第373話 魔物の脅威
ユウキたちがの郊外に建つ正門(といっても、街道を跨いで建っているだけのもの)を出ると、ラインハルト王子の指揮の下、既に迎撃の配備は終わっていた。前衛にラインハルト王子と直属兵約1千人、後衛に冒険者たち約150人。人数の少なさにユウキは不安になる。
(最終防衛ラインというのに、これしかいないんだ…。大丈夫かな)
「ユウキ、向こうを見てみろ」
アンジェリカが指差した方角を見ると、黒く連なる山々の麓、中央と左翼、右翼の3か所で多くの松明の火が蠢いているのが見える。
「あそこが戦場のようだな」
「アルビレオ市からは、大分距離があるようだね」
「ユウキ、右から大きな魔力の流れを感じるです」
ポポの言葉にユウキとアンジェリカは右の山々に視線を移すと、突然中腹付近の上空に火の玉が何本も打ちあがり、パアッと地面を明るく照らすと同時に麓付近から赤や青、黄色に輝く光の槍が何十、何百と中腹付近に向かって飛んでいくのが見えた。
「あれは魔法の槍か。凄い数だな」
「ありゃあ、ラファールが誇る魔法兵団の攻撃だ。流石、世界一の魔法兵と呼ばれるだけはあるな。あの魔法の槍の下は地獄だろうぜ」
アンジェリカが感心したように言うと側にいたヴォルフが解説してくれた。ユウキも圧倒されて攻撃の様子を眺めている。その時1人の伝令兵が仮の司令部としたテントに走り込んできて、ラインハルトに報告を上げた。
「報告します! 現在アドレス山地3箇所で交戦中。左翼の首都防衛師団と右翼の魔道兵団は魔物の大群を抑え、優位に戦闘を進めていますが、中央の第1軍団は苦戦中。戦線崩壊の危険ありとのことで、魔導兵団の一部が救援に向かっています!」
続いて2人目の伝令が報告を上げる。
「緊急! 中央の第1軍団の戦線を突破した魔物の一部がアルビレオに向かって来ます。その数約3千。現在、アルビレオの北5km、およそ1時間の地点!」
「なんだと!!」
「戦線を抜けてくるとは思っていたが、想定より数が多い…。しかし、迎え撃たねばならん。直ちに迎撃態勢に入れ! レオニス殿、冒険者の指揮は任せる」
「ハッ!」
ラインハルトの命を受けたレオニスが冒険者たちを配置に着かせ、冒険者たちも武器を抜いて待機する。ユウキもアンジェリカとポポに声をかけ、ヴォルフたちのパーティと並んで魔物が来るのを待つ。
伝令が魔物の侵攻を告げてから30分が経過した。晴れ渡った夜空に月が輝き、見通しは悪くない。伝令兵が魔物の先頭は後2kmの地点まで迫っていると報告してきた。見るとアンジェリカも緊張しているようだ。その時、ポポがユウキの服を引っ張った。
「どうしたの?」
「ユウキ、アンジェ、耳を貸すのです」
「ポポたちの左側、500m先に魔物の伏兵が潜んでいるのです。闇の精霊さんが教えてくれました。オークとハイオークの混成で数は数百程だそうです」
「伏兵か…。前方から来るヤツラと歩調を合わせ、挟撃するつもりだね。オークの癖に生意気な」
「どうする。皆に知らせるか?」
「…………。止めときましょう」
「なぜなのです?」
「敵が直前に迫っている今、伏兵の存在を教えると味方が混乱して、収拾がつかなくなる恐れがある。下手すりゃこっちが全滅するかも知れない」
「となれば…」
「わたしたちで伏兵を蹴散らしましょう。わたしとアンジェ、エロモンなら十分でしょ。ポポは索敵をお願い」
アンジェリカとポポが静かに頷く。その時、部隊前進の合図がされた。ユウキは…、
「あ、ブーツの紐が切れちゃった。直してから行くね」
とわざとらしく靴紐を直すふりをする。ヴォルフは少し訝し気な表情でユウキを見たが、何も言わず自分のパーティに号令をかけ、前方に向け進んで行った。
最後尾が見えなくなる頃、ユウキはアンジェリカとポポに合図して、そっと街道脇の雪が薄っすら積もる土手を乗り越え、目立たないように伏兵が潜む場所へ向かった。
「ユウキ、ストップしてくださいなのです。目の前真っ直ぐ、距離100mです」
「アンジェ、頼める? エロモン、出てきて」
「任せろ。ポポ、光の精霊さんを頼めるか」
「いえっさー、なのです」
『カカカ…、久方ぶりに儂の出番か。ウム、尾骨が震えるわ』
「光の精霊さん、お願いします」
ポポが両手を組んで祈りのポーズを取る。すると、小さな光の玉がいくつも現れ、ふわふわ~と魔物が潜む方向に飛んで行き、ある場所で大きく光を輝かせた。急に周囲が明るくなって地面に伏せる様に潜んでいた魔物たちは姿が露わになった事で慌て始め、自分たちの存在と位置を暴露してしまった。
「アイスランス!」
明るくなった事で目標を定めることが出来たアンジェリカはアイスランスを発動させた。自身の周囲に長さ1m程の氷の槍を多数形成すると、次々に魔物の群れ目がけて発射した。
右往左往しているオークの群れに氷の矢が次々に着弾する。腕や足を吹き飛ばされたオークが悲鳴を上げて地面に転がり、何本もの槍に体を貫かれたオークは絶叫して絶命する。
突然の出来事に混乱したオークたちだったが、リーダーのハイオークが戦斧を大きく前に振り、大きく吼えた。その叫び声に呼応して動けるオークは氷の槍が飛んできた方角に駆け出して行く。
「まだ結構いるな。なら、これはどうだ!」
「エロモン、わたしたちも!」
『うむ、任せよ。ポポたんは儂の後ろに隠れておるのじゃ』
アンジェリカは再び多数の氷の矢を作り出すと、マインを前方に振って水平発射した。ユウキとエドモンズ三世も暗黒の槍を連続で発射する。連続で襲ってくる魔法の槍に胴を貫かれ、首から上を粉砕されたオークが何頭も倒れる。それでも、オークたちはしゃにむに突撃してく来る。
距離が縮まり、大威力の魔法が使えなくなると、ユウキはマジックポーチから愛用の鉄の槍を取り出し、オークに向かって突撃する。ユウキの頭の上にはポポが呼び出した光の精霊が1体、ふわふわと漂っていて周囲を明るく照らしてくれている。
「たあああああっ!」
接敵したユウキは槍を一閃させ、オークの首を刎ねると棍棒を振り上げて向かってきたオークの胸板を刺し貫く。そのオークを足蹴にして槍を抜いて別のオークの武器を跳ね上げ、ガラ空きになった胴に槍を突き刺した。そして槍を手放すと魔法剣を抜いて背後から接近してきたハイオークを肩から袈裟懸けに両断する。
ユウキの側にエドモンズ三世がやってきた。エドモンズ三世は暗黒槍を連発し、接近するオークを次々に串刺しにすると、戦斧を振り上げて向かってきたハイオークにバイオ・クラッシュを唱え内臓を破壊する。
ユウキとエドモンズ三世の連携した攻撃の前にオークとハイオークは次々に屍を晒し、最後に残ったリーダーのハイオークは、ユウキたちに背を向けて逃げようとした所をアンジェリカのアイスランスで撃ち抜かれ、地面に倒れ伏した。
「これで全部倒した…のかな?」
「みたいだが」
「待って下さいなのです。闇と風の精霊さんに呼びかけているです…。え、ホントですか!?」
「ユウキ、別な群れが近づいているです。規模は不明、ゴブリンとオークの混成みたいなのです。位置は…あ、あそこです。光の精霊さんが照らしてくれています」
『ふむ…。儂の気配探知でも感じるぞ。数は1千位か…、真面に当たると儂らだけではちと骨が折れそうじゃのう』
「だね、わたしの爆発魔法で消し飛ばすか」
『うむ。それがよかろう』
ポポとアンジェリカを後方に下げてエドモンズ三世に守らせると、ユウキは魔力を集中させて超高温高圧の暗黒の球体をいくつも作り出す。そして、光の精霊で敵の位置を確認するとそこに向けて魔法を発射した。
「メガフレア!」
魔法の球体は超高速で飛び、一瞬の後、魔物が群れていた場所で凄まじい爆音とともに大爆発がいくつも起こり、密集していた魔物たちを木っ端微塵に粉砕して吹き飛ばした。
「ユウキの爆発魔法は凄まじいな…」
「でも、魔物は全部吹き飛んだのです。もう生きているものは虫1匹いません」
「わたしたちも街道に戻ろう。ついでにあの魔物たちも木っ端みじんこにするよ!」
「おおーっ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ラインハルト率いる部隊が街道沿いに方形陣を組み、隊列を整えて魔物の群れを待ち構えていた時、後詰の冒険者部隊がざわざわと騒ぎ出した。
「どうしたんだこんな時に…。全員静まれ。私語を立てるな」
「ラインハルト様、左の草原方向を見てください」
「なに…?」
ギルドマスターのレオニスが指し示した方向を見て驚いた。街道から離れた場所で空が明るく地面を照らし、氷系魔法と思われる青い光が流星のように山地方向に飛んでいる。着弾地点からは魔物のものと思われる絶叫が聞こえてくる。
「何だあれは。何が起こっているのだ」
唖然として青い光を見つめるラインハルトの後方でヴォルフはユウキたちが来ていないことに気づいた。
(ユウキは…いない。まさか、アレはアイツらが…)
青い光は唐突に終わった。しかし、魔物の悲鳴と逃げ惑う声は続いている。やがてその声も聞こえなくなった頃、今度はもう少し山側の辺りが昼間のように照らされた。
「今度はなんだ!」
ラインハルトが声を荒げる。次の瞬間、光の下で巨大な爆発が連続して起こった。爆炎の炎に遅れて空気の振動とともに爆音が響いてくる。
「何が起こっているんだ…」
爆発が起こった場所を見続けるラインハルト。魔族でもあれほどの魔法攻撃を行える者はいない。いや、魔物ですらいないだろう。唖然とする彼に副官の女性兵士が声をかける。
「ラインハルト様、魔物の群れが見えました!」
「え…、あ、ああ! 全員戦闘態勢を取れ! ここを抜かれたら王都を守る者はいないぞ。全員の奮闘を期待する!」
意識を持ち直し、配下全員に声をかけ檄を飛ばす。ギルドマスターのレオニスも同様に冒険者たちを叱咤し、隊列を整える。
やがて、魔物の先頭集団が見えてきた。ギャアギャアと不快な声を立てながら、ゴブリンチャンピオンやハイオークといった上位種も交え、人という獲物目がけて襲い掛かってきた。
魔物の集団から矢が放たれ、迎撃部隊に雨のように降り注ぐ。魔術兵や魔法が使える冒険者が防壁魔法を展開して矢を防ぐ。
「ゴブリンアーチャーが混じっているか。もしかしたらマジシャンもいるかも知れねえな」
ヴォルフが難しい顔をしているレオニスに声をかける。その予想は当たり、矢に交じって火の玉が降り注いできた。魔術兵の魔法防壁が防ぎ、被害はないが先手を取られた事で反撃の機会を失って、敵の接近を許している。このままでは白兵戦に突入するしかないが、数に劣る迎撃部隊は苦戦を強いられるであろう。誰もがそう思い、生き残るため武器を握りしめた。その時…、
『ギャアアアッ!』
『グボォッ!!』
突然魔物の群れが明るく照らされ、多数の氷の槍と黒い槍が降り注ぎ、魔物の中から悲鳴に似た雄叫びが上がると共に、バタバタと倒れていった。
迎撃部隊が呆然と見守る中、再び氷の槍が次々と飛んできて魔物たちを撃ち貫いていく。さらに群れの後方で爆発がいくつも起こり、爆圧と爆風によって魔物たちの体がばらばらに引きちぎられ、四散していった。
いつの間にか、ラインハルトたちへの攻撃は止み、接近して来た魔物たちもほとんどが撃ち倒されるか粉々に砕け散り、生き残っているのは前衛にいた僅かな数だけだった。それらは迎撃部隊の兵や冒険者たちによって難なく倒され、部隊や冒険者の損害は数人が怪我をしたのみで戦いは終りを告げた。また、周囲を照らしていた光もいつの間にか消え、月明かりに照らされただけの闇が戻ってきている。
呆然と魔物たちの屍を見続けるラインハルトとレオニス、兵士や冒険者たち。その群れだった魔物の残骸の後方、暗闇の中からザッザっと地面を踏みしめる音が聞こえてきた。
(まだ何かがいるのか!?)
足音は段々近づいてくる。その場にいる者たちは緊張し、身構える。そして、闇の中から現れたのは…。
『ウワハハハハ! ハーッハハハハハ!』
高笑いを上げながら姿を見せたのは、頭には王冠を被り、豪華な王者の青で染められたチュニックを着、艶やかな模様が刺繍された緋色のマントを羽織り、大きな碧石で装飾された王杖を持つ骸骨の姿をしたアンデッドだった。




