第410話 古代文明の碑文
ユウキとプルメリアのトラブルによって延期されていた会議が、ミュラーの謹慎明けを待って開かれる事になり、場所もハイデルベルク大宮殿の会議室から帝国大学の歴史研究室に場所を移しての開催となった。楽しそうにキャンパスライフを送る学生の中を軽装鎧と剣、杖で武装したバリバリのフル装備をした冒険者スタイルで大学敷地を闊歩するユウキとアンジェリカ。仲睦まじそうな学生カップルや男女のグループを目ざとく見つけては鋭いガンを飛ばし、これ見よがしに剣をカチンカチンと鳴らし、杖を掌でぺしぺし叩いて威嚇する。
「何やってんだよ」
レオンハルトが呆れたように先を歩くユウキとアンジェリカを見てボソッと呟く。ちなみにレオンハルトは普段着だ。そこに遅れてやってきたエヴァリーナとヴァルターの兄妹とフォルトゥーナも合流した。当然こちらも普段着。普通、会議や検討会等の会合に武装してくるバカはいない。
「こんにちは、レオンハルトさん」
「ああ、こんちは」
「あの2人は何ですの? 随分物々しいですけど、大学側で私たちのために警備を雇ったんですかね。そういえば、ユウキさんたちは?」
「エヴァ、あれがユウキちゃんたちみたいよぉ~」
「ええ~っ」
「おい貴様、カワイイ女連れてるじゃないの。恋人か? 何時から付き合ってる?」
「え、えっと、ボクたち小さいころからの幼馴染で…」
「大学を出たら結婚する予定です…けど」
「何だと貴様! 結婚だと! と…というと、もう既に体の関係になっているとか…」
アンジェリカに絡まれているアベックはポッと頬を赤らめ、仲良く俯いた。目線で会話してはにかむ笑顔は、2人が愛と信頼で固く結ばれ、ついでに体も結ばれている事を見せつける。アンジェリカは「ギリッ」と歯を鳴らし、振り向いてユウキを見た。
「ギルティ(有罪)…」
ユウキは感情のない声で有罪と告げ、右手の親指を下に向けた。アンジェリカはくわっと目を見開き、魔法杖「マイン」をアベックに向ける。
「貴様らは有罪と決まった! 我々はリア充撲滅委員会。幸せそうなアベックは全てこの世から排除する!!」
「そんなアホな! 有罪というなら罪状はなんだ!」
「そうよ! 罪って何!? 愛し合う私たちに罪はないわ!」
「貴様らの罪は「第一級恋愛誇示罪」だ! 我々、非モテ女子にイチャイチャと仲睦まじいところを見せつけ、嫉妬に狂わせた。それだけで重罪だ。天に代わって成敗いたす!!」
「お止めなさい! 一体何をしてるんですか。バカですか貴女たちは。すみません、このバカどもは回収していきますので…。ほら、さっさと来なさい!」
「いたっ! 痛いよエヴァ。首根っこ引っ張らないで~。うっ、鎧がズレて喉に当たって…息が…苦し…。死ぬ…」
「いったーい! 杖で殴られた時、頭蓋骨がビキッて、ビキッて鳴った!」
エヴァリーナに首根っこを掴まれ、引きずられて連行されるユウキとアンジェリカを、何が何だかといった表情で見つめる恋人たち。一部始終を見ていたレオンハルトやフォルトゥーナらはあまりのバカさ加減に大笑いする。
「わはははは! やっぱりユウキちゃんは面白いな」
「すっかり元気を取り戻したみたいね。よかったわぁ~」
歓迎会以降、元気をなくしたユウキと少し疎遠になっているのではと感じていたところに、宮殿での騒ぎがあり、一層元気を無くしたユウキに接点を見いだせず、ヴィルヘルム家の人たちも寂しい思いをしていたが、普段通りに明るい笑顔を見せてくれたことで、フォルトゥーナも安心したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「全員揃ったな」
会議の招集者である帝国宰相ヴィルヘルムが室内を見回す。部屋の中心に置かれた大きな四角いテーブルを囲んで、関係者が勢揃いしている。ユウキの隣に立ったミュラーが声をかけてきた。
「ユウキちゃん、この間はありがとうな。ところで、顔が青いがどうした? それにアンジェリカ…だったか。頭にでかいこぶが出来てるんだが…」
「なんでもない。窒息して死にそうになっただけ」(ユウキ)
「気にしないでくれ。なに、脳みそが少し漏れただけだ」(アンジェ)
「そ、そうか。ならいいんだが…」
ヴィルヘルムがミュラーに無駄話を止める様に注意し、会議の開催を告げた。
「以前、ユウキさんをリーダーとするパーティが、ミュルダール市の鉱山坑道の奥で発見した古代魔法文明の遺跡から回収した金属プレートが解読された。その結果と我々が今後、どのように活動したらよいか検討するため、関係する皆に集まっていただいた。また、オブザーバーとして皇室からマーガレット妃、ウル国のラサラス王女とアルテナ王女の両名、「荒鷲」ギルド長のオーウェン殿にも参加いただいている」
「プレートの解読をしていただいた帝国大学のバルトホルト教授とアンネマリー女史だ」
バルトホルトは50代後半の豊かな口ひげを蓄えたロマンスグレーの紳士、一方のアンネマリーは30代半ば位のメガネを掛けた、キツめで神経質そうな印象を与える女性だった。ユウキは一目見て絶対に苦手なタイプだと思ったが、腰のベルトにさり気無く下げられた小さな熊さんのマスコットを見て、可愛いの好きなのかなと印象を変えるのだった。
「初めまして皆さん。この大学で主に古代魔法文明について研究しているバルトホルトです。早速本題に入りましょう。遺跡で回収された金属プレートに書かれた文字についてですが、調べた結果、現在知られている古代文字とは全く系統が異なるモノでした」
教授はテーブルの上の白布を取ると、ユウキとレオンハルトが地下神殿の女神像から回収したプレートが現れた。プレートは劣化しないように透明ガラスの箱に入れられている。
「このため解読は困難を極めていましたが、アンネマリーが研究していた古代文書の中に偶然、前古代文字の辞書らしきものがあり、中にはこれまで知られていない、未知の文字の翻訳らしい部分もあったのです。そこで、試しに照らし合わせた所、いくつかの単語の解明に成功したことから、一部の文節を読み解くことができました。アンネマリー」
「はい。教授が説明した通り、私たちは判明した単語から文章を推論し、解読を進めました。その結果、全文とはいかないまでも、ある程度の内容を解読することができました。その内容とはこうです」
アンネマリーは1枚の紙を取り出した。見守るユウキたちは緊張してきた。一体何が書かれているのか…。
『我々、都市国家アースガルド評議委員会は、この戦争に勝利するため、グリトニル、ユーダリルと連合し…(意味不明)…生体兵器「魔龍ガルガ」を造り上げた…(意味不明)…』
『しかし、ガルガは当初の想定より高い知能を有し、世界の「神」に君臨しようとした。全ての人類に攻撃…(意味不明)…グリトニル、ユーダリルは既に滅び、残された我々は地下に都市を移して抗戦…(意味不明)…エリス…禁断の兵器…(解読不能)…』
『我々はガルガの生体起動システムを本体から分離して3か所に封印せり。封印場所は秘匿。本体は北の大地…永久…(解読不能)…』
『悠久の歴史を誇る我がアースガルド、滅びゆく都市…我らの末裔にこの碑文を残す。決してガルガを目覚めさせてはならぬ。我らの轍を踏んではならぬ。我らが末裔たちよ、心して我らの声を聴け』
『なお、このプレートは神殿爆破システムと直結している。持ち去りは禁止である』
「以上です。現状解読できたのはここまでです。最後の部分だけ何だかなという感じです」
アンネマリーの説明に、全員しんとなってしまった。想像外の内容に思考が追いついていかない。ウルが目指す邪龍とは何なのか朧気だが分かっただけでなく、人にコントロール出来るような代物ではない危険な存在である事が判明したのだ。
「あの、補足よろしいですか」
エヴァリーナが手を上げ、ヴィルヘルムが発言を許可した。
「お父様には既にご報告していますが、私たちがレアシル鉱山奥で発見したアースガルドの記憶装置「ルナ」から聞いた情報では、邪龍ガルガは魔法機械文明の遺伝子操作によって生み出された生物兵器のひとつで、自らの意思を持ち、同じく遺伝子操作で作られた「魔物』を支配し、統率することができ、それだけでなく、新たな「魔物」も生み出すことが可能であると。また、口から放射される熱線砲が主武器といっておりました」
「また、ガルガを完全に倒すことは出来なかったため、生体起動システムを3つに分け、本体と合わせてダンジョンに分散させて封印したとも言っておりました」
「エヴァリーナの持ち帰った情報と、プレートに記載されている情報はほぼ同じ内容を示している。つまり…」
「真実と言うことか」
「その通りです。しかも極めて危険な存在です。ウルに制御できるとは思えない」
ミュラーの発言をヴィルヘルムは肯定した。これを切っ掛けとして質疑応答が始まり、各自思うことを発言し、ヴィルヘルムやバルトホルトが答えている。その様子を見て、ユウキはフォルトゥーナが何故あれほど必死に協力を求めてきたかが分かった。
(確かに、これがホントなら魔女の力を必要とする訳だわ。しかし、ハルワタートって言ったっけ、マルムト王子と同じ臭いがするな。自分の欲のためには犠牲も厭わないクズ。わたしの許せないタイプかも知れない)
「ユウキどうした? 難しい顔をして」
「ううん、何でもない…」
「………。ユウキ、1人で抱えるなよ。エドやアース君、アルフィーネがついてる。何より私が一緒だ」
「ふふ、ありがとうアンジェ。頼りにさせてもらうね。これからもずっと」
「ああ。任せてくれ」
議論が白熱する中、ラサラスが手を上げて発言を求めた。
「あの、ガルガの起動…えっと、システムというのですか。ひとつは兄が手に入れました。残りはどこにあるのでしょう?」
「ダンジョンですわ」(エヴァリーナ)
「どこの?」(ラサラス)
「えーと…」
「ビフレストかも知れない」
全員の視線が発言したユウキに集まる。
「ユウキさん、何か根拠があるのかな?」
「はい。ビフレストのアルムダート市近郊には古代魔法文明のダンジョンがいくつかあるのはご存じですよね。そこの冒険者ギルドで聞いたんですけど、ダンジョンの中には未踏破や強力な魔物が確認されたため、調査されていないものがあるのだそうです、もしかしたら、そこにあるか、手がかりとなるものがあるかも…」
「ふむ…。可能性はあるかも知れないが、危険ではないか」
「危険は承知の上だぜ。俺はユウキちゃんの意見に乗るぜ」
「あら、珍しくミュラーと意見が一致しましたわ。気持ち悪い」
「なんだと、ペタリーナ!」
「言ったわね、ロリコン魔人!」
「やめろよ2人とも。オレもユウキちゃんに賛成だ。何もしないでくだくだ言うより、行動したほうがいいと思う」
「うふふ~、決まりねヴィルヘルム」
「楽しそうね。よし、私も参加しよう。陛下に許可貰わなきゃ」
「どうするアルテナ。私たちも…」
「当然行くのだ!」
会議室に集ったメンバーが一気に盛り上がる。ヴィルヘルムは余りの緊張感のなさに苦笑いして、ビフレストに行くメンバーのため、手筈を整えるようヴァルターに指示するのであった。また、古代文明のアドバイザーとしてバルトホルト教授とアンネマリーの同行もお願いした。
「宰相殿、我々としても是非参加したいと思います。ですが…」
「お祭りに行くみたいに緊張感がないわね」
「だが、今の帝国でこれ以上のメンバーはいない。彼らはきっと任務を遂行してくれます。私にはわかる」
ヴィルヘルムはメンバーの中心にいて、楽しそうに笑う黒髪の美しい少女をいつまでも見続けるのであった。




