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第358話 恐怖!天空歩道

 タンムーズ山脈の奥地を目指すエヴァリーナ一行。山道は狭く縦列になって進む。アルテナはミュラーに肩車してもらい先頭に立って一行を案内し、続くエヴァリーナにはフランがぴったり付いて周囲を警戒する。最後尾にはレオンハルトが立ち、後方に注意を払う。山岳地帯の高度が上がるにつれ、樹木や草木が少なくなり、やがて岩場や大小様々な転石が広がる荒場が続く尾根伝いの道となった。


「結構、高度がありますわね」


 エヴァリーナたちの進む道は一方が切り立った壁状の崖になっており、もう一方が深い谷になっていて、そーっとのぞくとはるか下に川の流れが見える。しかし、この辺りはまだ道幅が1m位はあり、歩くには支障がない。だが、さすがにバランスを崩したら危険なので、アルテナはミュラーから降りて手をつないで歩き始めた。


 途中、開けた場所で休憩と食事を取り、再び先に進み始める。2時間ほど進むと、目の前に大きな山体が立ちはだかるのが見えた。


「お前たち、ここが「落ちたら死ぬ」で有名な天空歩道だ」


 アルテナが懐から紙を出して説明書きを読み上げる。それによると、天空歩道は岩壁を削って通された区間であり、道幅が狭く足場も不安定な箇所が連続する。組んだ丸太を渡した桟道が随所に設けられており、山側に手すりとしてロープが張られている場所もあるが、ほとんどの区間には体を支えるものがない。さらに、谷側には転落防止用の柵などはないし、谷は高さ100m近くあって、滑落しても急峻な谷に降りることは不可能なため、捜索はできないとのことであった。


「ごくり…。想像以上に凄い道ですわね」

「足を滑らせたら終りだ。慎重に行こうぜ」


 全員頷いて、タンムーズ山脈奥地へ向かう最大の難所「天空歩道」に足を踏み入れた。先頭を歩くはレオンハルト。次いでアルテナとミュラー、エヴァリーナ、リューリィ、貧乳シスターズと続き、最後尾はエマ、レイラが務め、後方警戒を行う。


 最初は岩場を削った半円状の区間で、高さは180cm、幅は30cmほど。手摺もないため、岩の壁に身を寄せて慎重に歩く。通路部分には岩壁から剥がれ落ちたと思われる小石が散らばっており、うっかり足を載せるとズルっと滑る。


「きゃあっ!」

「大丈夫ですか、エヴァリーナ様」


 足を滑らせたエヴァリーナ。後ろを歩くリューリィが間一髪、腕を取ってくれたお陰で崖下に落ちるのは防がれたが、はるか下に小石が落ちていく様子を見てゾッとする。


「あ、ありがとうございます。リューリィさん」

「足元はかなり滑りやすいぞ。全員岩壁に手をついて慎重に歩くんだ」


 レオンハルトが全員に注意喚起する。いつも煩いアルテナも黙ってミュラーに手を引かれて慎重に歩を進め、貧乳シスターズやエマ、レイラも顔を青ざめさせながら、ゆっくりと歩いている。


 約1kmほど進むと平坦な道から谷に向かってやや斜めになった道に切り替わり、一層危険となった。歩きやすくするためか、所々にある大きな岩と岩の間を、数本の丸太を組んだだけの桟道が渡してある。見ると桟道がない場所もあり、そのような場所は斜面から落ちないよう、壁側に手摺代わりのロープが張られている。


「こ…、これはなんというか…」

「こわ…」

「進みたくない…。でも、後戻りもできない…。泣きたい」


 余りにも危険な道(?)に女性陣が泣き言を言い始めたが、レオンハルトは「行くぞ」と言って桟道に足を踏み入れ、ミュラーとアルテナが続く。アルテナの顔は引き攣り、ミュラーの手をしっかり握っている。

 3人が進むのを見て、エヴァリーナも桟道に足をかけた。簡単に細い丸太を組んだだけの桟道は「ギッギッ」と音を立て、女の子の体重でも容易に歪んで軋んだ音をたて、それが恐怖心を一層煽る。女子同士ペアを組んで手をつないで慎重に歩く。


 1時間以上もかけて桟道回廊歩き、間もなく抜けようかと思われたとき、エヴァリーナの後方で悲鳴が上がった。驚いて振り向くとソフィが足滑らせ、参道から滑落している。ティラとルゥルゥが咄嗟にソフィの手を握んで落下させまいと、腹這いになって引っ張り上げようとしているが、足場がなく力が抜けているソフィは重く、なかなか引き上げられない。


「うぐっ…」

「ぐうぅ…っ」

「ティラさん、ルゥルゥさん、大丈夫!?」


 最後尾にいたエマとレイアが慌てて2人に駆け寄り、足を押さえてずり落ちるのを防ぐが、狭い桟道のことで自分の体を固定することが難しい。それでも何とか壁岩に設置されているロープを握んで何とか滑落するのを防いだ。


「うぐぐ…。ソフィ、何とか上がってきて…。あまり長くはもたないよ」

「う、うん…。でも、足場がないよ。何とか足を掛けられれば…」


 ソフィは何とか桟道に上がろうと悪戦苦闘している。見かねたミュラーがアルテナを岩壁に押し付け、動かないように言うとソフィたちのもとに動いた。


「アルテナ、岩にしがみ付いてろ。動くんじゃねえぞ」

「わ、わかったのだ」


 ミュラーの後にフランも続く。ティラの上に覆いかぶさったミュラーはソフィの手を取ってグイっと引き上げた。ミュラーの呼吸に合わせてティラ、ルゥルゥもソフィを引き上げる。体が持ち上がったことで、岩の出っ張りに足を掛けることができ、ソフィは何とか桟道の丸太を握む事ができ、落下の恐怖から脱することができた。


「ふう、何とかなりましたわね」


 安堵の声を出すエヴァリーナの目の前で、アルテナがつかんでいた岩がぼろっと崩れた。ふらーと谷底に向かって体が倒れていく。アルテナは状況が理解できず、素っ頓狂な声を出し、次いで悲鳴を上げる。


「えっ…、あれ? わわ、きゃああーっ」

「アルテナ様!」


 谷底に落ちる寸前、エヴァリーナがアルテナの手を握むが、不安定な足場のためアルテナの体重を支えることができず、エヴァリーナも谷底に向かって体がもっていかれる。


(落ちる! ユウキさん、お兄様ごめんなさい…)


 体が完全に谷側に投げ出され、死と任務の失敗を覚悟したエヴァリーナ。その時、彼女の腕をしっかりと握む者がいた。見るとレオンハルトが崖に身を乗り出してエヴァリーナを支えている。レオンハルトは腕に力を込めて全力で引き上げた。


「エヴァリーナさん、今助ける。アルテナ姫を離すんじゃないぞ。それと、絶対に下を見るんじゃないぞ! ぬぉおおおおお!!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ…。はぁ…」

「はあ、はあ、はあ…、ごくっ」

「ふぇえええん、怖かったよー」


「た、助かりました。ありがとうございます。レオンハルトさん」

「危なかったな。助けられてよかったぜ。アルテナ姫も大丈夫か」

「ふぇえええーん。ありがとう。ありがとうなのだ。得体のしれない男」


「ひでぇ認識だな…」

「そういえば、ソフィはどうなったんですの」


 エヴァリーナが後方を見ると、ミュラーとルゥルゥによってソフィは崖から引き上げられたところだった。顔は青ざめブルブルと震えている。ティラとフランがソフィの手を取って良かった良かったと涙ぐんでいる。エマとレイラも安堵した顔で桟道に座り込んでいた。ソフィを助け終えたミュラーがアルテナの元に歩いてきた。


「大丈夫だったか、アルテナ」

「ミュラー。エヴァとこの男が助けてくれたのだ。すっごく怖かったのだ…。もうわらわの手を離しちゃダメなのだ」

「オレはお前のお守じゃ無いんだがな…。あ~あ、お前がユウキちゃんだったらな」


「むぅ~。そんなにユウキという女がよいのか。なあ、エヴァ。ユウキとはどんな女なのだ? ラサラス姉さまより美人なのか?」

「そうですわね。ユウキさんは物凄い美人で、スタイルもぼっきゅんぼんのエロボディ。性格も優しくて思いやりのある素晴らしい女性です。申し訳ありませんけど、ラサラス様よりユウキさんの方が美人だと思いますわ」


「ほうほう…。一度会ってみたいものだな」

「ふふ、きっと直ぐに仲良くなると思いますわ」


 一行が落ち着いたのを見計らって、レオンハルトが「出発しよう」と声をかけた。再び隊列を組み直し、慎重に足元を確認しながら進み始めた。しかし…、


「うう…怖いのだ…」

「しがみ付くなよ。歩きにくいだろ」

「じゃあ、抱っこして。抱っこー」

「クソガキ…。お前、もう10歳だろうが。なに甘えてんだよ…ったく。ほらよ(む…、ガキのくせにいい匂いがするぞ)」


「ミュラーって、やっぱロリコンだったんだ。あのだらしない顔、あたい、振られて良かったと思えてきた…」

「ほらルゥルゥさん、よそ見しない。手を繋いでいきましょう」

「う、うん。ありがとうリューリィ君(ヤダ、意外と逞しい手だよ。ドキドキ)」


「行くぞ、皆の衆!」

『ハイ、ティラ隊長』

「秘技! クラブ・ウォーク!」


 ティラを先頭に女性陣がお互いの手を繋いで連結すると、壁岩に背を着き、正面に谷側を向いてカニ歩きでじりじりと進む。その姿は滑稽そのもの。先ほどまでの緊張感は全くない。

 後方連中を見て先頭を進むレオンハルトとエヴァリーナは頭が痛くなってきた。危険な天空歩道はまだまだ終りが見えないと言うのに、この緊張感の無さは一体何なのだろうか。


「エヴァリーナさん。あんた偉いよ」

「言いたいことはわかります。この旅でメンタルは鍛えられました」


 レオンハルトは再び隊列の先頭になって進み始めた。エヴァリーナは文句も言わず先頭に立つレオンハルトの誠実さに好感を持った。それに何故か背中に背負っているハルバードを見ていると安心感を覚える。エヴァリーナはそっと手を伸ばして前を進む男性の服の裾を握んだ。


(ん…? また道が険しくなったし、緊張しているのか?)


 歩く速度を落として、エヴァリーナを庇うような姿勢を取って歩くレオンハルト。急に顔の傍に背中が近づいたことで、ドキッとして顔が赤くなるエヴァリーナ。後方の面白軍団にバレないよう、地面を確認するフリをして下を見るが、思わず裾を握む手に力が入るのであった。


(私、どうしたのかしら。何でドキドキしてるの? きっと先ほど助けてもらったからに違いありません。そうです、私はそんなチョロい女じゃ無くてよ。もう…)


 何とか死の桟道区間を抜けたエヴァリーナたち。ほっとするのも束の間、目の前には崖を流れるいくつもの急流とその上に架かる細い丸太を組んだだけの橋。よく見ると洗い越しになっている部分もある。今まで通ってきたルートが可愛らしく見えるほどの危険区間だ。しかし、今更戻るわけにはいかない。先頭を行くレオンハルトとエヴァリーナは覚悟を決めた。危険を承知で一歩踏み出す。その時、後方から女子連中の切迫した声が上がった。


「エヴァリーナ様大変です!」

「ど、どうなさったの!?」


「おしっこがしたくなりました!」

「私もです!」

「わらわもなのだ」

「膀胱満タン、尿意信号ビンビン!」


「な…、なんですとー!」

 周りを見回すが、小用を足せる場所も隠れる場所もない。そういえばエヴァリーナ自身も尿意を催してきたような気がする。


(や、ヤバいです…。どうしましょう。大ピンチです)


「エヴァリーナさん。川の上の桟橋で小用を足すといい。男連中はこの先で待ってる」


 レオンハルトはそう言ってミュラーとリューリィに手招きして合図すると、先に進んでいった。3人の姿が岩壁の向こうに消えたのを確認したエヴァリーナは後ろを振り向いて、


「今です。ここでしてください」


 と言ったが、みんな顔を赤らめてもじもじして誰も動かない。


「え~、みんなの前でですか~。恥ずかしいですよう」

「もう、我儘ですね。仕方ありません。私が手本を見せます」


 エヴァリーナは比較的緩やかな川の上に架かる小橋の上に立つと、パンツに手をかけてズボッと膝下まで豪快に下げ、屈んで小用を足し始めた。宰相令嬢の恥も外聞も投げ捨てた豪快行為に、おしっこを我慢していたアルテナを始めとする女子連中が唖然とするが、次々とパンツを下ろして放尿を始めた。


 レオンハルトとミュラー、リューリィが少し広くなった場所で待っていると、すっきりした顔の少女たちが合流してきた。早速アルテナとミュラー、リューリィとルゥルゥ、新たにレイラを加えた貧乳シスターズ+エマが手を繋ぐ。一人あぶれたエヴァリーナはそっとレオンハルトに手を差し伸べた。


 レオンハルトは少しの間逡巡したものの、その手を取って先を進み始めたのだった。


(とんだトラブルでしたわ。レオンハルトさんやミュラーにおしっこの音聞かれなかったですわよね。うう、思い出したら猛烈に恥ずかしくなってきました…)


 仕方ないとはいえ、隠れる場所もない道中で放尿するという行為に恥ずかしくなったエヴァリーナ。その事実を知っている男性と手をつなぐ行為にも恥ずかしくなるが、自分から手を差し伸べたことに対しても、小さな驚きを隠せなかった。


 何とか事故もなく小さな橋と洗い越しが連続する危険な回廊は抜けた。天空歩道も間もなく終わる。そうなれば道が広くなり、この手を離さなければならなくなる。そう思ったら少し寂しく感じるエヴァリーナだった。

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