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第399話 地底の温泉で

 怪物と戦った場所から10分ほど歩くと、水蒸気が立ち昇り、湿気の多い場所に到着した。その光景を見たエヴァリーナは歓喜の声を上げた。そこは温泉が湧き出ている場所だったのだ。


「きゃああ~っ! 温泉、温泉ですわぁ~!」


 直径数m、深さ数十cmほどの窪みが数個あり、その全てに地底から湧き出た透明なお湯が満たされていて池のようになっており、池の縁から溢れたお湯は小川となって流れている。ミュラーが池のひとつに手を入れてみると、やや熱めだが入浴するには良い温度だった。


「おお、丁度いい温度だ。早速入ろうぜ」

「え、でも…、ここじゃお互いが丸見えになっちゃう…」

「アルテナは平気なのだ!」

「俺も平気だぞ!」


「私は恥ずかしいんです! ミュラーのドスケベ、エロ男!」


 温泉には入りたいけど、男の前で裸になるのはためらわれる。エヴァリーナの悩み顔を見たリューリィとレオンハルトは二言三言話すと、道具袋からハーケンを取り出して両側の岩壁に打ち込み始めた。次に大きめのシートを取り出すとマチ穴にロープを通し、ハーケンに結び付ける。


「どうだ、即席だが仕切りを作った。湯の池も分けられたし男女別で入ることが出来る」

「まあ! これなら大丈夫そうですわね」


 リューリィとレオンハルトが機転を利かせ、即席の温泉浴場を作ったところで早速入浴する事にして、湯の川の流れる方、下流側を男、上流側を女に分けた。


男湯…。

「ふう、いい湯だなぁ。溜まった疲労が抜けていく感じだ…」

「全くですねぇ…」


「お邪魔するぜ」

「おう、洗濯は終わったのか」

「終わった終わった。体も洗ってきた。中々臭いが取れなくて参ったぜ。石鹸1個まるまる使っちまった」


「ははは、エヴァに生臭い、近寄らないでって言われた時のお前の顔、悲壮感溢れていたからな。好きな女に振られたみたいな」

「うるせぇ。お前だってユウキちゃんに「キライよ」って言われたとき、捨てられた子犬のような情けない顔してたっていうじゃねえか。人の事言えるかっての」


「な…なぜそれを…」

「ユウキちゃんから聞いたんだ」

「ぐぬぬ…」


「まあまあ、その位にしときなさい。せっかくの休養じゃないですか」

「リューリィ君…」


 睨みあうミュラーとレオンハルトの間に入って宥めに入ったリューリィ。長い金髪を纏めてアップにし、上気した頬を桃色に染めた顔はどう見ても超絶美少女そのもの。レオンハルトはあまりの美しさに年甲斐もなくドキドキするが、下に目を向ければ立派な「モノ」がついていて、あっという間に冷静になれたのだった。


「リューリィ君はやっぱり男なんだな」

「そうですよ。ボクを何だと思っているんですか」

「見た目は女だからな。リューリィは男にも女にもモテるんで羨ましいぜ」


「ほう。でも何となくわかるな」

「ボクはノーマルなんですけどね…」 


 男3人湯に浸かって足を伸ばし、全身の筋肉を弛緩させて溜まりに溜まった疲れを取る。ウルに来てからというものずっと慌ただしく、気が休まる暇がなかった。ハルワタートに先行するという目的も失った今、とにかく体を休めることが先決だと全員が思っている。


「そういえばよ、レオンハルトはユウキちゃんの知り合いなんだろ」

「ああ、そうだ」


「ユウキちゃんのこと教えろよ」

「なんだ急に」

「ボクも興味ありますね。ロディニアでのユウキさんって、どんなだったんです?」


「…ま、いいか。そうだな…、初めてユウキちゃんと知り合ったのは、オレがロディニアの辺境の村から王都に向かう連絡馬車の護衛をしてた時だったか…、その馬車に物凄い美少女が乗ってきたんで、思わず声をかけたんだ。それがユウキちゃんだった。彼女が14の頃だよ。何でも王国高等学園を受験するんで王都に行くんだとか言ってたな」


 レオンハルトはユウキとの出会ってから以降について話し始めた。高等学園入学後、友人となった4人の女の子といつもつるんで遊んでいたこと、王都ではドワーフのオヤジが経営する武器店に居候して学園に通っていたことなど。


「へえ、学園寮とかじゃなくて武器店に居候ですか。どういう訳で武器店なんかに?」

「俺も詳しくは判らねえが、ユウキちゃんも最初は寮に入ってたらしいが、何かトラブルがあって寮にいられなくなり、懇意にしていたドワーフのオヤジが見かねて家に住まわせたそうだ。そこはオレの行きつけでもあったから、よく店番していたユウキちゃんをからかってたもんさ」


「へえ、そんな事が…」


「その武器店な、ユウキちゃんの友人たちも下宿するようになって、何時しか陰で「女子寮」なんて言われててな。いつもオヤジは渋い顔してたっけ。あと、ロディニアの夏祭りで「メイド喫茶」のウェイトレスのバイトに駆り出されてな、ユウキちゃん目当ての客が凄かった。まあ、メイド服から覗いた胸の谷間が妙に色っぽくて、滅茶苦茶可愛かったからなあ、当然といえば当然か」


「メイド服のユウキちゃんだと! 胸の谷間だと! ぬお、想像したら…ヤベ、股間が…」

「ミュラーさんは自制という言葉を覚えたほうが良いですよ」

「うるせえ、男は本能のままに生きる生き物なんだ」


「ははは、後はな、こんなこともあったぞ」


 レオンハルトは思いつくままにユウキの面白エピソードを話して聞かせた。ミュラーとリューリィは腹を抱えて笑っている。レオンハルトは笑い転げる2人を見て嬉しくなった。と同時に、何か仲間になり切れていないのではと思っていた自分が恥ずかしくなった。そう思っていたのは自分だけだったのかも知れない。レオンハルトは2人との距離がぐっと近づいたように感じるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


一方、女湯では…

「隣は何やら楽しそうですわね」

「わらわ、ミュラーの所に行ってくる!」


「ダメダメ、ダメですわ」


 ザバッと湯から上がったアルテナはスッポンポンのまま、ミュラーたちの方に行こうとし、エヴァリーナは慌ててアルテナの手を掴んで湯の中に戻した。


「何故止めるのだ?」

「当たり前です。アルテナ様は女の子ですよ。男湯に行ってはいけません!」


「どうしてなのだ?」

「アルテナ様は12歳ですよね。胸だって膨らみかけてますし、体も丸みを帯びてきています。女になりかかっているのですわ。そんな美少女が裸で男湯に行ってごらんなさい、あっという間に…あの…、その…、られちゃうのです」


られるとは?」

「え…えっと…、あのですね、無理やり…そう、無理やりです! 無理やりチューをされるんです!!」


「おい、エヴァ。テキトーな事言ってんじゃねえぞ。ちゃんと教えてやれよ」

「煩い! 外野は黙ってろ。カス!!」


 隣から笑いを含んだ声が掛かって、ムキになって言い返したエヴァリーナに、小首を傾げ、キラキラした目でアルテナが、詳しく教えるようせがんできた。


「エヴァ」

「えっ!」

「アルテナ、子供だから分かんなーい。ちゃんと教えて?」


「えっと、えっとですね…、こ、子供を作る行為を強要されるって言うか…、無理やり入れられちゃうって言うか…」

「何を入れられるのだ?」

「そ、それは…その…。アレって言うかナニです…」


「おーい、アレやナニじゃ分かんねーぞ」

「やかましい! ミュラーのしょぼチン野郎!!」


 シートの向こうからドッと笑いが起こった。エヴァリーナは恥かしさで真っ赤になる。


「アルテナは知ってるぞ、おチンチンだろ。女の人の裸を見ると男はみんなおチンチンが大きくなって固くなるって、城のメイドたちが言ってた」

「ま、まあそうですね…。(ろくでもないこと教えおって~…)」


「じゃあ、エヴァは子作りの経験があるのか?ん?」

「えっ…」


 隣の男湯がシーンと静まり返る。突然の質問と沈黙に挙動不審になるエヴァリーナ。


「ありません! 私、男性とお付き合いした事も無いし、そのような経験ありません!」

「なーんだ、そうなのか。アルテナもまだ無いのだ」

「当たり前です! 12歳で経験があったら末恐ろしいですわ!」

「アルテナ、経験してみたいなー。今から経験してみよーっと」

「へっ…」


 アルテナはざばっと立ち上がると、捕まえようと手を伸ばしたエヴァリーナの手を搔い潜り、仕切りのシートをバッと捲って男たちの方に行こうとしている。マズイとエヴァリーナも後を追う。


「アルテナ様、そっち行っちゃダメですわ!」

「ミュラー、わらわに子作り教えて~」

「ばっ、バカヤロ、こっちに来るんじゃねぇ」


「わー、あっ!」

「アルテナ様! あ…きゃああっ!」


 濡れて滑りやすくなった岩でアルテナが足を滑らせた。咄嗟に仕切りに使っていたシートの縁を掴んだが、アルテナの体重でハーケンが抜け、仕切りが下に落ちた。急に支えが無くなってバランスを崩したアルテナが岩に叩きつけられそうになった。アルテナを追いかけて湯から上がっていたエヴァリーナも男たちに裸を晒し、悲鳴を上げた瞬間に足を滑らせてしまった。


「あわああああーっ!」(アルテナ)

「きゃ…ひゃああーっ!!」(エヴァリーナ)


「危ねえっ!」


 ミュラーとレオンハルトが同時に飛び出した。当然素っ裸で。つるんと足を滑らせて背中から叩きつけられる寸前のアルテナをミュラーが、続いて転びそうになったエヴァリーナをレオンハルトが抱きかかえて岩に叩きつけられるのを防いだ。そして、その場の時間が止まる。


 裸で抱き合う男と女。ミュラーはお姫様抱っこしたアルテナの膨らみかけのちっぱいと少女特有の体つきを直に感じて心が動揺し、レオンハルトはしっかりと抱き締めたエヴァリーナの想像以上の体の柔らかさに感動し、思わずナニが剛直してしまい、エヴァリーナのお腹のあたりを押した。その刺激に思わずお腹の下を見たエヴァリーナは亀の頭とコンニチワ。ショックで顔の筋肉が引き攣った。


(な、な、ななな…なぁーーっ!!)

「きゃああああああーーーっ!!」


 大きな悲鳴を上げてレオンハルトから離れると、素っ裸なのも忘れキレイな回し蹴りをお見舞いした。蹴りは見事にレオンハルトの玉袋を直撃し、ぐにゅっとした感触がエヴァリーナに伝わるが、どこに命中したか思いを浮かべる余裕は彼女にはない。レオンハルトは鈍い唸り声を上げて背中から湯の池に落下し、盛大にお湯飛沫を上げた。


 続いてエヴァリーナはいやらしい視線でアルテナを見るミュラーの許に駆け寄り、アルテナの手を取って自分側に引き寄せると、ミュラーの玉袋目掛けて蹴りを入れた。「うっ…」と唸って崩れ落ちるミュラー。さらにエヴァリーナの真空飛び膝蹴りが炸裂して湯の池に蹴落とされた。ミュラーの落下とともにお湯飛沫が高々と跳ね上がり、大きな波となって傍観していたリューリィを飲み込んだ。


「エヴァ、わらわ恥ずかしい…」

「私もですよっ! このおバカ姫。うわぁあああん、もうイヤァ~」


 エヴァリーナはタオルと服を鷲掴みにすると、真っ赤な顔でもじもじしているアルテナを連れて近くの岩陰に逃げ込むのであった。一方、湯の池に落とされた勇敢な漢たちは…。


「ゲホッ、ゴホッ。ああもう、酷い目に遭った…」


 とばっちりを受けて波に揉まれたリューリィが、何とか体勢を立て直して湯の中から顔を出した。そして見たのは気を失い、池にぷっかりと仰向けに浮かんで漂っていた2人の漢。世界最強のカルディア帝国第1皇子とロディニアの勇士だった。しかし、その顔は満足感に満たされ、歓喜の笑みを浮かべていたのであった。


「ったく…この2人は。レオンハルトさんも段々ミュラー色に染まってきた気がします。はぁ~あ…」


 レアシル廃鉱山の深部にリューリィのため息だけが木霊する。

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