第370話 大団円?
『ウォオオオオオンン!!』
「な、何あれ…。ライザが魔物になっちゃった…」
アルヘナが怯えた声を出す。何しろ目の前にいるのは、ライザではなく、身長3m、全身が銀色の毛で覆われ、筋骨逞しい体躯を持つ狼の顔をした怪物となった彼女だったのだ。
『グフフフフ、素晴らしい…。素晴らしいわこの力。カストル、アルヘナ、苦しまずに殺してあげる。ウォオオオオオンン!!』
怪物ライザがアルヘナ目掛けて拳を振り下ろした。アルヘナは恐怖で動けない。直撃するかと思われたその瞬間、メイメイが間に割って入り、ライザの拳を両腕をクロスして受け止めた。
『アルヘナちゃん下がれ…。グガァ…なんて力だ、バカヤロウが…ググゥ』
『フン、アークデーモンごとき敵ではないわ』
『がぁっ!』
「きゃああっ、メイメイ!」
ライザは動きの止まったメイメイの胴体に強烈な蹴りを喰らわせた。体をくの字に折り曲げて吹っ飛び、森の木を何本か薙ぎ倒して倒れた。アルヘナが悲鳴を上げ、すぐさま駆け寄って治療薬を飲ませる。
『ファイアストーム!』
今度はアンゼリッテが火炎魔法を放った。ライザは身を屈めて素早く躱すと一瞬で間合いを詰め、高速の拳を振り下ろした。アンゼリッテの顔が恐怖で引き攣る。
「アンゼリッテ、危ない!」
直撃の寸前、カストルが飛び込んでアンゼリッテを抱え、地面にゴロゴロと転がる。目標を失った拳は轟音を立てて地面にめり込み、大きなクレーター作った。体勢が崩れたライザにリザードとポチ(シルバーウルフ)が飛び掛かったが、パンチとキックで迎撃され、メイメイ同様に吹っ飛ばされ、森の木々に激突して呻き声をあげる。圧倒的な力を誇示し、濁声で高笑いするライザにユウキが近づいて声をかけた。
「ライザ、あなたのその姿、一体何をしたの」
『ふん、冒険者の女か。イフリートを呼び出す方法が書かれていた書物にはもう一つ面白い記述があったのよ』
「面白い記述…?」
『そう、その書物には人間を魔獣化させる方法について記されていた。私は苦労して魔獣化の方法を解読し、研究したの。その成果がこれよ! グハハハハハ! 女ぁ、カストルとアルヘナを殺したら次はお前たちだ。待ってなさい!』
『そうはいかねぇぜ!』
『ガハハハハ、無駄無駄無駄ァ!』
治療薬で復活したメイメイが貧乳剣「アルヘナソード」で斬りつけるが、左腕で剣を防ぎ、右腕でメイメイを攻撃する。両者激しく攻撃の応酬をするが、体格差でメイメイの分が悪い。
(アース君、アース君)
『主、状況は分かっている』
(ライザの手に入れた書物はきっと古代文明の遺物だ。どうしたらいい?)
『我が感知したところ、ライザとやらが飲んだ薬は未完全なものだ。主の治癒魔法で体内の成分を浄化すれば元に戻るだろう』
(なるほど…。よし、エロモンにも手伝ってもらおう)
ユウキは手にしていたゲイボルグを虚空に戻すと、黒真珠のイヤリングからエドモンズ三世を呼び出し、次いでアンジェリカに側に来るように手招きした。
「ユウキ、何か策でも思い浮かんだのか?」
「うん。実はごにょごにょごにょ…」
「なるほど、治癒魔法で体内の成分を浄化するため、奴を足止めする必要があるのだな。よし、その役目、私が引き受けた」
「頼んだよ、アンジェ。エロモンはわたしと一緒にライザに治癒魔法をかける。いい」
『仕方ないのう。あんなバカ娘は儂のバイオ・クラッシュで殺ってしまった方がすっきりするのじゃが』
「ダメよ。彼女は生かす。決定事項だからね」
『はいはいっと』
「もう、真面目にやってよね…。アンジェ!」
「任せろ!」
カストルとアルヘナたちは追い詰められていた。圧倒的なライザのパワーにメイメイたち従魔も体力が削られ、多数の傷を負わされボロボロの状態。それでも主人を守るために立ち上がる。
ライザは冷たい瞳でカストルを一瞥すると止めを刺すため1歩踏み出した。そこに背後から声が掛かる。
「待てライザ」
振り向いたライザが目にしたのは、魔法杖を自分に向け、不思議な波動の腕輪をした金髪の人間の女。確か、黒い髪の冒険者の女と一緒にいた女だ。生意気にも魔法攻撃を仕掛けようとしているらしい。ムカついたライザは先に女を倒す事に決めた。
「よーし、こっちに来い」
『ググ…グァアアアッ!』
ライザが怒りで真っ赤になった目を光らせて突進して来た。アンジェリカは落ち着いて魔力を練る。高まった水系の魔力でアンジェリカの体が青白く輝く。パンチの射程距離に入ったライザは腕を大きく振りかぶった。同じタイミングでアンジェリカが最大最強の氷結魔法を放った!
「水の女神アクアよ、万物を凍結させる氷雪の嵐を我に! ブリザード!!」
ー50℃に達する極低温の氷雪を伴った猛烈な風がライザを襲う。突進は風圧によって止められ、瞬く間に体温が奪われて動けなくなる。
ライザの動きが止まったのを見て、アンジェリカはブリザードの発動を止め、足元に氷の礫を発射し、膝から下をカチンカチンに凍らせた。
「アイスバレット! …よし、今だユウキ、エド!」
「サンキュー、アンジェ! エロモン行くよっ!」
『はいさっさー』
体毛が全て凍りつき、低体温になった上に足元が固められたライザはがっくりと地面に両手を着き、四つん這い状態になった。動かそうにも冷え切った体は言うことを聞かない。
「す、凄い威力の魔法だ…、人間があれほどの魔法を使うなんて…」
「ユウキさんたちは何をする気なの?」
カストルとアルヘナは、アンジェリカの魔法威力に驚き、ユウキの行動を訝しむ。その間にユウキとエドモンズ三世はライザの下に駆け寄り、その体に手を触れた。
「うわっ、つべたっ! だけどこれなら…、エロモン準備はいい?」
『いつでもいいぞ』
ユウキとエドモンズ三世は、魔物化したライザに治癒の魔力を注ぎ込む。治癒の力で体内が浄化される。ライザは急激に体が変化する苦しみに大きな咆哮を上げた。
『グォオオオオオオオッ!!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「う…うん…」
「気が付いた? 体は何ともない?」
気がついたライザの目に最初に入ってきた景色はいつも見慣れた天井だった。ゆっくり首を回すと愛用の机と椅子がある。
「ここは…、私の部屋?」
「そうだよ」
声の主を見る。ベッドの脇に2人の男女、カストルとアルヘナがいた。部屋の扉の側にはいつも世話をしてくれるメイドのほか、ルツミとクリスタの姿もある。
「どうしてお前たちが…。いや、私は何故ベッドに寝ているの? うう、頭が痛い…」
「ああ、無理しちゃいけない。まだ横になっていた方がいい」
体を起こそうとしたライザにカストルが優しく声をかけ、体を支えてベッドに寝かせてくれた。肩に触れた手の感触にライザはドキッとして顔が赤くなり、アルヘナはピクッと反応する。
「あなた、もう3日も昏睡してたのよ」
「……………」
自分は自作した秘薬で魔物化し、この2人と戦って圧倒していたはずだ。そのあと、護衛の冒険者が立ち向かってきて、氷結魔法を浴びせられ…その後どうなった? 記憶がぷっつり切れている。
カストルは、ライザはアンジェリカの氷結魔法で動きを止められ、ユウキとその眷属であるワイトキング「エドモンズ三世」の魔力によって魔物化を解かれ、人の姿に戻ったものの、体内の薬物が浄化される際に、体に大きな負荷が掛かり意識を失ってしまったこと、そして、倒れたライザはクリスタとルツミによって屋敷に運ばれ、今に至ると説明してくれた。そして、自分たちは毎日お見舞いに来ていたことも付け加えた。
「…そうだったのか。私は負けたのね。迷惑をかけたわね」
「そうよ、全くいい迷惑だわ」
「こら、アルヘナ」
「アルヘナの言うとおりよ」
「ところで、君は何であれほど僕たちに突っかかってきたんだい。理由を聞かせてくれないか」
「理由…?」
「ああ、理由。僕だけでなく、妹のアルヘナまで危険に晒したんだ。何故そこまで僕たちを嫌ったのか、それを知りたい」
「嫌ってなんかない…。その、あの、私…カストルの事が、す…、す…、好きなの。学園の入学式で見かけて、一目で好きになってしまって…」
『え~~~っ!!』
「で、でもそんな素振り全然見せなかったじゃない。むしろ、会う度会う度「オーホホホホ」ってお嬢様笑いをして、蔑んだ目をして「無能もの!」「シスコン!」とか言ってお兄ちゃんをイジメてきたよ。私にも「ブス、チビ、チチナシヘナとか酷い事言ってたし」
「アルヘナはその通りじゃない」
「何ですとー!」
「やめなよ、2人とも」
「…カストルにどう接すれば分からなかったのよ。素直に気持ちを伝えるのが恥ずかしくて、意地の悪い事を言っていたら、段々イライラしてイジメるのが当たり前になって、悔しそうな顔をするカストルに優越感を持つようになってしまって…。このままじゃだめだ、嫌われるって思っても、イジメを止められなかったの」
(小学生かよ…)
その場にいたライザ以外の全員がそう思った。
「だから、僕たちが従魔を得たことを知って、焦った君は優位性を保とうとして果たし状なんかを送りつけてきたのか…」
ライザは小さく頷く。
「君のご両親、僕たちの両親に謝罪しただけでなく、市や学園、内務局にも謝罪に行って大変だったみたいだよ。特に内務局では色々聞かれたらしい。国家貴族会でも報告を求められているそうだよ」
「……ううっ、ふぐっ」
毛布を被って嗚咽を漏らすライザ。
「ライザ、僕は君が好きではない。寧ろ嫌いだ」
「うう…、ひぐっ…あうぅ…私は…」
「もう一度言う。僕は君が大嫌いだ。恋愛関係という意味ではね。でも、友人としてなら付き合ってもいい。まあ、君次第だけど」
ライザは泣き止むと、そっと毛布から顔を出し、笑顔で頷くカストルと、呆れ顔のアルヘナを見るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カストルとアルヘナがライザと関係修復を果たした頃、ユウキたちはアウストラリス市を出て、ラファール国の王都に向かっていた。寒さで固く締まった未舗装の街道を馬車は軽快に走り、今は街道沿いに東屋を見つけ、休憩をとっている。
「ポポが留守にしている間、随分と楽しかったみたいですね」
「厭味ったらしく言うなよ。ポポだってレグルス君の家で楽しんで来たじゃないか」
「そうそう、ポポを宿まで案内してくれた使用人さんに聞いたよ。随分とレグルス君のご両親や兄妹に気に入られたそうじゃない。妬ましい…」
「はい、とーっても良くして下さったのです。それでですね、レグルスが18歳、ポポが17歳になったら結婚することも許してくれました。実は婚約の儀も済ませてきたのです」
『な、な、ななな、何ですとーーー!!』
『さ、さ、3年後には人妻ですとー!!』
『なんじゃとー! お父さんは許しませんぞー!!』
ユウキとアンジェリカの声がキレイにハモる。おまけにエドモンズ三世の声まで聞こえてきた。
「レグルスが学校を卒業するまでの間、ユウキたちと旅を続ける許しも貰えました。レグルスとお別れは寂しかったですけど、優しくキスしてくれて…、ポポは幸せです」
「メイドのアンナが錯乱して大変でした」
『……………』
「ユウキ」
「アンジェ」
「わたしたちって…」
『惨めぇ~。こんな美人なのに何でモテないのよぉ~~。ポポごときに先越されたぁ~。うわぁああん!!』
「ポポごときとは酷いのです。多分そういうところだと思うのです」
『びぇえええええん』
ラファールの冬空にユウキとアンジェリカ、2人の慟哭がいつまでも響き渡るのであった…。




