第379話 罪と罰
「ユウキとやら、ここの居心地はどうかね」
鉄格子越しにガリウスが声をかけてきた。背後には護衛の騎士と女性魔術師が鋭い視線を向けてくる。ユウキはゆっくりと立ち上がると鉄格子の近くに寄り、ガリウスに正対する。ユウキの直ぐ後ろにアンジェリカとポポが並び、通路の3人を睨みつける。一方、サラは隅っこで土下座し、ラインハルトは兄が来たのも気づかず鼾をかきかき眠っている。
「わたしたちのような美少女を泊める部屋にしては落第点だね」
「ふむ…。それは失礼」
ガリウスは目の前の人間の少女を見る。年の頃は17~18歳位で、身長は170cm位と女性の平均よりやや大きいくらいだが、整った非常に美しい顔、神秘的な黒い瞳と髪の毛をしており、何よりスタイルが抜群にいい。魔族の女性は体質上胸が小さいが、この少女は埋もれてしまいたくなるような見事な巨乳を持っている。
「なに…? ジッと見つめられると恥ずかしいな…」
「いやスマン。中々の美人だと思ってな」
「そりゃどうも」
「用は何? わたしの体を眺めに来た…、という訳でもないでしょ」
「そう棘のある言い方をされても困るな。君らの処遇が決まったんでね、それを言い渡しに来た」
女性魔術師が前に進み出て、ショルダーバッグから封書を取り出し、中の便箋を読み上げる。
「ユウキ・タカシナとアンジェリカ・フェル・メイヤー2名の処遇を伝える。今回の王城騒動については、主たる要因は第2王子ラインハルトの愚策を発端としたものであることからその罪には問わないこととする」
「えっ、本当に!?」
「やったな、ユウキ」
「ただし、王城外壁及び付属施設の破壊、庭園、通路の損傷、王城勤務者の負傷による業務の停滞を引き起こした件について、ラファール国は両名に損害賠償を求める。その額は金貨1千枚とし、褒賞金を差し引いた額を確定賠償額とする。以上です」
「ウソ…」
「やっぱり娼館行き確定か…」
がっくりと床に膝をつくユウキとアンジェリカ。今更ながら怒りに身を任せてしまった自分の浅はかさに嫌気がさす。
「まあ待て、この話にはまだ続きがある」
ガリウスは魔術師から便箋を受け取り、畳みながらユウキたちに笑いかけた。
「続き…?」
「そうだ、金貨900枚なんて君らが一生かかっても払いきれるものではない。だから、我々が要求する任務を受け、見事処理すれば、賠償額を免責してあげよう。どうだ、悪い話ではないし、君らにとっても良い提案だと思うが…」
「それはそうですけど、借金をカタに、便利屋として死ぬまで働かせるつもりじゃ無いんですか…」
「性接待とか、体を使った性的な任務もお断りだぞ。お嫁さんになって欲しいというなら考慮の余地はあるが」
「君たちの体は魅力的だが、そのような仕事ではないし、私には妻がいるので嫁は不要だ。それに君たちにやって貰いたい案件は2つだけだ。どうだ、これなら受けられるのではないか。と言うより受けざるを得ないだろう」
「……仕方ないです。言うことを聞きます」
「嫁には不要か…。縁ってどこにあるんだろうな…」
ユウキはがっかりするアンジェリカの肩をぽんぽんと叩いて慰めながら、気になったことを聞いてみる。
「それと、ポポの名前が無かったようですが、ポポはどうなるんです。まさか、ずっとここに押し込めておくつもりですか? もしそうなら、わたし暴れますよ」
「いや、ポポ君は人質として預からせてもらう。理由は2つ。1つは君らの脱走防止、もう1つは…、その…母上の意向なのだ。ポポ君のような少女を危険な任務に就かせる訳にはいかないと言って聞かなくてね…。そういう理由で君たちが任務を全うする間、城で責任をもって預かることにしたのだ」
「そんな…。ユウキやアンジェと離れるのはイヤなのです」
「ポポ…、仕方ないよ。直ぐに終わらせるから、大人しく待ってて」
「うう…、早く終わらせて迎えに来るのです」
「ああ、いい子にしてるんだぞ」
ポポが2人に抱きついてイヤイヤをするが、ユウキとアンジェリカは優しく頭を撫でて諭すように言い聞かせた。ポポは涙で目を真っ赤にして頷く。その表情を見て2人も思わず涙ぐむのであった。
3人が落ち着いたのを見てガリウスが合図をし、騎士が牢の鍵を開け、出るように言ってきた。ユウキが牢を出ると魔術師がショルダーバッグからマジックポーチと黒真珠のイヤリング、真理のペンデレートを取り出してユウキに渡し、また、騎士が頭陀袋から魔法杖マインとオーラパワー・マジックライズ・リングを出してアンジェリカに渡した。
「これは返す。あと、魔法兵団預りになっていたワイトキングとアース君…といったか、あの巨大な怪物も引き取って貰いたい。というか、早く引き取ってくれないか」
「どうかしたんですか?」
「ワイトキングが女性魔法兵の秘密を片っ端から暴くもんだから、女子が出勤拒否して困っているんだ。アース君は大きすぎて場所を塞いで邪魔なんだよ」
「あ~…。はい、わかりました(嬉々としてサーチしてる姿が目に浮かぶよ…)」
「では期待しているぞ」
来た時と同じように、コツコツと軽快な足音を立てて、ガリウスと護衛の騎士、魔術師はポポを連れて戻っていった。ユウキとアンジェリカは、不安そうな顔をして振り向きながら連行されるポポを見送りながら、身から出た錆びとはいえ、どんな面倒臭い事をさせられるのかと考えると、ため息しか出てこないのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、ユウキとアンジェリカは王城の一室、応接セットのソファに腰かけてガリウスが来るのを待っている。あの後、牢獄から出された2人はエドモンズ三世とアース君を回収し、重い足取りで投宿している宿に戻ると、お風呂に入り、早々に寝てしまった。目覚めたのは昼近くになってからであり、朝昼兼用の食事を摂ると、気が進まないまま準備をして登城したのだった。
ユウキは上下黒の魔法使いスタイルに魔法剣、黒の編み上げロングブーツと黄色いリボン。腰のベルトにマジックポーチを着けたいつものスタイル。アンジェリカはアップにした髪を金細工の留めで飾り、緋色のロングバトルドレスに魔法石で防御力を高めたハーフマント。手には魔法杖「マイン」を持っている。
何ともなしに待っていると、メイドが入ってきて、震える手で2人の前に紅茶を置いたが、ユウキとアンジェリカの顔を見て「ひっ…」と小さく悲鳴を上げると、ばたばたと走って出て行った。
「何よ、人をバケモノみたいに…。失礼じゃない?」
「全くだ。この城はメイドの躾がなってないと見える」
自分たちのしでかした事を棚に置き、ぷんすかしながら紅茶を飲んでいると、扉が開いてガリウスと護衛の騎士、魔術師が入ってきた。ガリウスはユウキたちの対面に座る。
「待たせたな。早速だが君たちにやってもらいたい事を伝える」
ガリウスは1枚の羊皮紙の命令書をユウキとアンジェリカの前に置いた。ユウキは手に取って目を通す。
「えっと…、封印された王家の墓所の探索…。うわ、怪しさ満載だね」
「聞いただけでテンションが爆下がりだな…。私は怖がりのか弱い乙女なんだぞ」
「はあ…。この任務の真意はどこにあるんです?」
「いい質問だ。王家の墓とはこの地を平定し、初代国王となった英傑オルソンを始め、代々国王や王族が眠る神聖なる墓所なのだが、最近、葬られた者たちがアンデッド化して暴れ出してしまったのだ」
「あらまあ」
「聖職者による浄化はしなかったのか」
「勿論我々も手をこまねいていたわけではない。浄化のため、数多の聖職者や国軍兵士、冒険者を送り込んだのだが、そのほとんどは帰って来ず、戻った者も精神に変調をきたしていて、手に負えない…というのが正直なところだ」
「待って待ってよ、いくら弁済の任務だと言っても、そんな危険な場所にわたしたちを送り込もうっていうの!? どうかしてるよ、わたしたち女の子だよ!」
「そうだそうだ! 断固拒否する。私は気が強そうとよく言われるが、実は怖がりで膀胱が緩いんだぞ」
「では金貨900枚を返済するか?」
「うぐ…。その任務、務めさせて頂きます…」
「替えのパンツ、いっぱい持って行かなくちゃ…」
「よろしく頼むぞ。2つ目の任務はこの仕事が終わってから伝える。おお、そうだ。ポポ君の事だがな」
「ポポがどうしたんですか」
「彼女、アルテルフ侯爵のご子息レグルスの婚約者なんだってな。当方でも確認したら間違いなかった。実は母上はアルテルフ家の縁者でな、もう張り切って作法や所作を教授しているよ。彼女も素直でいい子だな。父上も気に入ったようだ。では、よろしくな」
そう言うとガリウスはソファから立ち上がり、サッとマントを翻して部屋から出て行った。残されたユウキとアンジェリカは冷え切った紅茶をちびりと啜り、深いため息をついた。
「ポポってさ、勝ち組だよね」
「私らとどこが違うんだろうな…」
(ステラといい、ポポといい、運を掴むのが上手いよね。どっちも貴族のお姫様確定だし。それに比べて、わたしの幸せの道のりは遠い…。ってか、迷走中だよ…)
頭に雨雲を乗せつつ、のろのろと立ち上がった不幸な少女2人組。幸せどころか返しきれないほどの借金を背負い、弁済のため新たな任務に身を投じるのであった。がんばれユウキ、くじけるなユウキ、幸せを手に入れるための旅路はまだまだ続く。
だが、降って湧いたようなこの任務。思いもかけずエヴァリーナや世界の運命に関わって来るモノであったのだ。2人を待ち受ける運命とは…(少々大げさ)。




