第384話 廃坑道へ
エヴァリーナはレアシル廃鉱山の坑道入り口に立っている。邪龍が存在するという証拠の在処を求めて、いよいよ廃坑の中に入るのだ。着き従うのはミュラー、リューリィ、レオンハルトとアルテナの4人。その他のメンバーは重症のフランとルゥルゥを連れて山小屋に引き返し待機するように命じた。エヴァリーナたちが一定期間を過ぎても戻らない場合はソフィとティラが全員を連れて帝国に帰国し、指示を受けるようにと申し伝えた。
「しかし、サーグラスの野郎、今度会ったらぶっ飛ばしてやる」
「本当ですね。でも、これでレオンハルトさんの推測が当たったと確信できました」
「なら、ラサラス王女が危険ではなくて?」
「そうだな…。ハインツのアホが上手く気付いてくれりゃいいんだが…」
「おい、行くぞ」
「わかった! 俺たちは俺たちの任務を全うするだけだ。アルテナ、案内を頼むぞ」
「うん、任せるのだ!」
レオンハルトの合図で一行は廃坑の中に足を踏み入れた。エヴァリーナはラサラスや残してきたハインツとタニアが心配だったが、自分には何も出来ることはないと、今は自身の任務に集中する事にした。
廃坑の入口はレンガでトンネル状に形作られ、トロッコ用の錆びたレールが奥まで続いている。しかし、明かりなどは全く無く、真っ黒な闇に吸い込まれそうな感じがする。
「トーチ!」
リューリィが明かりの魔法を唱えた。パアっと周囲が明るくなる。前衛はミュラーとリューリィ。後ろにエヴァリーナとアルテナ。最後尾に荷物を背負ったレオンハルトが続く。坑道内は静かで、5人の足音だけが響いている。邪龍の存在が記されたという石碑までは地図があるので、分岐や側道に迷うことはないが、徐々に下りがキツくなってきた。
「歩きにくくなってきましたわね。アルテナ姫、足元は大丈夫ですか」
「う、うん。全然平気なのだ」
廃坑道は奥に進むにつれ狭くなってくるが、それでも幅2m、天井までの高さは5mはある。ただ、洞内温度は外より高いことから冬装備では暑く、汗が出てくるようになって体力を消耗する。特にエヴァリーナとアルテナの顔に疲労の色が濃い。見かねたレオンハルトが先頭を行くミュラーに声をかけた。
「ミュラー、ここらで休憩しないか? エヴァリーナさんとアルテナ姫が苦しそうだ」
エヴァリーナの汗だくの顔を見てミュラーも休憩することに決め、リューリィと休める場所を探しに行った。
「ありがとうございます、レオンハルトさん」
「いや、この先何があるかわからない。休める時には休まないとな」
話をしているとリューリィが1人で戻ってきて、この先に休める場所があるので移動しようと言ってきた。エヴァリーナとアルテナは疲労で重くなった体を引きずって、リューリィの後に着いて行った。
案内された場所はちょっとした広場になっていた。天井までの高さは変わらないが、通路幅が10m位あって、地面も平坦になっていて休憩しやすくなっていた。レオンハルトは荷物を降ろすとシートを広げてエヴァリーナとアルテナを座らせると、小型の湯沸かし器でお湯を沸かし、カップに入れて2人に渡した。
「お茶でもあれば良かったんだが、我慢してくれ」
「いいえ、十分に有難いですわ。ありがとうございます」
「ふーっ、ふーっ…。ふあ~生き返るのだぁ~。ありがとう、得体のしれない男」
「まだその認識かよ…」
湯を飲んで休んでいると、先を確認に行っていたミュラーとリューリィが戻ってきた。2人もシートに座ると見てきた結果を説明する。
「大丈夫かエヴァ、アルテナ。先の状況を報告するぜ。リューリイ、頼む」
「はい。この先はかなり複雑に枝分かれした構造となってます。地図がなければ完全に迷ってしまいますね。地図に従って進んだのですが…」
「何か不都合でもありまして?」
「そうなんです。石碑に続く坑道が崩落していて幅10m程の断崖になってしまっているんです。回り道もありそうですが、かなりの距離を歩かなきゃです」
「崖は降りられませんの?」
「男連中なら大丈夫だが、エヴァとアルテナは厳しいな」
「そうですの…。でも、回り道すると時間も掛かるんですのよね…。なら答えは一つですわ。最短距離を行きましょう。私たち頑張ります」
「わかった。レオンハルト、ロープは持ってきたよな」
「ああ、丈夫なのがある」
レオンハルトは荷物の中からっロープを取り出してミュラーに手渡した。強度を確かめたミュラーは納得した顔で頷いた。
「よし! これならエヴァの体重でも大丈夫そうだ」
「どーゆー意味です失敬な。私はそんなに重くありません! バカアホミュラー!」
「わはははは! いつもの調子が戻ったな。じゃあ行くか」
(え…、もしかして元気づけてくれたのですか? ミュラー…。この任務が終わったら、ユウキさんのエロエロパンツ、全部差し上げますね)
ポンと軽く背中を叩いたレオンハルトに笑顔を返し、アルテナの手を取って歩き出したエヴァリーナは、先ほどまで感じていた不安感がすっかり消え、気力が戻ってきたように感じるのであった。
「ここですの? 崖というのは…」
「そうだ、レオンハルト、ロープを頼む」
「わかった。リューリイ君、手伝ってくれ」
「はい」
レオンハルトは崖の岩盤にハーケンを打ち込んだ。リューリィはハーケンがしっかりと固定されたのを確認すると、ロープの先端を輪に通し、もやい結びをする。その間、レオンハルトは崖の縁をハンマーで削り、ロープを通す溝を堀った。
「この溝は何の意味があるんですの?」
「ああ、溝にロープを這わせることで、角度を緩くし、縁で擦れて切れるのを防ぐのさ」
「まあ、さすがレオンハルトさん。物知りですわね」
「ほうほう、アルテナもびっくりなのだ。褒めて遣わすぞ、得体の知れない男よ」
「いい加減名前で呼んでくれないか…」
「結び終えましたよ」
「よし、最初はオレから行こう」
レオンハルトはロープを手に取り、2,3度ギュッと引っ張って固定されているのを確認すると、ぴょんと後ろ向きに軽く飛んで手の力を緩めてを繰り返し、大柄な体に似合わず軽快な動きであっという間に下まで降りて行った。
「周囲の安全確認をする。リューリイ君、明かりの魔法をくれ」
「了解です。トーチ!」
崖の下が魔法で明るくなり、視界が大きく広がった。レオンハルトは慎重に周囲の確認をするが、特に危険な感じはしない。これなら大丈夫かと、全員に降りてくるよう声をかけた。
「よし、まず荷物を降ろす。それからエヴァ、アルテナ、リューリィ、最後に俺の順で行くぞ」
全員が頷くのを確認して、ロープに荷物を結びつけ、ゆっくりと降ろした。レオンハルトが荷物をほどき終えたと合図を送ってきた。ミュラーはロープを全部上にあげると、先端をエヴァリーナの腰回りに二重に巻いて結びつける。そして、自分の顔あたりでしっかりロープを握るように言った。
「いいか、俺とリューリィでエヴァを降ろすから、動くんじゃねえぞ。怖かったら目を瞑ってろ」
「は、はい…」
「よし、一度抱っこして少し下ろすからな。よいしょ、意外と重いな…」
「重くなんかありませんわ! ミュラーのバカ!」
「あ、暴れるなよ。危ないだろ」
ミュラーとリューリィはエヴァリーナを崖の縁からゆっくりと少しずつ降ろし始めた。体重が重い発言でぷんすか怒る彼女は気付いていなかったが、下で待ち受けるレオンハルトにはセミロングスカートの中が丸見えで、形の良いお尻とちょっとエッチな白の紐パンに感動を覚えていたのであった。
エヴァリーナが後どの位だろうと下をのぞくと、降下によってふわふわと広がるスカートとじーっと自分を見つめるレオンハルトと目が合った。慌てて目を逸らすレオンハルトを見て、何を見ていたか察する。
(待って、下から中が丸見え!?)
「イヤァアアアア~ン!」
廃坑道にエヴァリーナの声が響き渡った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エヴァリーナが恥かしさで悲鳴を上げている頃、ウル軍の宿営地ではハルワタートが怒りを露わにしていた。
「で、歩哨が殺されて何日経つ」
「5日程かと…」
「で、誰が殺ったのか調べはついたのか?」
「そ…それは…、その…今だ不明でして…」
「何やってんだグズ野郎! さっさと見つけてオレ様の前に連れてこい!!」
「は、はいっ!」
ハルワタートの怒号に慌てた警備隊長がばたばたと出て行き、入れ替わりに邪龍調査班の班長が入ってきた。
「ハルワタート様」
「なんだ!」
「地図がありません!」
「何の地図だ、判るように言え!」
「レアシル廃鉱山の位置と内部を記した地図です。探索に向け、確認しようとしたら地図が紛失しているのが発覚しました」
「なんだと…。他の書類や碑文図は無事か?」
「はい。地図のみ見つかりません」
「王子」
班長に再度捜索するように指示したハルワタートにバルドゥス将軍が声をかけた。
「この件、帝国の間諜の仕業と思われます。帝国は我々が邪龍を復活させようと画策している事を察知し、ラサラス様に接触しております。当然、我々の情報も得ているはずです」
「くそ、こうも積極的に出てくるとはな…。奴らを甘く見ていたぜ。サーグラスの野郎も暗殺に失敗したし、厄介な事にならなきゃいいが…」
「どうします? 地図が無いと探索に余計な時間がかかりますが」
「だからと言って、またイチから地図づくりなんて悠長なことはしておれん。予定通り先行隊を編成して遺跡の人工洞窟に行くぞ」
「了解しました。アーシャ、編成はどうなっている」
「はい、先行隊20名は人選を終えています。後はご命令を頂くだけです…」
「よし、先行隊に出動命令を下す。明日の日の出と共にレアシル廃鉱山に向かう。バルドゥス将軍、貴様が指揮をとれ。副官はアーシャ。いいな」
「ハッ!」
「はい…」
バルドゥス将軍とアーシャは対照的な表情で敬礼を返すと、準備のためハルワタートの部屋を退室した。誰もいなくなった部屋で窓辺に立ち、1人物思いに耽る。
(帝国め、今に思い知らせてやるぞ。あの国さえ潰せば他は雑魚の集まりだ。世界がウルに、このオレ様のもとに膝まづく…)
「ククク…、アハハハハ! ワハハハハ、アーハハハハッ」
ハルワタートの笑い声はいつまでも部屋の中に響き渡るのであった。




