第390話 異変の元凶
7階での滅茶苦茶な騒動が何とか落ち着き、フロアボスの悪鬼カリスを滅多打ちにした際に負ったサラの拳の傷もエドモンズ三世の治癒魔法によって完全回復したことから、一行は最終階の8階に続く階段を上っている。
「ところで、へっぽこど変態王子。8階には誰が眠っているの?」
「名前の装飾が増えたな…。最上階にはラファール国の始祖、初代国王オルソンと王妃アメリアが葬られている。2人は周囲もうらやむ仲睦まじさだったらしいな」
「へー、羨ましいな」
「しかし、ある年、国中に流行り病が流行したそうで、アメリア妃も罹患し、オルソン王は国中の医師や薬師を集めたが、回復せず亡くなったそうだ。その時の王の嘆きは相当なものだったと伝えられている」
「可哀想…。相当辛かっただろうね。その後どうなったの?」
「文献によると、人が変わったように冷酷で残虐な暴君になったそうだ。人々は増税に喘ぎ、自分が気に入らないというだけで平民、貴族の別なく、強制労働や死罪にしたらしい。結局、ラファールの将来を憂えた第1王子がクーデターを起こし、王を死ぬまで地下牢に閉じ込め、王の死後は王家の墓を建てて王妃と一緒に葬ったとある」
「そうなんだ…」
「それ程までに愛してくれる伴侶がいて、アメリア王妃は最高に幸せだったろう…。愛する人を残しての死は、本人にとってもさぞ無念だったろうな」
アンジェリカが寂しそうにポツリと呟き、皆がしんとなる。流石のエドモンズ三世も、空気を読んで黙っている。
「………着いたぞ」
ラインハルトが最上階に到着したことを皆に告げた。サラがトーチを唱えて部屋を明るくする。続いて部屋に入ったユウキが中を見回すと、10m四方の部屋の奥に高さ3m幅1.5mの石板が立っていて、石板の前に2つの大理石のような白い石で造られた石棺が2つ並んでいる。
「何もないようだな」
「アンジェ、そう決めつけるのは早いよ。石板の後ろにいるヤツ、隠れても無駄だ。出てこい!」
魔法剣を鞘から抜いてユウキが一歩前に出る。それを見てアンジェリカとエドモンズ三世はそれぞれ杖を構えて隣に並んだ。しばらくの間沈黙が部屋の中を支配する。やがて、男の声で笑い声が響き始めた。
「くははははは。はーはははは。良く気が付いたな。流石、ここまで来るだけはある。完全に気配を消していたと思ったんだがなぁ」
「おまけに、スケルトンまで仲間にしているとは。今までの奴らとは違うってか」
石板の裏から悠然と現れたのは、全身を覆う濃茶色の薄汚れたマントを羽織った人物。深いフードを被っており、表情は見えない。
「魔物でもアンデッドでもないね。何者なの? フードを取って」
ユウキが魔法剣を向けて強い口調で姿を見せる様に言う。男はクククと小さく笑うと、フードを取った。
「獣人…?」
フードの下から現れたは金色の毛を持った狐顔の獣人だった。思いがけない登場人物にユウキたちは驚いた。
「そうだ。オレはウル国の妖狐タマモ様に使える死霊術師のザンジ」
「タマモ…? 死霊術師…?」
『妖狐タマモじゃと。本当におったのか?』
「ほう、そのスケルトンは喋る事が出来るのか。ああ、タマモ様はいる。ウル国と我々国民を導いてくださる偉大なお方だ」
「エロモン、知ってるの?」
『噂ではな。儂が生を得ていた頃に聞いたことがある。ウル国の建国の祖の1人で、占いによってウルの指導者を正しい道に導くという。しかし、滅多に人前に姿を現さず、ただの噂の類と聞いていたが…』
「ウルの建国っていつ頃なの」
『今から約千年前じゃ』
(じゃあタマモって1,000歳ってこと!? バルコムおじさんと同い年位ってこと!? 信じられない…。でも、今はそんなことより…)
「ウルの人間がなぜこんな所にいるの?」
「くくく、それを聞いてどうする。答えるとでも思ってるのか」
「答えたくないなら答えなくてもいいよ」
「何だと…!?」
思わぬリアクションにザンジは驚いた様子を見せる。ユウキはニヤッと笑ってパチンと指を鳴らした。その合図と同時にゆらりとエドモンズ三世が前に出る。
「ザンジ…と言ったね。こいつはスケルトンじゃない。死霊の王ワイトキングだよ。知ってる? ワイトキングは生きた者を死霊化してゾンビやワイトにする能力がある」
「…何が言いたい」
「アンタがしゃべらなくても、こいつにアンデッド化させて、しゃべらせれば済むって事。覚悟はいい?」
「…………。結構えげつない事を考える女だな。だから人族は嫌いなんだ」
ザンジは懐から拳大の珠を取り出した。
「何をするつもりなの」
「今から死ぬお前たちだ。特別に教えてやろう。これはウルの秘宝「反魂珠」。死者の魂を呼び戻し、自在に操ることができるのだ」
「何だと! では王家の墓で起こった事態はお前の仕業なのか! 我が祖先の眠りを妨げたのか! 何のために!」
「何のために…か。それはな、ウルの未来のためだ」
(ウルの未来…? エヴァの秘密の任務と何か関係があるのかな…?)
「いずれ、ウルはこの大陸を、世界を手にする。そのためには兵がいる。言っている意味は分るか。オレの任務は言わばそのための実験よ」
「貴様…。そのために我が祖先の墓を穢したのか」
「あはははは! この墓は階層造りになっているからな。実験にはもってこいだったのさ」
「貴様、許さん!!」
ラインハルトは剣を抜くとザンジ目がけて飛び掛かった。しかし、普段穿き慣れないエロビキニパンツのため、思うように足を踏み出せない。ザンジは高笑いすると珠を高く掲げ、小声で何やら呟くと、珠が真っ白な光を放った。余りの眩しさに全員目を瞑る。やがて光が収まり、ユウキたちが目を開けると、石棺のひとつが「ゴゴゴ…」と音を立てて開き、中から1体のアンデッドがゆっくりとした動作で立ち上がった。
「一体何が起こったの…」
ユウキが唖然として立ち上がったアンデッドを見た。アンデッドはミイラと化した男性で、水分を失って乾燥し切り、茶色く変色した肌、虚ろな眼窩、鼻は落ち、剝き出しの歯茎に所々歯が残っていて悍ましい姿をしている。また、ミイラは豪華な装飾が施された古びたプレートアーマーを着ており、手には魔晶石で造られたと思われる、蒼い刀身をした剣を持っていた。ラインハルトもまた、呆然と立ち上がったアンデッドを見つめている。
「まさか、建国の始祖オルソンか…」
「ははは! その通りだ。オルソン、こいつらを殺せ、そしてお前の眷属として従えよ!」
そう言うとザンジは階下に降りる階段に向かおうと皆に背を向けた。そのザンジの前に1人の女の子が立ちはだかる。
「うお! 何だお前は!」
「魔術師改め拳闘士サラ! ラインハルト様と王家に仇名す輩め、成敗してくれる!」
「ほざけ!」
ザンジはダガーを抜いてサラに斬り掛かったが、サラはザンジの動きを見極め、余裕をもって躱すと、両肘を脇にくっつけ、低い姿勢を取り、ダッキングして懐に入ると左からボディーブローを打ち込んだ。
「がは…っ」
強烈なダメージで息が詰まったザンジはカランとダガーを落とし、腹を抑えて前屈みになる。すかさずテンプル目掛けて右ストレートが打ち込まれ、ザンジはオルソンの足元にうつ伏せに叩きつけられた。その拍子に「反魂珠」が服から落ちてコロコロと床に転がる。
「なあユウキ、サラってまだ憑りつかれてるのか? 攻撃力が凄まじいんだが」
「いや、払ったと思ったけど…(ジョーの能力は残っちゃった? 完全に武闘派にジョブチェンジしたって事? 流石のわたしもアレは無理だ。迂闊にからかうのは止めよう)」
「サラが怖い…」
『狂戦士その2じゃな』
ラインハルトとエドモンズ三世が巻き込まれまいと距離を取ってコソコソと小声で話す。一方殴り飛ばされたザンジはテンプルに受けたダメージで頭の中が搔き回され、体を起こすのが精一杯になっていた。
「く、くそが…。た、珠を…。ぎゃあっ!」
服から転げ落ちた「反魂珠」を拾おうと手を伸ばしたが、それより先にオルソンが茶色く干からびた皺だらけの手を伸ばし、「反魂珠」を拾うと、魔晶石の剣で背中からザンジを貫いた。
ユウキたちはオルソンの一連の行動を驚きをもって見ていた。ザンジの息の根を止めたオルソンはユウキたちに構わず、「反魂珠」を持ったまま、隣の石棺を開け、1体の骸骨を抱え上げた。
『アメリア…ワガ愛スル妻ヨ…。ワタシハオマエヲ必ズ蘇ラセル…。ソシテ、ラミディアノ地ニ、フタリノ千年王国ヲ築クノダ…。ソノタメニハ、伝説ノ存在トサレル邪龍…ヤツの血ガ必要ダ。ワタシハ奴ヲ探ス』
そう呟くと、足元に魔法陣を展開し、アメリアの遺骨を抱いたままどこかに消えた。
「転移魔法を使うなんて…」
「一体どこに行ったんだ?」
「分からない。邪龍ガルガって言ってたね。ウルの件もあるし、わかんない事だらけだよ」
「悩んでいても仕方ない。幸い王家の墓の清浄化は果たされた。とにかく戻るとしよう」
ラインハルトの提案に全員同意し、長かった王家の墓に関する任務は終りを告げた。下に降りる階段に向かう一行。最後尾を歩くユウキにエドモンズ三世が声をかけた。
『ユウキ』
「どうしたの?」
『ヴェルゼン山で出会ったヘルゲストたちを覚えとるか』
「うん、それがどうかしたの?」
『奴らもまた、邪龍を探していると語っておったな』
「だったっけ?」
『お主は忘れっぽいのう。間違いないぞ、奴らも邪龍を探し求めている』
「イヤな予感がするね。ウルの動きも気になるし…、エヴァの任務も関係してるのかな。でも、考えるのは後にして、今は町に戻ろう。もう疲れちゃった」
『うむ…。じゃが、気を付けるに越したことはないぞ』
「うん、わかってる。ねえ、エロモン」
『なんじゃ』
「わたしの事、ずっと助けてくれるよね…」
『何を言うかと思えば…。当たり前じゃ、儂を誰だと思っておる。死霊の王ワイトキングじゃぞ。そしてお主の父親じゃと自負しておる。親が娘を助けるのは当たり前じゃ。それに、アース君やアルフィーネもお主の弟や妹みたいなものじゃ。姉弟助け合うのも当然じゃ』
「ふふ、ありがとう」
ユウキは黒真珠のイヤリングにエドモンズ三世を戻すと、胸の真理のペンデレートにそっと手を触れ、中の眷属たちと想いを繋ぐのであった。




