第406話 再会 ユウキとエヴァ
ラファールの首都アルビレオ市を出発して約10日。一行はカルディア帝国首都シュロス・アードラー市に到着した。市内に入ると、カストルたちは国が用意した宿舎に向かい、最近、空気と化しているポポはレグルスとメイドのアンナや護衛騎士と一緒に入学先の学園の宿舎に向かった。
(ポポめ~、あんなに幸せそうな顔しやがって…妬ましい。任務の際は絶対に連れ出すからね…。束の間の幸せ、せいぜい楽しむがよいぞ。くくくっ…)
「悪い顔ねー」
「ふふ…私にはわかるぞ。ユウキが何を考えているか。そして、私はそれに同意する!」
「アンジェとユウキちゃんは似た者同士なのね~」
やがてユウキたちの乗った馬車は西部地区に入り、冒険者ギルド「荒鷲」の前に停車した。ユウキとアンジェリカはここで降り、フォルトゥーナはユウキたちの受け入れのため、そのまま宰相家に向かった。
「行こう、アンジェ」
「あ、ああ。緊張するな…」
荒鷲の入り口を開けて中に入ると、大勢の冒険者たちが、依頼票をのぞき込んだり、飲食スペースで騒いでいたり、仲間の勧誘を行っていたりしてとても賑やかだ。
「うーん、この雰囲気…。やっぱ、いいなー」
「流石帝都のギルドだな。活気が違う。何と言うか、ワクワク感があるな」
「ふふーん、そうでしょう、そうでしょう」
ユウキは受付カウンターに向かうと、受付嬢に事務長のリサを呼び出してくれるようお願いした。そのままカウンター前で待っていると、事務室の奥からドタタタッと事務員たちを突き飛ばしながらリサが走ってきて、ガバチョとユウキに抱きついた。
「お帰りなさいユウキさん! もう、全然帰ってこないから寂しかったですよーっ!」
「リサさん、ただいまです。えへへ…」
「うふふっ。組合長も首を長くして待ってますよ」
ユウキはアンジェリカをリサに紹介し、一緒に旅をした経緯を話すと、リサは満面の笑みでアンジェリカの両手を握り、非モテ同盟のメンバーが増えたことを喜ぶのであった。リサとの挨拶が終わり、早速オーウェンの部屋に案内される2人。
「組合長、組合長! く・み・あい・ちょーっ!!」
「なんだリサ、戸が壊れるだろーが。静かに入ってこれねえのか。それに俺はマスターだって言ってんだろ」
ノックもせずバターンとマスター室の戸を開けたリサに、オーウェンは面倒くさそうに注意した。
「そんなことどーでもいいです。ほら、ほらこっち見てください!」
机から顔を上げたオーウェンにリサは、にや~っと笑みを浮かべると、戸の陰から1人の女の子の背を押して部屋の中に入れた。黒い髪を肩下まで伸ばした美少女の姿を見て、オーウェンはガタンと音を立てて机から立ち上がる。
「おおーっ! ユウキじゃねえか!」
「オーウェンさん、ただいま…です。えへっ」
「おお、おお、元気そうで何よりだ。ところでそちらのお嬢さんは?」
「私はアンジェリカ・フェル・メイヤーです。スバルーバルのアレシアでユウキと出会い、以降、一緒に旅しています」
「アンジェはわたしの大切なお友達なの」
「ははは、そうか。俺はこのギルドのマスター、オーウェンだ。よろしくな。まあ、立っていても何だ。2人とも座れ。リサ、オレのとっておきのコーヒー出してくれ」
「わかりましたー。いつもの特売品ですね」
リサが給湯室に向かったのを見て、オーウェンは早速切り出してきた。
「ははは、いい顔してる。実りある旅だったみたいだな。さて、お前の話を聞こうか」
「はい、この国を出て最初にスバルーバル連合連合諸王国のアレシアに向かいました。そこでは…」
「…という訳で、帝国に戻ってきたんです」
「うむ…。ウルの話は宰相殿から聞いている。オレも独自に調査しているところだ。しかし、お前に協力を求めるとは、相当にヤバいと言うことか…。オレの本音としては、お前には関わってほしくないんだがな。そうも言ってられないのだろう」
「オーウェンさん…」
「まあ、それは後日改めて宰相殿と話し合おう。それより、これから宰相殿の家に行くんだろう?」
「はい。この国のわたしの家はあそこですから。アンジェも一緒です」
「何でも、お前の帰還祝いの歓迎会を盛大にするらしいぞ。オレとリサも呼ばれているんだ。一緒に行こうぜ。リサ、今日のオレとお前の仕事はおしまいだ」
「やったー! 早く行きましょうよユウキさん! アンジェリカさんも」
「うふふっ、リサさんは変わんないなー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アンジェリカとオーウェン、リサを伴ってヴィルヘルム家に到着したユウキ。白亜の大きなお屋敷を見た瞬間、何故だかとても懐かしく感じ、思わず涙が浮かんでくる。リサにそっと背中をおされて門をくぐったユウキの目に、玄関で待つ人々が目に入った。当主のヴィルヘルム、イレーネとフォルトゥーナ。そしてヴァルター…。その中から1人の美少女が進み出てきた。その姿を見たユウキは懐かしさで涙があふれる。
「エヴァ…」
「ユウキさん…」
同時に駆け出し、しっかりと抱き締め合う2人。お互いの温もりを感じた瞬間、感極まって大声で泣き出してしまった。
「エッ、エヴァ…。会いたかった…、会いたかったよ~、うう、うわああああん!!」
「私もです。私も会いたかった。ユウキさんに会いたかったですぅ~。ふぇえええん!!」
お互いを思いつつ、中々会えなかった辛さで、いつまでも泣き止まない2人を温かく見守るヴィルヘルム家の人々…。しかし、歓迎会の時間が迫ったことで、ヴィルヘルムはそっとイレーネとフォルトゥーナに目配せする。頷いた2人はわあわあ泣くユウキとエヴァリーナの肩に優しく手を置き、お化粧直しのため屋敷の中に連れて行くのであった。
「君がアンジェリカさんか。ユウキさんと仲良くしてくれてありがとう」
「へ…っ、は、はいっ! アンジェリカ・フェル・メイヤーです。よろしくお願いします!」
急にヴィルヘルムから声をかけられたことでビックリしたアンジェリカは、あわあわしながら腰を45°に折って礼をした。くすくす笑いながら、ヴィルヘルムは顔を上げるように言い、アンジェリカをエスコートして歓迎会の会場に連れていった。オーウェンもリサも続いて中に入り、最後に残ったヴァルターも愛する妹とその友人の帰還を歓迎するため、屋敷に戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やだなー。涙で顔がぐちょぐちょだよ」
「私もですわ。でも、ホントに会えて嬉しいです」
「わたしも。なんてったって、エヴァはこの大陸でのわたしの初めてのお友達だかんね!」
「うふふっ」
「さあさあ、おしゃべりは後の楽しみに取っておいて、お化粧直しましょう。今日はエヴァリーナさんとユウキさんが主役なんですからね」
「そうそう、イレーネの言うとおりよぉ。じゃ、エヴァは私ね。イレーネはユウキちゃんをお願いねぇ」
鏡の前に座らせられたユウキの顔に手際よく化粧を施していくイレーネ。ユウキの素の美貌を損なわずに可愛らしく仕上げ、ナチュラルロングの髪の毛も綺麗に整えてくれて、いつもの2割増しは美人になった気がする。鏡の中には優しい笑顔を浮かべて、髪の毛を梳かしてくれているイレーネが映っていた。ふとユウキのこころの中に、元の世界の母親のことを思い出した。
(小さい頃一緒にお風呂に入った後、こうして頭を梳かしてもらったっけ…。もう、顔も朧気にしか思い出せない。今頃どうしているのかな…)
「おかあさん…」
思わず口をついて出てしまった言葉にビックリしてしまった。鏡には驚いた顔のイレーネが映っている。
「あわわ…。すみません、イレーネ様。髪の毛を梳かしてもらっていたら、つい、昔を思い出してしまって」
「うふふ、いいのよ。そうだ、どうせなら本当にお母さんになってもいいのだけど。ユウキさんがヴァルターさんと結婚すれば叶うわね」
「え…、へ…? なななな、何を言っておられるので? わたしとヴァルター様はそんな関係じゃなくてですね、いやいや、何と言っても身分違いですよう!」
「そうかしら、結構いい感じだと思うのですけど」
「あわわ…」
「隣は盛り上がってるわねぇ」
「イレーネ義母様がユウキさんとお兄様を押してるのってホントだったんですね」
「それはそうと、エヴァは好きな人はいないの」
「え、私はそんな…。いませんわ…」
「ふーん。リューリィ君がエヴァはレオンハルト君が好きみたいだって」
「ふぎゃ…。そそそそ、そんな事は…あ、あ、あるかも…」
「うふふ~。カワイイわね、我が娘は」
2人の母親にからかわれながら、化粧を終えたユウキとエヴァリーナは服を着替えるため、下着姿になった。相変わらずの際どい勝負下着を着けた、ぼいんぼいんのワガママエロボディのユウキを見て、魔族の宿命に涙するエヴァリーナ。せめてAからBになってほしいと願うのだが、成長する気配が全くなく、ため息ばかりがついて出る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねぇ、止めましょうよ、ミュラーさん」
「うるせぇリューリィ、俺は一刻も早くユウキちゃんに会いてえんだ。そして、この熱い気持ちを伝えねばならん!」
懇親会場を抜け出して屋敷の廊下を歩くミュラーとリューリィ。途中、すれ違ったメイドにユウキたちの部屋はどこか聞いて、そこに向かっている。
「ユウキさんとは歓迎会場で会えるんですから、そっちで待ちましょうよ」
「引けぬ! 待てぬ! 省みぬ!!」
「会場に置いてきたアルテナ姫が泣きますよ」
「ア、アルテナは関係ねぇだろ…って、ここか!?」
ミュラーは目的の部屋を探し当てると、扉の取っ手に手をかけた。
「何か外が騒がしいね」
「なんでしょうね」
ユウキとエヴァリーナが廊下の騒がしさに気づき、フォルトゥーナが様子を見るために扉を開けるため、取っ手を引っ張った。
「おうわ!」
「きゃあ!」
扉を開けようと行動を起こしたところに、急に扉が開いたことから、がくんと体勢を崩して、ミュラーは部屋の中に飛び込んでしまった。小さく悲鳴を上げたフォルトゥーナの横を通り過ぎて、部屋の中ほどに立っていたユウキに向かって突っ込んで行く。
「お、おっとっと…。わぷっ!」
転びそうになったミュラーの顔が温かくて柔らかくていい匂いがする「ナニ」かに包まれる。思わず手で掴むと「むにゅん」とした感触とともにふわふわした手触りが伝わってきた。しばし考えた後、2つの双丘に顔を埋めていることが分かった。ミュラーの顔から血の気が引く。「ごくり」とつばを飲み込み、そーっと顔を上げると涙目でプルプル震えるユウキと目が合った。
「や、やあ。ユウキちゃん久しぶり…。ハハ、ユウキちゃんのおっぱい、最高だね」
ユウキは無言で手を振り上げる。「バッシーン!!」といい音が響いてミュラーは部屋の隅まで吹っ飛んだ。
「ほら、ボクの言うこと聞いてればよかったのに」
リューリィのため息と呆れたような呟きは、幸せそうな顔をして気を失っているミュラーには届かないのだった。




