第387話 ラインハルトとサラの想い
ユウキたちは王家の墓6階に到達した。3階ではゾンビの群れに絶叫し、第11代の王と自称していた剣士のアンデッドと戦って浄化した。4階では全身真っ白で円筒形の細長く、先端が丸まった形をし、両脇に数本の短い触手をもってうねうね動く謎の物体の集団に恐怖し、第7代の王と呼称する白骨騎士を全員でボコボコにして完全破壊した。
続く5階ではゾンビ化した巨大ネズミの襲撃を撃退し、再び現れた小豆を洗うジジイを蹴とばし、壁のように立つ板状のバケモノに全員で恥ずかしい落書きをして泣かせ、現れたボスアンデッド、エルダーゾンビと化した第6代国王ベイツと激し…く戦わず、さっさと魔法の炎で焼き尽くして5階も全て浄化したのだった。
「あと3階か…。もう一息だけど、疲れたな…」
「私も少し疲れた。尿意も限界」
『ユウキ、この階には魔物の気配がないぞ』
「ホント!? じゃあ、少し休憩しましょう。念のため、エロモンは見張りをお願い」
『任せよ。アンジェの濡れパンの匂いを嗅ぎながら見張ろうっと』
「やめてぇ~!!」
ユウキはマジックポーチからシートを出して広げ、魔道コンロとポットを置いて湯を沸かし始めた。その間、サラは近くの部屋に土魔法で穴をあけて壁を立て、簡易トイレを作った。完成と同時にアンジェリカが駆け込む。サラは部屋の入口に立って周囲を警戒することにした。
シートにラインハルトが座る。ユウキは2つのカップにお茶を注ぎ、1つをラインハルトに手渡した。
「すまない」
2人は黙ってお茶を飲む。ユウキは改めてラインハルトを見た。歳はユウキと同じくらいに見えるが、魔族なのでもう少し上かも知れない。少し癖のある金髪、魔族特有の紫色の瞳、整った顔立ち。しかし、第1王子のガリウスのような覇気は無く、人のよさそうな優男に見える。とても策を弄して人を貶めるようなタイプではない。
「ねえ、聞いていい?」
「どうぞ」
「どうして、わたしたちを騙すようなマネをしたの? 貴方を見てると、策を弄して人を貶めるタイプには、どうしても見えないんだけど…」
「……私は」
「?」
「私は何をやってもダメな男なんだ。ガリウス兄さんは剣技も魔術もラファールに並ぶ者なしと言われ、智謀にも長け、情に篤く、大胆な行動力と決断力を併せ持っている。次期国王として国民の支持率も高い。だけど私は…」
「私は武術も魔術も人並程度。知略だって優れてる訳ではない、ただ顔がいいだけのお人好しだ」
「うん、まあ…、そんな感じだね」
「こんなだから兄妹仲も良くなくてな。ガリウス兄さんはともかく、下の弟や妹はあからさまにバカにしてくるんだ。だが、そんな中でも両親は私に期待をかけてくれている。先の魔物の群れに対する王都の最終防衛ラインを任せてくれたのもその表れだと思ってる。まあ、魔物は全て君らが退治して私の出番はなかったが…」
(期待されてる…。ホントかな? 最終防衛ラインの兵は少なく、とてもそうは思えなかった。きっと本当の防衛は親衛隊だったんだ。なら、王子の役割は…? それに今回の任務…。もしかして本当に期待されてないんじゃ…)
「君らを害する気持ちなんてこれっぽちもなかった。魔物の群れを一蹴するほどの実力を持つ君らの事を調査した上で、この国に危険が及ぶものでないと判断した時点で解放するつもりだったんだ。まあ、あのような手段を取ったのは、今となっては浅はかだったと思うし、君らが暴れた結果も私の不徳が招いた結果だ。自業自得だよ」
「やはり、やはり私は、無能者さ…」
「へっぽこ…」
「王子は無能でもお人よしでもありません!!」
「サラ…」
いつの間にか戻ってきたサラが涙目でプルプルと震えながら立っていた。そして、ボロボロと涙を零すともう一度同じセリフを叫んだ。
「王子は無能じゃありません! いつも国民に寄り添って、国民のために役に立とうと頑張ってます! あたしは知ってます。貧しい人、立場の弱い人に手を差し伸べ、助けてあげているのはラインハルト王子だけです! 小さい頃から危険も顧みず1人でスラムに来て、自分のお小遣いで買ったパンを飢えた人々に分け与えてくれた。そんな事、今の王族誰もしたことない!」
「あたしはスラムの出身です。両親が死んで、飢えて薄汚れて道端に転がって、生きるのを諦めていたあたしに王子はパンを与えてくれた。それであたしは生き延びる事が出来たんです。あの時の王子の優しい顔は一生忘れることはありません。うう…ぐすっ」
「王子は…、ラインハルト王子こそ、この国の王様になるべき人なんです…。なのに、みんな王子を使えない人扱いして…。本当の王子は優しくて暖かくて、素晴らしくて…、ふぇええええん!!」
「サラ…、ありがとう」
「ラインハルトさまぁ~。わぁあああん」
ラインハルトにしがみ付いて泣くサラを見ながら、ユウキはこの王子は自分が思ったほど悪い人間ではないのかも知れないと思った。小用を終えて戻ってきたアンジェリカが隣に座って2人を見つめている。
「ユウキ」
「うん、わかってる」
「ねえ、へっぽこ王子。どうせならこの王家の墓のバケモノどもを全部浄化し、何でこうなったのか原因究明して元を断ちましょう。そして、貴方をバカにする奴らを見返すのよ。大丈夫、わたしたちも頑張るし、何より貴方にはサラがついてる」
「私たちは借金返済のためだけどな…」
「………そうだ。ああ! 私はやるぞ、王家の墓を元通りにし、自分自身の弱さにピリオドを打つ。私を信じてくれる人のためにも!」
「その意気、その意気」
ラインハルトが立ち上がって吼える。その凛々しい姿にユウキはパチパチと拍手をし、サラは「ステキ…」とうっとりしている。お茶を飲んでいたアンジェリカの隣にエドモンズ三世が座った。
『いい話じゃのう』
「エド、聞いてたのか」
『まあの、魔物の気配もなく暇じゃったから』
『どうじゃな、せっかく4人がひとつになったんじゃ。お互いの懇親を深めるため、あだ名で呼び合うのは。カッコいいと思わんか』
「別に思わないよ」
「名前でいいじゃないか」
『そうじゃな。儂が付けて進ぜよう』
「いや、いらないって」
『粗チン』→ラインハルト(かわいそう)
『剛毛』→サラ(アソコの毛がボーボーだから)
『寝取られ』→アンジェリカ(言わずもがな)
『おっぱい』→ユウキ(見たまんま)
『どうじゃ。気に入ってもらえれば幸いなのじゃが』
「気に入…る訳、無いでしょーーー!」
『ぎゃああああああ!!』
全員にボコボコにされ、ボロボロになった姿で床に転がるエドモンズ三世を見て全員で大笑いした。死霊の王と呼ばれ、恐怖と畏怖の対象であるワイトキングがユウキによって床の上で「シェー」のポーズにされている。アンジェリカが今のはエドモンズ三世流の場の和ませ方だとラインハルトとサラに教えてくれた。ポーズをとりながら「シェー」と言っているエドモンズ三世の側で、ユウキが手を叩いて笑っている。その様子がなんだか可笑しくて、ラインハルトは今まで抱えていた鬱屈した心が晴れていくのを感じるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2時間ほど休憩して疲れを癒したユウキたち4人とエドモンズ三世は、6階の各部屋を確認し、特になにもない事を確認すると、7階に上がるために階段を探した。
「あ、あそこに階段があるよ」
北側奥のひとつだけ石棺がある部屋に入ったユウキは片隅に階段を見つけた。サラのトーチを重ね掛けし、しっかりと明るさを確保した後、ユウキを先頭に階段に足を乗せた。その時「カタン…」と小さな音が最後尾を歩いていたラインハルトの耳に入った。
「王子、どうなさいました?」
「いや、物音が聞こえたような気がしたんだが」
「どうしたの?」
「ユウキさん、王子が何か物音を聞いたって…」
「物音?」
ユウキはしばらく聞き耳を立ててみたが何も聞こえない。
「何も聞こえないけど…」
『………。ユウキ、あの石棺じゃ!』
エドモンズ三世の指摘に石櫃を見る一行。ゴゴゴ…と蓋がズレる音がして、ガタンと音を立てて床に落ちた。全員ごくりと唾を飲み込んで棺を見つめる。すると…、金属籠手を着けた骨の手がヌウッと出てきて、棺の縁を掴むと、棺の主が上体を起こして姿を現した。
「骸骨騎士…」
見事な装飾が施された金属兜とプレートメイルを装備した骸骨騎士は、棺から出ると腰の鞘から剣を抜いた。
「エロモン、この階には魔物の気配がないんじゃなかったの」
『すまぬ。じゃが、こ奴の気配が感じられなかったのは本当じゃ』
ガシャンガシャンと金属が擦れ合う音をさせ、ユウキたちに近づいて来る。ユウキは魔法剣を構えたが、その前にラインハルトが進み出た。
「こいつは私に任せてくれないか」
「へっぽこ、いけるの?」
「いい加減、正しい名前で呼んでくれないか。先ほども言ったが、自分自身を変えたいんだ。頼む、任せてくれ」
「わかったよ。ただ、危ない時は助けに入るからね」
「ああ!」
ラインハルトは骸骨騎士の前に立つとロングソードを鞘から抜き、両手で構えた。ユウキはその姿を見て、あることを思い出した。
(マクシミリアン様と同じだ…。自分自身を変えたい…か。王族にとって必要だけど、心まで変えないでね。そして、貴方を思っている人を絶対に裏切らないで大切にしてね…)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『儂の眠りを妨げる者はお前たちか。何故、儂を目覚めさせる』
「(目覚めさせる?)私たちはアンデッド化した死人を浄化するために来た。貴方こそなぜ目覚めた」
『判らぬ。儂は生を終え、永遠の眠りについたはずだった。しかし、「戦え」と何者かの声が聞こえ、気が付いたら目覚め、お前たちがいた』
「声とはなんだ!?」
『判らぬ。オマエは目覚めた儂を再び眠らせるというか』
「そうだ」
『なら、戦え。戦って力を示せ。儂はラファール第4代国王ガリアン。貴様の名を聞こう』
「第17代国王オスカーが一子、ラインハルト!」
『ほう…、ラインハルトと申すか。ラインハルト、貴様の力、儂に見せてみろ!』
「望むところ! 永遠に眠れ、ガリアン王!」
ガリアンと名乗った骸骨騎士がロングソードを袈裟懸けに振り下ろした。それを頭上で受けるラインハルト。甲高い金属音と共に火花が飛び散る。素早く剣を引いたガリアンは連続の突きを放ってきた。
「ぐっ…、くそ…」
『カハハハ。その程度か小僧!』
高速で迫る突きをラインハルトは何とか剣を合わせて弾くが、全てを躱すことはできず、傷を負う箇所が増える。痛みに顔を歪ませながらも、反撃のチャンスを伺う。そしてそれは来た。ガリアンの突きに剣を立てて合わせ滑らせて躱す。力を受け流されたガリアンがつんのめって体制を崩した。応援しているユウキたちが、思わぬチャンスに歓声を上げる。
「へっぽこー、チャンスだよっ!」(ユウキ)
「頑張れー! いっけー!」(アンジェリカ)
「何よ、妬ましい…」(サラ)
ぴょんぴょん飛び跳ねて応援するユウキとアンジェリカの激しく躍動する巨乳を見て、妬みの視線を送り、魔族の貧乳体質を呪うサラであった。
「だぁあああっ!」
『ぬぅ!』
体勢を崩したガリアンの背に上段からロングソードを振り下ろされる。決まった!と誰もが思った瞬間、ガリアンは強引に上体を捻ってラインハルトにぶつけ、一撃を空振りさせる。一方、体当たりを受けたラインハルトは「ぐうっ」とくぐもった声を出して、体を折り曲げ、たたらを踏んで数歩下がる。
『ククッ、その程度か、未熟者め。ヌォオオオッ! 轟炎剣!!』
ガリアンの持つ剣が魔力を得て真っ赤な炎に包まれ、周囲を明るくする。急速に間合いを詰めたガリアンが力任せに炎の剣を叩きつけてきた。ラインハルトは何とか体勢を立て直し、下から斬り上げて迎撃する。再び激しい金属音が響くと同時に「バキン!」と音がしてラインハルトのロングソードが二つに折れ、回転しながらアンジェリカとサラの間を掠めて壁に突き刺さった。
「ひっ、ひえっ…。あぶなっ…」
「…びっくりして、おしっこ漏らした…」
『にゅほほほほ。儂の「アンジェ濡れパンコレクション」が、充実していくのう』
「け、剣が…」
『ガハハハハッ! 剣が無ければ戦えまい。大人しく轟炎剣に焼かれるがよい』
「まだだよっ! へっぽこ、これを受け取って!」
声のした方を振り向くと、自分に向かって魔法剣が飛んでくるところだった。ラインハルトは魔法剣の柄を掴むと、剣を投げて寄越した相手、ユウキを見る。
「頑張れ!」
ユウキがぐっと拳を握り、肘を曲げて前方へ突き出した。ラインハルトは頷くと魔法剣を両手に持ち、正中の構えを取る。
(私は、私自身と、私を信じてくれる者ののため、必ず勝つ!)
「うりゃああああっ!」
叫び声をあげ、気合を入れたラインハルトは床を蹴って正面からガリアンに向かって突っ込んだ。ガリアンも轟炎剣を下段から振り上げて迎撃する。間合いに入ったラインハルトとガリアンの凄まじい剣激の音が階中に響き渡るのだった。




