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第415話 ひまわり亭の惨劇

 冒険者ギルドから出たユウキたちは、アルムダート市の繁華街を歩いていた。日は既に傾きかけ、人々の往来も多くなっている。また学校が終わってアルバイト先に向かう学生も忙しそうに街中を走っている。


「賑やかな街ですわね。それに学生さんが多くて活気がありますわ」

「そうだな。私は学校生活にいい思い出がないから羨ましいよ」

「アンジェ…」


「おっと、しんみりさせてしまったな。すまない。ところでユウキ、お腹空かないか」

「実はぺこぺこ。朝昼兼用で軽く食べてきただけだったしね」

「もう、お2人は色気がありませんわね」

「そういうエヴァだって、お腹から変な音が聞こえるよ」

「こ、これはその…。あうう…」


 3人顔を見合わせて大笑いし、ユウキの提案で「ひまわり亭」に行くことにした。大勢の人が行き交う繁華街の道を歩きながら、ユウキはこの町で学生たちと冒険した内容を話して聞かせる。楽しそうに話すユウキを見ながらエヴァリーナは、自分も一緒に冒険したかったなと思うのであった。


「ここだよ」


 ユウキが案内したのは木造2階建ての小さな食堂兼宿屋の看板が出ている建物だった。中からはお客さんの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


「わ、雰囲気よさそう」

「ホントだな。早速入らないか」

「うふふ、了解」


 入口の戸を開けて中に入ると、数個しかないテーブルはほとんど埋まってて、給仕の女の子が忙しそうにテーブルの間を走り回っている。


「プリム」

「はい! いらっしゃいませー…って、ええ~、ユウキさん、ユウキさんじゃないですか!」


 声をかけられた亜人の女の子は、ビックリ顔でパタパタと走り寄ってきて、懐かしそうにユウキを見上げる。


「久しぶり、プリム。元気そうだね。背と胸はあんま成長してないね」

「はーい、元気ですよー。会う早々容赦ないですね。これでも少しは成長したんです! ユウキさんがデカすぎるんですよ。どことは言いませんが」


「うふふっ」

「あははっ。ユウキさん、こちらの方は?」


「うん、2人はわたしの親友。胸が小さいほうがエヴァで大きい方がアンジェ」

「明快で分かりやすい紹介ですね…。あ、私プリムっていいます。お席に案内しますね」


 プリムに案内されて丸テーブル席に着くと、めいめいに食べたい料理とお酒を注文した。注文を承ったプリムは、パタパタと厨房に走って行った。見るとエヴァリーナがご機嫌斜めのよう。


「ユウキさん、先ほどの紹介はないですわ。確かに私は胸が小さいですけど、貧乳も可愛いんです。ステータスなんですのよ」

「あはは、分かりやすくていいかなって」

「確かに分かりやすかったけど、当事者はいい気分はしないと思うぞ」

「ありゃ、アンジェにも怒られた。ゴメンねエヴァ」


 ユウキがごめんなさいして、許しをもらったところでプリムが料理とお酒を運んできた。3人はジョッキを持って、改めて再会の喜びと任務の成功を祈って乾杯した。


「エヴァとの再会と」

「任務の成功を祈って」

『かんぱ~い』


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ひまわり亭の食堂、ユウキたちから一番離れた席で4人の漢たちが酒を飲んでいた。テーブルの上は食い散らかされた料理の皿と、空になった酒瓶が何本も転がり、惨憺たる有様になっている。何せこの4人は昼過ぎから飲み始めており、既に数時間は経過している。当然、全員べろんべろんに酔っぱらっていて、呂律も動きも怪しくなっていた。


「ミュラーよぉ、お前…げっぷ、ユウキちゃんに全然見向きもされねえじゃねえか。つか、嫌われてんじゃねえの」

「うるせぇ。オレとユウキちゃんはこれからなんだよ。これから。テメェこそエヴァに気に入られたからって調子こくんじゃねえぞ。くそったれ…ひっく」


「やめろやめろ、オメェはな、ロリコンなのロリコン。わかった? アルテナと結婚しろよ、アルテナと。可愛いじゃねえか…うぃ~っぷ」

「オレはロリコンじゃありませーん! おっきなおっぱいの娘が大好きなんですぅ~」


「いいよな、いいよなアンタらは。カワイイ女子がたくさんいてさ。俺たちなんか、ショタ好きの変態メイドだぞ。おまけに騎士団にゃ類人猿みてぇな女しかいねえし、出会いなんか無えっつの!」

「うう…ぐすん。羨ましい…妬ましい。出会いが欲しいよう…ぐすぐす…」

「泣くな我が友。涙を流す分、体内の酒が減るぞ。飲め、飲んでパーッと行こうぜ!」


「よっしゃあ! 飲む、オレは飲むぞ」

『いっけー!』


 レドモンドという名の護衛騎士はすっくと立ち上がり、酒瓶を掴むとごくごくとラッパ飲みし始めた。ミュラーたちは手拍子をして「イッキ、イッキ!」と囃し立てる。


「ぶはぁーっ! オレは…オレはぁ、ちょーっと釣り目の気の強そうな猫耳ちゃんが好きだぁーっ! 大好きなんだぁーっ!!」

『うおおおおっ! よく言ったぁ!』


「よーし、次はオレだあ!」

 今度はエドワードが立って、酒がなみなみ入ったジョッキを持ち、ぐびっぐびっと飲み始めた。再び沸き起こるイッキコール。


「ぶはぁーっ! おっぱいだ! おれにおっぱいを寄越せ! もう漢の汚ねえ胸板は見たくねえんだよぉー。オレは胸毛は嫌いなんだ! 女の子の乳首が好きだ。乳毛が生えててもウェルカム!」


『乳首の色は!』

『ピンク色!!』


 漢たちの下品なハモり声が食堂の中に響き渡る。


「うぉっしゃああ! 今度はオレだ!」


 ミュラーは酒瓶2本を両手に取り、同時に口に含んでごくごくと飲み始める。その周囲で踊りながらイッキを煽る漢たち。周囲の客は迷惑そうに見るが、関わりたくないという表情がありありと見える。


「ごくっ、ごくっ、げぷーっ! ユウキちゃーん! 好きだぁあああっ! ユウキちゃん頼むー。オレの嫁になってくれー。大好きなんだーっ! 特におっぱい。あのマシュマロみたいな双丘がだいっ好きなんだぁー! ユ・ウ・キちゃーん、カモーン!!」


「ユウキ、呼んでるぞ」

「同名の他人じゃない?」

「ミュラーのバカ。帝国の恥さらしですわ。というか、あの人たち昼過ぎからずっと飲んでますの!?」


「よーし、よく言った。それでこそ漢だミュラー。げふっ…。だが、お前はアルテナの方がお似合いだ。この、ロリコン野郎め」

「オレはロリじゃねえって言ってんだろ。次はむっつりスケベのレオンハルトだーっ。イケーッ!」

「オーケイ、オーケイ…。いいの? おじさん飲んじゃうゾ」

『飲んじゃえ飲んじゃえ。そーれ、イッキ、イッキ、イッキッキ!』


 レオンハルトはミュラーたちのあおり声に呼応して、テーブルの上に置かれた麦酒ビールのピッチャー(推定3リットル)をガッシと抱えると、ごくっごくっと一気に飲み始めた。ピッチャーの麦酒はどんどん減り、ついには飲み干した。レオンハルトはピッチャーを床に投げ捨て、吼えた。


「ぶっはぁ~っ! エヴァリーナの裸を抱きたいぞーっ! エヴァリーナッ、もう一度裸で抱き着いてくれーっ! 俺の熱い肉棒が待ってるぞーっ!! 貧乳でかケツ最高ーっ」


「エヴァもレオンハルトさんも最低だね…」

「エヴァは顔に似合わず大胆なんだな。私には真似できん」

「あわ、あわわ…」


「どひゃひゃひゃっ。こいつ、とんだ欲求不満野郎だぜ。お前の名前は今日から「エロンハルト」に決定-っ」

『わー、エロンハルト様ばんざーい! パチパチパチ』


 周囲の迷惑を顧みず、大声を上げて騒ぎまくる4人組に苦情が殺到する。ついにプリムが4人組のテーブルに騒ぐのを止めるよう注意しに来た。


「あ、あの…、もう少し静かにできませんか。もう長時間飲み続けてらっしゃますし、できれば、そろそろ終わりにしてもらいたいんですけど…」


 8つの死んだような目から放たれる視線がプリムに突き刺さる。プリムは引き攣った笑いしか出てこない。恐怖で動けないプリムに1人の漢がゾンビのように近づき、手を伸ばしてきた。


「ね…、猫耳…、猫耳だ。猫耳少女だーっ!」

「ふぎゃああああっ!!」


 レドモンドがプリムに抱き着いて床に押し倒し、胸に顔を埋めてクンカクンカし始めた。近くのテーブルで食事をしていたグループが助けに入り、レドモンドを引き剥がそうとするが泥酔状態で体の力が抜けているため、重くてなかなか動かない。圧し掛かられたプリムは苦しそうに呻いている。


「うう~、コイツ重い…。きゃあっ、なに」


 プリムを助けようとした女性客の腕が取られた。驚いた女性の体がぐいと引き寄せられる。女性の視線の先には泥酔状態のエドワードが、テーブルの花瓶から抜いた花を1輪差し出していた。


「ああ、君の瞳が輝きすぎて、僕の心がかき乱される。君の瞳にこれを…」

「ヤダ、何こいつ。キモイ。離してよ、このっ」

「おい、テメエ。オレの彼女に何をする! 手を放せ、この野郎!」

「略奪愛もまた、男の美学…」

「わけわかんねえよ!」


 レドモンドとエドワードの乱行で一層食堂が混乱する。ミュラーとエロンハルトはやんややんやと囃し立て、ユウキとエヴァリーナの名前を絶叫する。エヴァリーナはノルトラインの酒場での出来事を思い出し、上半身から血の気が引いた。


「オラッ! ウラッ! えいえい!」

「ひええええっ! おたすけぇーっ」


 プリムに圧し掛かったレドモンドがへこへこと腰を振る仕草をする。プリムは大泣きして助けを求めるが酔っぱらったエドワードが邪魔で他の客は近づけない。ミュラーとエロンハルトは両手を頭の後ろに組み、ややガニ股にして「はいはいはいっ!」という掛け声とともに、右に左に移動しながら腰を前後に振っている。ひまわり亭の小さな食堂は混乱の極致に陥った。


「これはダメだ。アンジェ、エヴァ、ここから逃げよう」

「賛成だな。プリムちゃん、君の犠牲は忘れないよ」

「見つかったら最後ですわ。関係者と知れたら私たち破滅です」


 ユウキたちは食事の代金をテーブルに置くと、人影に紛れてこそこそと出入り口に向かった。しかし、酔っ払いという者は脳が麻痺しているが故に勘が働き、意外と目ざといのである。その例に漏れずミュラーは扉に手をかけたユウキを見逃さなかった。


「あーっ! ユウキちゃん見っけー! ユウキちゃんだ、ユ・ウ・キちゃーん! マシュマロおっぱいモミモミさせてーな!」

「ぎゃーーっ!」


「ユウキさん! ミュラー、その手を放しな…きゃあああっ!」

「でへでへでへ…、エヴァリーナのデカイ尻、最高だぜ…なでなで…」

「ひぇえええっ! いつものレオンハルトさんじゃなーい!」


 ユウキとエヴァリーナが酔っ払いに捕まり、体をまさぐられ、悲鳴と嬌声を上げる。2人を助けようにも助けられず、アンジェリカは周りをうろうろとするばかり。その時、開け放たれた出入口から繁華街の通りを甲高い笛の音を響かせながらビフレスト警備隊が大勢走ってくるのが見えた。


「マズいぞユウキ。警備隊だ!」

「えーっ! うーっ、このドスケベ、離れないよ…凄い力…」

「イヤァ~ン。レオンハルトさん、そこは…あそこはダメなのぉ~ん♡」


「ビフレスト警備隊だ! 全員大人しくしろ。抵抗する者は逮捕する!」


 通報を受けた警備隊員がひまわり亭の中に雪崩込んできた。アンジェリカは直前に脱出に成功したが、ドスケベの化身に絡みつかれたユウキとエヴァリーナは雪崩を打って突入してきた警備隊員にもみくちゃにされる。


「ひ、ひえーっ。なんでいつもこうなるのー!」

「うう~っ。やめて、そんなとこ触らないで! も、もう怒ったです。魔法でぶっ飛ばしてやりますわ!」

「エッ、エヴァッ、だめー!」

「ダウン・バーストォー!!」


 その瞬間、ひまわり亭は大勢の客と従業員、警備隊員を巻き込んで轟音と共に崩壊した。


「エ…エヴァの…、バカ…がくっ…」

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