第386話 デュラハン「ヴォルフ」登場!
一階を無事(?)突破して2階に上がったユウキたち。メイド幽霊の後も赤ん坊のように泣くジジイの魔物やいきなり砂を投げつけてきたババアの魔物とか、アンデッドが出たと思ったら両腕を右に左に振って踊っているスケルトンの群れだったり、つばの広い三角帽子をかぶって管の長きキセルを咥え、ギターを弾く怪しげな風来坊だったりと、明らかに変な魔物しか出てこなかった。ユウキは困惑しながらもそれらを魔法剣で斬り捨て、ターンアンデッドで昇天させて1階を清浄化したのだった。
「2階か…。強い怨念のエネルギーを感じる。1階とは雰囲気ががらっと変わったね」
「うむ、王家一族は2階から上が本来の墳墓なのだ。1階は王の側室とか側仕え、殉死した者とかが葬られる場所なのだが…。とてもそんな感じではなかったな」
「この王子は偉そうに…。全然役に立たなかった癖に」
「ラインハルト様に対して失礼な物言いですね。乳が大きいからって生意気よ」
「ふーん。わたしのこのお胸、羨ましいんでしょうー」
「羨ましくない。ぜんっぜん羨ましくないんだから!」
「ユウキもサラも止めないか。とにかく、ここからは慎重に行くぞ」
『困ったもんじゃの』
ガリウス王子から貰った平面図を見ると、2階は階段から真っ直ぐ進むと広い祭壇があって、その奥に3階に進む階段があるようだ。ただ、通路途中にも入口が解放された部屋がいくつかあって、アンデッドの巣窟になっている可能性がある。ここは慎重に進むことを確認し合い、奥に向かって進み始めた。
「トーチ!」
サラが魔法で周囲を明るくする。魔法の明かりで浮かび上がった墳墓内は沈鬱な雰囲気が支配し、通路脇の部屋に蠢くアンデッドの気配が充満している。
『ユウキよ、ここは下のようなおちゃらけた雰囲気はないぞ。どんな強力な魔物が出るかもしれぬ。十分気を付けるがよい』
「わかった。前衛はわたしとエロモン。中衛はアンジェとサラ、最後尾はへっぽこ王子で行くよ。アンジェとサラはいつでも魔法を撃てるようにしてね」
隊列を整え、十数mも進むと最初の部屋に当たった。ユウキとアンジェリカがそーっと覗いて見ると奥に棺が3つ並んでいて、左右の棺の上に薄汚れた鎧を着たスケルトンが座り、光の無い眼で入り口を見ている。ユウキたちが中に入ると悠然と立ち上がり剣を抜いた。さらに真ん中の棺から豪華なドレスを着て赤い宝珠が輝く杖を持ったスケルトンが立ち上がった。
「これは…。中々の相手かも」
「どうするユウキ」
「そうだね…。右の剣士はわたし。左はへっぽことサラ。真ん中の魔術師はアンジェとエロモンでやろう。みんな同時にかかるよ。準備はいい?」
ユウキの合図でアンジェリカとエロモンが真ん中のドレスを着たスケルトンに向かったが、ラインハルトは剣を構えたままガタガタ震えて動こうとしない。側でサラが困ったような顔をしてスケルトンとラインハルトを交互に見ている。ユウキは舌打ちをしてラインハルトの背中を思いっきりどやしつけた。「バシーン!」と景気のいい音がしてラインハルトがつんのめる。
「何やってんのよ、男でしょ。勇気を出しなさい! このままじゃアンタだけじゃない、サラも殺られるよ。男なら女の子を守りなさい! 大切な人を守りなさい! もし、サラを見捨てたら…、その時はわたしはアンタを殺す!」
厳しい口調と視線でラインハルトを叱咤し、自分の倒すべき相手に向かったユウキ。ラインハルトはその背中を見る。自分に比べて小さい背中なのに、とても大きく見える。それに比べて自分は何て矮小なのだと思った。ふと、隣にいるサラの顔を見る。小さい頃から自分に付き従ってきた少女。ラインハルトはグッと剣を握りしめて、自分が戦うべき相手に向かうのだった。
ユウキは右の骸骨戦士に向かって袈裟懸けに魔法剣を振り下ろした。骸骨戦士は剣を横に構えユウキの一撃を受け止め、剣を滑らせて体勢を崩させると、カウンターを当ててきた。ユウキは小さく剣を振って跳ね返し、すかさず横薙ぎから切り上げの連続攻撃を仕掛けるが、骸骨戦士は全て剣を当てて防いだ。剣と剣がぶつかり合い、甲高い金属音と火花が飛び散る。ユウキはバックステップで離れると一旦距離を取った。
(コイツ…、かなりの手練れだ。なら…)
「ダーク・フレイム!」
漆黒の炎が骸骨戦士に迫る。骸骨戦士は剣を大きく振って炎を切り裂いた。2つに分かれた炎の間から黒髪の美少女が飛び込んで来たのが見えた。咄嗟の事で対処が遅れた骸骨戦士の動きが止まる。ユウキは魔法剣を縦に横に薙いで骸骨戦士を切り裂いた。そして、再び漆黒の炎の魔法を呼び出すと、バラバラになった骸骨戦士の残骸を焼き尽くしたのだった。
「くそ、私だって!」
「王子!」
骸骨戦士と斬り結んでいるラインハルトだが、剣技は相手の方が上で、剣圧に押し込まれそうになる。しかし、負けるわけにはいかない。全身の力を腕に込めて耐える。埒が明かないと考えたのか、骸骨戦士が一旦剣を引いた。
「王子! 魔法を!!」
「わ、わかった」
骸骨戦士が離れたのを見たサラが大きな声を上げた。その声に反応したラインハルトは魔法を唱えようと剣の柄から手を離したが、手練れの骸骨戦士は、その一瞬の隙を狙って突っ込んできた。
「うわ、うわわ!」
「王子危ない! ファイアボール!」
ラインハルトの危機にサラがファイアボールの魔法を唱える。炎の玉はラインハルトを斬り裂こうとした骸骨戦士の頭に直撃して炎に包まれた。
『…………!!』
「王子、今です!」
「お、おう! だああああっ、トルネードランスッ!」
頭が炎に包まれ藻掻く骸骨戦士に高速回転する風の槍が突き刺さる! 「バキィイイン!」と音がして骸骨戦士の上半身が粉々に粉砕され、下半身ががっくりと膝を着き、床に倒れ落ちた。
「や…やった、のか…」
「王子! お怪我はありませんか!」
「あ、ああ…。大丈夫だ。助かったよサラ」
「いえ…、私はそんな。もったいないお言葉です」
「2人とも大丈夫!?」
倒れた骸骨戦士の半身を見ながら佇む2人の許にユウキが駆け寄ってきて、無事を確認した。それから大切な親友と親同然のアンデッドはどうなったかと視線を向けると、魔術師のアンデッドは全身を凍らされ、暗黒の槍の打撃で粉々に砕け散ったところだった。
「アンジェ、エロモン!」
「ユウキ。はは、中々の魔物だったが、何とか倒したぞ」
『ここまで砕け散れば、復活することはあるまいて』
「2人とも流石だね。へっぽこ王子も何とか相手を倒したし、先に進もう」
「しかし、ようやく王家の墓らしいアンデッドが現れたな。1階とのギャップが物凄いな」
5人はアンデッドの残骸を棺に納めて蓋をした後、サラの土魔法で厳重に固着させて二度と開かないようにすると、部屋を出て先に進むのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここが祭壇か…。階段はこの奥だね」
2階の一番奥、祭壇のある広い部屋に出た。資料によるとここは死者の魂を天に送る葬送の儀式を行う場所と書かれている。周りを見回すと部屋の片隅に3階に上がる階段を見つけた。
「あそこに階段がある。行きましょうか」
『待てユウキ、何か来るぞ。祭壇じゃ』
「えっ!」
エドモンズ三世の声に全員が祭壇を見ると、祭壇前の空間が揺らぎ、その中から鎧に覆われた首なしの馬に跨った首なしの騎士が現れた。片手で手綱を持ち、もう片手で兜を被った頭を抱えており、兜の奥で不気味な赤い目がのぞいている。そして、馬の胴に巨大な剣、ツヴァイヘンダーを括りつけていた。
「これって、もしかして…」
『デュラハンじゃな。アンデッドの中でも上位の部類じゃ』
デュラハンが手綱を引くと、首なし馬が「ブルル」と唸る。脇に抱えられた兜の奥の眼が怪しく光り、心の中に語りかけてきた。
『神聖なる王家の陵墓に何用ぞ』
デュラハンは手綱を離すとツヴァイヘンダーをスラリと抜いた。巨大な両手剣を片手で扱う膂力に、どれほどの実力の持ち主なのかと想像し、ユウキの背筋を冷たいものが走る。しかし、墓に巣食うアンデッドは全て浄化せねばならない。ユウキは1歩前に出て悠然と剣を構えるデュラハンに語りかけた。
「わたしたちは死者の魂を浄化し、天に送るために遣わされた者。デュラハン、死して現世に留まる哀れな魂よ。現世への理を断ち切り、天に召されなさい!」
『ほう、ラファール国第十三代国王ヴォルフに向かって哀れと抜かすか』
「ヴォルフだって!!」
「知っているの? へっぽこ王子」
「ああ、ヴォルフ国王は今から300年前に君臨した祖先で、別名「ラファールの獅子」と呼ばれた勇猛果敢な常勝将軍として知られている」
『そうよ、25戦23勝2分け、無敗の常勝将軍とは我の事。もっともっと称えるがよい。我は褒められて伸びるタイプなのでな。それはそうと、我の事を知るということは、お前は我の子孫か? ひょろい優男ではないか、肉を食え肉を!』
「…ちょっと威厳が崩れてきたね。ヴォルフさん、アンデッドとして居られると皆が迷惑するので、天に召されてくれませんか」
『やだ!』
「やだって、子供じゃあるまいし…」
『我には未練がある。それを成就しない事には成仏出来ん』
「未練とはなんだ?」
『ほう、聞きたいか』
「いや別に」
『では語ってやろう。ただし、少々長くなるぞ。我はラファールの国土やこの国に住まう民を守るため、我はずっと戦いに明け暮れていた。初陣を飾ったのは15の時だったか…』
「自分語り始めちゃった」
「聞かなくてもいいって言ったのにな。仕方ない、お茶でも飲みながら聞くか…」
『…………と言う訳で、国民は我を褒め称え、慕ってくれた。我は満足だった。この国の安寧をこの手で守ったことがな。やがて、年老いた我は死を迎え、この世から去ろうとしたのだが』
『死の間際、はたと気付いた。そういえば我は嫁を娶っておらなんだという事に!』
『嫁も娶らず、女子の味を知らず「どーてー」のまま死んでもよいのか。と思ったが後の祭り、我の意識は闇に沈んだ…。その後、どの位の時間が経ったろうか、我はデュラハンとして目覚めたのだ』
「どっかで似たような話があったね…」
『だから我は理想の嫁を手に入れるまでは天などに召されぬ! ちなみに、好みはというとだな、背は小さく、ちょっと小悪魔っぽい系の顔立ちをしたロリ顔美少女で、髪はショート。胸は当然巨乳で、アソコはツルツルでなきゃいかん。簡単に言えばだな、そう、所謂「ロリ巨乳」だ。そこの黒髪と金髪の女も巨乳だがロリではないから対象外だな。ど貧乳の魔族の女は論外だ』
「わあ、嬉しい」
「好みの注文が多い奴だな」
「ただの変態です!」
『まあ、待つのじゃ』
『誰だお主は』
『儂は死霊の王、ワイトキング「エドモンズ三世」じゃ。今より300年前イザヴェル王国の基礎を築いた賢王とは儂の事よ』
『知らんな』
「ぷふっ…」
「笑うなよユウキ。くくっ…」
『…まあよい。ヴォルフよ、可愛い嫁に幻想を持つのも結構じゃが、現実は甘くないぞ。なまじ若くて可愛い嫁を貰ったと仮定しよう。夫たるお主は理想の嫁を貰ったと有頂天じゃ。だがしかし、その女が自分を愛していると断言できるか? 自分が愛しているのだから相手も愛しているはずだと言い切れるか?』
『貴様、何が言いたい』
『ヴォルフ、女は最初だけいい顔して直ぐに裏切るぞ、キモイ、ウザい、ド変態、寄生虫に加齢臭とか言われて唾を吐かれ、挙句の果てに浮気をして若いイケメン男とズッコンバッコン。終いにゃ浮気男の子を宿し、愛の生活に邪魔だからと罪をでっち上げられ、幽閉されて寂しく死ぬのが落ちじゃ』
「ユウキ、この話って…」
「うん、全部エロモンの実話」
「壮絶だな」
『ウ、ウソだ。我の嫁が、ミルキーちゃんがそんなことをする訳がない!』
『だが、100%否定できまい』
「想像のお嫁さんに名前つけてるよ。キモ」(ユウキ)
「ド変態すぎる。ヤダぁ」(アンジェ)
「ロリ巨乳でミルキーちゃんて…。バカじゃない?」(サラ)
『ほら、この反応。これが女というモノよ。夢を見るのはいい。じゃが、現実を知り、嫁は夢として心に抱いて滅するがよい』
『ウォオオオオ! 貴様の戯言なぞ信じぬ。我を惑わす不埒者め。剣の錆にしてやるわ!』
デュラハン・ヴォルフはツヴァイヘンダーを大きく振りかぶり、手綱で首無し馬を叩いて突っ込んできた。ユウキはアンジェリカたちを制し、エドモンズ三世を下げると、ヴォルフの正面に立って浄化の魔法を唱えた。
「めんどくさ…。ターンアンデッド!」
『ぐわぁああああ! 消える…。我が消えてしまう…。嫁も貰わんうちに消えてしまう。いやだ、どーてーのまま天に召されるのはイヤだぁあああ!』
「大丈夫だよ。わたしもまだ経験ないから」
「何の慰めにもなってないぞ」
『イヤダァアアアアーーー!!』
威厳を持ち思わせ振りな登場をしたデュラハンだったが、ターンアンデッドの前に光の粒子になってあっけなく消えていった。ユウキたちの胸に強烈な印象だけを残して。
「ラファールの獅子ではなく、ラファールの変態だよ、アイツ」
「ロリ巨乳って…。濃い性癖だったな~」
「表の勇猛さに隠された秘めたる思いか…。人は様々な思いを持って生きているのだな」
「何カッコいい事言ったつもりになってんのよ。この、へっぽこ王子は」
「王子はへっぽこじゃありません! バカなだけです」
「全然フォローになってないぞ」
『あ奴とは分かり合えそうだったんじゃがな。残念じゃ』
様々な思いを残したデュラハン・ヴォルフは消滅した。これで2階の魔物も浄化された事になる。ユウキたちはさらなる上を目指して進む。借金返済のために。




