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第359話 風雲急を告げる

 エヴァリーナたちがゼッタの酒場で暴れている頃、帝都に帰還したフォルトゥーナ。輸送隊が到着したターミナルから真っ直ぐ宰相府に向かう。


 宰相府の正面扉を豪快に開け、冒険者スタイルのままのフォルトゥーナがずかずかと入ってきて、受付嬢に向かい、


「ヴィルヘルムは居る?」


 と聞いてきた。極楽鳥の羽飾りを付けた迫力ある姿にビビった受付嬢は、思わずどちら様ですかと聞いてしまう。ムッとしたフォルトゥーナは、ぐっと受付嬢に顔を近づけて大声で怒鳴った。


「私がわからないの!? フォルトゥーナ。ヴィルヘルムの妻よ!」

「へ…、えっと…」


 バタバタと受付奥の事務室から上司と思われる男性職員が出てきて、フォルトゥーナに頭を下げる。


「フォルトゥーナ様。大変申し訳ありません。宰相様は執務室におられ、現在来客対応中です」

「誰が来ているの?」

「は、はい。マーガレット様とイレーネ様です。ヴァルター様もご一緒かと」

「好都合だわ。執務室に行くわね。あと、誰が来ても面会は断ってちょうだい」


 そう言い残し、フォルトゥーナはバタバタとエレベーターホールに走り出した。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「へえ、オーガの村との交流ねえ…。面白いわね」

「はい。今は国務省の職員が常駐し、戸籍台帳の整備、学校開設などの準備をしています。あの村は美味しいオレンジが自生しているので、農務省も産業として開発しようと技術者を送る予定です。でも、マーガレット様は連れていきませんよ。オーガたちとバトルしそうなので」


「まあ、心を読まれたわ。残念…」

「うふふ。ヴァルターさん、生き生きしてるわね。母は嬉しいです」

「うむ。最近のヴァルターはよくやっている。エヴァと和解し、自分を取り戻した事、いくつかの仕事を経て自信を得たのが大きい」


「母から見ても立派な男性になりました。次はお嫁さんね」

「むぐっ…」


「なら、わが娘ラピスはどう!? 皇位継承7位だし、最近結構可愛くなってきたのよね。背は小っこいけど、意外とおっぱい大きいわよ」

「あら、ダメです。ヴァルターさんのお嫁さんにはユウキさんと思っているのよ」


 ヴァルターは頭を抱え、女2人がヴァルターの嫁の話で盛り上がる。ヴィルヘルムは目を細めて平和な時間を楽しんでいる。しかし、そろそろ切り上げる時間だ。妻に声をかけようとしたその時、執務室の扉がノックもなくいきなり開いた。


「ヴィルヘルム!」


 全員が声のした方を向く。


「フォルトゥーナではないか。今戻ったのか? どうしたのだ。冒険者の格好のままではないか。ウルで何かあったのか?」


「その事なのだけど…」

「あの、私たちは席を外しましょうか」


 イレーネがマーガレットを促して席を立とうと腰を浮かせたが、フォルトゥーナは手で制して席に座らせると人払いをお願いした。ヴィルヘルムは秘書と事務員を下がらせ、中から部屋に鍵をかけた。


「ありがとうヴィルヘルム。みんなに聞いてほしい事があるの。実はウルの企みがわかったのよ。その成就のため邪龍復活を本気で考えていたのよ」


 フォルトゥーナはゼノビアの豪商ボレアリス家で穏健派のリーダー、ラサラス王女とエヴァリーナが接触できたこと、ラサラスから聞いた武断派の体制、リーダー、行動計画について話して聞かせた。その内容にヴィルヘルムとヴァルターは難しい顔をして考え込み、イレーネとマーガレットは信じられないという顔をしている。


「それでね、彼らは世界を相手取るために邪龍だけでなく、もう一つ求めているモノがあったの」

「もう一つのもの?」


 ヴァルターの疑問にフォルトゥーナは頷くと、ゆっくりと口を開いた。


「そう。もう一つ世界の災厄となりうる存在「暗黒の魔女」を探し求めているの」

「暗黒の魔女だって!」


 思いもかけない名前にヴィルヘルムとマーガレットは大声を上げ、続く言葉を失った。その様子を見てヴァルターは不審を抱く。


(父上がこれほど動揺するとは…。何故だ、暗黒の魔女…。何かあるのか?)


「あ、あの…。ロディニアの暗黒の魔女は死んだと聞きましたが…」

「イレーネはまだ知らないのね。ヴァルター君も…」


 ヴァルターとイレーネは顔を見合わせる。何故か心の中の不安感が大きくなる。


「暗黒の魔女は生きているわ。そして、それは私たちのよく知る女の子よ」

「よく知っている女の子?」


「そう。ユウキ・タカシナ。彼女が「暗黒の魔女」の正体なの」


 フォルトゥーナの口から発せられた名前に、ヴァルターとイレーネは心臓が止まりそうになるほど驚いたのだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 フォルトゥーナが帝都に到着した同じ頃、ゼノビアの宮殿の一室ではハインツとタニアが何をするでもなく、置かれたソファに所在無げ座っていた。もう数日も同じ状態が続いている。2人はこの境遇に不信感を抱いていた。


「ハインツ様…」

「何かおかしい。そう思いませんか、タニアさん」


「おかしいと言うと?」

「僕たちは連絡員として穏健派に派遣されたはずです。本来ならラサラス王女の傍にいて情報を交換しなければならないはず。しかし、今の状態は軟禁です」


「確かに…」


 2人がそこまで話していると、親衛隊員が食事を運んできた。タニアは思い切って話しかけてみた。


「あの…」

「なんだ」


 獣人の隊員はぶっきらぼうに答える。タニアは少し怖気づいたが勇気を出して続けた。


「私たち、ラサラス王女様かシェルタン大臣とお話がしたいんですけど…」

「だめだ」

「どうしてです?」

「サーグラス隊長の命令だ。お前たちをこの部屋から出すなと言われている」

「でも!」

「話は終わりだ。食事がすんだら外の仲間に声をかけろ」


 話をするのも面倒くさそうに、それだけ言うと親衛隊員はさっさと部屋を出て行った。


「ハインツ様…」

「何か匂うな」


「えっ! わ、私オナラとかしてません!」

「違いますよ。タニアさんの放屁なら僕は喜んで嗅ぎます。最後の一臭まで全て」

「まあ…。嬉しいです、ハインツ様」


「当然です。愛する女性の全てを知る。タニアさん、私は貴女の全てを愛しているのです。話は変わりますが、僕が言うのは親衛隊の事です。あのサーグラスという男、穏健派に属していると言いますが、僕たちに対する態度を見ると何か裏がありそうな気がするんです。タニアさんはどう思います」

「確かに言われてみれば…。そんな感じがします」


「タニアさん、ここを抜け出て王女様か大臣の元に行ってみませんか?」

「ハインツ様。はい、貴方とならどこまでも。タニアは貴方の妻ですから!」

「タニアさん…。ああ、貴女は本当に素敵だ。タニアさん、君はとんでもないものを盗んでいきました。僕の…心です」」

「ハインツ様も私の心を奪った悪い泥棒さん、です♡」


 見つめ合う2人。近づく唇と唇。あと数センチというところでタニアが「あっ!」と声を出してハインツを押し飛ばした。亜人のパワーで壁に叩きつけられたハインツは体が変な方向にねじ曲がっている。


「キャアアアア! ハインツさまぁ~」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ユウキさんが暗黒の魔女…。国を破壊し、大勢の人を虐殺したという災厄の存在…」

「母上…」


 衝撃の発言を聞いたイレーネは真っ青な顔をして、小刻みに震えている。ヴァルターも母親に寄り添って手を握るが、自分自身もまだ信じられないでいた。あのユウキが暗黒の魔女だったなんて。ヴィルヘルムとフォルトゥーナがユウキがなぜそうなったか、そのような事をしたか、知る限りの経緯を話すが頭に入ってこない。


 イレーネは混乱していた。自分自身の知るユウキは、冒険者として超一流だけどおっちょこちょいで可愛らしく、とても純粋な心を持った素直な女の子。兄妹の絆を取り戻し、ヴァルターを真面まともにしてくれた恩人だ。そして自分にも優しく接してくれる。体形が似ていることもあって、昔の自分のドレスで着せ替えをして楽しんだりもした。また、疲れているだろうと肩を揉んだり、代わりに色々とお手伝いしてくれもした。あの、笑顔の素敵な優しい子が大勢の人を殺したなんて信じられない。自分はその事実を知ってもユウキと今まで通り接する事が出来るのだろうか。ふと自分に寄り添う息子の顔を見る。そしてハッとした。


 息子は、ヴァルターの瞳は澄んでいた。あの力強い輝きはユウキという1人の少女を信じている。イレーネは胸に手を当て、遠い空の下で旅をしている少女を想う。夫もフォルトゥーナもマーガレットも言ったではないか。彼女の歩んできた辛く悲しい現実、それが故に魔女と化してしまったのは悲劇だったと。今の彼女は悲しみを癒し、幸せを求める1人の女の子なのだ。イレーネは自分の娘のように思って来た少女…ユウキという名の少女を助けたい。そして幸せにしてあげたい。そのためには何でもすると決意するのであった。


「ふふふ…、フォルトゥーナも皆さんも何をおっしゃっているのかしら」


 難しい顔をして考え込んでいたイレーネが、突然明るい顔をして笑い出した。


「イレーネ?」

「母上?」


 ヴィルヘルムが困惑した声で妻の名前を呼び、同様にヴァルターも母に声をかける。


「皆さん、何か勘違いをなさっているのではないかしら。ユウキ・タカシナさんは「暗黒の魔女」ではありません」

「イレーネ、これは事実なのよ。現実から逃げないで」


「フォルトゥーナ。私は逃げてはいませんよ。「暗黒の魔女」は確かにいた。でも、それは遠い北の大陸、ロディニア王国での事。では、私たちの知るユウキ・タカシナさんは「暗黒の魔女」なのかしら。この国に災厄をもたらす存在なのかしら。フォルトゥーナ、どうなの?」

「そ、それは…」


「なぜ直ぐに答えられないの。私は答えられますよ。ユウキさんはとても優しい心を持ったチャーミングな女性です。この大陸を旅して何かを見つけようとしている不思議な女の子。ただそれだけですよ。違いますか」


「イレーネ…。そうね、その通りだわ!」


 フォルトゥーナがイレーネの手を取って力強く頷く。


「あなた、いえヴィルヘルム。ウルの思惑が何であろうと、ユウキさんは私たちの家族も同然。家族は助け合わなければいけないわ」


 イレーネの言葉にその場の全員が力強く頷く。平和のためウルの企みを潰し、ユウキの幸せを守る。宰相家一家とマーガレットは決意も新たにしたのだった。


「それに、ヴァルターさんのお嫁さんにはユウキさんと決めているんですからね」

「あら、我が娘ラピスこそお嫁さんに相応しいわ」


「あらら~。フランちゃんやミュラー君が知ったらどうなるかしら~」

「勘弁してください…」


 頭を抱えるヴァルターをからかうフォルトゥーナ。緩やかになった空気の中、ヴィルヘルムだけはウルの企てに対する対抗策を考えるのであった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「痛たた…」

「ごめんなさいハインツ様。私ったら…」

「大丈夫です。僕は貴女を残して死にまっしぇんので。ところで、どうしたんですか」


「はい、これです!」

「これは…。ただのバッグのように見えますが」


「むふふ、これはですね「マジックバッグ」です。父が何かあった時のために持たせてくれたんです。中には携帯食料や私たちの変装衣装が入れられているそうです」

「それは凄い。流石は御義父上」


 2人はマジックバッグから衣装を取り出してみる。まず出てきたのはくたびれた作業服の上下と軍手。次に出てきたのは胸元が大きく開いた膝上スカートのちょっとエッチなメイド服に護身用ダガーが2本。


「…………」

「き、きっと御義父上には考えがあって、入れてくれたと思うのです」

「はい…。そうですね。着替えましょう。ハインツ様は向こうを向いてください」


 それぞれ衣装に着替えてみる。ハインツはどう見てもしょぼくれて人生に疲れた作業員にしか見えない。髪の毛で耳を隠し、作業帽を被って人であることを誤魔化す。ダガーを腰に差し、上着の下に隠した。


 メイド服を着てレースのバンダナを頭に装着したタニアはかくも美しい。ハインツは「ほう…」とため息をついて見とれ、本人はテレテレと恥ずかしがる。大きく開いた胸元から覘く巨乳の谷間が超絶に色っぽい。たっぷりと1時間は見つめ合った2人は満足すると、こそこそと扉に近づき、そっと少しだけ開けて様子を伺う。


「見張りは1人だけですね」

「よし、タニアさん。アイツをこの部屋に呼び入れてください。そうしたら僕が隙を作ります。タニアさんはアイツを気絶させてください。その間にこの部屋を出ましょう」


 タニアはこくんと頷くと、扉から顔だけ出して見張りの兵士に声をかけた。


「ああ~ん♡ 体が火照って困っちゃう…。ねえ、そこのアナタ。お胸を搔いてくださらな~い♡」

「お、おお…(そういえば、あの女のおっぱい、凄くデカかったな。うへへ)」


 美少女の悩まし気な誘惑に、危機感を一切持たずにふらふらと部屋に入ってくる。


「お、おい。おっぱいのどこが痒いんだ」

「ここだ!」


 目の前に男が現れ、バインと平坦でお色気度0の胸を見せる。見張りの兵士が「お、おっぱいは?」とハインツの胸に気を取られた一瞬の隙に、タニアがスモールソードの柄で兵士の頭をガツン!と叩いた。


「オパッ!」と言って倒れた兵士の腹に強烈な蹴りを入れて意識を刈り取ったハインツ。服を直しながら兵士に向かって言い放った。


「タニアさんの美巨乳は絶対不可侵の僕のもの。貴様なんぞ下劣な輩が見ていいものではない!」

「ああ、ハインツ様。タニアの体は全てハインツ様のもの…」

「タニアさん…」

「ハインツ様…」


 再び見つめ合う2人。たっぷり時間をかけてお互いのきずなを確認して満足すると、倒れている兵士をベルトで緊縛し、猿轡を噛ませてソファの裏に転がして入口から見えないように隠した。


 扉を少し開け、廊下の様子を伺うと誰もいない。ハインツとタニアは頷き合うと、そっと部屋から出て、宮殿の奥に向かって走り出すのであった。

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[良い点] ユウキの危機か?と緊張しかけましたが、ハインツとタニアのやり取りで気が抜けました。 [一言] ユウキには少しでも早く幸せになれるよう呪いをかけておきます
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