第362話 ユウキとアンジェ、怪しい依頼を受ける
「ここがラファール国第2の都市、アウストラリスかぁ」
「周囲の山々が真っ白だ。街を歩く人々も寒そうに歩いてる。わ、あの男子かっこいいぞ」
ユウキとアンジェリカは馬車の窓から初めて見る景色に興奮している。年甲斐もなくはしゃぐ2人にレグルスが笑いながら色々と教えてくれる。
「ラファールは周囲を山脈に囲まれた国だからね、冬は山脈から吹き降ろす冷たい風で寒いんだ。逆に夏は熱がこもって結構蒸し暑いよ」
レグルスの解説にユウキたちは「ほおー」と感心する。そのレグルスにド変態メイドがぐるぐると抱きつき、頭の匂いを嗅ぎながらハアハアしてきた。
「すぅ~はぁ~ん。ああ、レグルス様は何て賢いのでしょうか。アンナは嬉しいです。ご褒美にぱふぱふむぎゅむぎゅしちゃいますぅ~。ぱふぱふ!」
「く、苦しいよ。止めてよアンナ」
「レグルスが苦しそうなのです。直ぐに離すのです。この変態メイド!」
「あーら、私とレグルス様の間に入ろうなんて、100万年早いですわよ。出直してこい、乳なしっ子!」
「ポポの唯一の弱点を攻めるなんて…。卑劣なのです!」
「まーた始まったよ」(アンジェリカ)
「無視だよ。無視」(ユウキ)
スバルーバル連合諸王国からラファールまでの道中、ずーっと騒いでいるアンナとポポを無視して、アウストラリスの街並みを眺める事にしたユウキとアンジェリカ。冬景色とマッチした木造の一般家屋や洗練された石造りの大きな建物が区画ごとに整然と並んでいる。
「素敵な建物が多いねー。今まで回ってきた国々とは雰囲気が違うね」
「そうなのか? 私はスバルーバルの国以外、行ったことないから色々と旅をしてきたユウキが羨ましいな」
「ふふ、これから楽しい思い出が一杯あると思うよ。素敵な出会いだって…」
「そうだな、楽しみだよ。本当にユウキと出会えてよかった」
市内に入ってしばらく進み、やがて大通りに面したに広場に停車した。ラファールの地に降り立ったユウキとアンジェリカ。身を切るほどの冷たい空気が2人を包むが、むしろ身が引き締まる感じがする。しかし、仲間の1人が降りてこない。
「ポポ、到着したよ。どうしたの? 降りといでよ。馬車はレグルス君の家で預かってもらうから、ここで降りるよ」
「ユウキ、ポポはレグルスのお屋敷に招待されたです。しばらくお泊りしてくるです。宿が決まったら教えてください。じゃ!」
ポポがにこやかに手を振ると、騎士の1人が御者台に座り、馬に合図を送って出発させた。見送る2人の間を冷たい寒風が吹き抜ける。身が引き締まると感じた寒さも今やただの冷たい暴力と化して2人を襲うのだった。
「素敵な出会いはあったな。私たちではなかったが」
「寒い…。身も心も凍り付きそう…」
寒さに震えるユウキとアンジェリカは身を寄り添いながら、拠点となる宿を探しに行くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
道行く人に宿の場所を尋ねると市街の北外れの方に数軒あるとのことだった。ただ、アウストラリスは観光地ではないため、宿の規模はそれほど大きくないとのこと。今の季節は客も少ないだろうから部屋は開いてるのではないかとの事だった。丁寧に教えてくれた男性にお礼を言って、北外れの方角に歩き出した2人。
「親切な人だったな」
「だね。獣人の方だったね。もふもふの毛が温かそうだった」
「見れば、人や獣人、亜人が結構いるな。魔族の国だからそういうのは少ないと思ってた。魔族って、こう…、何というかな、尊大で偉そうでイヤなヤツってイメージがある」
「偏見だよ。なんなのそのイメージ。あはははは」
うっすらと雪が積もった大通りをサクサクと小気味よい音を立てて歩くユウキとアンジェリカ。空は曇天で雪がちらついているが、屋台で温かい飲み物を買って体を温め、ウインドウショッピングを楽しみながらだと寒さも気にならない。2人は服やアクセサリーなどを眺めては批評し、可笑しな事を言っては笑い合う。
(ふふ、とっても楽しい…。そういえばエヴァともこうして2人で歩いたな。アンジェもとっても素敵な子だし、エヴァとも気が合いそう。エヴァ何してるかな…)
「ユウキどうした?」
「え? ゴメン、考え事してた」
「そうか、私と2人じゃつまらないのかなと思って不安になったぞ」
「ぷふっ、そんな事あるわけない。アンジェと一緒でとっても楽しいよ」
「ホントか? よかった…」
「あはは、アンジェ、行こ!」
「お、おい!」
ユウキはアンジェリカの手を取ると笑顔で走り出した。2人は白い息を吐き出しながら笑いあう。商店街を抜けたところで息が切れ、深呼吸をして周りを見ると、そこは小さな公園の一角だった。
「キレイ…」
「ああ、本当に…」
人気がなく静まり返った小さな公園。地面には足跡一つ無く真っ白な銀世界で、周囲に植えられた木々の先端は綿帽子を被り、四方に伸びる枝には雪の華が咲いたように幻想的な景色を見せている。余りの美しさにユウキとアンジェリカは時が経つのも忘れて見入ってしまうのだった。
「へーっくしょん! さ、寒い…。早く宿を探そう」
「うう、寒さで尿意が限界になってきたぞ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、宿で朝食を摂った後、2人は何か依頼でも受けようと市街の中心部にある冒険者ギルドにやってきた。中は暖房が効いて温かくホッとする。2人は受付で登録証の更新を行うと早速掲示板を眺めてみる。しかし、季節的なものか張られている依頼票は多くない。見れば、ギルドを訪れている冒険者もまばらで、ほとんどは飲食スペースで暇を持て余しているようだ。
「うーん、敷地内の雪かき支援とか屋根の雪下ろしの手伝いとか、女の子には向かない仕事が多いね。後は輸送隊の護衛、屋敷の警備がひとつふたつ位か…。イマイチだなあ」
「冬休み期間中の子供の家庭教師ってのもあるな。冒険者に家庭教師って…。依頼を出す場所間違っているんじゃないか?」
「げ、ヌードモデルってのもある。依頼主は絵描きさんか…」
「おや…?」
「どうしたのアンジェ」
「ユウキ、これを見てみろ」
アンジェリカが指し示した依頼票は、掲示板の片隅にひっそりと張られていた。ユウキが見てみると…。
『従魔契約に詳しい魔術師求む。詳細は対面にて説明します』
「変わった依頼だね。依頼主はアルデンヌ子爵になってるね」
「ユウキ、どうする?」
「うーん、内容がこれだけじゃねぇ。でも、謎っぽいのが逆に興味惹かれるし…」
「じゃあ決まりだな」
受付に依頼票を渡して受諾の手続きをする。受付のお姉さんが言うには数日前に受け付けた依頼だが、内容が内容だけに誰も受けてくれなかったらしく、引き受けてくれて本当にありがたいと話してくれた。
手続きを済ませたユウキはアンジェリカとともに冒険者ギルドを出た。途端に冷たい風が2人の間を吹き抜ける。
「うう…、風が冷たい。今日はきっと真冬日だね」
「ポポは今頃、レグルス君のお屋敷でぬくぬくしながら、キャッキャ、ウフフしてるんだろうなあ」
「アンジェ、わたしたちずっと一緒だよね」
「勿論だとも。ユウキと私はどこまでも一緒だからな」
(抜け駆けは絶対に許さないからね)←ユウキ&アンジェ
モテない同盟の美少女2人。しっかりと手を繋いでお互いの温もりを確かめ合い、男運の悪さを嘆きながら依頼主の下に向かうのだった。
『この2人にも幸せは来ると断言したはいいが、何だか不安になってきたのう』
黒真珠の中でエドモンズ三世はちょっぴり不安になるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドの前から乗合馬車に乗り込み、貴族の住居が並ぶ区画の近くで降りる。空を見ると朝は曇りだったが、昼近くになった今は雲の合間に青空も見え、風も止んで、少し気温が高くなったような気がする。ユウキはギルドでもらったメモを見ながら、目的の家を探していた。
「う…んと。あ、ここだ」
「ほう、中々の邸宅だな」
アルデンヌ子爵の邸宅は、鉄製の柵に囲まれた内側に小さい池付きの庭があり、その奥に白いモルタル塗りの3階建ての家が建っている。上級貴族の邸宅ほどの大きさや豪華さはないが、風景にマッチしたお洒落な邸宅にユウキは好感を持つのであった。
門の鉄扉を開けて中に入り、玄関の呼び鈴を鳴らしてしばらく待つと、中から女性の声で「どなた様ですか」と声がかかった。
「えと、冒険者ギルドに出された依頼を受けるため伺った者で、ユウキといいます。アルデンヌ子爵様のお宅はこちらでよろしかったでしょうか」
「お待ちください」
玄関の扉が開いて、中から白のロングドレスの上に厚いローブを羽織った女性がユウキたちを招き入れた。女性は魔族特有の紫の瞳をした優し気な表情をした美人だった。ユウキとアンジェリカは改めて自己紹介する。相手は子爵夫人のイオナと名乗った。
「あの…、我が家で冒険者ギルドに依頼を出したのですか?」
「え…? 違うのですか。確かに依頼票にはアルデンヌ子爵からとありましたが」
アンジェリカがギルドの受付印が押された依頼票を見せる。イオナは訝し気に依頼票を見ると、確かに当家の家名であることを認めた。
「確かに、我が家の依頼ですね。少々お待ちください、夫に確認してまいります」
確認のため、イオナが依頼票を受け取った時、ロビーの奥の階段の上から「待って」と声がかかった。




