第357話 タンムーズ山脈を目指して
ウルの首都ゼノビアからタンムーズ山脈までは結構遠い。まず、馬車で2日ほどの場所にある山麓の町ゼッダに向かい、そこから狭い山道を徒歩で移動する。ハルワタートたちは山脈の奥深くの鉱山洞窟に向かったとのこと。目的地までは急な山道を抜け、いくつかの尾根を超えるため、途中の宿場を経由しても約10日はかかる。エヴァリーナ一行は山岳登山に備えてゼッダに宿を取り、装備を整えることにした。
「ところで、私は確か2人に連絡調整係を命じたハズですが、どうしてここにいるのですか? ソフィ、ティラ」
「アハハ、フォルトゥーナ様が連絡調整は軍の協力を得るから、娘の手伝いをするようにって言って下さったので」
「冥府魔道を行く女ティラ。ソフィ、フランと一緒に貧乳道を極めし者。三位一体でこそ最大の力を発揮するのです」
「フランもこの2人と一緒がいいです。エヴァリーナ様も加えて貧乳四天王と名乗りたいです。おお、強そう」
「貧乳四天王…。何かこう、心に来るものが全くありませんね。三位一体の使い方も間違ってますし。でも、まあ、お母さまの指示なら仕方ないです。同行を認めましょう」
「やったー!」
一緒に任務を遂行できる喜びにパーンとハイタッチをする貧乳シスターズ。エヴァリーナにも求めてきて、嫌々ながらタッチする。それを見てぷふっと笑うルゥルゥ。エヴァリーナの屈辱メーターが振り切れそうになるが、忍耐力を最大限に発揮して我慢した。一方、エヴァリーナと比類なきトラブルメーカーのこの男はというと…。
「おい…」
「なんだミュラー」
「お前はいつまでオレの肩に乗っかっているんだよ! 重いんだよ、降りろ!」
「ヤダもーん。ほら、歩け歩け。あはははは!」
「このクソガキ…」
「むふー、本当はわらわのお股に挟まれて嬉しいくせにぃー」
「バッ、バカ野郎。ホントの…い、いや変な事を言うんじゃねえ」
「やーい、ミュラーのえっちぃー」
アルテナはパタパタと足を開いたり閉じたりしてミュラーの顔を太ももでぺしぺしする。柔らかい感触に満更でもない顔のミュラーを見て、じとーっとチームの女性陣の冷たい視線が突き刺さる。
「ねえねえ、リューリィさんて、肌がきれいですよね。どんな化粧品使ってるんですか」
「ホント、足も細くてキレイだし。ムダ毛処理の秘訣を教えて欲しいな~」
「えへへ~。そんな特別なモノじゃないですよ。ボクはインペリアル・ビューティー社の乳液を愛用してるんです」
「あ、それ、私たちも愛用してるんですよー」
「え~っ、みんないいな~。あたいは村に自生しているヘチィマ水だよ」
「じゃあ、ボクの試してみます?」
「いいの! 嬉しいなっ!」
いつの間にかエマとレイラにルゥルゥを加えた3人はリューリィと仲良くなって、ずっと美容の話題で盛り上がっていて、うるさい。
「アンタ、この連中をずっと率いてきたのか…。尊敬するぜ」
「まあ、仕方なく…」
全くまとまりのないメンバーを見て、諦めを滲ませた目をしたエヴァリーナがレオンハルトにぼそりと言う。
「ため息ばかりついても仕方ありませんわ。宿を探しに行きませんか?」
「そうだな…。コイツらは役に立ちそうもねえしな」
村の広場でギャアギャア騒ぐメンバーと、何事かと遠巻きに見ている町の人たちからそっと離れ、エヴァリーナとレオンハルトの2人はため息をつきつき宿探しに行く事にしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ゼッダの宿の酒場で…
「きゃーはははは!」
「ヴァルターのクソバカマザコン野郎。デカい乳がそんなにいいのかっての! だったらママのおっぱいでも吸ってろってーの!」
「フランよく言った! ママ~、おっぱい飲ませて~ってか。ぎゃはははは!」
豪快に酒をあおり、料理を口に運びながらギャハハと笑う貧乳シスターズ3人組。胸の大きさをこれ見よがしに自慢する女と、乳の魔力に落ちた男の悪口を言い合って、がぶがぶ酒を飲んではバンバンとテーブルを叩く。周囲の客は凄く迷惑そうだ。
「ミュラー、あーん」
「ほらよ。くっそ、何でオレがこんな事を…。仮にも俺は帝国第1皇子だぞ。ああ、ユウキちゃんにだったら、全身全霊を込めて食べさせてあげるのに…」
「もぐもぐもぐ…。あーん」
「ハッ、目の前にユウキちゃんが! ユウキちゃん、オレが口移しで食べさせて上げるぜ」
「むぐっ…。わー待て待て、やだやだチューで食べさせてもらうのはヤダー!!」
プルプ(たこ)のようにすぼめた口を突き出して迫るミュラーの顔を必死に押さえるアルテナ。ヴァージンリップが奪われそうになる寸前、ルゥルゥの強烈なパンチがミュラーの顔面を捉えた。床に沈んだミュラーに馬乗りになってバシバシしばき始めるアルテナ。暴れるたびにホコリが舞って周囲の客は迷惑そうだ。
「リューリィさん、なんでそんなに美しいのー」
「卑怯よー。男なのに女の子より美人なんてー。ひっく…」
「いやぁ~ん、お肌スベスベぇ~」
「おわ! ホントに股間に棒状のモノがある。意外とデカイ。やっだー!」
「やっ、止めてください! あん、股間はだめですよー」
リューリィにしな垂れかかって、酒を飲み飲み体を弄るエマとレイラ。顔や胸ならまだしも、股間を触ってはキャハハと大声で笑い、レオンハルトへの不満を言ってはグスグスと泣き出す。
「レオンハルトってイ〇ポなの!? こんな美少女2人も侍らせてさ、ぜんっぜん手を出さないんですけど。私だってユウキさんには及ばないものの、いいおっぱいしてると思うんだけどなー。はっ、ま、まさかロリ…、ロリなの!?」
「そうそう、絶対そう。だってスレンダーの私にも手を出さないもの。きっとアルテナちゃんのようなロリが好きなのよ。絶対そうだわー! うわぁあああん。一目惚れした男がロリだったー!」
酒を飲んでも飲まれるな。その言葉を忘却の彼方に置いたエマとレイラは酒をがぶ飲みし、大声で泣きわめいたと思ったら大笑いを始め、非常にうるさく、周囲の客は迷惑そうだ。そこにバーンと大きな音がして、ティラがテーブルの上に立ち上がった。その場にいた全員の注目が集まる。
「世の中の男たちに貧乳の素晴らしさを知らしめる時が来ました。我々は「貧乳教」を立ち上げましたのれす。皆の者、教祖フランを称えるのれすー!」
「立ち上がれ貧乳の民よ! 殲滅せよ巨乳! ジーク、フラン!! ごくごく…ぷはーっ」
「巨乳好きな男ども、あたしはあえて言おう。カスであると!!」
おおーっ!と気勢をMAXまで上げる貧乳シスターズ。周囲の客は何か変わったものでも見るような視線を送っているが、全く気にしていない。
「なあ、俺たちの任務は目立っちゃいけねぇんじゃなかったのか…」
「もう諦めました。乱闘騒ぎを起こさないだけマシというものです」
「でも、メンバーが増えて、何か一層酷くなったような…」
離れた場所で、チビリチビリと酒を飲みながら、死んだ目をして喧騒を眺めるエヴァリーナ様とレオンハルト。そして、エマとレイラのおさわりから逃げてきたリューリィ。
「仕方ないですわ。私たちだけで今後の計画を立てましょう」
「アンタも大変だな」
「レオンハルトさんの仲間も相当だと思います」
「済まなかったな。しかし、俺もすっかりロリコンにされてしまったぜ…」
『はぁ~~』
ため息しか出ないエヴァリーナたちだった…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝…
宿を早々に清算し、ゼッダの町を抜けてタンムーズ山脈へ至る山道の手前まで来た一行。しかし、今だ山道へ足を踏み入れてはいなかった。その理由は…。
『うげぇ~、げろげろげろ…』
貧乳シスターズとミュラー、ルゥルゥ、エマ、レイラは結局夜明けまで飲み続けたため、出発前から酩酊状態であり、何とか我慢して歩いてきたものの、とうとう限界にきて、一斉に嘔吐タイムに入ったのだった。道端に一列に並んでキラキラしたものを吐き出している。妙齢の女性が揃いも揃って嘔吐し続ける姿を見たら、どんな男だって遠慮したくなるだろう。現に街道を歩く獣人亜人の皆さんは、得体の知れないモノを見たと足早に通り過ぎていく。
『エロロロロ…。ゲホ、ゲホッ』
「うう、気持ち悪い…死にたい」
毎度のことで頭に来たエヴァリーナは使い過ぎで壊れたハリセンの代わりに新たに作り直した「ハリセンMkⅡ」を取り出すと、バシンバシンと嘔吐組のケツをシバキ倒し始めた。「いったーい!」と言って尻を押さえる女性たち&ミュラー。
「この…、大バカ者ども! 毎度毎度羽目を外して大騒ぎしてゲロを吐く。お前らには学習能力がないのか! もう頭に来た。貴様ら休むのは許さん! 立て、立って歩け!」
お腹を押さえて背中を丸め、青ざめた顔をして歩き始めた酔っ払いたち。のろのろ歩く姿はさながらゾンビのようで、街道を歩く一般の方々を恐怖に陥れる。そのゾンビたちをバシーン、べシーンとハリセンMkⅡで叩いて追い立てるエヴァリーナ。あっという間に一行のカラーに染め上げられたエマとレイラを見て、レオンハルトは大きくため息をつき、今後の任務の行方に大きな不安を感じるのであった。
(残ったのは失敗だったか…)
一行の最後方を不安げに歩くレオンハルトの背中がぽんぽんと叩かれる。振り向くと、全てを悟ったような顔のリューリィがうんうんと頷いていたのだった。
タンムーズ山脈の奥地、ハルワタートが向かった鉱山調査地までは「天空歩道」という名の道が続いているが、街道とは名ばかりの狭隘な山道で、場所によっては断崖絶壁に沿って長い道のりを歩く危険箇所の多いコースとなり、避難場所や迂回ルートは存在しないとのこと。
「道が狭くなりましたわね」
「ここはまだ広い方だぞ。この先の「天空歩道」は毎年春に鉱山労働者が道の整備をするが、それでも滑落事故で命を落とす者がいる、とても危険な道なのだ。心して行かねば死んじゃうのだ」
「ハルワタート王子はこんな道に、よく軍を連れて行きましたわね」
「兄上は別ルートを使ったと思うぞ。そちらは時間はかかるが、道が広くて安全だからな」
「お前、そんな道があるなら、何でオレたちをこんな危ない道に案内したんだよ」
「サーグラスに教えてもらったのだ。この道は危険だが、無事突破できれば兄上に先行できるとな。奴め、臆病者は安全な道しか選ばぬ。わらわは臆病者と勇者どちらなのかと抜かしおった。もちろん、わらわは勇者だと応えてやったわ」
「サーグラス…だと」
「ミュラー、まさかとは思いますが、あの方、わざと危険な道を勧めたのでは…」
「エヴァリーナさん、この先に広いキャンプ地がある。そこで一晩休憩を取ろう。乱痴気騒ぎの疲れが残っている状態で断崖絶壁に刻まれた道を進むのは危険だ。ここは休憩して体調を整えたほうがいい」
「レオンハルトさん。そうですわね、皆さんキャンプの準備をお願いします」
『は~~~い』
全員やる気のない返事をして、のろのろとのキャンプ地へ移動する。レオンハルトはリューリィに声をかけて食事用の狩りに出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗くなったキャンプ地にパチパチとたき火が爆ぜる音が響く。レオンハルトたちが捕まえてきた鹿を解体して、塩コショウと魚醤をベースにしたタレで肉を焼いて夕飯とした。お腹いっぱいになったアルテナが寝てしまったので、ルゥルゥがテントに連れて行き、ソフィとティラは近くの小川に食器を洗いに行っている。また、エマとレイラは周囲の見張りに立ったため、たき火の周りにはエヴァリーナとミュラー、リューリィ、フランにレオンハルトの5人だけだ。
「昼間のアルテナ様の話、どう思います?」
鉄製のカップに注がれたお茶をフーフーしながら、エヴァリーナがその場の全員に話しかける。
「サーグラスがこのルートを勧めたという話だな」
「何か魂胆があるのでしょうか」
「分かりませんね。ただ…」
「ただ何だ? リューリィ」
「ええ、彼は私たちにいい印象を持っていないようでした。アルテナ王女を焚きつけて危険なルートを、敢えて通らせるようにしたのではありませんか」
「まさか、さすがに考えすぎだと思いますよ。仮にそうだとしたら、アルテナ王女も巻き込んでしまいますわ」
エヴァリーナとミュラー、リューリィがサーグラスの思惑はどこにあるのか、意見を交わしている。フランは一言もしゃべらず木の枝でたき火の縁をかき回し、レオンハルトはお茶を飲みながら3人の話を聞き、思案している。
「もしかしたら、そのサーグラスという男、武断派にも通じているかもしれねぇな…」
レオンハルトの呟きに、エヴァリーナたちがハッとして振り向き、フランの手が止まる。
「まさか…。いや、否定も肯定も出来ませんね。情報が足りなさすぎます」
「そうだな、全ての可能性を考慮して事を進める必要があるな」
「賛成ですね」
「ミュラー、おしっこ~」
ピリピリした雰囲気の中に、気の抜けた声でやって来たのはアルテナ。
「何だよ。ルゥルゥはどうしたんだよ」
「ヘソ天で爆眠してるぅ~。揺すっても全然起きないのだ~。早く連れてって、漏らしそうなのだ~」
「くっそ、何でオレがこんな目に…。ほら、こっちだ」
離れた草むらにアルテナを連れて行くミュラーを見て、くすっと笑うエヴァリーナ。残ったメンバーに向かって、
「ふふ、微笑ましいな。さて、もう夜が遅いですし、休ませて貰いますね」
と言ってテントに戻っていった。レオンハルトとフランは見張りを交代するために立ち上がり、リューリィは火の番をしながらサーグラスの思惑はどこにあるのか、1人考えを巡らせるのであった。




