第412話 再びアルムダートへ
ビフレスト国アルムダート市へ向かう準備が進められる中、ユウキとアンジェリカは西部冒険者ギルド「荒鷲」のマスター室を訪れていた。
「いよいよ明後日には出発か。無事の成功を祈っているぞ」
「ユウキさん。あんまり危ないマネしないでくださいね。アンジェリカさんも」
「ありがとうございますオーウェンさん、リサさん。という訳でしばらくここにも顔を出せなくなります」
「わかってる。いつも言ってる事だが手紙による連絡は欠かすんじゃねえぞ。アンジェリカもユウキの事、よろしく頼む」
「はい!」
「ははは、いい返事だ。それと、2人とも冒険者証を出せ」
ユウキとアンジェリカは冒険者を取り出して、テーブルの上に置くと、リサが2人のプレートを取って事務室に戻った。
「それからユウキ、お前が遭遇したと言ってた魔人だがな、「烈火の剣」のレブに探らせていたところ、ビフレスト方面に移動したことが分かった。どうも、奴らも邪龍を探し求めているようだ。引き続き探らせてはいるが、もしかしたらどこかで遭遇するかも知れん。十分に気をつけろ」
ユウキは花蓮沼で出会ったヘルゲストの悠然とした姿を思い出した。高い戦闘力を持つ彼らと遭遇したら、果たして次も勝てるだろうか…。ユウキはフルフルと頭を振った。自分を仲間を信じて任務を遂行する。今はそれだけを考えることにした。
「お待たせしましたー」
「おう、終わったか。どれどれ…」
オーウェンが2人のプレートをリサから受け取り、ニヤッと笑う。そして、アンジェリカに金色のプレートを差し出した。
「アンジェリカは今からAクラス冒険者だ。お前にはそれだけの実力がある」
「わ、私がAクラス…。嬉しいです。国では私の事を誰も評価してくれなかった。愛した人や同級生、家族からも無視され、酷い言葉も浴びせられた…。そんな私が上位冒険者のAクラスに…。本当に嬉しい。ユウキと出会って、旅してきてよかった…」
「これからも頼むぞ。ユウキの力になってやってくれ」
「はい! 頑張ります!!」
「うん、いい返事だ。次はユウキ、お前だ」
オーウェンはトレイから白銀色のプレートを取り出し、ユウキに渡した。手に取ったユウキはあまりの美しさにプレートから目が離せない。
「ユウキさん、それは希少金属の「白金」製のプレートなんですよ」
「ユウキ、お前は今日からSクラス冒険者だ」
「へ? わたしがSクラス!?」
「そうだ。ギルドが認定できるクラスはAが最高位だが、Sクラスは国が認めた者にしか認定されない究極のクラスだ。お前はこの世界に10人もいないSクラス冒険者になったんだ。皇帝陛下と宰相殿がお前を評価した結果だ。期待に答えるんだぞ」
「やた! わたし、頑張ります」
「ちなみに、フォルトゥーナさんやエヴァリーナ嬢、リューリィ君はBクラス、レオンハルトとミュラー皇子もAクラスに昇格させた。みんな修羅場をくぐって生還した実力者たちだ。当然だな」
「ミュラーはEでいいんだけどな。エッチだから、EROのEクラス」
「わはは、そうもいかんだろう。ウルの任務では大いに活躍したそうだからな」
「さあ話は終わりだ。しばらくユウキの顔も見れねえし、一緒に昼飯でも食わねえか。リサ、下の食堂に荒鷲定食の特Aセット4人前デリバリー頼んで来い」
「わ、やったー! ありがとうオーウェンさん」
「戻ったら、盛大に帰還祝いしようぜ。気を付けて行ってくるんだぞ。2人とも」
「はい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いよいよアルムダート市に出発する日が来た。ヴィルヘルムの手配した大型馬車が3台、シュロス・アードラー市の北街道口に停車している。馬車の前に居並ぶ精鋭たち。しかし、ユウキは頭を抱え、エヴァリーナは顔から血の気を失い、見送りに来たヴィルヘルムも苦虫を噛み潰した顔をしている。それは何故か…、ユウキはメンバーを再度確認してみる。
自分の他にはエヴァリーナ、アンジェリカ、レオンハルト、ミュラー、リューリィにラファールから派遣されたカストルとアルヘナ兄妹、ルツミにクリスタ、ラインハルト王子にサラ。そして関係者枠でウルのラサラス王女とアルテナ王女にルゥルゥ、護衛のシン。ここまではいい。
問題だったのは、ヴィルヘルムに絶対ダメだと言われたのに冒険者スタイルで現れたフォルトゥーナ。学校をさぼって参加しようとやってきた皇位継承権第2位のセラフィーナ。当然執事長には言ってない。最後にバリバリの剣闘士スタイルのマーガレット。
「あの…ヴィルヘルム様。セラフィは不味いんじゃ…」
ユウキがおずおすとヴィルヘルムに声を掛けると、普段温厚なヴィルヘルムが珍しく怒気を孕んだ声を出した。
「セラフィーナ様とフォルトゥーナ、マーガレット様の出発は認めません! 直ぐに私の側に来なさい!」
「あら、私は陛下のお許しを貰ったわよ。ほら」
マーガレットは皇帝の署名が入った文書を見せる。それが本物と確認したヴィルヘルムは「うむむ…」と唸って、仕方なくユウキたちへの同行を許可した。
「私たちもユウキちゃんとエヴァのお手伝いをしたいの。どうか許してヴィルヘルム」
「セラフィも同じ気持ちです」
「ダメだ。フォルトゥーナは宰相府でヴァルターと一緒に私の補佐をしてもらいたい。セラフィーナ様は学校があるでしょう、執事長やメイド長が知ったら折檻されます。私が。絶対にダメです」
「うう~。ヴィルヘルムのいけず」
「仕方ないわ。セラフィ、私たちはこっちでユウキさんたちのフォローをしましょう」
「はい…。旅の中でミュラー兄様とユウキさんがどうなるか、逐一この目で確認したかったのですが…。残念です」
「あはは。お母さま、セラフィーナ様、エヴァは最後までこの任務をやり通します。ユウキさんも、ミュラー…はどうでもいいか。レオンハルトさんや頼もしい仲間もいますし、頑張りますので、どうか帝都をよろしくお願いします」
エヴァリーナはそう言って、両親に礼をすると先頭の馬車に乗り込んだ。同じ車両にはユウキとアンジェリカ、レオンハルト、ミュラー、リューリィにマーガレット、ラサラスの8人が乗り、ラサラスの護衛シンが御者席に座った。2台目にはラファール組とアルテナとルゥルゥの8人が乗り込んだ。3台目にはミウたち世話役のメイドとダンジョン探索に必要な荷物一式を積み込んだ。
御者が馬に鞭を入れた。それを合図に馬車が動き出した。ユウキとエヴァリーナは窓を開けて、見送るヴィルヘルムとフォルトゥーナ、セラフィーナに「行ってきます」と手を振った。いよいよ新たな冒険が始まる。待ち受けるのは一体何か。否が応にも期待と不安で一杯になるのだった。
ちなみにポポはレグルスたちと一足先にアルムダートに向かったとのことで、ベースとなる帝国所有の宿泊施設で合流する予定となっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車は順調に北街道を進んでいる。季節も春に向かい、暖かくなってきたことから、街道沿いの土手には早春の花々が咲き、並木も緑色に芽吹いてきて心を和ませる。街道脇に広がる畑では農家の方々が土を耕していて牧歌的だ。ウルから出たことのないラサラスにはどれもこれも見るものが珍しく、対面式座席の向かいに座るリューリィにあれこれ聞いては感心したり、笑ったりしている。
ラサラスの様子を見ていたユウキは、ふと初めて馬車に乗ったロディニアへ向かう道中を思い出していた。
(ふふ、あの頃のわたしと一緒だ。見るもの見るもの、何もかも珍しかったっけ…)
ユウキの隣ではエヴァリーナとアンジェリカが、お互いの旅の出来事を話していて、2人の話を聞いていたマーガレットが興味深そうに、あれこれ質問したり、もっと詳しくとせがんだりしていた。レオンハルトは陽気に誘われたのか、居眠りしている。
「ユウキちゃん、ぼんやりしているが大丈夫か」
ユウキにミュラーが声をかけてきた。
「ん、何でもない。ちょっと眠くなっただけ」
「そうか? そういえば、ユウキちゃんは南の果てに行ったんだってな。どんな所だったんだ」
「そうだね…。荒涼とした場所だったよ。何にもなかったけど、平坦な地だったから雄大さは凄かったなあ。正に果てって感じで」
「ほう…。俺もいつか見てみたいもんだ」
「うふふ、一見の価値はあると思うよ。ん? ミュラー、胸ポケットからハンカチがはみ出ているよ。だらしないなあ。直してあげる」
「悪いな」
「いいからいいから…って、え? これ…」
ミュラーの胸ポケットからはみ出ていたハンカチ(?)を取ったユウキは、目の前で広げてみた。それは三角形をした紫色のレース地で、可愛く小さなリボンがついていて、両脇に2本ずつの紐がついていて、どう見てもハンカチではない。
「ナニコレ…。女物のパンツ? なんでこんなモノもってるのさ、このドスケベ。でも、このパンツ、どこかで見たことあるような…」
「げっ…!?」
ジトっとパンツを見るユウキ。ミュラーの額から冷たい汗が噴き出す。そう、アレはウルでの任務遂行の証としてエヴァリーナから貰ったユウキのエロパンツだった。
(しまった。ユウキちゃんを感じたくて常に持ち歩いていたのを忘れてたぜ。ヤバい、なんと誤魔化そうか…)
「あれ、そいつはユウキちゃんのパンツじゃねえか。お前、わざわざ持ってきたのかよ。ド変態だな」
目を覚ましたレオンハルトが、悪気なくパンツの正体をバラしてしまった。ユウキの顔が険しくなってきた。ミュラーは助けを求めようと提供者を見たが、当のエヴァリーナは他人のふりをしている。
「…………そういえば見たことある。大分前に無くしたパンツの1枚だ。ねえ、何でわたしのパンツ持ってるの?」
「え…、あ…、いや…そう、貰ったんだよ」
「誰に?」
「エ、エヴァリーナだよ。ウルの任務頑張ったご褒美だって」
「あら、私じゃありませんことよ。わたしを巻き込まないで下さいな」
「そうだよ、エヴァがそんなことする訳ないじゃん。ねえ、エヴァそうでしょ」
「当然ですわ。ユウキさんと私は大親友ですもの。そんな事するはず無いですわ」
「ミュラー、他にもあるの? 出しなさい」
ユウキはミュラーに向けて手を出した。観念したミュラーは上着とズボンのポケットをまさぐって、さらに数枚のエッチなビキニパンツを取り出してユウキの手に乗せる。
「こんなに…」
「まあ、ミュラーったら。いくらユウキさんが好きでも、これは度が過ぎますわ。とんだド変態ですわね。やだ、変態菌が移る。シッシッ!」
「エヴァ、テメェ…」
馬車内の視線がミュラーに集まる。
「ミュラー」
「はいっ! なんでしょう!」
「大っ嫌い!!」
ユウキはツンと横を向いて、ミュラーから一番遠いレオンハルトと席を変わった。レオンハルトはミュラーの対面に座ると「よお変態君」と声をかけたが、当のミュラーは真っ白に燃え尽きていたのだった。
(折角見直してあげたのに、ミュラーのバカ!)
「なあ、あのパンツ、ホントはどうなんだ」(アンジェ)
「うふふ、あれは間違いなくユウキさんのパンツですよ。以前、一緒に旅をしたときにこっそり確保していたもので、ミュラーに言うことを聞かせるために、活用させてもらいましたの」(エヴァ)
「悪い顔だな…」
「ふふふ、女は策を弄してこそなのですわ」
「怖いよ」
真っ白な灰となったミュラーとぷんすか怒るユウキ、1人シラーっとしてお茶を飲むエヴァリーナを見て、アンジェリカは前途多難にならなきゃいいがと思ってしまうのだった。




