第353話 ロゼッタ村にて
「やっと到着したのです」
「魔力回復薬片手に転移魔法の連続発動は凄かったな。結局、何回転移したんだ」
「15回までは数えた。それ以降はわかんない…。数えきれないくらい飛んだ。ついでに頭の中も飛んで、10回以降は何も考えられなくなった」
「途中休憩でも凄かったのです。突然、荒野のど真ん中に走っていったと思ったら、いきなりスカートとパンツをずり下げて、ブリブリブリ! ブバババババ! とケツ穴から黄色い水様状糞便を排泄したのです」
「アレは凄かったな。休憩の度に放屁とともに下痢便だからな。しかも、周囲に人がいないからって、ケツも隠さずの排便だからな。年頃の女の子がそれでよいのか?」
「…だって、隠れる場所が無かったんだもん」
「ヴァルター様も一瞬で幻滅すると思うのです。野っ原で恥も外聞もなくケツ丸出しで野糞を垂れたと知ったら、美少女の幻想が木っ端みじんこなのです」
「うう、恥ずかしい。死にたい…」
「ははは、そう言うな。お陰で3週間の行程を3日に短縮できたんだからな。ポポもユウキの想い人に言っちゃならんぞ」
「お、想い人って…。そ、そんなんじゃないから。ヴァルター様は友だちのお兄さん。そう、ただのお兄さんなんだからね」
「はいはい、そうムキになるな」
「帝都に戻ったら、串焼き肉を奢るとよいのです」
「またそのネタを引っ張ってくるか…」
ユウキをからかいながら馬車を進めると、先ほどから見えていたコゼット村の小さな街並みが大きくなってきた。街の周囲は広大な放牧地で腰の高さまでの柵が延々と続いているが、季節が冬ということもあり、家畜の姿は見えない。きっと、厩舎の中に入れられているのであろう。また、街の中からは温泉の湯気がいくつも立ち昇っている。
村の畜産農家にお願いして馬車を預かってもらい、荷物を持って宿探しに出かける。空はどんよりと曇っていて今にも雪が降りだしそうだ。風も吹いてきてかなり肌寒い。
石畳の狭い道を通り、農家で教えてもらった宿屋街に向かう。寒いせいか歩く人も少なく、皆厚着をして足早に家路に向かっている。
広くない村だけに、すぐに宿屋街に到着した。宿屋といっても木造2階建てから3階建ての小さな宿が3軒並んでいるだけだ。ユウキはとりあえず、手前の「月影亭」と書かれた看板の宿に入った。中は4人から6人掛けの丸テーブルが数台並ぶ飲食スペースと奥に厨房とカウンター。どこでも見かける変哲もない一般的な作りをしている。カウンターの前まで行って、来客ベルを鳴らすと奥から中年のゴツイオヤジが出てきた。
「へいらっしゃい! 食事? お泊り? 部屋は開いてますぜ」
「は、はい。3人1部屋お願いしたいんですけど」
「おお! お嬢さん運がいい、4人部屋が1つ空いてますぜ。1人1泊2食で大銅貨7枚!いかがですか」
「で、では3泊お願いします。えと…」
ユウキは財布から銀貨6枚と大銅貨3枚をカウンターに置いた。
「ひーふーみー、毎度ありー。リーチェ! おいリーチェ! お客様を部屋に案内しろ!」
「声が大きいよお父さん! 聞こえてるよ、もう…」
厨房から1人の女の子が出て来た。歳の頃は14~15歳。犬耳とふさふさの尻尾を持った亜人の可愛い女の子だ。
「いらっしゃませー。あれ、あっそうか! わたしのお母さんは犬族なの。わたしはハーフってとこ。よろしくね」
リーチェに案内されて2階に上がり部屋に入る。8畳位の大きさでベッドが向かい合わせで2つずつ。小さなテーブルと椅子が2個。窓かは村の通りがよく見える。
「いい部屋だね」
「そうでしょう、温泉もいいのよ。何でも、ここの湯は炭酸泉っていって、お肌すべすべになって体もぽかぽかになるんだって。もちろん男女別だから安心してゆっくり入ってね。あと6時過ぎたら食事出せるよ。下のテーブルに部屋番号置いとくから、そこに座ってね」
リーチェは一気に捲し立てるとバタバタと下に降りて行った。残されたユウキたちは、顔を見合わせてクスっと笑うと、早速入浴の準備をして温泉に入ることにした。
浴場は1階の奥にあった。中に入って脱衣場で服を脱ぐ。しばらく、風呂に入っていない上、ユウキは魔力回復薬の強烈な副作用で下痢をしていたので、全身から異臭が漂ってきて、悲しくなる。
湯船に入る前に洗い場に3人並んで体を洗う。石鹸をたくさん使ってごしごし体をこすると垢がボロボロと落ちてきた。ユウキがムキになって体を擦っていると、先に洗い終えたポポがユウキの頭を洗ってくれる。
「ユウキは美人さんなのだから、キレイにしないとダメなのです」
時間をかけて体と髪を洗い臭いも取れてすっかりキレイになった。満足したユウキたちは湯船に入る。浴槽の底からぷくぷくと小さな泡が上がってきて、体に纏わりついて気持ちがいい。
「ふわわ~。何ていいお湯なの。泡が体を包み込んでとっても気持ちいい…」
「そうだなぁ。本当にいいお湯だ…。アレシアにもこれほどのお湯はないよ」
まったり気分でお湯につかっていると、ポポが静かなのに気づいた。見ると、じーっとユウキとアンジェリカの胸を見比べている。
「ユウキほどじゃないですけど、アンジェのお胸も意外と大きいのです。形もいいですし…。何故、ポポの胸は育たないのでしょうか。屈辱なのです」
「まあ、個人差ってヤツ? ポポはスレンダー体型がよく似合うよ。スレンダーは可愛い服も一杯あって羨ましいよ。おっぱいが大きいと、あまり可愛い服がないんだよね。エロいのはたくさんあるけど」
「私のサイズ(Ⅾカップ)までは、可愛いのあるぞ。ユウキのおっぱいが大きすぎるんだよ」
「大きなおっぱいは結構自慢なんだよね。そういえば、ロディニアにいた頃の友人に、わたしより大きい子がいたよ。貧乳の子から「超乳力者」とか「おっぱいお化け」とか言われたなあ」
「何じゃそりゃ。しかし、何を食べたらそんなに大きくなるんだ?」
「牛です。ユウキもその友人も前世は乳牛なのです」
(前世…か。実は9歳までは男の子でしたって言ったら、ビックリするだろうね)
お風呂でおっぱい談議に花を咲かせる美少女たち。幸せな時間がゆっくりと過ぎていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、寒さで目を覚ましたユウキが、カーテンを開けると外は雪が降っていて、うっすらと積もっていた。
「雪が降ってる…。どうりで寒いと思ったよ」
アンジェリカとポポを起こし、朝食を食べるために食堂に降りた。椅子に座ると直ぐにリーチェが朝食を運んできてくれた。
バターと蜂蜜をたっぷり塗ったトーストを食べながら、今日の予定を確認しあう。
「雪降りで寒いし、わたしは部屋でお手紙書きをしようかな。最近さぼってたし、出すところいっぱいあるしね」
「想い人にも出さなきゃな。会えなくて寂しいですって」
「ち、違うよ! ヴァルター様にもだ、出すけど、そんなんじゃないんだから!」
「プフフッ。私は、名前なんて言ってないぞ」
「ぐぬぬ…」
「私は本を読むことにするよ。ここの食堂で雪を見ながら読書っていうのも悪くない。ご主人の作るケーキも美味しいしな」
「優雅だね。たまにはゆっくり読書もいいよね」
「そうそうなのです。こんな雪の日は串焼き屋さんもお休みなのです」
「もういいって。それ!」
「ポポはどうするの?」
「村の中を探検してみたいです」
「いいけど…、何もない村だよ」
「でも、せっかく来たのに、宿の中に引き籠っていてはつまらないのです」
「わかったよ。ただ、気を付けていくんだよ」
「ハイなのです!」
3人の予定が決まったところで、それぞれが行動を開始した。防寒用の外出着を持っていなかったポポは、ユウキが14歳の頃着ていたフリフリブラウスに、リボンのアクセントが付いたジャケットを着て、緑色のミニプリーツスカートと黒のタイツに防寒ブーツを履いた。最後に毛皮のコートを羽織った。部屋備え付けの姿見で自分の姿を見て満足するポポ。ユウキとアンジェリカもあまりの可愛さにうっとりする。
「うわ、凄く可愛い」
「ああ、どこかのお嬢様みたいだ」
「えへへ…。行ってきます」
「あ、待って待って! ハイこれお守り替わり。…これでよし、気を付けて行くんだよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
花柄の可愛い傘を差しながら通りに出たポポ。くるくるくるんと傘を回して空を見上げる。重く垂れこめた雲から真っ白な粉雪がひらひら、ゆらゆらと降ってくる。その光景は幻想的で美しい。降雪のためか通りを歩く人もほとんどなく、音のない静かな世界がポポを包んでいる。
「とっても静かで美しいのです。世界にポポしかいないみたい…。パノティア島に閉じ籠っていたら絶対にこんな景色見られなかったのです」
通りに隣接している小さな公園に行ってみる。真ん中に設置されている噴水から流れ出る水は凍っていて、まるで氷の彫像の様になっている。近くに寄ってのぞいて見ると、氷に映った自分の顔が歪んで見えた。自分の変顔に「あはははは!」と大笑いしてしまう。
噴水から離れ、3cm程雪が積もって真っ白になった公園に自分の足跡をつけて回っていると、がやがやと村の子供たちがやってきて、雪合戦を始めた。ポポがその様子をじーっと見ていると、何人かの子供たちがやってきて、
「おねーちゃんも一緒に雪合戦やろうよ」
と言ってきたので、ポポも子供たちに混ざって雪合戦を始めるのであった。
「それっ!」
「やったな!」
「お返しなのです。えいっ!」
「ふぎゃっ!」
『あはははは! お姉ちゃん面白いかおー』
雪玉がポポの顔を直撃し、雪塗れになったところで子供たちに大笑いされる。いつのまにか本気になるポポであった。雪合戦に飽きたところで、雪だるま作りを始めて楽しんだ。ポポは男の子たちと数人でオーソドックスな雪だるまを作ったが、中には芸術家肌の子もいて、ウサギや犬といった動物を見事に作り上げた女の子がいる一方…。
「君、これは何なのです?」
「便器」
「…これは?」
「行き倒れてコマネチする人」
「おねーちゃんは、君の将来が凄く心配なのです」
教会の鐘が鳴って昼時間を知らせてきた。子供たちは全員家に戻ったため、再び1人になったポポは、通りに戻り雑貨屋や食料品店を見て回る。食料品店のフードコートで簡単な食事を済ませた後、もう少し村内を探索してみようと通りに出た。雪は少し強くなってきて、通りにも7~8cmほど積もっていて、歩きにくくなっている。見ると、家や店舗の前で雪かきを始めた人たちがちらほら見える。傘を差して雪かきの様子を見ていると、背中側からドンと何かがぶつかってきて、前のめりにコケてしまう。
「ひゃあ! 痛たたた…」
見ると、ポポの前に男の子がズデーッと転んで大の字になっていた。起き上がってパンパンと雪を払って落とすと、倒れている男の子に手を差し伸べた。
「大丈夫なのですか? ちゃんと前を見ないと危ないのです」
「あ、ああ、すまん。急いでいたので…」
少年はポポと同年代位で頭一つ大きく、良い身なりをしており、裕福な家の子弟だと思われた。また、濃い藍色の髪の毛と幼さが残りながらも精悍な顔つきをしたハンサムで、瞳が紫色をしており、魔族の子だということがわかる。
「え? 精霊さん何ですか? わ、わかったです」
「君、早くここから離れたほうがいいです。君を追って悪い奴らが迫ってるのです」
「くっ…、ご忠告感謝する」
少年が立ち上がって、宿屋街の方に駆け出そうとしたその前に、ばらばらと動物や魔物の毛皮を着て剣や斧で武装した盗賊団らしき、むさ苦しい男たちが立ち塞がった。少年が振り返って逃げようとしたが、後背にもいつの間にか数人の男たちがいて、少年とポポは周囲を囲まれてしまった。
「手間ぁかけさせやがって…。もう逃げられねえぞ」
リーダーらしき髭面の男の合図で、少年は抵抗むなしく取り押さえられてしまう。
「お頭、この娘はどうします。見られてしまいやしたし、殺してしまいますか」
「そうだな…。結構身なりのいい服を着ているな。金持ちの娘かも知れねぇ。小僧と一緒に連れてけ!」
(不味いです。こないだユウキが作ったピザもどきより不味いです。どうしましょう)




