第347話 古代遺跡「オルノス」
「凄い景色…。息を呑むほど壮大で美しいって言葉がぴったり…」
「あ、ああ。アレシアの海岸で見る海とは全く様相が異なるな。荒々しくて男性的な…という表現しか思い浮かばない。こんな海もあるんだ…」
「崖が高くておしっこちびりそうなのです」
『ユウキ様、向こうに石塔が見えます』
3人が岬の先に広がる大洋を見て感動していると、アンゼリッテが何かを発見したようだ。彼女の指さした方向を見ると、100m程離れた場所、岬の先端に近い場所に高さ2m程の石を積み上げた塔が確認できる。
「人為的に作られたモノかも知れないね。行ってみよう」
馬とアンゼリッテをその場に待機させ、ユウキたち3人は強風に煽られながら、石塔の側まで来て観察してみる。石塔は大小さまざまな石を地面から1.5mほど積み上げられており、上に高さ50cm、幅20cm程の石板が突き出ている。石板は風化が進んでいて、かなり長い間この場所に存在していたのだろうと思わせた。
「確かに人の手で作られたものだ…。以前どこかの探検隊か何かがこの岬まで来たみたいだな。私は聞いたことがないから大分昔の出来事かも」
顎に手を当てて石塔を見ていたアンジェリカの脇でユウキが何かに気が付いた。
「んん…、石板に何か書いてあるみたい。上に登って読み上げるから、アンジェ、記録してくれないかな」
「いいとも。気を付けるんだぞ」
ユウキは大きな石を選んで手と足を掛け、石塔の上の石板まで上半身を持って行った。石板には石で刻まれた文字がある。
「手…手が冷たい。読むよー、アンジェ準備はいい?」
「いいぞー」
「えーとね、古代文字じゃない。共通語だね、風化してて読みにくいな…」
『……年11月15日』
「何年かは分からないな…。月日はわたしの誕生日と同じだ」
『我々 ウィリアム遠征隊は ついに大陸の果てに到着…』
『この最果ての岬…、「オルノス岬」と名…』
「この後はかなり風化して読みにくい…。えと、えーとね」
『古代…、近づく…、我々…』
「ダメ、これ以上読めないよ。風化が激しくて」
「でも、ここが「オルノス岬」と名付けられたことは分かったな」
「うん、でもその後の文が重要だと思うんだけどな。読めないんじゃ仕方ない、諦めよう」
石塔からユウキが降りて、アンジェリカが記録したメモを読み返していると、石積みを調べていたポポがユウキを呼んでいる。
「ユウキ、ここに何か隠されているです」
「お、ポポ、お手柄だね!」
ポポが不自然に積まれた石を退けると、中から20cm四方の、布に包まれた四角い箱が出てきた。ユウキは丁寧に布を外してみると、出てきたのは錆びだらけのブリキ缶。手の力では開かないため、ダガーを使ってこじ開けてみると、中から油紙と麻布で厳重に包まれた1冊の日記帳。しかし、風化が進んでいて開けばバラバラになりそうだった。ユウキはマジックポーチに収容して帝都に持ち帰り、調べて貰うことにした。
石塔探索を終えて、馬車の傍まで戻ってくる。冷たい強風に晒されたお陰ですっかり体が冷え切ってしまった。急いで馬車の中に入り、暖房の魔道具の出力を最大にする。
「うう、さぶいさぶい…。お馬さん(ラスカル♂6歳)は大丈夫かな」
「アンゼリッテが魔法で馬着を暖めているから大丈夫だろう。餌も食べているようだしな。ほら、コーヒーだ」
アンジェリカはマグカップにポットからコーヒーを注いでユウキとポポに渡す。温かいコーヒーを飲むとお腹の底から温まって、落ち着いてくるのだった。
「ゾンビは寒さ暑さも感じないので、こういう時は便利なのです。便利屋として徹底的にこき使ってやるのです」
「厳しいな、ポポは」
「当たり前なのです。ユウキを傷つけた怒りは簡単には収まらないのです」
ほっぺたを膨らませてぷんすか怒るポポをユウキとアンジェリカが笑って見ていると、ペンデレートの中からアース君が声をかけてきた。
『主、我に与えられた知識によると、岬から西に少し離れた場所に古代魔法文明の遺跡があるはずだ。ピラミッド型の遺跡とあるので、小山になった場所を探してみるといい』
(わかったよ、アース君)
外を確かめるとまだ明るい。アース君に確認すると岬からはそれほど離れていないとのこと。風も止んできたようだし、ここは行ってみることにした。
(ここでの野宿はキツイから、出来れば遺跡の中でみんなを休ませたいな。ポポとアンジェも疲れ気味だけど、ここは出発しよう)
ユウキはみんなに声をかけると、当初の目的である遺跡に向かって出発するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
出発して2時間ほど荒れた岩場を西に進む。途中、何度か窪みに車輪をとられ、エドモンズ三世にも出てもらって全員で押したり持ち上げたり、疲れたラスカル(馬♂6歳)の尻を叩いて引っ張ったりしたため、全員肉体の限界を超えてへとへとになっていた。さらに、悪いことは重なるもので、低気圧と寒波が入ったのか天気が急変し、気温が下がって雪が降ってきた。
「うわ、吹雪いてきたな。早く遺跡とやらを見つけないと遭難しちゃうよ」
「天は、天は我々を見放した~!! なのです」
「八甲田山かい!」
「ユウキ、なんだ八甲田山って」
「いえ、こっちの話です」
あっという間に周囲は白一色になった。方位もわからず進むことも引くこともできない。冗談抜きでこのままでは行き倒れてしまう。絶体絶命の状態に陥ってしまった。アンゼリッテは魔法でラスカルの馬着を暖めて何とか倒れないように守っているが、そう長くはもたないだろう。ユウキはアース君に呼びかけた。
(アース君、もう無理…。行き倒れ寸前だよ。遺跡はまだ遠いの?)
『待て…探知してみる』
(ま、まだ…? もう5分以上経っているんだけど…。ブルブル)
『…見つけた。遺跡は目の前だ。主殿は遺跡に到着していたのだぞ』
(え! そうなんだ)
『主殿、全員を1か所に集めてくれ。我の魔法で遺跡内部に空間移動する』
ユウキは胸からネックレスに装着していた真理のペンデレートを取り出すと、魔力を流してアース君を呼び出した。ズドドンと地響きを立てて現れたスーパーサイズの魔法生物に、初めて姿を見たアンジェリカとアンゼリッテは心臓が止まるほど驚いて(アンゼリッテの心臓は動いていないが)腰を抜かしてしまった。
「ユ、ユユ、ユウキ…。こ、この巨大生物は何だ…。おしっこが漏れた。冷たい。恥ずかしい」
「この子はアース君。わたしの3つの眷属の1人だよ。アース君はアースロウプレアって言ってね、古代魔法文明が生み出した魔法生物なの」
「ユウキの眷属の中では一番マトモなのです」
『主、直ぐに空間移動を行う。全員我の背中に乗るのだ』
ユウキはポポとアンジェリカの手を取ってアース君の背中に乗る。アンゼリッテもあせあせと後に続いて乗ってきた。アース君は触覚でラスカルを押さえると、空間移動の魔法を唱えた。
『ディメンション・タイド!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここが、古代文明の遺跡…」
ユウキたちが立っているのは壁や床が崩壊した広間。アース君は空間移動と同時にペンデレートの中に戻っている。高さ10mはありそうなドーム状の天井は、所々小さな破損があって外から雪が舞い込んでいる。しかし、そのおかげでうっすらと明るく、周囲を見通せるのは助かった。
『我のデータベースによると、この遺跡の名は「オルノス」魔道研究が行われていた研究施設とある。それゆえ、このような場所に建設されたのであろう。ただ、放棄されてから数千年は経過してるようだ』
「オルノス…。この地を訪れた探検隊が付けた岬の名と同じだ。何か関連があるのかな」
「ユウキ、どうする。早速探検するか?」
「うーん…。とりあえずこの場所を探索の拠点にしよう。お馬さん(ラスカル♂6歳)も休ませたいし、わたしたちの体も冷えてる。探索は体調を整えて行いたい」
「賛成賛成なのです。ポポは疲れ果てました」
「わかった。私はユウキに従うよ」
「よし、そうとなれば…。アンゼリッテ、光の魔法で周囲を明るくして。その後はお馬さんに餌と水、塩を与えて。ポポは食事の準備をお願い。アンジェリカはわたしを手伝って」
各々が役割を果たすために動き始めた中、ユウキはアンジェリカを連れて拠点から少し離れた場所にやってきた。
「うん、床に瓦礫はないし、拠点とは一段低くなっているね。ここでいいかな」
アンジェリカは「?」となるが、黙ってユウキの行うことを見ている。ユウキは「じゃじゃーん」と言ってマジックポーチから四角い金属製の大きな容器を取り出した。容器は長さ3m、幅1.5m、高さは70cmはある。また、底には水抜き栓も付いていた。
「ユウキ、これは?」
「へへー、驚いた? これはね、簡易お風呂だよ。帝都にいた時、鍛冶屋さんにお願いして作ってもらっていたの。旅の途中でお風呂入りたくなった時用にね。旅を続けているとお風呂に入る機会が少なくなるでしょ。やっぱ女の子だもん。体は綺麗にしたいよねー」
「ほほう…。私はここに水を満たせばよいのだな」
「御明察。早速お願い。後は帝都の魔道具屋さんに特注した魔道具「簡易ボイラー」で暖めればお風呂の出来上がりってね」
アンジェリカが魔法杖マインに魔力を通し、ウォーターフローを唱えてドボドボと簡易お風呂に水を満たし始めた。ユウキは7分目まで溜まったタイミングで簡易ボイラーをセットしてスイッチを入れた。
「お風呂が沸くまで時間がかかるから、食事を先にしよう」
ポポが用意した食事(塩味の野菜スープと串焼き肉)を食べてお茶を呑み、落ち着いたところでお風呂に入ることにした。アンゼリッテに見張りを頼み、ババっと服と下着を脱ぎ、洗い場用に準備したスノコの上で掛け湯をして体と髪の毛を洗う。
「2週間くらい体を拭くだけだったから凄く汚れてる。どことは言わないけど」
「3人とも同じ匂いを放っていたから気にならなかったが、相当な臭さだな。これは」
「ユウキのお股、物凄く臭いです」
「ひど、ポポだっておんなじだよ」
きゃあきゃあ言いながらキレイに洗ったところで、ゆっくりとお湯に浸かる。3人入ると狭く感じるが、久しぶりのお風呂はとても気持ちがよく、冷え切った体を癒してくれる。
「ユウキ、明日はどうする?」
「うん、可能な限り探索してみたいな。貴重な資料や武器が手に入るかも知れないし」
「でも、余り長居は出来ないと思うのです。帰りの事を考えると食料が心もとないのです」
「だね…。よし、探索期間は可能な限り短くしよう。食料の在庫を確認しながら、中途で終わっても仕方ないとする。いい?」
ポポとアンジェリカが同意し、探索の注意事項を確認し終えた頃には体もすっかり温まった。ユウキたちはたき火の傍に寝袋を敷いて就寝の準備をすると、エドモンズ三世を呼び出して見張りをお願いした。
馬を休ませ、3人が眠ったのを確認したアンゼリッテは、簡易お風呂に寄って手を入れてみる。しかし何も感じない。ゾンビになり五感を失ったという事を再認識し、悲しくなってしまった。浴槽の縁に手をかけて項垂れるアンゼリッテ。ゾンビだから涙も出ない。どうしてこうなった…その思いだけが心の中に渦巻き、大声を出して泣きたくなってしまった。
『アンゼリッテ』
『ワイトキング…、ご、ご主人様…』
『悲しいか。しかし、今の己の身は自分自身が蒔いた種。後悔したところで何も始まらんぞ』
『わかってる。わかってるけど、もう何も感じることが出来ないんだと思ったら、悲しくて、辛くて…。どうにも出来ない事はわかっているのに…、ただただ悲しくて…』
(魂魄反魂によって、ただの木偶人形にしたはずなのに、何故心が残ってしまったのじゃ? ミスったかのう…。しかし、今更どうしようもないしのう。眷属のメンタルケアも主人の役目じゃ)
『アンゼリッテ、悲しむだけじゃ前に進まんぞ。お主は不死のアンデッドとなったのじゃ。なら、今を受け入れ、楽しむことじゃ。ホレ、せっかく風呂が空いているのじゃ。湯に浸かって体を休めるがよい。儂が全身をくまなく洗ってやろうではないか。グヘヘヘ…』
『死ね、エロ骸骨』




