第382話 激闘!レアシル山道①
「ぜえ、ぜえ、ぜえ…」
「はあ、はあ、はひ…」
「はは、女連中はもうだめか」
「わらわは平気だぞ」
「お前は俺におぶさっているからだろ! 重くてしょうがねえんだよ、降りろ!」
「やぁ~だ」
「ちょうど休憩できるスペースがある。エヴァリーナさん、少し休もうぜ」
「す、すみません…」
レオンハルトはルゥルゥやエマたちに声をかけると、防水シートを広げて休める場所を作った。疲労の極致にある女子連中は我先に腰を下ろして水筒の水をごくごく飲む。
「はあ~、生き返る…」
「激しく同意。冥府魔道を突き進むよりキツイ」
「リューリィ君、大丈夫?」
水を飲んで落ち着いたエヴァリーナは休憩している一行を見て、疑問を口にした。
「あの、ルゥルゥさん、エマさんとレイラさんも。山小屋でお留守番を頼んでいたはずですが、なぜここにいるんです?」
「えっ! えーと、リ、リューリィ君が気になって…。あはは」(ルゥルゥ)
「私たちはその…、待っているのが退屈で…。おほほ」(エマ)
「ここまで来たら、最後までやり通したいしね。だから連れてって欲しいな」(レイラ)
「貴女方は元々のメンバーじゃないんです。この先どんな危険が待ち受けているか…。命の保証もできません。無理なさらなくて結構なのですよ」
エヴァリーナは無理する事はないと伝えるが、3人は顔を見合わせて頷くと、笑顔で親指を立てるのであった。エヴァリーナは困ったような笑みを向けると、
「では、よろしくお願いします。頼りにさせてもらいますわ」
ルゥルゥはぐったりしているリューリィの傍に駆け寄るとぽっとほほを染めながら温かいお茶を渡した。エマとレイラはレオンハルトに「ごめんなさい」を言って仲直りする。いつの間にか仲間同士深まった絆。なんだかんだ言ってもエヴァリーナはこのメンバーが大好きだ。こうなったら全員で最後まで一緒に任務を務めあげたい。心からそう思うのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ん…?」
「どうした?」
ミュラーに抱っこされて温かいお茶を飲んでいたアルテナが耳をぴくぴくさせて周囲を気にしだした。
「今、カサッと小さな足音みたいなのが聞こえたような気がしたのだ」
「なに!?」
「……もう聞こえないのだ。気のせいだったかな?」
ミュラーはアルテナを膝から降ろすと立ち上がって周囲を伺う。いつもと違った真剣な雰囲気にエヴァリーナはどうかしたのか尋ねる。
「どうしましたの?」
「しっ…。静かに…」
「アルテナ、音はどっちの方角から聞こえた?」
「向こうからなのだ」
アルテナが指さした方をミュラーはじっと見る。背の高いルゥルゥも立ち上がって同じ方向を見続けるが…、
「何も見えねぇな…」
「…待ってミュラー。微かに何かが動く音が聞こえる。二本足、数は分からないけど複数だよ」
「なんだと…」
目を凝らしてむき出しの岩肌の向こうを見続けていると僅かに動くものが見えたような気がした。いや、確かに複数の何かが近づいている。
「敵襲…、敵襲だ! 全員武器を取って集まれ!」
「ルゥルゥ、お前はアルテナを守れ!」
「リューリィ君とエマ、レイラにソフィとティラは円陣を組むんだ! エヴァリーナさんとアルテナ姫を中に入れて守れ!」
ミュラーがロングソードを鞘から抜いて指示を出し、レオンハルトもハルバードを構えてリューリィたちに円陣を組むように言う。フランもショートソードを両手に持って前に出た。
襲撃者はエヴァリーナたちの前に姿を見せた。人数はざっと見て30人はいる。全員統率がとれた動きを見せ、半包囲しながら接近してくる。
「厄介だな。奴らプロだぜ」
「だが、戦わねば殺られる。エヴァリーナさん、射程に入ったら魔法をぶっ放してくれ」
「わかりましたわ」
「エマさん、ボクたちも」
「はい、リューリィさん」
先頭を進む指揮官らしい男がサッと手を上げて合図をすると、襲撃者たちは偽装のため被っていた布を投げ捨てて一斉に襲い掛かってきた。
「先手必勝ですわ! ウインド・ボルテッカー!」
「ファイアストーム!」
エヴァリーナは雷を纏った竜巻の魔法とリューリィ、エマが火炎魔法を放った。突撃してくる敵の先頭集団が風に切り刻まれ、電撃と火炎に焼かれ悲鳴を上げて倒れる。それでも3分の1程の人数が魔法攻撃を搔い潜って突っ込んできた。
「うらぁ!」
ミュラーは先頭の1人を相手の勢いそのままにロングソードを横薙ぎして胴を切り裂くと続いて現れた襲撃者の攻撃を受け止める。襲撃者は素早く剣を引くと連続して右から左から剣を叩きつけてくる。その攻撃は無造作のように見えるが的確に急所を狙って攻撃し、ミュラーは剣を合わせて捌くのに手一杯になる。
「気を付けろ、こいつら手練れだぞ!」
レオンハルトはハルバードの攻撃で2人を倒したものの、複数の襲撃者に囲まれ、間断ない攻撃を受け、手傷を負う場所が増えてきた。それでも痛みを堪え、ハルバードを振るって敵を攻撃するが、相手も長柄武器の苦手とする接近戦に持ち込んできた。
フランは敵の指揮官らしい男に向かい、その首を狙ってショートソードを一閃させたが、必殺の一撃は剣で弾かれ、逆に攻勢を受け、防戦の様相が強くなる。
「フランちゃん、大丈夫か。くそっ」
「う…ぐ、こいつ、強い…」
「レオンハルト! フラン!」
何とか敵を1人倒したミュラーがレオンハルトの許に走り寄り、背中合わせに敵に対峙する。そこに指揮官の攻撃を躱したフランも来た。
「でめぇら…、一体何モンだ」
ミュラーが問いかけるが敵からの返答はない。じりじりと3人に迫って来る。
「だんまりかよ…」
「面白くねぇな」
「指揮官はフランに任せて。あれはあたしの獲物」
ミュラーとレオンハルトはニヤッと笑い、得物を握る手に力を込める。フランはショートソードを自分の前でクロスさせ突撃姿勢をとる。前衛の苦戦に焦りを隠せないエヴァリーナ。なんとか助けようと2発目の魔法を撃つタイミングを計っていたが、激しい動きに何もできないでいた。それはリューリィやエマも同様でもどかしげな顔をして杖を構えている。敵の指揮官がサッと腕を振ると、一部の敵がエヴァリーナたちに向かってきた。
「いかん!」
レオンハルトが危機を察し、エヴァリーナたちの許に向かおうとしたが、その前を複数の敵が邪魔をし、再び戦闘の火蓋が切って落とされた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フラン! 指揮官は任せた。必ず討ち取れ! レオンハルト、連携して行くぞ!」
「おお!」
「任せて!」
レオンハルトに2人の敵が同時に向かってきた。ハルバードを横に薙いで動きを牽制した後に先端の槍で最も近い敵を突く。敵は剣を立ててハルバードの刺突を抑えたが、押しの力に足元のバランスを崩した。その隙を狙って素早く接近したミュラーの放った一撃が首筋を斬り裂いた。血飛沫を上げて倒れる仲間を見て怯んだもう一人にハルバードの一撃を加え、肩口から深々と鋭い刃をめり込ませた。
「おっしゃぁ! ミュラー、あと何人だ」
「3…いや、2人だ!」
「よし、一気に仕留めるぞ。エヴァリーナさんたちが危ない」
「おうっ!」
ミュラーとレオンハルトが残りの襲撃者に向かった脇でフランは襲撃指揮官と対峙している。ユウキ以外で自分をここまで追い込んだ戦士と出会ったことはない。フランの心は久しぶりの戦いに、高揚感に包まれる。
「全力で行くよっ!」
フランはじりじりと近づき敵の間合いに入ると、一気に地面を蹴って相手の懐に入った。両手のショートソードを交互に振り抜くが敵も素早い剣捌きで跳ね退ける。フランも素早く体を移動させながら攻撃を繰り返し、カン!カキン!と金属がぶつかる音と火花が飛び散る。
「このっ…!」
一旦大きく距離を取ったフランは剣を1本鞘に納め、利き手の1本だけにし、身を低くしてやや楕円のラインを取って敵に向かった。間合いに入ったところで敵が上段からフラン目掛けてロングソードの一撃を見舞う。
「たぁあああっ!」
フランは振り下ろされたロングソードを大きくジャンプして間一髪躱すと背後に着地し、ショートソードを横薙ぎする。決まった!と思ったが敵はそれを読み、振り向き様にロングソードでフランの剣を弾くと胴の真ん中に強烈な蹴りを入れた。凄まじい衝撃に肺の空気が全部吐き出され、地面を転がって蹲る。
「がは…っ、ぐううっ…」
「フランちゃん!」
(うぐぅ…、い、息が…できな…)
「フラン危ない! 避けろ!」
ミュラーの声に顔を上げると敵がロングソードを逆手に持ち、フランに突き刺そうとしていたところだった。振り下ろされた剣を横に転がって間一髪躱すと何とか立ち上がるが、ダメージは重く、体がよろけてしまう。
敵の指揮官は「チッ」と舌打ちすると地面に突き刺さった剣を抜いてフランに止めを刺すためダッシュで近づき、腕を伸ばして剣を突き出した。フランは何とか体を捻って剣の一撃を避けたが、背中に蹴りの打撃を受け前のめりに倒されてしまった。
「終わりだ…」
敵の指揮官が短く呟き、再びゆっくりと剣を逆手に持ってフランに狙いをつける。
「…そうはいかない」
「なに!?」
フランはダメージが蓄積した体に鞭打ち、体を無理やり半回転させて仰向けになりながら地面の土を相手の顔目掛けて投げつけた。勝ちを確信し、油断していた敵の指揮官は咄嗟の攻撃に対処が遅れ、まともに顔面に土の塊を受け、目が塞がれてしまった。
「お、おのれ…。やってくれたなぁ!」
立ち上がったフランは腰に差していたショートソードを抜くと、目を潰されて闇雲に剣を振り回す敵の背後に回り、背中から心臓を貫いた。
がっくりと膝を着く敵に、
「アンタは強かった。でも、勝ちを確信して油断したのが命取り…」
と小声で語りかけると、力を使い果たしてがくりと片膝を着いた。疲労とダメージで目が霞み、自力で立ち上がることもできない。はあ…と大きく息を吐いたところで、ぐっと腕をつかまれて立ち上がらされた。びっくりしたフランが見ると、レオンハルトがニヤッと笑って、グイと親指を突き立てた。フランもにこっと笑みを浮かべると親指を立て、そのまま気を失った。
「頑張ったなフランちゃん。さすが大陸最強戦士だぜ」
倒れたフランをお姫様抱っこで抱え上げたレオンハルトの許に、最後の1人を倒したミュラーが来た。
「エヴァたちから大分離されてしまった。きっと苦戦している。行こうぜ」
「ああ、だがちょっと待ってくれ。こいつらの装備を見ろよ」
レオンハルトが顎で死体となった敵の指揮官を示す。ミュラーは敵の外套を捲ってみると、装備していたハーフプレートに特徴的な意匠が刻まれているのを見つけた。
「こいつは…、ウルの親衛隊か! サーグラスの野郎め、牙を剥きだしやがったな!」
「やばいぞ、エヴァリーナさんたちだけじゃ手に余る」
ミュラーとレオンハルトは急いで仲間の下に向かって走り出すのであった。




