あまり心配してません。だって、みんな周りを見て。ここにいる誰もが幾多の修羅場を潜り抜けた勇者たちだよ。わたしはみんなの実力を信じてる」
集まった全員がしっかりと頷いた。マーガレットも決断し、3つのダンジョンを同時攻略するという方針に決定した。
「決まったわね。では、各ダンジョンのメンバー編成だけど…」
「わたしの案を言ってもいいですか?」
「どうぞ、ユウキさん」
「では…。始めに未攻略階層に伝説級の魔物が確認された第8ダンジョン。既に強力な魔物の存在が確認されているため、戦闘力に優れた人材を中心に派遣したいと思います。リーダーはエヴァ。メンバーはマーガレット様、レオンハルトさん、リューリィ、ルゥルゥにラサラス様と護衛のシンさん」
「第9ダンジョンは探索しながらの攻略となるため、探索に慣れたメンバーとします。リーダーはわたし、ユウキが努めます。メンバーはアンジェ、ラピス、ポポに護衛騎士のレドモンドさんとエドワードさん」
「問題の第10ダンジョンですが、1階層から下は魔物は通り抜けたという目撃情報がある。つまり、魔物に体を密着させれば通り抜けられると思うんです。想像ですけど。なので、ここは従魔持ちのカストル君たちとへっぽこド変態王子、サラ。リーダーは…、へっぽこでいいか。ポチなら3、4人位背中に乗せられるでしょうし、メイメイなら1人で大概の敵は退けられるでしょう」
「アルテナ様と名前を呼ばれなかった人はここで待機です。待機といってもダンジョン探索組の支援やアルムダート冒険者ギルドと繋ぎを取ってウルの動向等を調べて貰いたい。よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと待てよユウキちゃん。俺の名前が呼ばれてねえぞ!」
慌ててミュラーが手を上げた。ユウキはきょとんとした、わざとらしい顔で、
「あれ、そうだった? じゃあ留守番組だね」
といった。
「ここまで来て、そりゃねぇぜ。俺もメンバーに加えてくれよ」
「ぷぷぷ…。ユウキさん、イジワルは止めて入れてあげましょうよ」
「マーガレット様がそういうのなら…。仕方ないね、じゃあエヴァのグループに…」
「いや! 俺は何が何でもユウキちゃんと行くぜ。ユウキちゃんのおっぱいは俺が全力で守る!」
「アンタはわたしをおっぱいでしか認識してないの? ったく、邪魔だけはしないでよ」
「おおう! 任せとけ!」
その後は装備品、持ち物を確認してその場は解散した。各自準備のため自室に戻る中、ユウキはエヴァリーナとカストルを呼び止め、2人を自分の部屋に来るように言った。部屋に2人を連れて行くと、先に戻った同室のアンジェリカが持ち物チェックをしていたところだった。
「ユウキ、私たちの装備だが…。ん? エヴァとカストル君も一緒か。どうした」
「ちょっとね、2人とも適当に座って」
アンジェリカが小さな丸椅子を2つ出し、エヴァリーナとカストルはそれに座る。ユウキは2人を連れてきた訳を話し始めた。
「今回のダンジョン調査だけど、話した通り強力な魔物との戦闘が想定される。それに、魔人の存在も懸念されるの」
「魔人…ですか?」
エヴァリーナが小首を傾げて訊ねる。ユウキは頷いて、帝国のヴェルゼン山でヘルゲストという魔人と遭遇し、戦闘になった事、ヘルゲストたちも邪龍を探し求めている事、彼らもビフレストに向かったという情報がある事などを話して聞かせた。そして、魔人とは何者かという事も…。
「魔人…。そのような存在は聞いたこともありません。けどユウキさんの言うことですから信じますわ」
「ありがとう。それで、探索中にメンバーが負傷することも想定される。治療薬では追いつかないような生死に繋がるような深刻な状況もあるかもしれない。第9ダンジョンチームにはわたしがいるからいいけど…」
そう言って、ユウキは黒真珠に手を当てた。部屋の中に黒い霧が渦巻き、その中からワイトキング「エドモンズ三世」がぬうっと現れた。
「ひっ…」
圧倒的な暗黒の力を感じ、エヴァリーナは小さな悲鳴を上げて椅子から落ちそうになった。エドモンズ三世はぐうっとエヴァリーナに顔を近づけて、カカカと笑う。
『ほほう、お主がフォルトゥーナの娘、エヴァリーナか。ユウキと仲良くしているそうだな。ふむ…、バスト80のA、ウェスト62,ヒップ86か。意外と尻がでかいの。所謂安産型っていうヤツじゃな。ほほう、思春期度数は96。よいぞ、生意気にも恋しちゃってるって感じ? ヤダ、いやらしいっ』
「ユウキさん…、こ、これは…、この方は一体…」
「うん、コイツはなんちゃってワイトキングのエロモンズ三世。わたしの眷属なの」
『エロモンズではない! エドモンズじゃ、エドモンズ!』
「はいはい」
(お母さまが言ってた、ユウキさんに従うアンデッドさんって、この方だったのですね。さすがにワイトキングとは想像してませんでした…)
「ユウキ、先ほどの話から推察するとエドをエヴァのグループに帯同させるのか」
「そう、エロモンは暗黒魔法の使い手。治癒魔法が使える。それに戦闘力も高いからエヴァの助けになると思うの。エロモン、お願いできる?」
『儂としてはユウキの手伝いをしたいのじゃが。ううむ…、そちらはヴォルフに任せるか…。よいぞ、ユウキがそれで安心するのならな。エヴァリーナを助けて進ぜよう。儂は死霊王ワイトキング。大概の敵は儂が片づけてやるわ』
「頼んだよ」
「カストル君、アンゼリッテを出してくれない?」
「アンゼリッテを? はい」
カストルがランタン状の魔道具を掲げ、魔力を通すと美少女アンデッドが現れる。アンゼリッテは優雅な所作でカストルに挨拶し、顔を上げたところでユウキとエドモンズ三世がいることに気づき、「ひっ…」と小さく悲鳴を上げて、カストルの後ろに隠れた。
(アンデッドに恐れられるユウキさんとエドモンズ三世様って…)
エヴァリーナが不審に思ってアンジェリカを見ると、顔を背けて笑っていた。エヴァリーナは益々わからない。
「アンゼリッテを呼び出してもらったのは、彼女に暗黒魔法を取得してもらいたいから。エロモンの力で高位アンデッドになった彼女なら暗黒魔法が使えるはず。治癒の力を習得して第10ダンジョン攻略チームのサポート役を担ってもらいたい」
『私が暗黒魔法を…』
「そう」
『治癒魔法…。アンデッドしか使えない光とは真逆の魔術系統を私が…。それを習得すればカストル様のお役に立てるのですね。わかりました、私、頑張ります』
「じゃあ、エロモンお願いね」
『ワーッハハハハ! さあ、アンゼリッテよ、儂が手取り足取り教えて進ぜよう。ウヒヒ』
『ひいっ…、やっぱり止め…。きゃああああーっ。助けて、放してぇーん!』
エドモンズ三世に引きずられて出て行ったアンゼリッテをハンカチを振って見送ったユウキたち。折角集まったのだからとお茶をすることにした。
「ダンジョン攻略になれば、しばらくみんなと会えないし、折角だからお茶会しない?」
「まあ、いいですわね」
「カストル君、アルヘナちゃんたちを呼んでおいでよ」
「はい!」
ユウキの部屋に集まったみんなで楽しくお茶会をして、楽しく団欒する。部屋の中にみんなの笑い声が響くのを聞きながら、ユウキはふとダスティンの武器店の2階の部屋で友人たちと楽しく語り合った日々のことを思い出した。そして、もう二度と友人たちとの語らいを失いたくないとも思うのだった。
(ふふ、カロリーナ元気かなあ。なんだか会いたくなってきちゃったな…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日…
準備を整えたユウキたちは、グループごとに分かれて宿舎の前に整列した。出発に合わせて冒険者ギルドのボールス支部長からダンジョン探索の注意点の説明があり、それが終わるとメンバーの前にマーガレットが立った。マーガレットはレオタードタイプの格闘着の上にラバージャケットを羽織ったバトルスタイル。筋肉質の体はいかにも強者の雰囲気に溢れている。
「では、ダンジョン探索に出発します。目的は邪龍ガルガの起動システムの確保。もしくはそれに類する情報の入手。ただし、絶対に無理はしないこと。無理と判断した場合は撤退するのよ。引き返しても恥ではない。生きて戻ればまた探索することができる。そのことを肝に銘じて。いいわね」
全員が頷く。それを見たマーガレットは下がり、次にユウキが立つ。
「えーと、エヴァのパーティですが、強力な魔物との戦闘が想定される中、魔術師がエヴァとリューリィの2人では戦力にバランスを欠くので、助っ人を参加させます。はい、どうぞ来てください」
ユウキが合図をすると、黒い霧が沸き起こり、その中から白シャツに赤の蝶ネクタイ、黒の燕尾服に革靴、黒のシルクハットを被り、宝杖とくるくるとステッキのように回しながら、軽快なステップを踏んでエドモンズ三世が現れた。妙に似合ってない風体にアンジェリカは腹筋が崩壊して大笑いする。
『ワーハハハハハ! 儂は思春期美少女をこよなく愛する者。死霊の王ワイトキングのエドモンズ三世じゃ。よろしくな、皆の衆。アンジェは笑いすぎじゃぞ』
「わあ、エドモンズさんじゃないの」
「本当だ、久しぶりだな。ミュルダールの廃坑以来か」
突然現れたアンデッドにラサラスやアルテナたち初めて見る者は驚いたが、マーガレットやレオンハルトが楽しそうに語らっているのを見て、益々混乱してしまう。エドモンズ三世は飄々とした態度でラサラスたちに挨拶し、エヴァリーナの側に行くと、その耳にそっと囁いた。
『レオンハルトがお主の恋の相手か。儂に任せとけ。儂は思春期美少女を応援するのが好きなのじゃ。特にお主はユウキの友だからな。精一杯応援させてもらうぞ』
「は、はい…。ほどほどにお願いします」
思わず顔が赤くなるエヴァリーナ。エドモンズ三世はウムウムと頷くと、列の最後尾に並んだ。
「さあ、出発するわよ! それぞれの馬車に乗り込んで」
マーガレットの合図でエヴァリーナやラインハルトたちはボールスの手配でギルドが準備した馬車に乗り込んだ。ここからはそれぞれの目的地で任務を果たすことになる。しばらくは皆とも会えなくなる。ユウキは全員が馬車に乗り込むまで姿を見続け、最後に第9ダンジョンに向かう馬車に乗り込んだ。アンジェリカの隣に座ったユウキは、メンバーを見回し、絶対に全員生きて戻ると心に誓う。横ではアンジェリカがユウキを見つめて笑顔を向けていた。ユウキは笑顔で頷き返すとアンジェリカの手をギュッと力強く握るのであった。
(エロモン、エヴァの事頼むよ。必ず守ってね)




