第38話 ゴブリンとの戦い(前編)
グループに合流しようと進み始めたユウキたちであったが、深い草むらに囲まれ、方角がわからなくなっていた。
「まずいな、草木が深く思うように進めない。これを何とかしないと」
マクシミリアンが困った様に言う。体の大きなヘラクリッドが先頭に立って藪漕ぎしているが、それも限界がある。
「そうだ、ヘラクリッドくん、これを使って」
ユウキは腰に付けていたハンドアックスを取り出し、ヘラクリッドに手渡した。
「かたじけない。これがあると大分助かります」
「じゃ、わたしたちのも。男性陣、頑張ってね」
カロリーナとフィーアも持っていた山刀をマクシミリアンとフレッドに渡す。2人は顔を見合わせると、草木を薙ぎ払いながら進み始めた。暫く草木を払いながら進むと、水の音がして、木々が途切れた場所が見えてきた。
「おお、川が近くにあるようですぞ」
「よかった。少し休憩できますね、カロリーナを休ませたいです」
「ゴメンね、みんな」
「よし、河原で休憩しながら、地図で位置を確認しよう」
(何か、ボクとお姉ちゃんがゴブリンに襲われた時とシチュエーションが似ている)
ユウキは何やら嫌な予感がしたが、休憩を取ること自体は必要と感じていたので、皆の後を付いて行った。
川は幅20m程あり、平坦な河川敷もあったため、休憩するにはよい場所であった。マクシミリアンはとりあえず、カロリーナ、フィーア、フレッドを休ませ、食事を摂るように言うと、ユウキとヘラクリッドを見張りに立てて、自分は現在地を確認するため地図を取り出した。
「この川は…これか。山頂への登山道へは…、大分離れてしまったな」
ユウキは、乾パンをかじりながら、辺りを注意深く見回す。すると、下流の方に何やら柵のようなものと粗末な家が数軒見えた。さらによく目を凝らすと、緑色の肌をした背の小さい生き物が多数動いている。
(あれはゴブリンだ! あそこはゴブリンの営巣地かもしれない。ま、まずい!)
ユウキは嫌な予感が当たってしまったと思いながら、急いでみんなの元に戻って大声で叫んだ。
「下流にゴブリンの営巣地がある! ゴブリンが多数動いているのが見えた。はやくここを離れよう」
しかし、ヘラクリッドは山側を見て、厳しい表情を優季に向けて、新たなゴブリンが現れた事を教えてきた。
「ユウキ殿、一足遅かったですな。上流からゴブリンが数体近づいてきております。恐らく偵察隊でしょう。こちらに気づいたようです」
ヘラクリッドが指示した方を見ると、大分距離があるが5体のゴブリンがゆっくり近づいてくるのが見えた。
「マ、マクシミリアン様、どうしますか」
カロリーナが恐怖で青ざめた顔をしてマクシミリアンの指示を待つ。フィーアは冷静を保っているが、内心は動揺しているに違いない。
ゴブリンはメスが極端に少なく、繁殖のために人の女を襲う習性がある。女はゴブリンに捕まると死ぬまで子を産ませられるのだ。
「に、逃げよう…」
マクシミリアンがやっとの思いで言うが、ユウキはきっぱりと言う。
「無駄です。奴らは、ボクたちを包囲して襲ってくるに違いない。ここで逃げたら、まとまりがつかなくなり、各個に襲われてしまいます。奴らはそんなに甘くない、戦うべきです」
「ふむ、拙者もユウキ殿と同意見ですな。戦って活路を見出した方が良い」
「しかし…。私たちの人数では…」
「マクシミリアン様、覚悟を決めてご命令を! 今、フィーアとカロリーナを守れるのはボクたちだけです!」
「怖いんだ! 私は戦うことが怖いんだ! 臆病者なんだよ。前にも言ったけど、戦う勇気がないんだよ…。怖いんだよ…、本当に」
そう言うと、マクシミリアンは下を向いてしまった。
「……わかりました。道はボクとヘラクリッド君で開きます。マクシミリアン様は道が開いたらフィーアとカロリーナを連れて逃げてください」
「いい? ヘラクリッド君」
「いいですとも。これぞ男の花道、死にも誇りがある。見せようぞ! ヘラクリッド・ムスクルスの死に様を!」
「僕も戦うよ、卑怯者にはなりたくない」
「うん、ありがとう。フレッド君」
「フィーア、カロリーナ、ボクたちが必ず助けるからね。ボクたちが防いでいる間に逃げて」
「ユウキ…。だ、だめ、危険よ。一緒に逃げよう!」
カロリーナがユウキに必死に声をかけるが、ユウキは笑顔を向けて片手を上げ、大丈夫と言って見せた。
ユウキは、今一度ダスティンが作ってくれた皮の鎧を確認すると、マジックポーチから戦闘ナイフと魔法剣を取り出して帯剣し、ハンドアックスを右手に持った。ヘラクリッドは上半身裸になり、両手に鉄製のナックルを装着している。フレッドは魔法の杖を構えてゴブリンたちを見ている。
「ヘラクリッド君、数が多いけど川下から来るゴブリンたちを抑えて。フレッド君はヘラクリッド君の支援をお願い。ボクは上流から来る偵察隊を倒す。そしてフィーアたちを上流方向に逃がしたら、こっちに合流するわ!」
「わかり申した!」
「リ、了解!」
「じゃ、行くよ!!」
ユウキは、マクシミリアン達3人に付いてくるように言い、上流に向かって駆け出した。そして、得物を持った5体のゴブリンを確認すると、右手に持っていたハンドアックスを思いっきり投げつけた。
ハンドアックスは中央のゴブリンの頭蓋をたたき割り、脳の大半を失ったゴブリンは声も立てずに倒れた。ユウキは、動揺したゴブリン達に素早く近づくと、魔法剣を横薙ぎし、ゴブリンの首を跳ね飛ばす。
「す、凄い…」
3人はユウキの戦いぶりを驚愕の眼差しで見ている。ユウキはあっという間に残りのゴブリンを倒すと、山頂方向を指さして、
「さあ、ここから上流に向かって山頂方向に逃げて。後は私たちが抑える。早く行って!」
「あっ、カロリーナ待って、これ持って行って」
ユウキはマジックポーチからミスリルダガ―を取り出し、カロリーナに渡した。
「逃げる途中、何があるかわからないから。護身用よ、気をつけて行ってね」
「うん、ユウキも無茶しないで。これを形見なんかにしたら許さないからね」
ユウキはにこっと笑って「行って来る」と言うと、ヘラクリッドたちの方へ駆け出して行った。
ヘラクリッドは営巣地から湧き出てきたゴブリン達相手に奮戦していた。
「ぬおおおおおお!」
はちきれんばかりの筋肉に包まれた腕から繰り出される左フックや右ストレートが炸裂するたびに、ゴブリンが頭や顔を潰され吹き飛んでいく。また、ボディブローを喰らったゴブリンは、口や肛門から血と汚物を吹き出し、息絶えていく。
フレッドは、魔法で土の障壁を作り、弓矢などの飛び道具からヘラクリッドを守っている。ヘラクリッドは、フレッドの支援を受けて、思う存分自慢の拳を振るうことができた。そこに、3人を逃がしたユウキが走り込んで来た。
「お待たせ!」
「おお、ユウキ殿。あの方たちは無事逃げられましたかな」
「うん。大丈夫と思う。それにしてもヘラクリッド君。大分やっつけたね」
ヘラクリッドの周辺には20~30体ほどのゴブリンが倒れていて、その全てが息絶えている。
「なんのこれしき。しかし、まだまだ来るようですぞ。新手が出てきましたな」
ユウキが営巣地の方を見ると、新たに30体ほどのゴブリンが出てきた。その中に通常のゴブリンより体が二回りほど大きく、腕より太いこん棒を持った個体が10体ほど混じっている。
「あれは?」
「あ、あれはホブゴブリンだよ。ゴブリンの上位種だ。手ごわいよ」
「ホブゴブリン、そんなのがいるなんて……」
「フレッドよ、魔法の支援はユウキ殿にお願い申す。ユウキ殿は剣の腕は良いが耐久力が心配なゆえに!」
「わかった。でも、あと数回しか掛けられないから、タイミングは任せてくれ」
「うん、お願いね」
第2波のゴブリンは、2手に分かれてホブゴブリンがヘラクリッドに、ゴブリンがユウキに襲い掛かってきた。
流石にホブゴブリンは上位個体だけあって、戦闘能力が高く、ヘラクリッドも一撃で撃退するとはいかず、1体を相手にしているうちに別な方角からこん棒を撃ち込まれ、傷を負うペースが早くなってきた。それでも1体、2体と倒して数を減らしている。
ユウキに向かってきたゴブリン達は、組織だって一斉に襲い掛かってきた。
「ユウキさん、正面の敵だけ倒して! 周囲は任せて!」
「わかった!」
ユウキの正面に飛び込んできたゴブリンに魔法剣を叩きつけ、袈裟懸けに斬りつける。
「アースウォール!」
フレッドの障壁魔法がユウキの左右に展開され、ゴブリンの攻撃を防いでくれるので、ユウキは正面の敵だけに集中し、1体また1体と倒していく。
ユウキに向かってきたゴブリンが残り数体となった頃、ヘラクリッドが限界にきて片膝をついた。ホブゴブリンはまだ3体ほど残っていたが、ゴブリン達と合流し、下がっていった。営巣地からの増援を待っているのだろう。
「ハアハア…、へ、ヘラクリッド君、大丈夫?」
「うむう、心地よき痛みと言うべきか。大分ダメージを受けてしまい申した」
「僕も、魔力をほぼ使い切ってしまったよ。これ以上の支援は難しいな…」
「ボクも息が切れて来た。このままだと体力的に厳しいかも…」
一旦下がっていたゴブリン達が30体ほどに増えて3人に迫ってきた。
「そろそろお終いですかな。ユウキ殿は逃げた方がいい。奴らの仕打ちは女には耐えられません。ユウキ殿がそんな目に逢うのは見たくはない」
「嫌だよ。仲間を見捨てるのは絶対嫌だ。見捨てる位なら死んだほうがいい」
「ユウキ殿! 我がままを言うんじゃない! 早く逃げるのだ!」
「……ヘラクリッド君、フレッド君、今からボクのとっておきを使うから。これを見てもびっくりしないでね」
「ユウキ殿、何を?」
ユウキは向かってくるゴブリン達の正面に立ち、精神を集中し始めた。