第407話 歓迎会とユウキの心
エヴァリーナとユウキの帰還を祝う歓迎会は、屋敷内のパーティルームで開催された。約400㎡の広い空間の中ほどに美味しそうなご馳走が並び、ルームの一角に用意されたカウンターには、お酒やソフトドリンクが所狭しと用意されている。既に会場には大勢の人が入っていて、主賓が来るのを今か今かと待っていた。
「ミュラー、どこに行ってたの? それに、ほっぺの手形はどうしたのだ?」
「いや、何でもねぇよ…」
「自業自得です。ほら、ユウキさんたちが来ましたよ」
パーティルームに、ヴィルヘルムにエスコートされた真珠色のドレスを着たエヴァリーナとフォルトゥーナが入ってきて参加者に向かって礼をした。続いてヴァルターにエスコートされて入ってきたのは艶やかな黒髪をアップにし、可憐な花飾りで留めたユウキ。青のグラデーションで彩られたロングドレスが、メリハリのあるワガママボディにぴったりフィットして美しさを一層際立たせている。イレーネがユウキの後からしずしずと続いた。
超絶美少女2人の入場に会場はため息に包まれ、次いで大きな歓声とともに拍手が湧き上がった。ヴィルヘルムは手を上げて拍手の嵐を止めると、難しい任務を遂行し、無事帰還した娘と、スバルーバル連合諸王国から南の果てオルノス、ラファール国と旅をして、帝国にとって重要な情報を得たユウキの帰国を祝ってこのような席を設けたこと、今日は大いに飲み、食べて素晴らしい成果を上げた2人を祝福してほしいと挨拶を延べ、乾杯の音頭をとり、歓迎会が開始された。
「ユウキ! 綺麗なドレスだな」
「アンジェ。ふふ、そういうアンジェのカクテルドレスだってカワイイじゃん」
「そ、そうか。ユウキに言われると嬉しいな」
「ユウキさん、この方は?」
エヴァリーナがユウキの側に来て訊ねてきた。
「うん、紹介するね。この子はアンジェリカ。スバルーバル連合諸王国のアレシアで知り合ったの。それ以来、ずっと一緒に旅をしてきたんだ」
「アンジェ、こちらはエヴァリーナ。この大陸で初めて出会った子で、最初の旅を一緒にしたの。ちなにみ別名「熊殺しのエヴァ」って言うんだよ」
「2人ともわたしの大切な親友だから、仲良くなってくれると嬉しいなっ!」
「アンジェリカ・フェル・メイヤーです。よろしく」
「熊殺しは余計です。もう、私はエヴァリーナ・フレイヤ・クライスです。エヴァと呼んで下さいな」
「私もアンジェと呼んでくれ」
エヴァリーナとアンジェリカはしっかりと握手をすると、お互いユウキと知り合った切っ掛けを話し出して盛り上がった。ユウキは楽しそうに話す2人を見て、仲良くなれそうだなと思い、うんうんと頷くのだった。
「ユウキちゃん」
「ん?」
声をかけられて振り向いたユウキ。声をかけてきた男性を見て、パッと顔を輝かせた。そこには、ワイングラスを2つ持ったレオンハルトが立っていた。いつもの冒険者姿ではなく、カジュアルな格好をして、爽やかな雰囲気が微妙に似合わず、思わず笑いがこみ上げる。
「レオンハルトさん。ぷぷっ…変に似合ってて面白…。あわわ、カッコいいよ、うん」
「無理すんなよ。元気そうでよかったぜ」
レオンハルトはワイングラスを一つユウキに渡すと、ユウキと別れてから、エヴァリーナの手伝いをして、とんでもない冒険と体験をしたことを話して聞かせた。
「わあ…、エヴァからは詳しく聞いてなかったけど、大変だったんだね。エヴァを助けてくれてありがとう。レオンハルトさん」
「ははは、いいって事よ。これからはまた、ユウキちゃんのパーティに加わるぜ」
「うん! よろしくね。頼りにしているから」
「おう、任せとけ!」
ユウキがレオンハルトと楽しく談笑していると、鋭い視線を感じ、背筋がぞわぞわした。何事かとそっと伺うと、エヴァリーナがじいっとユウキを見つめてる。
(うわ…、エヴァがわたしを睨んでる…。ヤキモチ? 怖いよ、もう)
「レ、レオンハルトさん。わたし、他の人に挨拶に行くね。エヴァの所に行ってあげて」
「おお、久しぶりに仲間と会ったんだ。楽しめよ」
「うん。ありがとう」
そう言うとレオンハルトはエヴァリーナに挨拶しに行った。途端に嬉しそうに頬を染めるエヴァリーナにユウキは安堵する。
(分かりやすすぎでしょ。ふふっ)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お前がユウキとやらか」
冒険者ギルドの知り合いと話していたユウキに、今度は狐耳の亜人の美少女が声を開けてきた。
「そうですけど…。貴女は?」
「うむむ…話に聞いていたより、はるかに凄い美人だ。胸もラサラス姉さまより大きい」
「ありがと。ところで誰?」
「わらわはウルの王女、アルテナなのだ。貴様にはミュラーは渡さんぞ。ミュラーのお嫁には、わらわがなるんだからな!」
「まあ、カワイイ。どうぞどうぞ」
「え、いいのか? あれ、話ではユウキはミュラーにべた惚れって聞いたんだけど」
「そんなのデマだよ。誰に聞いたの?」
「ミュラーなのだ」
「違いますっ! 逆だよ逆!」
「よお、ユウキちゃん。さっきはゴメンな。元気だったか? 会いたかったぜ。くぅ~、やっぱカワイイなあ」
アルテナに誤解を解いていると、頬に手形をつけたミュラーが爽やかな笑顔で近づいてきた。ユウキはじろりと睨むと、
「どなたですか? わたし、貴方なんか知らないんですけどぉー」
「ユウキちゃん、そりゃねぇぜ」
ユウキはつーんとして、ミュラーを無視すると、リューリィを見つけて腕を取り、食事が並んだテーブルに行ってしまった。呆然と立ちすくむミュラーの尻をぽんぽんと叩いて慰めるアルテナだった。
「リューリィ、この子はアンジェリカ。わたしの親友なの」
「へえ、ボクはリューリィと言います。よろしく」
「アンジェリカです。スバルーバル連合諸王国アレシア公国の出身だ。それにしてもリューリィさんって凄い美人だな。ユウキといい勝負と思う」
「えへへ、照れますね」
「アンジェ、リューリィは男だよ」
「え?」
「リューリィは男子なの」
「…………ウソ。またまたぁ、私を騙そうって魂胆だろ。どこから見ても女の子じゃない」
リューリィはアンジェリカの手を取ると、そっと股間に当てた。ビクッとして硬直するアンジェリカ。ニコッと笑うリューリィ。アンジェリカの手に当たる感触は、どう考えても女にはない棒のようなもの。思わずカワイイ悲鳴を上げたアンジェリカだった。
「び、ビックリしたな、ぼう…じゃなくて、もう」
「ふふふ、アンジェったら。カワイイね」
「気の強そうな顔立ちと、真っ赤になって驚いた顔のギャップがいいですね」
「2人とも、からかうのは止めてよ…」
宴席は益々盛り上がり、ユウキもエヴァリーナもたくさんの人に囲まれて、楽しく語らい、久しぶりの出会いにお互いの無事を喜び合う。ひと段落着いたユウキは、お皿に料理を盛ると壁際に佇む男の所に行って料理を差し出した。
「はい、一緒に食べよう」
「ユウキちゃん…」
「何て顔してんのよ。ふふ、さっきはゴメンね。久しぶりに会えて嬉しいよ」
「…………」
「あら、ミュラーは嬉しくないの? わたしに会えて」
「いや、嬉しいぜ。その…俺こそ悪かった。ユウキちゃんを怒らせるようなことをして」
「もういいよ…もぐもぐ…。気にしてないよ…もぐもぐ…ごくん」
「美味しいよ、この鶏のから揚げ。はい、あーん」
「え…あ、あーん。もぐもぐ…」
「どう、美味しいでしょ」
「ああ、美味い、美味いぞ! なんてったってユウキちゃんの「はい、あーん」だからな! 愛情による味付けが最高だぜ! うぉおおお! 我が人生に一片の悔いなし!」
「うふふ~、やっと本来のミュラーが戻ってきたね。ミュラー、エヴァの任務、助けてくれてありがとね」
ミュラーとユウキはお互いの冒険譚を語り合い、その内容に驚いたり、感心したり、笑いあったりと楽しい時間を過ごした。そこに1人の美少女が乱入してきた。
「ユウキさん! ユウキさんはやっぱりミュラー兄様と結ばれる運命なのですね!」
「誰よ、変なこと言うのは…って、セラフィ、セラフィじゃない。わあ、久しぶり」
「なんだセラフィーナ、いつ来たんだよ。ってか1人で来たのか?」
「たった今です。大丈夫、ちゃんと護衛を連れてきました」
「お久しゅうございます。ミュラー様。ユウキ殿も」
「ロ、ローベルト、ローベルトじゃねえか。セラフィのバカヤロ。どこに外出のお供に帝国大将を連れてくる奴がいるんだよ!」
「お父様も来てますよ」
「皇帝だって!?」
セラフィーナが指さす方を見たミュラーとユウキの顔から血の気が引いた。そこには一般人の服装で変装した帝国皇帝フリードリヒがワイン片手にアンジェリカやレオンハルトたちと談笑していた。酔ったアンジェリカは皇帝陛下の胸をつんつんしたりしている。その側でエヴァリーナだけが青い顔をしていた。
ユウキは見て見ぬふりをすることに決めた。ミュラーはため息をついて、ユウキに「後でな」と言うとセラフィーナを連れてアルテナやエマたちのいるテーブルに連れて行くのであった。
その後ユウキはエヴァリーナのいとこという、ハインツやその婚約者タニアと挨拶し、ウルの王女ラサラスと意気投合し、ティラたち貧乳シスターズに巨乳を妬まれ、ど突き回されるのであった。一通り顔合わせを済ませたユウキはヴァルターと話したいと思ったが、会場内に見当たらない。
(仕方ないな…)
探すのを諦め、少し疲れたこともあって、外に出て外の空気を吸うことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふう、ちょっと休憩…」
そっと会場を抜けてテラスに出たユウキ。冬も終りに近づき、温かい海流が流れる海岸沿いにある帝都は、ラファールに比べて気温は高めなため、それほど寒さは感じない。テラスの手摺に身を預け、空を見上げると、暗い夜空に輝く満天の星が目に入った。ロディニアから追われるようにこの大陸に来て、多くの国を旅し、たくさんの人たちと出会った。何より、自分を暗黒の魔女と知りながら見守ってくれる優しい人々に心が癒された。夜空に流れ星が走る。ユウキは自分を生かすために星になった姉を始めとする人々に、自分は幸せだよと心の中で語りかける。しかし「本当の幸せ」はまた別なのだろうとも感じている。
(本当の幸せってなんだろう…)
ユウキがぼんやりと幸せについて考えていると、少し離れた所に人の気配を感じ、話し声が聞こえた。周りを見ても自分以外誰もいない。その場を離れて探してみると、ひとつ向こうのテラスに1組の男女がいた。
(フランとヴァルター様だ。ここにいたんだ…)
張り出し屋根の柱に身を寄せて様子を伺っていると、ヴァルターが身を屈め、フランにキスをするのが見えた。また、風に乗って「愛してる」といった声も聞こえてきた。フランはうっとりとした顔でヴァルターを見つめている。ヴァルターもまた、フランに優しい顔を向けていた。
ユウキはそっとその場を離れると、再び先ほどの場所に戻った。ワインで酔った体に夜風が心地よい。しかし、ユウキの心は冷たく重苦しい感じが支配している。
(なんでこんなに苦しいんだろ…)
夜空の星々が涙で滲む。好意を寄せた男性に振り向いてもらえない苦しみ。結局は妹の友人という立ち位置だった自分。改めてその事を理解してしまう。
(ヴァルター様、フランとお幸せに…。イレーネ様、ごめんなさい。ユウキはヴァルター様と縁がありませんでした…)
「ここにいたのか…って、ユウキちゃん。どうしたんだ、大丈夫か!?」
ユウキを探しに来たミュラーはベランダに佇み、涙を流すユウキを見つけた。思わず駆け寄ると、ユウキは慌てて手で目をこすり、無理に笑顔を作った。
「えへへ…。何でもないよ。星を見てたらちょっと、おセンチになってしまったの。どうしたの? 何かあったの?」
「い、いや、ユウキちゃんが見えなくなったから探しに来たんだよ」
「ゴメンね。ちょっと外の空気を吸いに来たの。えへへ…」
「ユウキちゃん…」
「な、なによ、もう。何でもないんだから。さ、戻ろ。なんかお腹空いちゃった」
ユウキはミュラーの手を取ると、何でもない振りをして会場に戻るのだった。しかし、その手は小さく震えているのにミュラーは気づいていた。




