第356話 ユウキはやっぱり優しいお姉さんなのです
ポポを温め始めてから、一体どのくらい時間が経過しただろうか。魔力を使い果たして寝入ってしまったユウキが目を覚ますと、窓の外はすっかり明るくなっていた。外の雪は止み、青空が見えている。
「気が付いたか」
「う…ん、アンジェ…」
声の方に顔を向けるとアンジェリカが優しく見下ろしていた。宿屋の娘リーチェやレグルス、護衛騎士2名の姿も見える。
「わ、わたし…」
「おっと、まだ横になってた方がいい。ユウキは魔力の使い過ぎで消耗してしまっているからな」
「魔力、魔力を…。そうだ! ポポ、ポポは? い、いない…」
「アンジェ、ポポは? ポポはどこ! ま、まさか…」
ユウキはベッドから体を起こして、アンジェリカを掴んでポポはどこかと叫ぶ。毛布がはらりと落ち、大きな胸が露わになって、男たちの目が釘付けになる。
「ユウキ…」
その声にビクッと反応し、声のした方向を見ると、護衛騎士たちの後ろからレグルスに寄り添われたポポが恥ずかしそうに姿を見せた。
「ポ、ポポ…」
「ユウキ…、ユウキッ! うわあああああん!」
ポポは大粒の涙を流し、バタバタと駆け寄ってユウキに抱きついた。ユウキもひしっとポポの体を確かめるように強く抱きしめる。
「ポポ。温かい…。温かいよ、ポポの体。良かった、本当に良かった。死んじゃったらどうしようって、そればかり考えて…。うう、グスッ」
「ヒック…。ありがとうなのです。ポポのために魔力まで使って温めてくれて…。ユウキは、ユウキはやっぱり、ポポの優しいお姉さんなのです。グスッ…」
「良かった。ポポもユウキも…。本当に良かったな」
アンジェリカの瞳にも涙が光る。
「それと、ユウキ」
「?」
「ほら、おっぱいが丸見えだぞ。早く隠せ」
アンジェリカがどデカいブラジャーをユウキの目の前に差し出す。はたと一瞬考えた後に下を見ると、寝てるうちにブラが外れたのか、どでーんと自己主張している大きなお胸。当然先っぽも隠れていない。ババっと腕を回して胸を隠し、部屋の中の人たちを見る。アンジェリカは呆れたように笑い、リーチェは羨ましそうに自分の胸と比べている。そして…、2人の護衛騎士は目をカッと見開いて美しき巨乳を脳のメモリーにしっかりと記録し、レグルスは真っ赤になって下を向いている。
「ぎゃあああ! は、恥ずかしいー!」
ズボッと毛布を頭から被り、もじもじと身悶えする。その様子に全員が大笑いするのであった。
「やっぱりユウキは、いつものユウキなのです。あはっ、ありがとう、お姉さん…」
「ふふ、私もポポのお姉さんを自負しているのだがな」
ぽすっとポポの頭に手を置いて、ウインクするアンジェリカ。頭に乗せられた手に自分の手を重ね、ポポはニコッと笑って恥ずかしそうに言う。
「アンジェもポポの大切なお姉さんなのです。聞きました。多連装発射機のごとく氷の槍を発射し続け、ほとんど1人で盗賊団を壊滅させたとか。ありがとうなのです」
「なんか、微妙だな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ええー、わたし3日も寝ちゃってたの!? どうりでお腹空いたと思ったわ」
月影亭に宿をとったレグルスたちが自室に戻った後、ユウキは猛烈な空腹感に襲われ、急いで食事を用意してもらった。ベッドの中で上体を起こしてご飯を食べながら、事の顛末を聞いている。アンジェリカと護衛騎士によって壊滅させられた盗賊団の生き残りは聖都の騎士団が連行し、死体はその場に埋められたとのこと。聞けば、誘拐専門のかなりヤバい奴らだったみたいで、身なりの良い子供を誘拐しては身代金を要求し、金を受け取った後は死体にして返すというやり口だったという。
「これで誘拐事件は無くなるだろうって、聖王国騎士団の隊長が喜んでいたぞ」
「そうなんだ…。しかし、こういう時のためにエロモンを持たせたのに。ポポを危険な目に合わせるなんて、クソの役にも立たないわね!」
『そう言うな。儂は寒いのは苦手なのじゃ。盗賊を気絶させて逃げる隙を作っただけでも良しとせんか』
「ユウキ、ポポが盗賊に犯されそうになったのを助けてくれたのはエドモンズなのです。褒めてあげてください」
『デレた…。見たか聞いたか皆の衆、デレたぞついに。あのツンデレの極致、ツンツン女王のポポたんがついに儂にデレたのじゃ! 天よ聞け! 地よ叫べ! ぬををーっ! 我が人生に一片の悔いなし!』
「あっはっは。エドはどんな時も平常運転だな」
「やっぱり、クソったれの骸骨野郎なのです」
「ところで、どうだ体調は。ラファールには行けそうか?」
「うん、もう大丈夫だよ。明日には立とうか。お天気もよさそうだし」
「じゃあ、レグルスたちに伝えてくるのです」
パタパタと可愛い足音を立てて部屋を出て行くポポの背中を見てアンジェリカやエドモンズ三世は微笑ましくなった。しかし、この女だけは闇の感情を滾らせる。
「ポポはすっかりレグルス君と仲良くなったのだな」
「ふふ…本当に。微笑まし…くねーわ! 絶対に仲を引き裂いてやる。わたしより先に幸せになるなんて決して許さぬ。小娘には1億光年早いわ!」
『ユウキはもう駄目じゃな』
「これさえなきゃ、いい女なのになぁ~」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、すっかり体調も復調したユウキは、ポポやアンジェリカと旅立ちの準備を整えた。馬車はアンジェリカが朝のうちに引き取ってきて、宿の前で待機している。忘れ物がないか部屋の中を確認し終え、荷物をもって1階に降りるとレグルスたちが待っていた。彼らもラファールに向かうことから、一緒に行くことにしたのだ。
「お待たせしたのです。さあ、行きましょうです」
「待ってください! 私が、私がまだレグルス成分を補給し終えていません! すーはー、すーはー、すーっ、はーっ!」
アンナがレグルスを背後から抱きしめ、頭の匂いを思いっきり嗅いでいる。傍から見ると、とても異様だ。レグルスはとてもイヤそうな顔をしている。
「あの…、頭大丈夫なんですか? 彼女…」
「気にしたら負けだ。彼女に敵う変態はこの世にそうはいない。関わらない方がいい」
ユウキが不審者を見るような目で見て言うと、護衛騎士のうちレドモントという名の騎士が答えてくれた。もう1人の騎士を見ると視線を反らす。明らかに関わりたくない様子がありありと見える。
「あう…、坊ちゃんの体臭が全身を巡ります…。ああ、アソコが熱くな…」
「そこまでだ! このド変態メイド!」
「きゃん!」
レドモントがグレートソードの腹で思いっきりアンナの頭を打った。バコン!と大きな音とともに、ぐるぐると目を回してアンナが倒れた。2人の騎士は変態メイドの腕と足を持って、馬車の荷台に運んでいく。一方、変態メイドから解放されてホッと息をつくレグルスの下にポポがパタパタと走り寄った。
「大丈夫なのですか? とんでもない変態ですね。ポポたちの周りにいる精霊さんもドン引きしてるのです」
「なんとか…。アンナは悪い人ではないんだが、あの性癖がね…」
「さあ、出発しましょうです。ラファール国、楽しみなのです」
「ああ、着いたら色々案内してあげるよ」
レグルスが手を差し出す。ポポは恥ずかしそうにその手に自分の手を重ねようとした。しかし、初々しく頬を染める少年少女の間に素早く入り込む黒い影。
「さあポポ、一緒に行きましょうか!」
「え? ポポはレグルスと…」
「いいから!」
強引にポポの手を取るとサッサと馬車に向かうユウキ。面食らった顔をして連れ去られるポポと1人残されるレグルス。所在無げに差し出したままの手を優しく取ったアンジェリカは、ニコッと笑いかける。
「仕方ないな。お姉さんをエスコートする栄誉を与えよう。私とて中々の美女と自負しているんだ。年上もいいものだぞ」
「いや、結構です」
レグルスは手を離すと、ポポを追って駆け出した。残されたアンジェリカは呆れたように腕を上下させ、フルフルと頭を振って、苦笑いしながら馬車に向かう。
「はは…、今の私はユウキの気持ちがよく理解できるぞ。リア充は殲滅すべき相手という事がな」
御者台に座ったユウキが馬車の中を確認する。真ん中に縛られて悶えるアンナを置いて、片側に護衛騎士に挟まれたレグルス。対面に何故かアンジェリカに監視されているポポという配置だった。
リア充劇場をアンジェリカが阻止している事に満足して頷いたユウキは、ピシッと手綱で叩いて馬に合図を送ると、ラファールに向けて出発するのであった。街道の雪はほとんど溶け、地面は寒さでカチコチに固まっている。このため、車輪が泥濘に取られることはなさそうだ。
ユウキは馬を走らせながら冬の空を見上げる。夏の空と違って色褪せた感じがする青空は、遠い山々の向こうで白く霞んでいる。夏のキラキラ輝く空もいいが、冬の抜き身の刀のような冷たい感じがする空も嫌いではないと思う。
「さて、スバルーバルは楽しかったけど、永住候補になりそうな町はなかったな。今のところ、サヴォアコロネ村、グランドリュー、帝都にオーガの里ってところかな。ラファールではどんな出会いと体験が待っているんだろう。魔族の国か…。楽しみだな」
次に向かう国を思い浮かべ、期待に胸膨らませるユウキであった。
ここでスバルーバルの旅は終了です。いよいよ次は、魔族の国ラファールでの話になります。ラファールでの冒険を終えた後は、新たな章に入り、クライマックスに向かって話が進みます。ユウキの幸せを掴む旅、応援よろしくお願いします。
5話ほどエヴァリーナの話を挟みます。




