第344話 エドモンズ三世の怒り
聖女神殿の中心、大聖堂の奥に連れてこられた3人の前にレイアと数人の幹部と思わしきローブ姿の男性、神殿騎士が並び、その中心に聖女アンゼリッテが立っている。もう相当長い時間立ったまま無言で対面していて、いい加減足が痛くなってきている。
「あのぅ…。いつまでこうしていればいいんですか?」
ユウキが問いかけるが、アンゼリッテもレイアも何も答えない。
「ユウキは見た目ただの超乳力を持ったエロ女ですが、実体は短気な狂戦士なのです。命が惜しかったら早く用事を言った方がいいのです」
ユウキから頭に強烈な拳骨を落とされ悶絶するポポを無視してアンゼリッテが口を開いた。
「ユウキ・タカシナ」
「はい」
「ユウキ・タカシナ、貴女は一体何者? 普通じゃない力を感じる」
「失礼ですね。そりゃわたしは超絶美人で可愛くて、胸も聖女様より大きいですが、普通の女の子ですよ」
「アンゼリッテ様をバカにするか!」
レイアが血相を変えてユウキに詰め寄って来たが、目の前に杖を突き出され、驚いて動きを止めた。宝杖マインを持ったアンジェリカがユウキの傍でレイアを牽制したのだ。
「貴様…」
「ユウキに手を出したら、私も黙っていはいないぞ」
「ありがとう、アンジェ。聖女様、わたしから何を感じるっていうんです?」
「貴女からは禍々しい暗黒の力を感じる。人が持つには危険な力…」
アンゼリッテの言葉にポポとアンジェリカがユウキを庇うように前に出た。それを見たレイアと神殿騎士もアンゼリッテの前に出て2人と対峙する。アンゼリッテは、周囲の動きを意に介さず話を続ける。
「ユウキ・タカシナ…。貴女は世界の理である四元とは真逆の力、闇の…それも強力な暗黒の力を宿してる。闇は死を司り、生を司る光とは相容れないもの。貴女はいったい何者なの? 私はそれが知りたい」
「アンゼリッテ、光があれば闇がある。昼間があるから夜がある。どちらも世界の理には必要なものだよ。貴女が光の加護を受けているように、わたしは闇の加護を受けている。ただそれだけの話だよ。わたしはユウキという名のただの女の子。わたしはこの世界が好き。旅をして出会った大切な友人たちが住む、この大陸の国々が大好きなの。もしわたしが世界に危険をもたらす存在なら、わたしは自分で命を断つよ」
「でもね、わたしは生きなければならないの。「生きて幸せになって」と言って、わたしの代わりに亡くなった大切な人との約束だから。アンゼリッテ、もしわたしを危険だという理由だけで排除するというなら、わたしも全力で戦うよ。手加減はしない」
ユウキの話にアンゼリッテは言い返せなかった。しかし、聖女として発した言葉を引っ込める訳にはいかない。沈黙したアンゼリッテを見て、レイアはユウキに対し怒りが湧いてくるのだった。
(ユウキ…。アンゼリッテ様をバカにしただけでなく、お言葉をも否定するとは…。許さんぞ、絶対に許さん! 闇の力を持つ女め、私がこの手で殺してやる!)
レイアは誰にも気づかれないように、そっと腰に装備していた短剣に手を伸ばす。そしてユウキに声をかけた。
「ユウキ・タカシナ!」
「ん? ぐっ…」
名前を呼ばれたユウキがレイアの方を向くと、腹に鈍い痛みが走った。下を見ると腹に短剣が深々と突き刺さっている。レイアはグッと短剣を捻ると、ゆっくりと引き抜いた。その瞬間、ユウキは意識を失い、溢れる血を手で押さえながら、どさりと床に倒れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「きゃあああああ! ユウキ、ユウキ! 死んじゃダメなのです! しっかりしてくださいなのです!」
「ポポ、体を揺するな! 出血がひどくなるぞ。タオルで傷を押さえろ。治療薬は持っていないのか!」
突然の出来事にその場にいた者たちは呆然と立ち尽くし、アンゼリッテの顔からも血の気が引く。
「レ…、レイア…。なんて事を…」
「あはははは! アンゼリッテ様のお手を煩わすまでもない。私がこの不敬な女を排除してやったのだ!」
「き、貴様ぁあああ!」
「ぎゃうっ!」
勝ち誇った笑いを上げ、腹から血を流して倒れているユウキを見下すレイアの顔に、アンジェリカのパンチがめり込み、悲鳴を上げて吹き飛んだ。床に倒れたレイアを見て我に返った神殿騎士が剣を構えて、アンジェリカに近づいてくる。
「ユウキ、ユウキ! しっかりしてくださいなのです! 死んじゃ…、死んじゃダメなのです! 目を…、目を開けてくださいユウキ! うわぁああああん!」
ポポがユウキにしがみ付き、大声で泣き叫ぶがユウキはピクリとも反応しない。ポポの目から大粒の涙が零れ、ユウキのイヤリングにぽとりと落ちた…。その瞬間、ユウキとポポの盾となって神殿騎士と対峙し、絶体絶命のピンチに陥っていたアンジェリカの目の前に漆黒の霧が現れて渦を巻き、やがて球体になるとその中から豪華な王族の衣装を身にまとい、頭に宝冠、手に宝杖を持った死霊の王にして最強のアンデッド、ワイトキング「エドモンズ三世」が現れた。
「エド!!」
『待たせたな。儂が来たからにはもう大丈夫じゃ』
「エド、ユウキが…、ユウキがぁああ…。ふぇえええん!」
『わかっておる。儂に任せよ』
頼もしい味方が現れたことで、安心したアンジェリカがエドモンズ三世の背中に縋りついて泣き始めた。エドモンズ三世はアンジェリカをそっと離すとユウキの傍に行き、ポポの頭を撫でて、除ける様に言うと傷を負った部分に杖の宝珠を当て、治癒魔法を発動させた。
(思ったよりも傷が深い…。刺された瞬間に意識を失って治癒魔法を発動する間もなかったであろう。ギリギリじゃったが間に合いそうで良かったわい…)
突然現れたアンデッドに驚いたアンゼリッテ。最上位に属するワイトキングの出現もさることながら、ユウキたちの仲間として行動していることが信じられなかった。聖女としての教育では、アンデッドは人々に害をなす忌むべき存在であり、問答無用で排除すべき存在なのだ。ユウキはやはり危険だ。アンゼリッテはサッと手を上げて配下の騎士たちに命令する。
「騎士たちよ、あのアンデッド及び意を通ずる者どもをこの世から消し去って。アンデッドは世界に仇なす存在。この世に存在させてはいけない!」
アンゼリッテの命令に神殿騎士は半包囲陣を取り、その中心に顔を腫らし、憎悪に満ちた目でアンジェリカを見るレイアが立つ。そこにユウキの治療を終えたエドモンズ三世がゆらりと立ち上がった。アンジェリカとポポはその姿を見てごくりと息を飲む。いつものコミカルな雰囲気が消え、怒りの表情も露わに全身から漆黒のオーラを立ち昇らせていたのだ。
『貴様ら…、貴様ら…許さん…。ユウキを、儂の娘をこんな目に遭わせおって…。貴様らには死すら生ぬるい! この世に生まれてきたことを後悔させてやるわ!!』
「エ…、エド…」
「いつものエドモンズじゃない…です」
エドモンズ三世はパチンと指を鳴らした。すると神殿騎士や元老院の幹部たちは膝から崩れ落ち、全員床に倒れ伏した。
『ソウル・ショック。魂に直接ダメージを与える暗黒魔法じゃ。これで、こいつらはしばらく動くことはできん』
「忌まわしいアンデッドよ、現実世界から去れ! ホーリー・ディザスター!」
アンゼリッテは聖女だけが使える対アンデッドの神聖魔法を唱えた。杖から放たれた神々しく輝く光がエドモンズ三世を押し包み、眩しく弾ける。レイアが「やった!」と勝利を確信するが…。
『ククク…、ハハハ…、ウワーハハハハハ! その程度の魔法なぞ、高位アンデッドの儂には蚊に刺されたほども効かぬわ!』
「そ、そんな…。私の最強の対死霊魔法が効かないなんて…」
全くダメージを受けず、一層憤怒のオーラを増したエドモンズ三世が高笑いしながらレイアに近づく。
「レイア逃げて!」
アンゼリッテが叫ぶが、レイアは足が竦み、その場にペタンと座り込むと恐怖で失禁してしまう。エドモンズ三世はレイアを見下ろすと、その頭を掴み強引に持ち上げた。
「た…、助けて」
『貴様はユウキを殺そうとした。儂の娘同然の、大切に見守ってきたユウキの命を奪おうとした。貴様だけは絶対に許さん…。 儂の怒り、その身で思い知るがいい! 死の苦痛に絶叫せよ! ブラッド・サクリファイス!!』
魔法の発動と同時にレイアの血液が激しく沸騰して全身から飛び散ると同時に皮膚も肉も溶け始め、ボタリ、ボタリと床に落ちてシミをつくる。凄まじい苦痛にレイアの絶叫が大聖堂中に響き渡った。
「ギャアアアアアア!!」
「グギャアアアアアア… アアァ…ァァァ… ァァ…」
やがてレイアの絶叫が鳴り止む。エドモンズ三世の手には全身の肉が解け落ちた少女の白骨がぶら下げられていた。その骨も風化したようにボロボロと崩れ、細かい粉となって床に散らばった。
ブラッド・サクリファイスの威力と恐ろしさにアンゼリッテだけでなく、ポポもアンジェリカも恐怖で声も出せず、レイアの残骸を見続けている。
『アンゼリッテと申したな…。次は貴様じゃ』
エドモンズ三世は闇のオーラを一層滾らせると、ゆっくりとアンゼリッテに近づいて行った。




