第351話 暗黒の魔女vs真・ヘルマプロディートス
「ヘルマプロディートス。わたしは暗黒の魔女ユウキ…。お前を倒すにはこの姿になるしかなかった…。もう二度とこの姿にはならないと夜空の星々に、わたしを愛した人たちに誓ったのに…。この姿になったわたしはお前以上のバケモノだ。人工的に作られたお前以上の怪物だ…」
「暗黒の魔女の力、その身で味わうがいい!!」
「メガフレア!」
ユウキの周囲に超高温高圧の球体がいくつも浮かび上がると、凄まじい速度で敵目掛けて飛んた。真・ヘルマプロディートスはサイコバリアを展開して防御するが、ひとつの球が圧縮空気弾並の威力があり、それが何発、何十発と飛んでくる。ついにはサイコバリアも多数の爆圧を抑えきれなくなり、メガフレアの直撃を受ける。
『ギャオウウウウ!』
メガフレアの直撃を受け、腕が吹き飛ばされ絶叫する真・ヘルマプロディートス。絶叫の声を残し顔も胴体も爆砕され、メガフレアの嵐が止んだ時には木の根のような足が生えた基部しか残っていなかった。ユウキは上空に止まったまま様子を見る。やがて…
残った基部がぐにゅぐにゅと蠢くと、ズボッと音がして爆砕された上半身が再生した。表情がなかった顔だったが、憎々し気な視線をユウキに浴びせてくる。真・ヘルマプロディートスは咆哮を上げ、男性腕を大きく振り上げる。すると、周囲の大小様々な瓦礫がふわりと浮き上がり、ユウキめがけて飛んできた。
ユウキは飛んできた大きな瓦礫の一つに足をかけるとさらに高く飛び上がって瓦礫を交わし、真・ヘルマプロディートスに向かってゲイボルグを振るった。漆黒の刀身から真空の刃が打ち出され、男性腕を切り落とす。男性体の背後に移動したユウキめがけて、今度は女性体が口を開いて、吹雪のブレスを放った!
「ダークシールド!」
暗黒防壁によってブレスが防がれると、今度は多数の木の根のような足がユウキめがけて伸びてきた。足の先端がぱっくりと裂け、鋭い歯を持った魔獣の口に変化する。空中を移動しながら体を食いちぎろうと迫る口を、ゲイボルグで次々と切り落とすユウキ。
「くっ、キリがない。なら!」
ユウキは、迫る魔獣の口を踏み台にして、真・ヘルマプロディートスに向かって跳躍した。そして、間合いに入ると同時に首めがけてゲイボルグを薙ぎ払った! ごとりと音を立てて真・ヘルマプロディートスの首が落ちる。切り口の肉が蠢きだすが、今度は再生が働かない。ゲイボルグの魔力によって体の内部をズタズタに切り刻み、ダメージを与え続けているためだ。
「止め…えっ!」
一向に再生しない頭部に痺れを切らした真・ヘルマプロディートスは地面に転がっている頭を拾い上げると、切り口に女性体の腕を突っ込んだ。腕と頭が一体化し、女性と男性両方の目が開き、にたぁ~と不気味な笑みを浮かべる。ユウキが唖然として見ていると、男性の目が金色に輝き、光のビームが発射された。
「くっ…」
『うがぁあああ!』
咆哮を上げながら繰り出されるビーム攻撃を間一髪躱し、慌ててその場から移動するユウキに次々とビームが浴びせかけられ、地面に着弾すると爆発を起こして瓦礫の破片を跳ね上げる。
「沈め、フレアー!」
空中に飛び上がったユウキは、移動しながら魔法を放った。プラズマエネルギーを極限まで圧縮した超高温高圧の球体は、真・ヘルマプロディートスの放ったビームを弾き飛ばすと、そのまま頭部を直撃し、大爆発を起こした。
ズドドドォオン! 激しい爆発音とともに頭部と女性腕が吹き飛んだ。ゲイボルグの魔力によって首から上は再生されてない。ユウキを感知する力と主要な攻撃手段も失い、頼みの綱のサイコバリアを展開することもできない。むやみやたらに足を変化させた魔獣の口で攻撃してくるだけだ。
再びゲイボルグを呼び出したユウキは、最後の攻撃を行うために身構えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アース君の背の上で、真・ヘルマプロディートスとユウキの戦いを見ていたエドモンズ三世、ポポ、アンジェリカは両者の激しい戦いを呆然と見ているしかできなかった。しかし、ポポとアンジェリカが驚いているのは戦いの様子だけではなく、ユウキの姿にもあった。
「なんだアレは。凄まじい魔力…人間なのか…」
「ユ、ユウキ…なのですよね」
2人の目に映る人物、古代魔法文明が作り出した魔法生物と戦っている人物の顔は確かに見知った顔だったが、その姿は異様だった。露出激しい禍々しい鎧に血のように真っ赤な瞳。何より人間とは思えない動きと凄まじい魔法攻撃力。しかも、四元魔術ではない闇の力…。見ているだけでゾッとする恐ろしさを感じていたのだった。
『先生…。主は使ってしまったのだな』
『うむ…。儂が一番恐れていたのはコレじゃ。ユウキ…、済まなんだッ!』
『済まない先生、そうさせしまったのは我だ。我がこんな所に連れてきてしまったから…』
『アース君よ。今更後悔したとてどうにもならん。儂たちはどんなことがあろうとユウキを支え、辛い想いをさせぬ。それだけじゃ…』
『先生…』
エドモンズ三世とアース君もまた、複雑な思いを胸に、ユウキの戦いを見守るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヘルマプロディートス。お前はもう強力な攻撃手段もバリアを張る力も失った。大人しく機械の中にいれば生き存えたものを…。貴様は世の中に出てきて良い存在ではない。自戒して死ね!」
ユウキは襲い掛かる魔獣の口を全て切り落とし、地面に着地すると再びジャンプして真・ヘルマプロディートスの真上に飛び上がり、落下の勢いそのままにゲイボルグを振り下ろした。魔力を帯びた鋭い刃が真・ヘルマプロディートスの胴体を切り裂き縦に両断する。着地したユウキはゲイボルグを相手に向けて構えた。
「冥府の炎で燃え尽きろ! カース・ダーク・バーニング!」
真・ヘルマプロディートスが漆黒の炎に包まれ、爆発的に燃え上がる。炎から脱出しようと激しく蠢くが、超高温の炎から逃れることはできず、じりじりと焦滅していき、少量の白い灰を残して完全に燃え尽きた。驚異の再生力と能力を持った魔法生物も、暗黒の魔女の圧倒的な力に屈した瞬間だった。
戦いの趨勢を見守っていたエドモンズ三世とアース君。その背に乗っているポポとアンジェリカ。彼女たちの前にスッとユウキが現れ、転移魔法を発動させ、遺跡から数kmほど離れると冷たい口調で命令してきた。
「アース君。魔道障壁を張り、全員を守るのだ」
『わ、わかった』
『ユウキ、何をする気じゃ?』
アース君が承諾し、マグネティック・シールドを展開する。エドモンズ三世の問いを無視し、ユウキは全員から数歩遺跡側に向かって進むと、魔力を最大に高めた。
「星々の終焉の力、全てを破壊せよ! スーパー・ノヴァ!!」
元素の崩壊限界まで圧縮された白色に輝く小さな球が形成され、高速で飛び出して行った。間もなく遺跡の辺りで眩しく輝くと巨大な爆発が起こり、真っ黒いキノコ雲が数百mの高さにまで舞い上がった。遅れて凄まじい爆発音と強烈な衝撃波がユウキたちの元に届いたが、アース君の防御魔法で守られ、何とか吹き飛ばされずに済んだのであった。
「遺跡は完全に消滅した。もう、あの場所から何物も現れることはない…」
『何とも凄まじい威力じゃ…。これがユウキの、暗黒の魔女の力なのか』
『主…』
「エド…。これはあのユウキなのか…? 暗黒の…魔女って…まさか」
「アンジェは知っているのですか。その、魔女って何ですか? ユウキは魔女なんですか? どうなんですか!」
「…………」
『ポポよ。目の前にいる少女はユウキじゃ。そして「暗黒の魔女」でもある』
「だから暗黒の魔女は何かって聞いているのです! 話が見えません。ポポには全く分からないのです!」
ポポとアンジェリカに背を向けて佇む少女。禍々しい鎧を着け、黒い髪を風に靡かせているが、その後ろ姿はいつも側にいて見守ってくれる優しいお姉さんと同じだった。しかし…。
「アンジェ、暗黒の魔女って何ですか? なんでユウキをそう呼ぶのですか?」
「ポポ…、私も詳しくは知らないが、暗黒の魔女とは…、北の大国、ロディニア王国の王都を破壊して瓦礫に変え、何万もの人命を奪ったとされる存在だ…」
「う、ウソなのです! ユウキが…、あの優しいユウキがそんなことをする訳はないのです! アンジェはポポを騙そうとしているのです。そうですよね、エドモンズ三世!!」
『………。アンジェリカの言ったことは、本当じゃ…』
「………ウソだ。みんなウソついてるです。ウソだぁあああああ!」
静まり返った荒野にポポの絶叫が響き渡る。
「ううっ…」
突然ユウキが呻き声をあげ、頭を抱えて蹲った…。
(ダメだ。飲まれるな…。意識をはっきり持て。暗黒の…闇の力に取り込まれるな…。みんなの…、みんなの元に戻るんだ…)
(でも、こんな姿を見て、ポポもアンジェも受け入れてくれるかな…。エヴァもヴァルター様も幻滅しちゃうんじゃ…ないかな。わたしが大勢の人を殺した魔女だって知ったら…。きっと軽蔑するよね。そうだよ、もう一緒に居られる訳ないよ…。くっ、ううう…しっかりしろユウキ…)
「…キ…ウキ、ユウキッ!」
(だ、だれ…。ポポ?)
「ユウキ、しっかりするのです!」
ユウキは目を開けて、自分の名を呼びかける人物を見る。禍々しい鎧はそのままだが、瞳はいつもの黒に戻っていた。
「ポポ…。アンジェ…」
「ユウキぃ~。うわぁああああん」
『戻ってきたか』
「エロモン…、わたし…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『主、済まなかった。我がこんな場所を勧めたばかりに』
「いいんだよ。アース君が悪い訳じゃない。奴を倒すためには、この力を…、暗黒の力を使うしかなかったの。それだけ」
『しかし、どエロいのう。見事な巨乳がこれでもかと主張しとるわい。この魔女の衣装は捨てがたい。儂のワイト・メモリーに記録じゃ』
「もう。エロモンったら…。ワイト・メモリーって何よ」
「ユウキ…、グス…」
「ポポ、アンジェ。無事だったんだね。よかった…」
「ユウキは、その…」
「はは…、バレちゃったね。暗黒の魔女、それがわたしの正体。幻滅した?」
「…………」
「…2人を近くの町まで送るよ。ポポはアンジェと旅を続ければいい」
「ユウキは…、どうするのです」
「わたしは…、わからない。ただ、ポポたちとはいっしょに行けない」
「見たでしょ。暗黒の魔女と化したわたしの力は人の力を超えている。国一つ滅ぼすことだって造作ない。正に怪物だよ。それに…」
「それにわたしは、ロディニアで大勢の人を殺した。アンジェは何万といったけど、実際は十万人以上を殺したよ。ううん、虐殺したの…」
「そんな…。ウソなのです。ウソを言わないでなのです…」
「ウソじゃないよ、本当の事。こんな人殺しの怪物と一緒にいられる訳ないよね。2人の顔を見ればわかるよ。だから、ここでお別れ」
『儂とアース君はユウキと行くぞ。アルフィーネも一緒じゃ』
「ありがとう。嬉しい…」
ユウキはエドモンズ三世とアース君に寄り添って涙を流す。楽しかったこの大陸の旅も、大勢の人たちとの出会いも、親友と最近気になり始めた男性とお話しする事も、ここで終わると思ったら心が悲しみでいっぱいになり、涙がとめどなく溢れ出してくる。ユウキの合図でアース君が空間移動魔法でポポとアンジェリカを移動させようとした。その時…
「ユウキのバカァーー!!」
ポポとアンジェリカが大きな声で叫んだ。




