第413話 襲撃
ビフレスト国境で入国手続きを終え、アルムダート市に向かう街道を進む一行。途中の村で休憩していると、通りかかった村人が、最近この街道沿いに盗賊が現れ、被害が多発していると教えてくれた。
「この先は山道になってるから、気を付けて行ったほうがいいべ」
「ありがとうございます。十分に気を付けますわ」
エヴァリーナは村人にお礼を言うと、全員に出発の号令をかけた。馬車に分乗して村を出て間もなく、街道は緩い上り坂の山道となった。しかし、道幅は十分にあり、整備されていて馬車は順調に進んで行く一方で、街道脇は土手となって草が生えていて見通しが悪い。
「この辺りは見通しが悪いな」
「ああ、襲撃するにはもってこいの場所だぜ」
「早く抜けた方がいいですね」
ミュラーやレオンハルトが、村人の話を踏まえた上で警戒を深め、襲撃があった場合の対処について話し合っている。ちなみにユウキは馬車の揺れに眠気を誘われ、居眠りをしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれか」
「そうだ」
「くくく…。男は全員殺す。女は自由にしてもかまわんだろ」
「好きにしろ。ただし、楽しんだら殺せ」
「おっかねえな。わかったわかった、そんな目で睨むな。貰った金の分は働くぜ。女を犯す楽しみも増えたしな」
「しくじるなよ」
そう言うとフードを目深にかぶった男は音もなく集団から離れ、林の中に消えていった。リーダーはサッと手を上げると配下の男たちは武器を手にして戦闘態勢をとった。リーダーはニヤッと笑うと、上げた手を振り下ろす。それを合図に男たちは草むらから姿を現すと、鬨の声を上げ、一斉に土手の上に姿を現した。
「襲撃だ! 馬車を止めるな。駆け抜けろ!」
異変に気付いたミュラーが御者に向かって叫んだ。しかし、土手の両側から人の背丈を超える大きな石がいくつも転がり落ちてきて、道を塞いでしまったため、御者は手綱を目いっぱい引いて馬に急制動をかけた。ユウキたちが乗る先頭の馬車は慣性の法則によって、前方に振られて横転し、中の全員は座席から投げ出されてしまった。
「きゃああああっ!」
後部座席に座っていたユウキやエヴァリーナ、アンジェリカ、ラサラスは悲鳴を上げてミュラーたち男性陣の上に覆いかぶさって、ごろごろと転がった。ミュラーの顔にユウキの巨乳がむにゅんと押し付けられ、エヴァリーナのお尻とアンジェリカの胸でレオンハルトが圧迫される。ラサラスは上下逆さまになって背中からリューリイに圧し掛かって転がり、馬車内にうめき声が充満する。御者席にいたシンが素早く立ち直ると、慌てて馬車の扉を開けようとしたが、誰かが扉に引っかかっているようで、ビクとも動かない。
「姫様、大丈夫ですか!」
シンは呼びかけるが、中からはうめき声しか聞こえない。一方、2台目と3台目の馬車は間をあけて走っていたため、何とか無事に止まることができた。そして、一体何事かと全員馬車から降りて集まる。
「大変、1号馬車のみんなを助けなきゃ!」
「サラ、ミウたちメイドを連れて1号馬車に向かえ。ユウキたちを救助するんだ。御者は馬車を移動させろ。邪魔にならない場所に移すんだ」
「はい王子! ミウ、みんな行くわよ!」
「は、はいです」
サラに連れられてミウたちが1号馬車に向かうのを見送り、マーガレットとラインハルトは土手の上に集まる襲撃者を見た。2人の周りにバタバタとカストルたちも集まってきた。
「30、いや50人はいるか…。結構多いわね」
皮や金属製の軽装備の鎧に身を包んだ男たちは、にやにやと卑下た笑いを浮かべながらマーガレットたちを見下ろす。
(あの数じゃ私でも手に余る…。1号馬車は混乱中。ちょっと戦力としてはアテにならないわね。さて、どうしようか…)
「大丈夫だ、マーガレット殿。我々ラファール組の神髄をお見せしよう。君たち!」
『はい!!』
ラインハルトの命令でカストルとアルヘナ兄妹、ルツミとクリスタが前に出た。学生服を着た4人の姿に襲撃者たちは「ギャハハ」と大笑いする。
「おい見ろよ。年増だけかと思ったが、ガキが出てきやがったぞ」
「ガキに何が出来るって言うんだ。バカにしやがって。ぶっ殺してやる!」
「ひゃははは。見ろよ、1人はまんまガキだが、もう1人はいい乳してやがるじゃねえか」
「うっひょう! おっぱいしゃぶりてぇ~」
「お前ら、女は捕えろ、男は皆殺しにするんだ。ウラァーッ!!」
『ヒャッハー!』
襲撃者たちが一斉に土手を駆け下りてきた。カストルは前に進み出るとランタン状の魔道具を掲げ、従魔を呼び出す。
「そうはいかないぞ。来てアンゼリッテ、ボクの大切な従魔!」
『アンゼリッテ参上しました。カストル様には指1本触れさせません。ファイアウォール!』
アンゼリッテによって襲撃者との間に炎の防壁魔法が形成された。驚いた襲撃者は喚きながら踵で土手をひっかけ、急制動をかけようとするが、下りによって加速がついて直ぐには止まらない。それでも炎の壁手前で身を躱すことができたが、先頭の何人かが炎の壁に突っ込み、全身を火達磨にして叫び声を上げた。
「くそ、何だってんだ! 魔術師がいるなんて聞いてねえぞ。くそが!」
「仲間が何人か燃えちまったぞ」
「首領!」
「落ち着けぇ! 炎の壁はじき収まる。壁が消えたら一気に突っ込め! 次の魔法が来る前に仕留めるんだ!」
『おおーーっ!』
やがて炎の壁が小さくなった。襲撃者は武器を構え突撃の態勢に入った…が、目の前に現れたモノに目を奪われ、動きを止めてしまった。炎の壁が消えた後には美しい銀色の毛に身を包んだ体長3mを超える巨大な狼と全身が赤茶色の鱗で覆われ、左手に青龍刀、右手にラウンドシールドを持ち、金属製の胸当てを装備したリザードマンが立っていた。
「な…、なんだ…魔物が…」
シルバーウルフ、リザードマンとの出現に驚く襲撃者たちだったが、驚いたのはマーガレットも同じだった。
(ラファールがなんで学生を送ってきたのかと思ってたら、こんな強力な魔物を従えていたからなのね…。って、あら、アルヘナちゃんはどこ?)
「あはは、私はここだよ」
アルヘナの声が上から聞こえてきた。襲撃者たちは上空を見上げ、恐怖に慄いた。浅黒い肌をして筋骨隆々の体躯をし、筋肉ではち切れんばかりの太い腕と足。頭には水牛のような2本の角を持った精悍な顔つきの悪魔がアルヘナを肩に乗せ、背中に生えた蝙蝠のような大きな翼を羽ばたかせて、悠然と地上を見下ろしている。
「あ、悪魔だ…、悪魔じゃねーか! 話が違う、聞いてねーぞ、こんなの!!」
「首領、逃げよう。敵わねーよ、こんなの!」
『ウワーッハハハハハハハ! 俺様はアークデーモン、名は「メイメイ」。俺様は貧乳をこよなく愛する戦士であり、究極の貧乳美少女アルヘナちゃんを主と仰ぐ貧乳の守護者。貧乳天使アルヘナちゃんに仇名す輩は、俺様の手で地獄に叩き込んでやる!』
上級悪魔アークデーモンの出現に襲撃者たちはパニックになり、一斉に逃げだそうと走り出した。
「ま、待て、お前ら逃げるんじゃねえ」
『逃がすか! ウラァ、貧乳爆裂破!!』
手のひら上に火炎球を作り出したメイメイは、逃げだした襲撃者のど真ん中に投げつけた。猛スピードで放たれた火球は着弾とともに大爆発を起こし、20~30人を一気に吹き飛ばした。それを見たルツミとクリスタも自分の従魔に命令を下す。
「ポチ!」
「リザード!」
『突撃ーーーっ!!』
主の命を受け、シルバーウルフのポチとリザードが爆発魔法によって混乱の最中にある襲撃者の中に踊り込んだ。ポチは前足の鋭い爪で襲撃者たちを薙ぎ倒し、リザードが青龍刀を叩きつけて次々と気絶させて行く。圧倒的な力に襲撃者たちはなすすべもなく倒されていった。
『わ、私はここでカストル様をお守りしますね。うん』
「うん、アンゼリッテ。頼んだよ」
『はい!』
『何がハイだ。クソの役に立たねえな。オメェはよ』
『なんですとー』
バサッバサッと羽ばたきの音を立ててメイメイがカストルとアンゼリッテの元に降りてきた。そしてアルヘナを下ろすと再び上空に舞い上がる。
『アルヘナちゃん。オレ様は逃げ出した奴がいないか確認してくるわ、兄ちゃんの側にいるんだ。アンゼリッテ、アルヘナちゃんを守れよ』
「気を付けてね、メイメイ」
『おう! ああ…貧乳天使がオレ様を心配そうに見ている。尊い…』
見送るアルヘナに手を振ってメイメイは飛び去って行った。一方、襲撃者たちは抵抗むなしくほとんど倒されてしまっていた。流石のマーガレットも呆然と襲撃者たちが刈られて行くのを見ているだけだった。
(シルバーウルフやリザードマンはまだわかる。でも、一体どうやったらアークデーモンを従魔にできるというの…。この目で見ても信じられない)
「どうだ、マーガレット殿。彼らの従魔の力は」
「え、ええ…。凄い、その一言に尽きるわ。ん、あいつは…」
「くそ、手下どもはほとんど殺られてしまった。こうなりゃ、貰った金を持って逃げるしかねぇ」
襲撃者の首領は手下が襲われている間、上手く逃れて丈の高い草の中に隠れていた。草の間からシルバーウルフとリザードマンの様子を見ると、2体とも自分から離れた場所にいて、背を向けている。
(チャンスだ。今のうちに逃げるぞ)
「どこへ行こうというのかしら」
急に声をかけられ、心臓が止まりそうなほど驚いた首領だったが、声の主が女だったことに安堵し、バカにしたような顔をして襲い掛かってきた。
「驚かせやがって…。ただの年増女じゃねえか。俺の活路を塞ぐなババア!」
「誰がババアですって! 私はまだ36よ!」
マーガレットは首領が振り下ろしたハンドアックスを躱し、腕を取って強引に捻り上げた。筋肉が捻じり切れそうになり、痛みに悲鳴を上げた首領の後頭部にチョップを入れて気絶させた。
「ふう…。手下どもは従魔ちゃんたちが制圧したし、終りかな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふう、はあ…。ここまで来れば大丈夫か…。後は奴らが上手くやってくれれば、俺の任務は終りだ。これでやっと国に帰れる…」
『帰れねえよ』
「誰だ!」
男が振り向いた先に立っていたのはアークデーモンのメイメイ。メイメイは上空から戦場を観察し、1人だけ場を離れようとしていた人物を見つけ、追ってきたのだった。
「あ…悪魔…。どうして…」
『どうやら、お前が奴らの後ろで糸を引いてたみたいだな。オレ様の貧乳天使を害そうとしやがって。絶対に許さねえ、テメェは死ね!』
メイメイの手刀が男の胴体を貫いた。男は任務の失敗を悟り、故郷にいる妻と娘を一瞬思い浮かべると、口から血を吐いて事切れた。メイメイは血だらけの腕を見てボソッと呟く。
『クソが。こんな姿、アルヘナちゃんに見せられねぇじゃねえか』
メイメイは地面に倒れ伏す男を一瞥すると、上空高く飛び上がり、心配しているであろう主人の元に戻るのだった。




