第343話 ユウキ、聖女に出会う
リューベックの秋祭りが終り、祭り史上最高に盛り上がったぬるぬるバトルの余韻も冷めやらぬ中、ど恥ずかしい目に遭ったユウキたちは人目を避けるように国を出た。今は街道を東に向かっている。途中、小さな村に到着した所で日が暮れてきたが、村には宿がなかったため、野宿出来る場所がないか探していたら、村から少し離れた場所に無人の教会を見つけたので、そこで休むことにした。
教会の中は数個のベンチと小さな祭壇、エリス像があるだけの質素なものだった。ただ、作りはしっかりしていて、雨露夜風を凌ぐには十分だった。
ユウキたちはベンチを片付けて場所を確保すると、魔道コンロに寸胴鍋を置き、乾燥野菜と干し肉でスープを作り始めた。
「うう、やってしまった…。思い出しても恥ずかしいよう。おっぱい丸出しで対戦相手と抱き合いながら嬌声を上げて気絶するなんて…。人生最大の恥辱だよ」
「あははは! アレは凄かったな。エドなんか万歳してたぞ」
「ぐっ…。死にたい…」
ユウキが項垂れる脇でポポが魔鉱石の短剣を両手に持って満足そうに眺めている。深い蒼の黎明、鮮紅色の暁光。ランプの光に照らされて美しく輝いている。そんなポポの様子をアンジェリカは笑顔で見つめる。
「良かったなポポ。魔鉱石の短剣が手に入って」
「とっても嬉しいのです。アルフィーネには感謝です。でも、あのフレイヤって女と決着がつかなかったのは残念だったのです。今度会ったらぎったんぎったんにしてやるのです」
「ふふふ、ポポは負けず嫌いなのだな」
「そんなことは無いのです。精霊族はお淑やかが売りなのです」
「とてもそうは見えんが…」
出来上がったスープをみんなで食べて、体が温まったところで寝ることにした。戸締りを確認し、めいめい寝袋にくるまって休む。人生最大の恥辱に心が沈んでいたユウキもいつしか眠りに落ちて行った…。
夢の中で自分を呼ぶ声がする。ユウキが目を開けると、そこは真っ白な空間。エリスの精神世界だった。周りを見回すと、エリス、フレイヤ、アクアの3人の女神がちゃぶ台を囲んでお茶をしていて、ユウキを手招きしている。
ユウキがちゃぶ台の空いてる場所に座ると、エリスがお茶を出してくれ、にこやかに話しかけてきた。
「ユウキ、お祭りは楽しかったですか?」
「楽しいも何も…。ビックリしてドン引きしましたよ。至高神が一体何してるんですか。わざわざ下界に現れて、どエロな水着で暴れるなんて。威厳も何もないですよ」
「だって、しばらくユウキと話をしてなかったし、ユウキたちが楽しそうに冒険してて私も体がうずうずしてしまったんです。それに、日頃のストレスも発散したかったし」
「ストレスって…。神様なんだから静かに見守るのが普通なんじゃ…」
テレテレするエリスを見てユウキがため息をつくと、フレイヤがニコッと笑いかけてきた。
「まあまあ、せっかく来たんだから、ゆっくりお話ししようよ」
自然に話の内容はぬるぬるバトルの内容に及ぶ。エリスとユウキはお互いの痴態を思い出して身悶え、お互いのおっぱいの大きさと美しさを自慢し合う。フレイヤはポポの「ぎったんぎったん」発言に激高して再戦を誓い、ユウキに「本当に美と愛の女神?」と言われる始末。アクアは生のお股を地上の人々だけでなく天上界の神々にもバッチリ見られた事でめそめそと泣き始め、無理やりバトルに連れ出したエリスに恨み言をいう。
ユウキはよしよしと慰めながら、巻き込まれ体質でいつも恥ずかしい目に合うと言うアクアにシンパシーを感じるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
チュン、チュンと小鳥の囀る声が聞こえ、ユウキは目を覚ました。窓を見ると朝日が差し込んで大分明るくなっている。
(結局、エリスやフレイヤ、アクア様と話し込んじゃったな。エリス様、ずっと私を見守ってくれているんだね。ホントにありがとうございます。アクア様ともお知り合いになれたし、楽しかったな。アクア様早く立ち直ってくださいね)
「さて、2人を起こすか」
ユウキはポポとアンジェリカを起こすと、昨夜の残りで朝食を摂り、水筒の水で歯磨きと顔を拭いて準備を整えると、お世話になった教会を後にした。
秋も本番の季節になり、朝晩は大分冷えるようになった。街道沿いに自生する草木も赤や紫の実を付け、その実を食べに小鳥が集まっている。高い空にはイワシ雲。空を見るユウキの目の前をスウッと真っ赤なトンボが飛んで行った。
(聖王国を訪問したら次は帝都に戻ろうかな。さすがに冬は旅を続けられないし、冬休みならセラフィやラピスに会えると思うし、2人にポポとアンジェを紹介したいしね)
カラカラと車輪が軽快な音を立てて馬車は進む。荷台ではポポとアンジェリカが体を寄せ合って居眠りしている。2人の幸せそうな寝顔を見ているとユウキも幸せな気持ちになる。
(この大陸はいいな…。こうして旅をしていると安心するよ。嫌なことも忘れられる…)
お昼を過ぎた頃、街道の道幅が広く立派になってきた。街道沿いの住宅や店舗が増え始め、行き交う人々も増え始めた。やがて、スバルーバル連合諸王国の中心国家。聖王国の首都オフィーリアの大きな街並が視界に入ってきた。
オフィーリアは聖王国のみならず、連合諸王国の最大の都市で人口50万人を数え、商業、文化、芸術の中心地であり、活力のある都市である。
「聖王国の政治形態は聖王を頂点とする立憲君主制で、貴族を中心とした元老院が合議制をとって統治しているのだ。諸王国に属する国々も元老院の決定には従う義務を負っている。国境を接する帝国やラファールとは友好を結んでいて、外寇の心配もなく内政は安定しているといったところかな。また、聖女様が住まう大聖堂や博物館、美術館など見どころも多いと聞く」
「へー、さすがアンジェ。詳しいね」
「まあ、その程度はな…。実際に来たことはないから、本の知識だけだが」
ユウキたちは、オフィーリアの町中に入り、大勢の人々で賑わう通りを進んでいる。多くの商店や出店は並ぶ光景は他の国々とそう変わらないが、獣人亜人の姿がほとんどないのが他と異なっている。アンジェリカに聞くと、オフィーリアは聖王の住まう聖域として、人とエルフ、ドワーフのみが居住を許されるのだという。ただ、聖王国でも他の町には獣人亜人は普通に住居を構え、生活しているとのこと。そんな話をしていると、聖王国の冒険者組合に到着した。
「よし、ポポとアンジェはここで待ってて。馬車を預かってもらうのと、冒険者登録証の更新をしてくるから」
「ああ、慌てずに行ってくるがいい」
「アンジェ、あそこで売ってる焼き鳥を買ってほしいのです」
「ああ。じゃあ食べながらユウキを待つか」
「はいです!」
ユウキを待つ間、焼き鳥を頬張りながら花壇の縁石に腰かけて、通りを歩く人々を眺めていると急に人々が通りの先を指さしてざわざわし始めた。
「何でしょうか。有名人でも来るですか」
「何だろうな。しかし、この焼き鳥、美味しいな」
やがて「聖女だ!」「聖女様が来たぞ!」といった声が聞こえてきた。
「性女!? 性女と聞こえたのです。エッチな女でも来るですか?」
「違う違う。聖女だ聖女。連合諸王国で聖王に次ぐ地位のお方なのだが、市内の視察でもしてるのかな? 何にしてもラッキーだな」
「刺殺…。怖いです」
「刺殺じゃない。視察だ視察。物騒だな全く…」
ポポとアンジェリカは人垣を搔き分け、通りの最前列に並んだ。見ると神殿通りの方角から数人の立派な鎧を着た騎士と女性の戦士が周囲を警戒しながら歩いて来る。聖女の姿は見えないが、その後方にいるのだろう。時々人々の間から「おお、聖女様」「美しい」といった声が上がる。
「私は拝見したことはないが、聖女はこの世の者とは思えない、神々しいまでの美しい少女と聞いたことがある」
「へえ、ユウキとどっちが美人か興味があるです」
「ふふ、そうだな。お、来たぞ」
グレートソードを帯剣した神殿騎士が鋭い視線を周囲に向けながら先導し、その後ろに杖を持った魔術師らしい女性が続く。そして、様々な宝石を散りばめられた総レースの美しい衣装を身に纏い、鮮紅色の魔晶石が眩しく輝くティアラを頭に載せ、深い碧色の宝玉を備えた杖を持った少女がしずしずとやってきた。美しくサラサラな金髪と透き通るような白い肌。桜色の小さな唇に緑と青のオッドアイをした美少女。スバルーバル連合諸王国の至宝「聖女アンゼリッテ」だった。
アンゼリッテは、一目見ようと集まった人々に向かって、柔らかい笑みを浮かべ、小さく手を振る。その可愛らしい仕草と美しさに人々は目を奪われ、感動するのだった。
「確かに美人なのです。でも、ユウキ程じゃないのです」
ポポの一言で周囲がシーンとなった。
「こらポポ。そういうことは心の中で言え、心の中で。声に出すな」
「でも、ユウキのほうが美人ですし、おっぱいも大きいのです」
「ま、まあ確かにそうだな…って、しーっ、しーっ!」
アンジェリカがポポの手を取って、その場を離れようとしたが遅かった。怒りの表情をした魔術師の少女が2人の前にズカズカとやってきて、ビシッと杖を向けてきた。
「あなたたち、今なんて言ったの!?」
「え…、えーと、ほ、本日は晴天なり…。だったかな? お天気いいし」
「違いますよアンジェ。「皇國ノ興廢此ノ一戰ニ在リ、各員一層奮勵努力セヨ。本日天気晴朗ナレドモ波高シ」です。とーり舵いっぱい!」
「全然違うだろ! 何それ、何の話。どっから持ってきたの!?」
「ば、バカにしてるのか! お前らが聖女アンゼリッテ様に向かって何と言ったか聞いているのだ!」
「ユウキの方が美人だと言ったのです」
「こら、ストレートに言うなって。あ、あの…その…。そういう訳で…。じゃ!!」
「じゃ! じゃない。この世界にアンゼリッテ様より美しい女性はいない! 今の発言を取り消せ。でなければユウキとやらを連れてこい。私自ら見分してやる」
「レイア、お止めなさい」
「しかし、アンゼリッテ様…」
「お止めなさいと言っているのです」
「……………」
その場に集まっていた人々は言葉を発する事なく、事の成り行きを見ている。レイアと呼ばれた女性はぎりぎりと歯を食いしばり、ポポとアンジェリカを睨みつけて、その場を動こうとしない。聖女も神殿騎士も困ったような顔をしてレイアを見ている。そこに、間の悪いことに用事を済ませたユウキが戻ってきた。
「お待たせ。何の騒ぎ?」
「あ、ユウキ」
レイアがポポとアンジェリカを押しのけて、ユウキの前に立ち、じろじろと上から下まで舐めるように見る。
「貴様がユウキとやらか」
「そうですけど…。何か用ですか?」
レイアはユウキを見て「ぐぬぬ…」と唸る。なのです少女の言う通り、とんでもない美人だ。年の頃は17~18歳でアンゼリッテと同じくらい。金髪とは正反対の黒髪は艶やかで、日光が反射して光の輪が出来ている。整った顔立ちに大きな目と神秘的な黒い瞳、形の良い鼻と桜色の美しい唇。レイアは余りの美少女度に引いてしまい、声も出ない。
おまけに服の上からでもわかる主張激しい巨乳に締まったウェスト、形の良いお尻から伸びる美脚…。全てにおいて非の打ちどころがなく、正に美の化身といっていい姿だ。
「えーと、なんなの。じろじろ見られると恥ずかしいな」
ユウキが照れながら周りを見ると、にやにやするポポと苦笑いするアンジェリカのほかに、じいっと自分を見つめるオッドアイの美少女と目が合った。一体何事かと困惑するユウキに、美少女がスッと近づいてきた。
「貴女、普通の人間ではありませんね。闇の力がとても強い…」
「なに? いきなり失礼だね。どこから見ても普通でしょうに」
「貴様…。無礼であろう。この御方こそ聖女アンゼリッテ様なるぞ! 頭が高い!」
「へえ…。あなたが噂の聖女様。ふ~ん…。わたしの方が美人だし、胸も大きいかな」
普通じゃないと言われ、少し頭に来ていたユウキはさりげなくアンゼリッテをディスると、ポポとアンジェリカに行こうと言って場を去ろうとする。しかし、レイアが行く手を遮る。
「貴様ら…、アンゼリッテ様に対する不敬。許されるものではない。騎士たち、この者どもを連行せよ!」
「え~、勘弁してよ」とユウキが迷惑そうな声を上げ、
「ポポのせいだぞ」とアンジェリカが言い、
「正直に言っただけなのです」とポポは悪びれない。
神殿騎士の中から隊長らしい騎士がユウキの前に進み出て「ついて来い」と言い、部下に3人を連行するよう命じた。
「来て早々面倒な事に巻き込まれるなんて、ツイてない」
「ドスケベな展開てんこ盛りだった前回から、一気にシリアスっぽくなったのです」
「お前たちといると、本当に退屈しないよな」
「お前ら、静かに歩け」
『は~い』
神殿騎士に怒られても緊張感のないユウキたちであった。しかし、この面倒事はアレシアやリューベックとは比べ物にならないくらい面倒臭い事案だったのだ。能天気な3人組はまだその事実を知らない…。




