第416話 ラピスとの再会
ひまわり亭の騒動から数日後、多額の損害賠償金の支払いとともに、被害届が取り下げられたことで、警備隊本部の留置場から解放されたユウキたちは、宿舎に帰ってきた早々、食堂に集められ、正座させられていた。目の前には鬼の形相で見下ろす「金色の死神」マーガレット。余りの迫力にラインハルトたちラファール組やラサラス、アルテナ、ルゥルゥは完全にビビってしまい、部屋の隅で震えている。
一方、マーガレットの背後ではひまわり亭のご主人とおかみさん。セクハラ被害に遭ったプリムが恋人のアルムに支えられてユウキたちを呆れ果てた目をして見ており、ダンジョン探索のため宿舎に来ていたポポは冷ややかな笑みを浮かべ、レグルスは不甲斐ない護衛騎士に渋い顔をし、アンナはレグルスの頭の匂いを嗅いでいる。
「この…大バカ者ども! 重要な任務を前に何をしてるのよ!!」
竜の咆哮ですら鈴の音に聞こえるほどの雷と同時に、強烈な拳骨がユウキたち全員の頭に落とされた。脳底まで響いた衝撃は頭蓋骨が砕けたのかと思う程で、余りの激痛に全員床の上をのたうち回る。そのみっともない姿は超絶美少女の欠片も帝国皇子や貴族の子女としての威厳やラファール騎士としての尊厳は微塵も感じられない。
「いたぁ~いっ! 酷いよ…わたしは被害者なのに…」
「何が被害者ですか! バカ共が騒ぎ始めた所で止めに入らなかった時点で、共犯も同義です。分かってますかユウキさん!」
「はい…、すびません…」
「うぐぐ…。頭蓋骨が頭蓋骨がぁ~っ、割れた…」
「帝国貴族の私が正座&土下座、拳骨のトリプルコンボなんて…。最悪です!」
「ミュラー、お前のせいだぞ」
「俺のせいかよ!」
「猫耳ちゃん、その蔑んだ目。ああ、尊い…」
「静かになさいっ!」
『はいッ!!』
「さて…」
マーガレットは一同をギロリと睨む。いよいよお沙汰があるかと全員正座しなおし、居住まいを正す。ユウキの顔や背中には冷たい汗がだらだらと流れる。そして心の中で必死に願う「どうか肉体的折檻だけはありませんように…」と。
「まず、完全破壊されたひまわり亭への損害賠償金ですが、建て直し期間の休業補償も含め200万帝国マルク(約2億円)になりました。これは既に帝国財務省の予備費から支払い済みです。これで何とか被害届を取り下げてもらった次第です。この件では財務大臣と財務省幹部が滅茶苦茶怒っていました。よって…」
「ミュラー様とエヴァリーナ様には皇帝陛下と宰相閣下と財務大臣から直々にお話があるそうです。別室の魔道通信機前にどうぞ」
2人はがくりと肩を落とし、ゾンビのような顔をして、のろのろと立ち上がると食堂を出て行った。
「次にラファール国騎士エドワード殿、レドモンド殿」
「は、はいッ!」
「お2人にはアルテルフ侯爵から処分通知が届いているそうです。今すぐレグルス様と一緒に領事館に出頭してください。激おこの領事様がお待ちです」
出会いを求める悲しき護衛騎士はレグルスに引き連れられ、食堂を出て行った。2人の表情は既に死んでいる。後に続くアンナがビシバシと2人の背中にパンチをくれていた。
「最後にユウキさん、アンジェリカさん、レオンハルトさん」
『は、はいっ!』
「本当は明日にでもダンジョンに向けて出発したいと思ってましたが、あなた方の愚かな所業により、とても出発できる状態では無くなりました。よって、1週間延期することにしました。それで…」
(ごくり…。折檻じゃありませんように…)
「あなた方3人はこの間、破壊されたひまわり亭のガレキ片付けを命じます」
ユウキたちは、思ったほど酷い処遇ではないことに安堵したが、それは少々早とちり。マーガレットの次の言葉によって絶望のどん底に落とされる。
「労働時間は日の出から日の入りまでとし、休憩は食事に要する10分のみ。夕食後は残業していただきます。また、あなた方の労働期間中は他の作業員は参加せず、私が直々に作業を監督します。さぼったらどうなるか…。お分かりですね」
「ひ…ひいいっ!」(ユウキ)
「ろ、労働基準法違反だぞ!」(アンジェリカ)
「労働者の権利を守れー。権力者の横暴を許すなーっ!」(レオンハルト)
「何か、文句でもあるの」
『いいえ、ありません!』
「よろしい。あと、あなた方にはひまわり亭のご主人と奥様とプリムさんからお話があるそうです。では私はこれで…」
「ユウキとアンジェは相変わらずなのです。風の精霊さんも大笑いしてるのです。少しはポポを見習ってお淑やかになるべきなのです。では、頑張ってお説教されてください」
「待ってください、マーガレット様」
「なにか? ユウキさん」
「あの…、ざ、残業時間はどの位かなと…」
「私の気分次第です」
ガックリと肩を落とすユウキたちを一瞥すると、マーガレットはさっさと食堂から出て行き、ポポは先に出たラファール組の後を追う。残されたユウキとアンジェリカ、レオンハルトの前にひまわり亭のご主人と奥さんが進み出た。顔は笑顔だが目は笑っていない。ユウキたちは土下座のまま延々とお叱りの言葉を頂くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日の出前の暗い時間から瓦礫の山と化したひまわり亭跡地に蠢く4つの人影。作業服に軍手、長靴姿でガレキを片づけるユウキとアンジェリカ、レオンハルトにエドモンズ三世だった。
『久々に呼び出されたと思ったら、何で儂がこんな事せにゃならんのじゃ? 儂、死霊の王ワイトキングじゃよ。誰もが恐れる存在のはずなのに…』
「仕方ないでしょ、ラファールの変態やアース君に手伝わせる訳にいかないし、アルフィーネじゃ力仕事は出来ないもの。ごたごた言っとらんで働け!」
『骸骨なのに肉体労働とはこれいかに』
「ぷーっ。笑わせないでよ。ほら、そっち持って」
『へいへい』
「そこ! 無駄口を叩くな!」
作業を監督しているマーガレットから鞭が飛び、バシーンとエドモンズ三世を直撃する。
『おうっふ! ああっ、痺れるような快感…。これはこれでよいのう』
「ちゃんと働いてよ」
「考えてみれば、私こそ被害者側じゃないか。何でこんな事…」
「アンジェリカちゃん、ゴメンな。そっち持ってくれ」
「よいしょっと。しかし、レオンハルトさんは酔っぱらうとあんな感じになるんだな。今の姿からは全然想像つかない」
「面目ない。いい年して恥ずかしいぜ」
「人間臭くていいと思うけど。ただ、人前で女の子に裸で飛び込んで来いと叫ぶのはどうかと思うぞ。あと、あの腰使いはいやらしかった」
「ははは…、忘れてくれ。頼むから」
3人の男女と1体のアンデッドは時折飛んでくる鞭に怯えながら、もくもくと瓦礫を片づける作業を行うのであった。
一方、ミュラーとエヴァリーナは長い時間、代わる代わる説教された上、毎日反省文を書いて読み上げるという罰に真っ白に燃え尽きて灰になり、ラファール騎士たちは減給10分の1、3か月の処分と同時に毎朝領事館正門前で通学の小中高生の好奇の視線を浴びながら延々とラファール国家を歌わされるという羞恥刑を言い渡されたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1週間後、懲罰労働を終えボロボロになったユウキたちは宿舎へ帰ってきた。
「疲れた疲れた~。早く一杯ひっかけて、熱い風呂に入ってぐっすり寝たいよ」
「美少女のセリフじゃないな。人生に疲れたオヤジっぽい」
「だが、オレもユウキちゃんの意見に賛成だ。流石の俺もへとへとだぜ」
「だよね~。キンキンに冷えた帝国ビール飲みたいよね~」
「帝国ビールは魔導冷蔵庫にあったな」
そんな話をしながら宿舎玄関の扉を開けたユウキに「ドシン!」と何かが抱きついてきた。
「おわっ、何事」
「ユ・ウ・キー、久しぶりっ!」
「えっ…わぁ! ラピス、ラピスじゃない。元気だった!?」
「うん! 元気だよ。ユウキも元気そう…じゃないわね」
「たはは…、色々ありまして」
「お、ラピス姫じゃねえか。久しぶりだな」
「レオンハルトも元気そうね」
「アンジェ、紹介するね。この子はラピス。マーガレット様のお子で皇位継承権第7位のお姫様なのよ。以前、わたしと大冒険したの」
「アンジェっていうの? よろしくね」
「アンジェリカです。こちらこそよろしく」
「ユウキさん、こんにちわ」
「あ、アダモステさんと性獣さん」
「誰ですか、それ。アメリアです」
「久しぶりに会ったのに性獣呼ばわりは酷いわぁ~。スズネでぇ~す」
「で、どうしたの突然」
「ユウキ、ダンジョン探索するんでしょ。お手伝いしようと思ってきたのよ。大丈夫、学校も春休みだし、筋肉お化けの許可は貰ったわ」
「私たちは迷惑なんですけどね。このバカ姫は考えなしに行動するから大変ですよ」
「誰がバカ姫じゃ!」
「ありがとうラピス。ラピスが手伝ってくれれば100人力だよ。あと後ろ見て」
「後ろ? なんで?ってお、お母さまぁ~!!」
「筋肉お化けって誰の事かしら、ラピスちゃん。久しぶりに会ったからかしら、母の愛を味わいたいみたいね」
「た、ユウキ、助け…ぎゃああああっ!」
宿舎にラピスの絶叫が響き渡る。ラピスの登場で場の雰囲気が和む。楽しそうな親子を見て、先ほどまで感じていた疲労感が全て飛んで、心が軽くなるユウキだった。
(あはは楽しいな~。絶対にこの楽しい雰囲気を壊したくないな。平和な世の中があるからこそだもの。だからハルワタートの野望は絶対潰す。邪龍ガルガ…復活はさせないよ。もし、復活したらその時は命を懸けて戦う。絶対にみんなを守るんだ)




