第403話 記憶の伝承者
エヴァリーナが踏み入れた部屋は真っ白な空間で、幅15m、奥行5m、高さ3m程の空間だった。天井に憑りつけられている四角い半透明のものが光って、部屋の中を明るく照らしている。また、部屋の奥に一対の水晶玉を載せた高さ1.5m程の円柱が立っているだけだった。
「こ、ここは一体…」
全員が中に入ったところで背後の扉がバタンと音を立てて閉まった。レオンハルトとミュラーが扉を押したり引いたりしたが、ビクともしない。
「くそ、閉じ込められてしまった」
「他に出入口はないようだな」
男たちは武器を持って周囲を警戒するように、エヴァリーナを中心に集まった。怯えたアルテナがミュラーの手を握る。すると突然、円柱状の水晶玉が虹色に輝き始め、部屋の中間で交差するように光を発し始めた。そして光の交差した部分に何かが浮かび上がる。浮かび上がったものは人間の女性の映像だった。
『私はルナ。記憶の伝承者』
ルナと名乗った映像の女性は美しく長い金髪と、美しく整っているが何か無機質な感じがする顔、豊かな胸と均整の取れた体に真っ白なドレスを着た姿をしている。
『人が来たのは、私を据え付けたマスターたちが去って以来初めて…17997年ぶりです。あなた方は一体何者なのですか?』
「私はカルディア帝国宰相の娘、エヴァリーナと言います。私たちはある目的のためこの地に来たのですが、途中、道に迷い彷徨って、辿り着いたのがここだったのです」
「ルナと言ったな。お前は一体何者だ」
『……………』
「おい、なんとか言ったらどうだ!」
ルナは何も言わず、自分の背後、エヴァリーナたちからは正面に当たる壁に向かって手を伸ばして指し示した。その動作に併せて、壁が左右に分かれて開き始めた。見えたのはガラス張りの窓だった。中にあったのは高さ3m、幅1m、長さ10mほどの金属でできた長方形の箱。それが数十枚並列に並べられている。
「これは…?」
『これが私の本体「TKCーTypeⅡ・LUNA」です』
「あれが本体…」
「てぃーけーしーって、変な名前ですね」
『変とは失敬ですね。TKCの略なのです。そして、今皆さんが目にしているのはホログラム…。私を擬人化した映像です。とっても美人でしょう』
「なんだこいつ、おかしな奴だな」
「あの、ひとつお伺いしてもよろしくて?」
『どぞ』
「(登場時のミステリアスな雰囲気はどこに…)記憶の伝承者とは何ですの」
『よい質問です』
『私はこの世界に栄えた魔法機械文明の集大成として生み出された記憶装置です。滅亡に瀕した文明の全ての歴史・知識・技術をデータとして保存することが使命なのです』
『と・こ・ろ・で、あなた方は、私が設置、起動してから初めての来訪者。特別サービスとして何でもお答えしましょう。と、その前にあなた方はどうしてここに来たのですか?』
「えーとですね、私たちはそもそも…」
エヴァリーナは、ウルという国が大陸征服の野望を持ち、その中で邪龍の存在を知り、復活させて支配し、戦争の兵器として利用しようとしていること。我々はカルディア帝国より派遣された人間で、ウルの野望を阻止しようと活動していること。また、ウルの戦争推進派がこの付近の洞窟に古代魔法文明の遺跡があり、そこに邪龍に関する何かがある事を発見して探索していること。自分たちはウルの戦争反対派の協力を得てその情報を掴み、それを妨害するために動いていることを話して聞かせた。
『貴女の話、難しくて回路が混乱しちゃうわね…。邪龍…邪龍か…。お、データベースにありました』
「ホントですか!」
『えーと、私のデータベースによると、邪龍は魔法機械文明の遺伝子操作によって生み出された生物兵器のひとつ。自らの意思を持ち、同じく遺伝子操作で作られた「魔物』を支配し、統率することができる。それだけでなく、新たな「魔物」も生み出すことが可能。口から放射される熱線砲が主武器』
「と、とんでもないですわね」
「想像つかねぇな…」
『まだあるわよ。えーと、邪龍の名称は「ガルガ」。ガルガは国家間戦争の最終兵器として、都市国家アースガルドとユーダリルが協力して造ったとされてるわね。でも、意志を持つガルガは人間に反逆した。自らが世界の神になろうとしたのね。魔法機械文明は自ら生んだ邪龍によって滅亡の危機に瀕したけど、ある時突然、女神エリスが降臨し、エリスにより与えられた究極兵器によって撃退に成功。しかし、完全に倒すことは出来なかったため、ガルガの生体起動システムを3つに分け、本体と合わせてダンジョンに分散させて封印した。と記録されてるね』
(アースガルド…、ここでも出てきたか…。もしかしてユウキちゃんと調べたプレートと何か関係があるのか…)
レオンハルトは難しい顔をして考え込む。
「大分邪龍について分かりましたね」
「ですね。あの、ルナさん。いくつか質問させてもらっても良いですか」
『いいわよ~』
リューリィが一歩前に出て、ルナの話をメモした手帳を見ながら、気になった部分を質問し始めた。エヴァリーナはさすがリューリィさんと心の中で感心した。
「邪龍…ガルガの起動システムと本体の封印先はどこですか」
『ピコピコピコーン! 起動システムの一つはレアシルダンジョンの奥。つまりこの山のどこか。後は知らない』
「(敢えて記録しなかったか…)ヒントも無しですか?」
『…うーん、データバンクには見当たらない』
「では質問を変えて。ガルガを倒した武器はどこにあるのですか?」
『ガルガとともに失われたって。それしか記録にないわね』
「記憶の伝承者って割りに役に立たねえな」
『何ですと! スケベそうな顔しやがって生意気な。貴様名を名乗れ!』
「何だとポンコツ! 俺はミュラーだ」
『よーし、顔を覚えたわよ。あとでお前の顔で福笑いを作ってやるんだから!』
「面白ぇ事言うじゃねーか」
「あはは…。最後にいいですか」
『どぞどぞ、美少女ちゃん』
「ガルガを倒した後の文明の、その後を教えてください」
『ガルガは文明が作り出した魔物と自ら生んだ魔物、数百万以上を従えて文明世界に襲い掛かったの。魔法機械文明の担い手である人間は全ての力と資源を投入して迎え撃った。記録ではこの星の全ての大地が炎に包まれ、多くの生命が絶滅したとあるわ』
『何億年もかけて育まれたこの星の生命は、僅か1年の戦争でその85%が絶滅した』
「そんな酷い…」
「おい、待てよ! 魔物は、魔物という存在は文明の担い手たちが作り出したのか!?」
『そうよ。労働力として、あるいは戦争の道具として使用するため、遺伝子操作によって創られた。そのベースとなったのは人間…』
『魔物は人間が人間を改造して創った存在。もちろん、獣人、亜人もそう。そこにいる狐耳の女の子も元…というか、遺伝的には人間なのよ』
ルナの話はエヴァリーナたちを驚かせるには十分だった。全員唖然として思考がついていかない。何せ魔物は元々この世界にいるとばかり思われていたのだから、進化の過程で人間だけでなく様々な種族が生まれてきた。それがこの世界の常識とされていて、学校でもそのように教えられてきた。その根底が悉く崩される…。その事実に驚きを隠せない。
(でも、これで理解ができます。獣人亜人だけでなく、ゴブリンやオーク、オーガといった人型魔物と私たちが子を成すことが可能なのは、元々人間から生まれたからなのですね)
ルナの話は続く。
『結局、邪龍を倒し、多くの魔物を焼き払った文明世界だったけど、自らも大きな痛手を受けたの。ほとんどの都市国家は破壊され、人々は死に絶えた。わずかに残った担い手たちも、高度な魔法も機械技術も失い、原始的な生活に戻った…』
『一部の都市国家は邪龍との戦争前に地下に文明を移築し、生きながらえることができた。でも、外界との交流を失い急速に衰退に向かっていったの。全てが失われる前に今まで蓄積された知識を残そうと私が造られ、この地に設置された。敢えて人の目につかないように。それが私の内蔵カレンダーが狂ってなければ、18000年前のこと』
『ちな、エネルギー源は原子力電池ってやつだよ』
「全く想像もつきません…。原子力って言葉も初めて聞きます。でも、お陰様で大分重要な情報が入手できましたわ」
「後は、ここからどうやって出るかだが…」
ミュラーが地上に出る方法を思案していると、アルテナがトコトコと側に来て、顔を見上げてきた。
「ねえ、ミュラー」
「なんだアルテナ。話が難しすぎて熱でも出たか」
「違うよ! ルナの話によると、わらわも元々は人間だったんだろ? なら、ミュラーの赤ちゃん、産めるかな…」
「大丈夫じゃねえか…って、バ、バカヤロ! なに言ってんだお前は!」
「だってぇ~、ミュラー、わらわの裸、じーっと見てたから、わらわの事好きなのかなって…。わらわ、ミュラーの事好きになっちゃったみたいなのだ…」
ざわ…ざわ…ざわ…。アルテナのカミングアウトにその場が騒然となる。慌てるミュラーの耳に「犯罪者」とか、「ロリコン」とか人格を疑うワードが聞こえてきた。一方、エヴァリーナは不思議に思う。ルゥルゥもそうだったが、不思議とこの男は人を惹き付ける何かを持っているのだ。
(お父様が次期皇帝に推しているのも何となく分かる気がしますわ。バカですけど)
『ピコピコピコーン! ガルガの起動システムを封印している場所に何者かが侵入して、ガーディアンと戦闘になってるよ』
ルナがピッと空間を指さすと、何枚かのディスプレイが浮かび上がり、獣人兵と蜘蛛みたいな怪物が激しく戦っている様子が映し出された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地底の亀裂に落ちて彷徨うエヴァリーナたちに対して、結果的に先行することになったハルワタート率いる第1次探索隊は、石碑の奥、未踏のダンジョンを突破し障害物を排除しながら最奥の神殿らしき場所に到達した。そこに、ぶ厚いガラス板で厳重に囲われた水晶球のようなものを見つけ、回収しようとガラス板に手をかけた時、突然耳障りな警報音が鳴ったと思ったら、天井から全長1mほどの蜘蛛がわらわらと降ってきて、ハルワタートたちに襲い掛かったのだった。
「ハルワタート様、これではキリがありません! 一旦撤退をすべきかと意見具申します」
「同感です! このままではもう幾ばくも持ちません!」
バルドゥス将軍とアーシャが剣で襲い来る蜘蛛を斬り飛ばしながら、ハルワタートに撤退を進言する。20人ほど連れてきた兵士も半分程度になり、蜘蛛はますます増えてくる。
「くそ、仕方ねぇ…か。撤退だ、撤退するぞ!」
「下がれぇ! 入口の扉の外まで下がるんだぁ! 兵曹長、殿を指揮せよ!」
ウルの探索隊はハルワタートを先頭に蜘蛛を蹴散らしながら扉の外に出た。しかし、途中で数名の兵が蜘蛛に倒され、喰われてしまう被害を出してしまっていた。しかし、幸いなことに蜘蛛の群れは神殿から出ようとせず、入口手前で止まったので、扉を閉め閂をかけて固定すると、ひとまず危機から脱出することができ、安堵の声を出すのであった。
「くそ…面倒だな」
「しかし、ハルワタート様。これでハッキリしましたな」
「ああ。あれは邪龍復活のアイテムだ。なんとしても手に入れるぞ」
「では…」
「一旦宿営地に戻り、兵を再編して再突入する。しかも早急に」
「命令受領しました。直ちに宿営地に戻り、兵の再編を行います。とりあえず、残存兵にこの扉を防備させます。帝国の輩が来ないとも限りませんので」
「ああ、だがこいつらも疲れてる。宿営地に着いたら交代要員を直ぐ送れ」
「ハッ、仰せのままに」
「アーシャ、ルートは全て記録してあるな」
「はい、王子」
「よし! 一旦引くぞ。体勢を立て直す。それとタマモのババアを呼んで来い!」
扉の警護に4名ほど残し、ハルワタートは悔しさを瞳に滾らせながらもバルドゥス将軍とアーシャを連れて、引き返すのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
地底の奥深くでハルワタートたちの様子を見ていたエヴァリーナ。とりあえず起動システムは守られたようだったが、ハルワタートは諦めないだろう。しかし、自分たちにはもう手が出せない。しかも、ここから脱出する手段もない。
「ルナさん、私たち地上へ戻りたいのですけど、道があったら教えてくれませんか」
『ん~…、無いよ』
「へ?」
『君たちが来た道以外に無いってこと。ここは元々封印の地。人が訪れることを前提にしていないからね。君たちがここに来れたこと自体奇跡みたいなものなの』
「そ、そんな…」
エヴァリーナの心に絶望感が広がる。このまま、ここで死を迎えるという現実が重く圧し掛かる。クラッと眩暈を起こした彼女をレオンハルトが慌てて抱きかかえた。
「危ない!」
「すみません…。大丈夫…です」
「みんな、スマン! 俺がドジ踏んだばかりに…」
「ミュラー…、ミュラーは悪くないのだ。アルテナがもっとしっかりしてれば…グスッ」
項垂れるミュラーにアルテナが寄り添って泣きそうになる。リューリィも己の運命に複雑な表情をして2人を見ていることしかできない。
『道はないけど、地上には行けるわ』
その言葉に全員ルナを見つめるのであった。




