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第346話 南の果て

 準備を整え、滞在していた小屋を出発したユウキたち。出発して10日ほどが経過した。7日前に最後の村を出てからは何もない平原をただひたすら南に向かっている。荒れた平原に生き物の姿は殆どなく、遥か彼方に見える地平線に青い空が重なって壮大な景色を見せている。ただ、緯度が高くなって気温が全体的に低くなり、昼間でも10℃に届かない日もある。


 このためユウキたちは、アンゼリッテに御者を頼み、馬車の中に暖房の魔道具を置いて暖を取りながら旅を続けている。


『なんで私がこんな事を…』

「ゾンビだから暑さ寒さは感じないでしょ。しっかり働きなさい」

『うう…、はい…』


「風の精霊さんによると、アンゼリッテとレイアは一身上の都合により引退し、代わりに新しい聖女が就任したとのことなのです。ちなみに引退の理由は禁断の同性愛による駆け落ちだそうです。良かったですねアンゼリッテ」

『良くない…』 


「しかし、寂しい風景だな…。ここはスバルーバル連合諸王国南部の国レードンの直轄地だが、気候は寒冷で乾燥し、生産力もほとんど期待できないため、入植も行われていない場所のはずだ。こんなところに遺跡があるなんて話も聞いたことはないが…」

「アンジェは物知りだねぇ。でもアース君が言うんだから間違いはないよ。それに地の果てなんて魅力的じゃない。何がそこにあるのか、わたしたちを待ち受けているのか…。冒険してるって感じでワクワクするよね」


「まあ、何もないと思うがな。でも私はユウキに従うよ」


 暖気が逃げないように幌で覆った馬車の中で揺られていると、だんだん気持ちがよくなってくる。ポポはユウキの膝に頭をのせて眠ってしまい、アンジェリカもうつらうつらしている。ユウキも眠くなり背伸びをしながら、大きなあくびをした時、急に馬車ががくんと揺れて急停止した。慣性の法則で馬車の3人は荷台の上をゴロゴロと転がる。


「うわっ!」

「きゃあっ! な、何があったんだ」

「ふぎゃあ! 痛たた…、なのです」


 体の上に乗っかっているポポとアンジェリカを除けて、御者席のアンゼリッテに声をかけると、目の前に大きな亀裂が走っていて、これ以上進めないという。3人は防寒のため厚めの外套を着て外に出た。


「こ、これは…」


 目の前には幅500mほどの峡谷が東西に伸びていた。下を覗いてみると高さ100mほどの垂直に切り立った崖になっていて、その下を川が流れている。水の色から見て深さは相当にありそうだ。


「深い谷だね…。下に川が流れている」

「ユウキ、潮の匂いがしないか? 川ではなく海の水が流れている可能性もあるぞ」

「ポポ、何かわかる?」

「んー、ここには精霊さんがいないのでわかりません」


「下が海の一部だとすると、ここは地面の亀裂「地溝」かも知れないね。向こうは島ということになる。ということは、この地溝の向こうがフェーゴ島か…」

「渡ろうにも、周囲に橋のようなものはないな」


『どうするの。戻る?』

「まさか。大丈夫、わたしに任せて」


 ユウキは全員馬車に乗るように指示し、乗り込んだのを確認すると、馬の手綱を手に取って、魔力を高め、転移魔法を唱えた。地面に魔法陣が形成されると同時に、ユウキと馬車の姿が消え、瞬時に対岸に移動した。馬車に乗り込んだと思ったら、次の瞬間には対岸に移動していたことに、ユウキ以外の全員が驚いた。


「一体何があったんだ…」

「ふふふ、今のは転移魔法だよ」


『ウソでしょ。信じられない…。転移魔法は遥か昔に失われた古代魔法の一つで、再現不可能とされたもの。何故ユウキ…いえ、ご主人様が使えるの? やはり普通ではない』

「でも、転移魔法があればどこにでも行き放題なのです」


「普通じゃないって失礼だね。どこから見ても普通の超絶巨乳美少女でしょう。えっとね、転移魔法は便利なようで不便な部分もあるんだよ。魔力消費量が物凄く大きいから飛べる回数や距離には限界があるし、目に見える範囲とか一度行った場所にしか行けないの。適当に飛んで行った先は火山の火口でしたじゃ、シャレにならないでしょ」


「なるほど…」


 アンジェリカやポポがうんうん頷く脇でアンゼリッテがじいっと視線を送ってくるが、ユウキは気にした素振りも見せず、周囲を眺める。フェーゴ島は本土側と500m位しか離れていないにも関わらず、一層荒涼とした感じがする。地面はどこまでも平坦で赤茶けた岩石質の荒れ地が広がり、低木や草すら見えない寂しい場所だ。おまけに風が強く寒い。


「起伏が全くないね、見渡す限り荒れ地が続いてる。平坦すぎてポポのボディみたい」

「言ってくれるのです。ユウキのように利用されることもなく、無駄でしかない巨乳よりずっとマシなのです」

「ポポ…、暗にわたしがモテないことをバカにしてるね。許すまじ!」


「2人ともそこまでにしろ。出発するぞ、アンゼリッテは御者を頼む」

『はい…』


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 フェーゴ島に渡って3日目の夜、だだっ広い荒野の中でキャンプを張る。ここまで人どころか生き物の気配すらなく、風景も全く変わり映えしない。ただ、冷たい風が3人の少女の間を吹き抜けていくだけだ。

 暖房の魔道具で寒さをしのぎ、加熱の調理台に鍋を置いてアツアツのシチューを作って食べる。食後のコーヒーを飲みながら夜空を見上げると、大きなルナが頭上にあって手を伸ばせば届きそうな気がしてくる。


「綺麗な月…。わたしが小さい頃に住んでいた場所では、月にはウサギがいてお餅をついているっていう言い伝えがあってね、本気で信じていたっけ…」

「面白いな。私の国ではあの模様は、空を飛ぶ虫を追いかけて月まで行って、そのまま住み着いたヒキガエルの姿…と言われていたな」

「月は使命を全うした精霊たちが最後に向かう場所…と言われているです」


『住む所によって色々な伝説があるのね。興味深いわ』


 アンジェリカが魔法で出した水で洗い物をしながら、3人の話をアンゼリッテが興味深そうに聞いている。ユウキはシートに仰向けに寝転んで夜空を眺める。空には天の川が流れ数えきれないほどの星が煌めいている。白い星赤い星黄色い星、力強く輝く星もあれば消え入りそうに瞬く小さな星もある。


(綺麗だな…。そういえば、ゆっくり星空を見上げるのも久しぶり。オヤジさん、ララ、マヤさんに助さん格さん。そしてお姉ちゃん…。わたし、頑張ってるよ。ちゃんと見ててくれてるよね…)


 ユウキが今は亡き人々を想ったその時、流れ星がキラリと輝き、一瞬で消えた。ユウキの目じりに涙が光る。ポポとアンジェリカは黙ってユウキを挟んで寝転んで手を握ってきた。そして一緒に星空を眺める。

 3人は長い時間一言も語らず、満天の星空を眺め続けるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 フェーゴ島に渡って7日目の朝、馬車の中で寝ていたユウキは目を覚ますと、外套を羽織って外に出た。


「うう、さぶい…。わ、凄い霧…」


 周囲は伸ばした手の先が見えなくなるほどの濃い霧に覆われていて、じっとりと肌が濡れてくる。


『ユウキ様、どうするの?』

 霧の中からぬっと現れたアンゼリッテが声をかけてきた。


「うわ、ビックリした! アンゼリッテ、驚かさないでよ、もう。この霧が晴れるまで移動は無理でしょう。しばらくここで待機だね」


 アンゼリッテを連れて馬車の中に入り、暖房の魔道具の出力を高める。少し外に出ただけで外套がじっとり濡れてしまい、体も冷えてしまったのだ。ちなみにポポとアンジェリカは寒いのか、一つの寝袋に一緒に入って眠っている。


「アンゼリッテ、服を脱いで乾かしなよ。いくらゾンビでも濡れたままの服じゃ辛いでしょ。ほら、こっち来て」

『……ありがとう』


 魔道具に手をかざして暖を取る。ポポとアンジェリカの寝息しか聞こえない静かな空間で、ユウキとアンゼリッテは沈黙を続ける。しばらくしてユウキが口を開いた。


「ねえ、アンゼリッテ」

『なに?』


「どうして、わたしに手を出してきたの。お陰でわたしは死にかかったし、貴女の護衛の魔術師もエロモンの怒りに触れて殺されてしまった。もし、あの場でわたしが死んだら聖王国はエロモンによって滅ぼされていたかもしれないよ」


『…わたしは知りたかっただけ』

「知りたかった?」


『風属性の魔術師が雷の、水属性の魔術師が氷の魔法を使えるように、炎属性の魔術師から極稀に光系統の魔法を使える者が出る。聖王国は光の力を使える女魔術師を集めて聖女として国のため世界のために力を行使するよう教育するの』


「それが、わたしと何の関係があると」

『教育と訓練によって、私は人の魂の色を感知することができるようになった。その力でユウキ様を見た時、光とは真逆の闇の力を感じた。それも並の人間とは比べ物にならない大きな力…。闇の力を持つ人間なんてこの世にいるはずがない。だから話をしてみたかった。それだけだったのに…』


『レイアのバカ! どうしてあんな事したの! 私はユウキ様を害する事なんて思ってなかったのに。あんな死に方ってない。可哀想よ。そして私はゾンビになっちゃった。ユウキなんかに関わらなければ良かった! 不幸だわ、不幸すぎるぅ!!』


 アンゼリッテは床にうつ伏せになると、びえええんと声を上げて泣き出した。大きな声に寝ていたポポとアンジェリカが、もそもそと起き出してくる。


「なんだなんだ、煩いな…」

「ふぁああ~。気持ちよく眠っていたのに…。何ですか、ゾンビ女が己の不幸に嘆いているのですか? 自業自得なのです」


『酷いよ。ふぇえええーん!』


 起き出した2人に、霧が深くて動けない事を話し、朝ごはん用に準備していたパンと飲み物、果物をマジックポーチから出した。ビクンビクンと嗚咽しながら突っ伏すゾンビ女をほっといて、アンジェリカはもそもそとパンを食べながら幌を開けて外を覗いてみると、1m先も見えない濃い霧が周囲を覆っている。


「こんな凄い霧、初めて見た。霧は海や川の水と気温の差が激しいと発生すると聞いたことがある。もしかしたら海が近いのかもしれないな」

「ユウキ、霧はもう少ししたら晴れるみたいです。風の精霊さんが教えてくれたです」


 ポポの言った通り、しばらくすると北西から冷たい風が吹き始めた。ユウキたちは厚い外套を羽織って外に出ると、少しずつ霧が薄くなってきたと同時に気温も大分下がってきたように感じる。ユウキはアンゼリッテにマジックポーチから馬を保護するための皮で出来た保温用の馬着を渡し、着せておくように指示して霧が晴れるのを待つ。


 30分ほどで霧がきれいに南東方向に押され、周囲が見えるようになった。その風景にユウキたちは感嘆の声を上げた。


 3人が居たのは海食崖が作り出した海岸の傍。岬は裸岩の切り立った断崖になっており、高さは300m以上ありそうだ。濃い藍色の海は、はるか遠くに曲線の水平線を描いて広がり、強い風に煽られて白波が幾筋も飛沫を上げて幻想的な風景を見せている。その壮大な光景にユウキとポポ、アンジェリカの目は釘付けとなってしまうのだった。


「南の果て…。ここがラミディア大陸の最南端の地…」

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