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第380話 拠点潜入作戦

 ハルワタート率いるウル国軍第1師団9千人は、タンムーズ山脈の高峰レアシルの3合目付近の谷が開けた場所で冬営のため宿営地を造っていた。平坦で広い敷地に切り出した丸太を組み合わせたログハウス風の大きな建物が数棟のほか、大型テントや小型テントを繋ぎ合わせた宿舎や便所等が多数見える。また、宿営地の周囲を丸太を組んだ高さ2m程の柵で囲み、要所要所に篝火を燃やしている。


「結構大規模だな…。本格的に冬営するつもりらしい」


 レオンハルトは遠眼鏡(望遠鏡)をフランに渡しながら小声で呟いた。フランも建物の位置を確認し、頭の中に叩き込む。

 2人は今、ウル国軍の冬営地を見下ろせる山の斜面にいた。この辺りは風下に位置し、雪もほとんどなく、背の高い枯草や木々に覆われているため身を潜ませるにはうってつけの場所だった。


「どうするの?」

「そうだな…、今は夕飯時で人の動きも多い。忍び込むなら奴らの就寝時だ。軍隊ってのは規律が全てだから、決まった時間に消灯になる。そんなに遅い時間じゃ無いはずだ。それまで待とうぜ」


「なるほど…。わかった」


 2人は草むらに隠れながら携帯食で腹を満たし、周囲を警戒しながら休息することにした。その後3時間ほど様子を伺っていると、消灯ラッパが鳴り響き、外にいた兵たちがバタバタとテントの中に駆けこむ様子が見えた。


「消灯時間になったようだな」

「行く?」

「いや、後2時間位待とうぜ。奴らが熟睡してからが勝負だ」

「わかった…」


 侵入のタイミングを待つ。レオンハルトはふと気になってフランを見た。150cmに満たない身長で女の子の中でも決して大きい方じゃない。顔は中々の美形だが、胸もお尻も小さくて女性的な魅力に乏しい感じがする。どちらかというと、中性的な魅力を持つ少女といったところか。しかし、「疾風フラン」の異名を持つが如く、戦闘力はメンバーの中ではズバ抜けていると聞いている。


「なに?」

「ああ、いや…。フランちゃんは女の子なのに泣き言ひとつ言わず辛抱強いなと思ってな。どこかで訓練した経験があるのか?」


「ううん。あたし、ヴァルター様に拾われる前は帝都のスラム街で盗みやスリをして生きていたの。獲物が来るまで何時間もジッと物陰に潜むなんていつもの事だった」

「そんなあたしをヴァルター様は日の光の下に連れ出してくれた。あたしはヴァルター様が好き。必ずお役に立ちたい。だからこの任務も全然苦じゃない」


「そうか…。(ヴァルター、エヴァリーナさんの兄さんだったな。ユウキちゃんと仲良かったようだが…。三角関係か?)」


「そろそろ行くか」

「ん…」


 不審な音を立てないよう、風で騒めく枯草の動きに合わせて、慎重に斜面を滑り降りる。斜面の底に着いた2人はそっと宿営地を伺うと見張りは出入口にしか立っていないようだ。巡回の数も少ない。


「油断しすぎだぜ」


 レオンハルトは素早く丸太で組み合わされた柵に駆け寄り、柵に耳をつけて人の気配が無いことを確認すると、フランを手招きし、両手を組んで中腰の姿勢を取った。素早く斜面を駆け下りてきたフランはレオンハルトの手前で小さくジャンプし、組んだ手に足を掛ける。その瞬間、レオンハルトは大きく腕を振ってフランを空中に放り上げた。


 サクッと小さな足音を立てて柵の内側に降り立ったフランは地面に伏せて周囲の様子を伺った。そこは丸太で組んだ建物の裏側で、窓らしきものはなく周囲は闇に包まれている。僅かな星明かりが地面を黒く浮かび上がらせている。立ち上がろうとしたフランの耳に足音が聞こえてきた。素早く地面の窪みを見つけ体を押し込んで伏せ、様子を見る。


「おい、こんな所で止めろよ。隊長に見つかったらドヤされるぞ」

「うるせえ、オレはもう我慢できねえんだよ」


 現れた2人のうち、1人が柵に向かってイチモツを取り出すと、豪快に音を立てて小便をし始めた。


(ヤダ、丸見え…)


「おー、落ちる小便滝のごとしってか! スッキリ~」

「終わったか? 早く行こうぜ」


 2人はフランの存在に気付かず、兵舎の方に去っていった。10分ほど待ってからフランは起き上がり、腰に束ねたロープを手にすると、一方の端を柵の向こうに投げ、柵の根元に結びつけ、柵を小さく叩いて合図を送ると、レオンハルトがロープを伝って柵を上がってきた。そして内側に降りるとロープを外して束ね、フランに渡す。


 さらに1時間ほど待機する。やがて出入口以外の篝火も消され、宿営地は闇に沈んだ。ほとんどの兵士は眠っていて、テントからは鼾が聞こえてくる。レオンハルトとフランは気配を殺して、宿営地の一番大きな建物に向かった。そこは事前の調査でハルワタートの宿舎だということが分かっている。


「あれだ…」


 宿営地の奥まった場所に周りより一回り大きな平屋の建物がある。正面入り口には篝火が焚かれているが見張りはいない。レオンハルトとフランは闇に紛れて接近すると裏に回る。


「ここが裏口だ。誰もいねえ、ここから入るぞ」

「鍵開けは任せて」


 レオンハルトが光を発する魔法石で取っ手の部分を小さく照らすと、フランはポケットから先が曲がった針金を取り出し、鍵穴に入れてカチャカチャと動かし始めた。やがてカチャンと音がして鍵が外れた音がした。2人は頷き合い、そっと扉を少しだけ開けてするりと体を滑らせ、中に入った。


 建物の中は所々に蠟燭が灯され薄ぼんやりと建物内を照らしている。人気は全く感じない。足音を殺して一部屋一部屋確認していくと会議室らしい部屋に当たった。机の上に無造作に書類や地図が置かれている。レオンハルトはフランを見張りに立てると、手元に光る魔法石を置いて1枚1枚確認していく。


(む…、これは当たりか?)


 詳細に書き込みされた洞窟の位置と内部の概要が記された地図を見つけた。レオンハルトはその地図を四つ折りにして大切に懐にしまうと、机の引き出しを改めに入った。引き出しにしまわれた書類は部隊の配置や食料供給計画、先行隊の人選といった軍に関係するものばかりで、エヴァリーナ一行には必要性が無いものばかりであったが、1か所だけ鍵か掛かった引き出しがあった。


(臭いな…。フランちゃん、来てくれ)


 レオンハルトはフランに鍵開けを指示すると、代わりに見張りに立つ。鍵開けを始めたフランだったが、特殊な構造みたいで苦労しているようだ。


(フランちゃん、まだか)

(待って、もう少し…開いた!)

(隠れろ、誰か来る!)


 鍵が開いたと同時にコツコツと足音が聞こえてくる。フランは魔法石を懐に隠し素早く入口から死角になる天井付近に飛び上がった。レオンハルト開けた戸で隠れる位置に立つ。足音は会議室の前で止まると戸に手をかけて開けた。


(女…?)


 狼の耳をした亜人の女が扉を開けて中に入って来た。そして真っ直ぐ机に向かうと、ざあっと手で書類を払い、中から何枚かを手に取った。そして…、


「くっ…、絶対に、絶対に許さないから…。そのためには私は…」


 と搾りだしたように呟いた。女は出入口の前で止まると手に持っていた書類を床に落とし、


「持っていきなさい…」


 そう言って会議室を出て行った。


「バレていたか…」

「一体誰なんだろうね」


 フランが音もなく天井から降りてレオンハルトに声をかけるが、今は詮索している暇はない。急いで目的のものを探さなければならない。しかし、ふと見せた女の悲し気な横顔が気になってしまうのであった。


(ハルワタートの仲間にも何かしらありそうだな…)


 レオンハルトは女が落とした書類を拾い上げ、懐にしまうと鍵のかかっていた引き出しを開けた。中には折りたたまれた紙があった。机の上で広げ、光の魔法石で照らしてみるとそれは碑文が刻まれた石碑の形状図だった。邪龍復活に関係する何かと考えたレオンハルトは腰に据え付けたバッグから紙と鉛筆を取り出すと書き写し始めた。


「レオンハルト、まだ?」

「もう少し…よし、終わった」


 図を写し終えた後、再び紙を畳むともとどおり引き出しに納めた。2人はそっと部屋の外を伺い、誰もいないのを確認すると廊下に出た。この建物の中で未確認はあと1部屋ある。2人は最後の部屋に近づき、取っ手に手をかけようとして動きを止めた。


(中に人がいる…)


 そっと戸に耳を当てて中の様子を伺うと聞こえてきたのは男女の営み。


「あっ…、ああっ。あん、うう…あん、いやあ…」

「オラオラ、イッうちまえ!」

「ひぃ、あふ…。ああん、ああっあーっ!」 


 僅かに戸を開けて覗き見ると男は銀狼の獣人。聞いていた特徴からハルワタート本人と思われた。もう1人は先ほど会議室に入ってきた女だった。ハルワタートに圧し掛かられている女は喜び…というより苦しそうで悲しそうな顔で喘いでいる。レオンハルトは気になったが長居は無用と、真っ赤な顔で覗いているフランに合図して建物を出るのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 建物から外に出た2人は建物の陰を利用しながら走る。やがて、侵入した斜面に面した柵の辺りに来たところで偶然、巡回兵と鉢合わせしてしまった。


「な、何者だ!」


 兵は3人。突然の黒装束に身を包んだ2人組に驚き、剣を抜くのが遅れた。その隙を逃さずレオンハルトとフランは腰の鞘から短剣を抜くと、たちまち2人の喉笛を斬り裂いた。斬られた兵は首から勢いよく血を吹き出し、声も立てずに倒れる。その目は何か信じられない者でも見たように見開かれていた。


「ひいっ!」


 残った1人が敵わないとみて剣を捨て、逃げようと背を向けた。その背中にフランがドスッと短剣を突き刺す。兵は驚愕の表情を浮かべたままうつ伏せに地面に倒れた。


「悪りぃな。勘弁してくれ」


 レオンハルトは3人を地面の窪みに移動させて目立たないように隠すと、フランに合図を送り、柵をよじ登って宿営地を脱した。


「何とか上手く行ったな」

「ん…。でもあの女、一体何のつもりだった?」

「さあな…。巡回が戻らない事で騒ぎになる前に移動しようぜ」

「わかった」


 レオンハルトとフランは闇深い森の中に音もなく消えていった。

5話ほどエヴァリーナの話を挟みます。

こちらも話の核心に近づいてきました。

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