第39話 ゴブリンとの戦い(中編)
ユウキは向かってきたゴブリン達の正面に立ち、胸の前で両手を握りしめ、精神を集中させた。ヘラクリッドとフレッドは、そんなユウキの姿を見てごくりとつばを飲み込む。
ユウキが精神を集中させて間もなく、握りしめた両手の前に魔力で燃える黒い炎が現れた。
「ダークファイア!」
ユウキが魔法を唱えると、黒い炎は高熱の大きな塊になり、ゴブリンに向かって飛んで行って、ゴブリン達を包み込みこんで大きく燃え上がると骨も残さず燃やし尽くした。そして、炎が消えた後にはわずかな灰しか残っていなかった。
ユウキが魔法を放つ少し前、マクシミリアンと2人の少女は、山頂に向けて歩いていたが、カロリーナがふと歩みを止めた。
「私、戻る…」
「崖から落ちた時も、そして今もユウキには助けてもらってばかり。もし、ここでユウキを失ったら、私一生後悔する。どうせ死ぬなら、私を守ってくれているユウキの側で死にたい」
「カロリーナさん、実は私もそう思ってました! 行きましょう!」
「フィーア……」
「ま、待ってくれ君たち。今戻っても足手まといになるだけだ。いや、もしかしたらもう…」
「もしかしたら何ですか! 王子のくせに…、先輩のくせに下級生を犠牲にして。あなたは本当にこの国の王子なんですか!」
「女の子が勇気を振り絞って戦っているというのに!怖いからって、逃げていいんですか! 自分の責任を放棄していいんですか! 私行きます。今度は私がユウキを助ける番!」
「マクシミリアン王子、私、侯爵家の娘として責任は果たしますわ。大切な友人を放っておくことはできません。それでは」
「私は…、私はどうすれば…」
マクシミリアンは3人が戦っている場所に駆け出して行くカロリーナとフィーアを茫然と見送っていた。
カロリーナとフィーアの2人がユウキ達3人を視界にとらえた時、何か様子がおかしいことに気が付いた。
「ユウキ…、何をしているの?」
2人が思わず立ち止まった瞬間、ユウキが暗黒魔法を放ったのが見えた。
「ゆ、ユウキ殿、今のは、魔法…、ですかな」
やっとのことでヘラクリッドが口を開く。フレッドは目を見開いたまま口が聞けないでいた。その時背後からユウキを呼ぶ声がした。
「カロリーナ! フィーア! 戻ってきたの? どうして…」
「私達ユウキを見捨てられなくて。助けたくて戻ってきたの」
「あう…、ありがとう」
「でも、今のはなに…。魔法を放ったの?」
「ユウキさん、今の魔法は何ですか。私たちの知っている四元魔法ではないですね。威力も桁違いです」
「…………」ユウキは俯いて黙る。
「いいじゃない、フィーア。ユウキはみんなを助けるために魔法を使った。それではだめなの?」
「え、ええ。そうですね…、ですけど…」
「今のは、暗黒魔法だよ。この世界に使える人はボクと…、もう1人しかいない」
「暗黒魔法? 初めて聞きます」
「そうだろうね。この世界の四元を司る光の系統とは対極の位置にある闇の魔法だから」
「ボクに魔法を教えてくれた人が、人の世界で使っちゃいけないって。もし、ばれたら異端者として追われる可能性があるからって」
「でも、ボク、友達を失いたくなくて…。大切な人を失うのはもういやなんだ。だから使ったの」
「もしかして、カロリーナさんを助けたのも…」
「うん。カロリーナは足に大きな怪我を負って、今にも危ない状態だったんだ。だから魔法を使った。暗黒魔法は死と再生を生み出す。再生の力「治癒」を使ったの」
「そんな…、治癒魔法を使える人間がこの世界にいるなんて…。確かに、人々に知れたら大事になりますわ」
「ユウキ、ゴメンね。私なんかのために。でも、ありがとう。どんなことがあっても、私はユウキの友達だからね。きっと、ララやユーリカだってそう言うよ」
「うん、ありがとうカロリーナ…。カロリーナの気持ち嬉しい」
その時、ゴブリンの営巣地から「うおおおおおおおおん」という物凄い雄たけびが鳴り響き、恐ろしい大きさの、ゴブリンそっくりの生き物が現れた。
5人が、営巣地の方を見ると、身長2m以上の巨大なゴブリン2体とさらに大きい3m以上はあるゴブリンが現れた。また、その周囲にホブゴブリンが10体。
「な、何なのあれ」
「あれは…。一番大きいのがゴブリンキング、精鋭騎士団1個中隊いてもかなうかどうかというバケモノです。一回り小さいのはゴブリンチャンピオン。恐らく、キングの護衛でしょう。チャンピオン1体だけでも、私達全員で掛かって勝てるかどうか…。何でこんな化け物がこんな所に…」
「みんな逃げて! ここはボクが食い止めるから!」
「何を言っておるのだ!それはこのヘラクリッド・ムスクルスの役目。わしに後退なんぞありえないのだあああ!」
「僕もまだ戦えるぞ。女の子を置いて逃げるなんて、妹に顔向けできない!」
「私、死ぬときはユウキと一緒って決めたの」
「私もです。風魔法の威力を思い知らせてあげますわ」
(とは言っても、フィーアとカロリーナ以外は体力も気力も尽きかけている。ボクも魔法をあと1発撃てるかどうか。どうしたらいいの。ボクの判断間違っていたの…。)
5人を陰から見つめる2つの目。マクシミリアンは凄まじい葛藤の中にいた。カロリーナやフィーアからぶつけられた厳しい言葉、仲間を守るため、自らを鼓舞して戦うヘラクリッドとフレッド、そして、自身の秘密を暴露してまで大切な仲間を助けたいと願うユウキ。自分の不甲斐なさをひしひしと感じる。本来、自分は国王の資格なんかない。気が小さい情けない人間なのだ。でも、それでいいのか。自分を隠し、逃げていていいのか。今、初めてマクシミリアンは自分の力で立ち向かわなければならないと考えている。
「あそこに、私を、友人たちを助けるために命を懸けている人々がいる。皆私より年下なのに…。私はいったい何をしているのだ。くそっ!怖くない、怖くないぞ。今こそ、彼らに王家の、私の力を見せる時だ!」
ゴブリン達が近づいてくる。5人が覚悟を決めた時、後ろから大声がし、1人の男が走ってきた。
「皆の者聞けえぇぇ!今こそ勇気を奮い立たせる時だ!戦え!王国の国民よ。愛する者、大切な者のために命を懸けよ!我が王家は勇者を尊び、敗者を敬う!さあ、王国の民よ!我と共に戦え!ここに勇気を示すのだ!天の神よ。我らに力を与えたまえ!」
「マクシミリアン様!」
全員がその名を呼んだその時、奇跡が起きた。マクシミリアンの叫びを聞いた全員に力と魔力が、活力がよみがえってくる。
「こ、これは、この力は一体…」
「これが王家の力か! ふおおおおお! 血沸き肉踊り骨は嗤うううう!」
フレッドが信じられないという顔をし、ヘラクリッドは雄叫びを上げる。
「これは何とかなるかも。よし!」
ユウキも元気を取り戻し、全員を見回して力強く言う。
「みんな聞いて!」
「ヘラクリッド君、きみはチャンピオンをお願い。フレッド君はその支援」
「わかり申した!」
「うん!」
「マクシミリアン様、戦えますか?」
「ああ、いけるよ。もう君たちに恥ずかしい姿は見せられない!」
「では、マクシミリアン様とフィーアは連携してホブゴブリンを攪乱して!」
「ユウキ、私は?」
「カロリーナはボクの援護をお願い! キングに魔法をぶつけるから、魔法に集中している間、ボクを守って!」
「わかった。任せて!」
「カロリーナ、この魔法剣を持っていて。防御力も上がるから。ただ、無理はしないでね、お願いよ。」
「よし、任せて。今度は私がユウキを助ける番ね。張り切るよ~」
「さあ、最後の戦いだ!」