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第396話 ミュラーの危機

 段差を無事に降り、廃坑道内を慎重に進むエヴァリーナたち一行。洞窟は幅が1.5m、高さが2m程と歩くのに支障はないが、狭苦しく感じる上に息苦しい。また、奥に進むにつれ地熱が上がって暑くなってきた。そんな悪条件を我慢しながら、リューリィのトーチの魔法と地図を頼りに、魔物に警戒しながら奥に進む。


「道が複雑ですわね…」

「迷ったら、そこで終わりだな」

「予想もしない穴から魔物が出る可能性もあります。注意して進みましょう」


「怖いのだ…。ミュラー、わらわの手を離すなよ」

「あのな。エヴァと手をつなげよ」

「ヤダ」

「お前な…。ワガママも度が過ぎると可愛くないぞ」

「アルテナ可愛いもーん。ミュラーのイジワル。スケベ顔」


 後ろのやり取りを黙って聞きながら先頭を進んでいたレオンハルトがサッと手を横にしてエヴァリーナたちを制止した。


「どうしたのですか?」

「見ろ、進行方向にクレバスがある。かなり深そうだ」


 エヴァリーナはレオンハルトが指さした方を見ると、廃坑道を横切る形でクレバスがあった。幅は5m程もあり、飛び越えることは出来そうもない。以前は橋がかけられていたのか、両端に木の杭が立てられている。レオンハルトは杭を確かめると、しっかりと固定されており、簡単に抜けそうもないことがわかった。


「リューリィ君、う回路はありそうか?」

「うーん…、なさそうです。石碑まではこの道しかありません」


 地図を見ていたリューリィが申し訳なさそうに言う。となれば、このクレバスを超えるしかない。しかし、方策がなく途方にくれてしまう。ミュラーはしばらく考えた末に決断した。


「ここで悩んでいても仕方ねぇ。向こうに渡るしかねえんだ。覚悟を決めようぜ」

「そうだな…。よし、オレが飛んで向こうに渡り、杭にロープを固定する。皆はロープを伝ってくるんだ」


 レオンハルトはハルバードにロープを結ぶとクレバスの向こう側にある杭目がけて思いっきり投げつけた。そしてグイと引っ張って斧の部分に杭を引っ掛け、ロープを張って自分側の杭に結びつけた。


「これで良し…。じゃあ行くぞ」


 レオンハルトは後ろに下がり、助走をつけて右足で地面を蹴ってホップし、左足でハルバードで固定されたロープを踏んで思いっきり蹴り上げてジャンプした。あまりの大技にエヴァリーナは背中に冷たい汗が流れ、心臓がドキドキする。


「うぉおおおお!」


 ズザザザーッと地面を滑る音を立ててレオンハルトはクレバスを飛び越え、何とか向こう側に着地した。


「レオンハルトさん。大丈夫ですか!」


思わず叫んだエヴァリーナにレオンハルトが無事であることを返す。


「ああ、大丈夫だ。リューリィ君、もう1本のロープを杭の上に結んだら、もう一方の端をこっちに投げてくれ。よし、こう結んでと…。いいぞ。渡って来てくれ」 


 クレバスの上に並列に結ばれた2本のロープによる渡綱が出来上がった。強度を確かめたレオンハルトは、1人ずつ渡って来るよう手招きする。


「じゃあボクから行きますね。んと…、よし…」


 リューリイが上のロープを握り、下のロープに足を置いて、しっかりと固定されているのを確認して渡り始めた。軽量級のリューリィは運動神経も良いだけあって、するすると危なげなくクレバスを超え、向こう側に到着した。


「よし、次はエヴァリーナさんだ。リューリィ君は周囲の警戒を頼む」

「はい、任されました」


 リューリィが坑道奥に向かってトーチの魔法を唱える。それを見たレオンハルトはエヴァリーナに来るよう手招きする。エヴァリーナはごくりと唾を飲み込みロープに手をかけた。


(うう、怖い…。でも行かなきゃ…。お、女は度胸です!)


 ロープを握る手に力を込めて1歩1歩足を踏み出す。その度に杭に結びつけられた部分がギッギッと軋み音を立てて恐怖を煽る。クレバスの真ん中付近まで来たエヴァリーナは思わず下を見てしまった。

 ロープ1本に支えられている足の下は深く、深淵の闇に包まれていて底が見えない。エヴァリーナは本能的に恐怖を感じ、ふらっと眩暈がして、ロープから手を放しそうになった。


「あっ、危ねぇ!」

「エヴァリーナさん、下を見るな! 気をしっかり持ってロープを握れ!!」


 ミュラーとレオンハルトの声に、意識を取り戻したエヴァリーナはハッとしてロープを握る。体が前後に動いたことで、ロープもブランコのように動いて危険な状態だ。上のロープにしがみついて、動揺が治まるのを待つ。やがて、ロープの動きが止まり、エヴァリーナは「はう~」と大きく息をついて、対岸に向かって足を踏み出した。


(も、もう少しです…)


 あと1歩で対岸に足が掛かる距離まで近づいた時、レオンハルトがエヴァリーナの腕を取ってグイっと引き寄せた。「キャッ!」と小さな悲鳴を上げてレオンハルトの胸に飛び込んだエヴァリーナ。状況を認識するまで数秒かかったが、ギュッと抱き締められていることが分かると、猛烈に恥ずかしくなり、顔が茹でプルプ(たこ)のようになる。

 エヴァリーナの気持ちも知らずに、レオンハルトは彼女を坑道奥側に解放すると、ミュラーとアルテナに渡るように手招きをしていた。


(もう、もうちょっと抱いてくれても良かったのに…)


「ん? 何かあったのか?」

「何でもありません! ミュラー、さっさと渡ってきなさい!」


 急にぷんすか怒り出したエヴァリーナを不思議そうに見て、レオンハルトは「女ってわかんねーな」と思うのであった。


「アルテナ、行くぞ。オレの背中におぶされ」

「わ、わかったのだ」


 背中におぶさったアルテナがしっかりとしがみ付いたのを確認したミュラーは、ロープに手と足を掛けてクレバスを渡り始めた。2人分合計90kgにもなる重量がロープに負荷をかけるが、今のところ荷重に耐えている。しかし…。


「よ、よし。あと半分だ。アルテナ下を見るなよ」

「うんなのだ」


 残りは後2mほど。エヴァリーナたちが待つ向こう岸までもう少しとなった場所で足を掛けていたロープがブチンと大きな音を立てて切れた!


「うおおっ!!」

「きゃああっ!」


「ミュラー、アルテナ様!」

「マズいっ!」


 急に足元が解放されたことで垂直落下しそうになったが、上のロープはまだ耐えている。ミュラーはアルテナが無事なのを確認すると、少しずつ手を動かして進もうとした。


「だ、大丈夫か…アルテナ…」

「ミュラー、こ、怖いよう…グス…」

「もう少し…だ。頑張れ」

「う、うん」


 しかし、ロープは2人の過負荷に耐えられなかった。ミュラーの手元でブチンと切れ、その反動でミュラーは体が振られ、エヴァリーナ側の崖に叩きつけられる。しかし、まだロープは掴んでいるし、アルテナは背中にしがみ付いている。


「く…くそ…。がはっ、岩で胸を打っちまった…、い、息が…」


「ミュラー! 今引き上げる。もう少し我慢しろ! リューリィ君手伝ってくれ!」

「はい!」 


 レオンハルトがロープを手にして引き上げようと力を入れた。リューリィはレオンハルトの胴体に手を回して力を入れて踏ん張る。


「わ、私も!」


 エヴァリーナもリューリィの背後から抱きつこうとしたが、レオンハルトに止められてしまった。


「エヴァリーナさんはいい。それより、いつでも風の魔法を打てるように、クレバスの縁で待機していてくれ! 撃つタイミングはオレが指示する」

「魔法を…は、はい!」


 エヴァリーナは大地の杖を手に持ち、クレバスの縁に立った。それを見て頷いたレオンハルトは力の限りロープを引っ張り、リューリィも息を合わせて力を入れるが、大柄なミュラーにアルテナの重量も加わって重く、中々引き上げられず、悪戦苦闘する。


 一方のミュラーは崖に叩きつけられたダメージは回復したものの、足をかける出っ張り等なく、全体重が腕にかかってしまい、徐々に痺れてきた。おまけに掌にかいた汗でロープとの間の摩擦係数が落ち、ズルズルと滑り落ちる。


「や…ヤベェぞ…。こりゃ…」

「ミュラー…怖いよう…」

「アルテナ、絶対オレから離れるなよ…くそ、手が…」


 しばらく耐えていたミュラーだったが、ズルっと滑ってロープから手を放してしまった。


「うぉおおおおおっ!」

「ふぎゃあーーーー!」

「ミュラー! アルテナ姫! クソッ、まだだ!」


 悲鳴を上げながら、クレバスの底、深淵の暗闇の中に向かって落下するミュラーとアルテナ。レオンハルトはエヴァリーナに向かって叫んだ。


「クレバスの底に最大威力の風魔法を撃て! 早く! 2人には当てるなよ!」

「は、はいっ! ダウン・バーストォ!!」

「撃ち続けろぉーー!!」

「はいぃーーっ!」


(くそっ、ここで終りかよ…。ユウキちゃんに一目会いたかったぜ…。アルテナ、済まねえ)


 重力加速度により落下速度が増しているにも関わらず、ミュラーにはとてもゆっくりに感じられる。そして自分の胸にしがみ付いて気を失っているアルテナに謝り、しっかりと抱き締めた。こんなことをしても無駄だと分かっている。この高さで地面に叩きつけられれば2人ともばらばらに引きちぎられて即死だろう。ミュラーはユウキの顔を思い浮かべ、サヨナラを言った。


 2人がクレーターの底に叩きつけられる寸前、猛烈な風がミュラーの脇を通り抜けた。その風は底の地面にぶち当たり、周囲に広がると今度は岩壁で反射して風の渦を作るとともに、一部は上昇気流となってミュラーの背を押した。これにより、2人の落下速度にブレーキを掛ける。


「な、なんだ。風が…」


 ミュラーは突然下からの強風が自分の体を押しているのに気付いた。しかし、それも一瞬の事で、直ぐにドシン!という音とともに、激しい衝撃が全身を襲い、意識が暗転したのだった。

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